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リアクション
chapter.8 各々の目論み
うっそうと木々が茂る林の中で、雄叫びが重なるように上がった。ついに、ベベキンゾ族とパパリコーレ族の衝突が始まってしまったのだ。
老若男女が入り乱れ、互いの部族を原始的な暴力で叩きのめそうと突進する者たち。その数は優に300を超していた。ふたつの勢力がぶつかり合う寸前、その場に大きな声が響いた。
「フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)、両部族への武力介入を開始するよ!」
名乗りを上げ、ひとりの少女が戦地へと舞い降りた。一体彼女は何者で、何の目的があって争いに入り込もうとしているのだろうか。そのすべてが謎である。
フィーアは軽い身のこなしであっという間にベベキンゾとパパリコーレの間に割り込むと、突如近くにいたパパリコーレのひとりを殴った。
「痛っ!?」
「ミ、ミカタか!?」
ベベキンゾたちが声を発する。が、彼女は衣服をまとっており、それはベベキンゾではないことを証明していた。では一体、なぜパパリコーレを攻撃したのか。その答えはすぐ明らかになった。
「イタイ!」
フィーアは、くるりと振り返ると、目の前にいたベベキンゾのひとりを同じように殴り飛ばした。つまり、彼女は味方とか敵とかいう概念をここに持ち込んでいないのだ。
「テキ! テキ!」
ベベキンゾ、パパリコーレ双方を敵に回したフィーアは、あっという間に囲まれた。しかしそれにも臆した様子はなく、フィーアはひたすら両手を振り回し、暴れ回る。
10分ほど経過した頃だろうか。体力的にも数的にも限界が来たのか、フィーアは息を切らしながら周囲の人間と距離を開けると、唐突に服を脱ぎだした。
「!?」
驚くベベキンゾ族。さっきまで自分たちを攻撃していたのに、服を脱ぐとはどういうことだ? 無論、パパリコーレも疑問を持つ。ここまでベベキンゾを攻撃しておいて脱ぐのかと。もちろん彼女は、ベベキンゾに味方するため脱いだわけではない。きっと彼女は、興奮しきってしまったのだ。
「僕が! 僕たちが……だ!!」
その証拠とばかりに、フィーアは何事かを大声で叫び、走り回った。これだけの人数が立ち回っていたため言葉の後半が聞き取れなかったが、おそらく危険な言葉なのだろう。なぜなら、彼女の言動が立派に危険だからだ。危険というか、あまり関わってはいけない類の方に思われる。
フィーアは結局それからも聞き取り不能な単語を連呼しながら大地を全裸で走り回り、そのまま地平線の彼方へ消えていった。
「な、なんだったのでござろうか……」
完全にやり逃げの形となったフィーアの後ろ姿を見送りながら、椿 薫(つばき・かおる)は呟いた。薫は、この騒動の中、あえて「観察し続けること」を選んでいた。
巧みなボディペインティングにより、派手な服を着ているかのような佇まいをしている薫。ベベキンゾに何か言われても「裸に色がついてしまう病気でござる」と返し、パパリコーレに何か言われても「薄着のおしゃれでござる」と返せるのはこの格好だけだと判断した結果のボディペインティングだ。ただ唯一、全裸ペインティングのためコエダが隠しきれず、股間に妙なふくらみが生まれてしまっていたが。
ちなみに彼のペイントは、頭を金に塗り体はピンク、手は白く、足は緑となんともアーティスティックな風貌になっていた。股間にも一応葉っぱを描いているのだが、明らかに形状が葉っぱのそれではないため誤魔化しきれていなかった。
「それにしても、ここは観察しがいがあるでござるな」
諍いに自然に混ざる形で、薫はちょこまかと動きながら時折両部族の女性に視線を注いでいた。観察と言えば聞こえは良いが、要するにのぞきである。薫は、女性の神秘を心のメモリに焼き付けようとしていたのだ。原色のボディペインティングをし、きょろきょろを辺りを見回すその出で立ちは不審者以外の何者でもなかった。
