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リアクション
「全てを壊す、か……。誰だって考えることさ、世界の歪みを感じない人間はいない。だが、歪んでいない人はいるのか? やり直すときに歪みは生じないのか?」
レイヴンのコックピットの中で、榊 孝明(さかき・たかあき)は『声』に対しての応えを自らの内に示した。
「……俺は特別じゃない、だからこの世界で生きる。この世界を壊させない!」
シンクロ率を上げ、レーダーによる策敵を行った。
あまり上げ過ぎると脳に負担が掛かるため、40%で止めている。
「この前の戦いで思ったことなんだけど、お互いの意識に差が出ないなら、あえて片方に意識させなければ、そっちの負担を減らせる?」
益田 椿(ますだ・つばき)が投げ掛けていた。
「おそらくは。だけど、椿、大丈夫なのか?」
「あたしは平気だよ。長時間は難しいかもしれないけど、ちょっとの間くらいならきっと」
一時的に無心になる、というのは交戦中のような極限の場面でなければ難しい。が、瞑想するようにして落ち着くことは出来る。
その間の意識を椿に預け、シンクロ率を上げながら古代都市の状況把握に努める。
「あれは……!」
青い髪の女性。
その姿を捉え、意識が覚醒する。そのため負荷軽減のためにすぐシンクロ率を安全域まで戻した。
「いたんだね、あいつが」
生きていたとしても、別に驚くことではない。
「だが、また様子が違う。よく分からない何かを前に、戦っているみたいだった。行方不明になった二人と一緒に」
むしろそっちの方が驚愕に値した。
最初に会ったとき、シャンバラに「暴君」として初めて現れたとき、この前のF.R.A.G.戦に乱入したとき、その全てで彼女は変わり続けていたが、今の彼女はこれまでと正反対な印象を受けた。
機体を旋回