そして、目的と行動は違えど、薫と似たような格好をした者がもうひとり。ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)だ。
「両部族の争いを避けようとも、この混乱の中では厳しいか……」
どうやらルオシンは、いたって真面目に部族間の仲立ちをしようとしているらしい。とはいえ、薫と似た格好ということは、彼もまたボディペインティングをしているということである。と言っても、ルオシンのそれは薫とは微妙に違い、前半分はきちっと衣服を着用している。後ろ側だけがスカスカの全裸状態であり、そこに派手なボディペインティグを施しているのだ。一昔前どこかの漫画で出てきたキャラにありそうな格好である。せっかく真面目な者が現れたのに、これではあまり説得力がない。
「しかし、コトノハは何処に行ったんだ? パワーブレスをかけておいたから、何かあっても大丈夫だとは思うのだが……」
ルオシンが心配そうな瞳で探していたのは、契約者のコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)だった。確かにここに来る少し前までは一緒に行動していたはずなのに、ぱったりと姿が見えなくなってしまった。目的は違えど似た格好で視線を右に左にと動かす薫とルオシン。と、間もなくしてふたりがほぼ同時に、少し小高くなっている丘に人影を見つけた。
「あれは……なんでござるか?」
薫がそう呟くと同時、人影は陽光を背にばっと飛び跳ね、地面に着地した。その派手な登場シーンで部族たちの注目を集めた影は、高らかに名乗りを上げた。
「どこのだれかは知らないけれど、身体はだれもが知っている! 弱気を助け強きをくじく、颯爽登場! まぼろし天狗!」
その声、そして影の主は、まぼろし天狗という人物らしい。まぼろし天狗は、全裸と見間違うよう精巧につくられたスーツを装着し、股間には天狗のお面をつけている。この時点で相当な変質者だが、さらにまぼろし天狗とやらは女王様ばりのマスクを顔に装備し、黒いマフラーを首に巻いていた。
「ま、また妙な御仁が出てきたでござる!」
「あ、あれはなんだ……!?」
薫とルオシンが同時に声を発する。
「この混乱を静めるため、私は姿を現した! 暴力に頼る者たちよ、覚悟しなさい!」
よく聞くと、まぼろし天狗の声は若干涙声にも聞こえる。もしかしたら、本人も微妙に恥ずかしいのかもしれない。本当に脱いでいないとはいえ、その全裸スーツは明らかに女性のものだった。もう賢い方はお分かりだろう。そう、この不審者こそが、ルオシンの探していた人物、コトノハである。
彼女がこの奇行に及んだ理由は分からないが、というか衝突が始まってからルオシン以外が奇行の持ち主しか出てきていないが、ともかくコトノハは今はまぼろし天狗として活動する心積もりらしかった。ちなみにその目的は両部族を立てることにあるそうだが、抗争が始まった今、変質者たちに構っている余裕は彼らにはなかった。
「あ、あれ……?」
予想と違う展開に戸惑いつつも、喧噪の中に紛れ込もうとするまぼろし天狗……もといコトノハ。彼女の正体は知らないが、その機に乗じようとルオシンも仲立ちをしようと群衆の中心に飛び込む。しかし、全裸スーツ、前半分だけ衣服着用という彼女らの全裸とも着飾っているとも言い難い中途半端な状態は、不運にも喧嘩中の精神の高揚と相まって、両部族の機嫌を損ねた。
「いたっ、いたた……」
「うおっ!?」
あっという間に互いの部族の衝突に巻き込まれ、ボロボロになって吹き飛ばされるコトノハとルオシン。さらには観察を続けていた薫も、「ちょっと、うろちょろしないでくれる?」という一言と共に弾き飛ばされた。のぞきや痴漢を責められなかったことが、むしろ彼の場合奇跡だっただろう。
彼らを一蹴したふたつの部族のぶつかり合いは、より激しさを増していった。
◇
「なんて危ねぇとこだよ……」
両部族の凄まじいまでの激突を見ていた弁天屋 菊(べんてんや・きく)は、驚嘆の声を漏らしていた。彼女は聖水が届くまで時間を稼ぐ部隊として動こうとしていたが、目の前にあるあまりにも凄惨な光景についそんな感想が口から出てしまったのだ。
「しかし、ベベキンゾ族もパパリコーレ族も分かってねぇな」
菊は、こうなってしまったものは仕方ないと、せめて聖水が届けられるまで争いを少しでも沈静化し、そのまま時間の経過を狙うことにした。そのために彼女が取った行動は、「料理」である。
おいしいものを食べれば人は誰でも和むはず、という目論みもあるが、仮に両部族に独自の調味料などがあった場合、それを料理に取り入れることで和解が図れるのでは、という考えもあった。
「さて、それにはアレが必要になってくるな……」
菊が自身のプランを遂行するには、あるアイテムが欠かせない。しかし、今現在彼女の手元にそれはなかった。
「困っちまったな、こりゃ」
彼女が欲していたもの、それは調理に欠かせない「塩」だった。菊は、さりげなく調理関係の人員としてこれまでシボラ探検隊に紛れ込んでいたらしいのだが、その過程で塩という調味料の不足を切に感じていたようだ。ちなみにこれまでの探検で菊の姿はまったく目撃されていないため、本当に調理担当として同行していたかどうかは不明である。
「どっかに塩が……って都合良くあるわけねぇよな」
そう菊がぼやいた時だった。彼女の視界に不意に入り込んできたレン・オズワルド(れん・おずわるど)の手元を見て、菊は驚きを隠せなかった。レンがその手にしっかりと握っていたのは、紛れもない塩だった。
「都合良いなおい!」
なぜレンが塩を持っているか分からないが、これ幸いとばかりに菊はレンの元へ駆け寄った。レンは、ふたつの部族が入り乱れるその中間あたりで塩を片手に、必死に何かを呼びかけているようだった。
「この中に、族長はいないか? どこだ、族長は!?」
右に、左にと顔の向きを変えながら、レンは大声を上げていた。この、塩を手に懸命に呼びかけている様子は一見何事かと思われる。しかしこれには、確かな理由があったのだ。
塩。それは、海のないジャングルに生きる人間ならば何よりも優先して入手したいもののはず。レンは、そう推理した上で塩を交渉の道具として使おうとしていた。何を交渉しようとしているかは不明だが。なお、今回レンはサングラス以外は何も身につけていないという変質者風ファッションをしている。このサングラスを着脱することで、どちらの部族にも対応しようという試みだ。まあ、おそらくパパリコーレからはタコ殴りにあうことが予想されるが。
「よぉ、いいもん持ってんじゃねぇか」
交渉とやらを目論むレンに、菊が話しかけてきた。同時に、レンは察する。彼女の視線から、塩が狙われていると。
「族長! いないのか!?」
レンは最後と足掻きとばかりにそう叫ぶと、菊の前から全力でダッシュした。その様子はさながら、カツアゲに遭いそうになって逃げ出す男子のようだった。いや、むしろ全裸であることを考えるとカツアゲ後かもしれない。
「あ、おい!」
菊が急ぎ追いかけようとするが、もうレンの姿は群衆の中に紛れてしまった。この混戦地帯で再度見つけ出すのは、まず不可能だろう。
「族長は見つからないか……仕方ない、とりあえずパパリコーレから交渉に入るか」
塩を持って走り続けるレンは、菊から逃げた後パパリコーレよりの陣営に近づいていた。が、当然彼はほぼ全裸であるため先程も述べたように明らかな殺意を向けられてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってほしい。よく見てくれ。これは塩だ。ディス、イズ、シオだ」
レンが英語を使ったところで、パパリコーレのひとりがレンの横っ面を引っぱたいた。それでも彼はめげずに、交渉に移る。
「これは手土産だ。この塩を俺は贈ろう。その代わり、頼みがある」
はなから交渉の余地なし、とばかりにパパリコーレの者たちがレンを取り囲み、ゲシゲシと執拗に足を踏みまくる。レンは地味に襲い来る痛みに耐えながら、その内容を話した。
「俺はこの一連の出来事を、皆が笑い合える喜劇にしたい。そこで、ぜひ皆にはドッキリのエキストラとして振る舞ってほしいんだ」
「……?」
ただでさえ全裸な上、言ってることがよく分からないレンの発言に再びビンタを食らわせるパパリコーレ族。レンは赤く腫れた頬を抑えながら、詳細を説明し始める。
「つまり、部族間の争いも、伝説の聖水も全部用意したものだったんだよということで話を進めてもらいたいんだ」
どうやらレンの主張を要約すると、長く険しいシボラの冒険が終焉を迎えた時、原住民が皆揃って「どっきりでした!」ということで、この旅を空京大学プレゼンツの「シボラアドベンチャー」という扱いにしたいということだった。レンの頭の中では、実はここは近所の裏山でね、という設定らしい。
「この通りだ、頼む。シボラは実はどっきりでしたということに……」
「なるかボケ!」
パパリコーレたちが激しく殴り飛ばし、レンは宙を舞った。それを木陰で見ていたパートナー、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は思わぬ事態に、ただうろたえるばかりである。
「え、えっと……これはどうすれば……?」
ノアは、レンが指示したタイミングで「どっきり」と書かれたプラカードを持って登場すること以外、何も指示を受けていなかった。
「このタイミングでこれを持って出て行ったら、やっぱり酷い目に遭ってしまいますよね……」
ノアはそう判断すると、プラカードを抱えたままそっと茂みの奥へ消えた。レンさん、ごめんなさい、と心の中で謝りながら。
さて、結局塩を入手できなかった菊はと言えば。
「仕方ねぇ、今ここで使える調味料だけ使って、とりあえず料理だけでもつくるか」
そう言って、レンとは逆にベベキンゾ族の方へ行き、調味料を貰えないか頼み込んでいた。ちなみに菊の格好はふんどし一丁であるため、際どいところだったがギリギリベベキンゾ側として認められていた。
「調味料をちょっと……」
「いま、それどこ違う! 集落から、適当に持っていく!」
油料理をしている最中に、隣の住人から「醤油切らしちゃって……」みたいな感じで絡まれたベベキンゾは、ぶっきらぼうにそう答えた。
「ああ、わかったよ。あ、そうだ」
菊も事情を察してか、それ以上は深入りしようとしなかったが、ひとつだけ、聞きたかったことが彼女にはあった。
「この背中の紋々は『背負っているモノ』だが良いのか?」
どうやら菊は、この入れ墨がベベキンゾ的に認められるのかが知りたかったらしい。ベベキンゾの返事がなく、反対もされなかったことで菊は返答がイエスだと解釈した。
その後、菊は無事調味料を確保し、現地で調達した薬味なども加えた上でたくさんの料理を短時間で完成させた。菊はそれを急ぎ戦地へと持ち運び、両方の部族に食べさせようとする。もちろん彼らはそれどころではない……と思いきや、暴れ回って腹が減っていたのか、案外素直に菊の料理を食べ始めた。それを見て満足そうな顔を浮かべる菊。がしかし、ここから事態は予想外の方向へと動く。
「おなか、パンパン! まんぷく!」
「さて、腹ごしらえも終わったし、もう一暴れしようかな」
なんとふたつの部族は、この出された料理を休憩タイムと勘違いし、完全に運動外の午後の部のようなテンションになってしまっていたのだ。
「さあ、抗争再開だ!」
よりエンジンがかかってしまったベベキンゾとパパリコーレの争い。もう、これを止められるのはいよいよ聖水だけとなっていた。
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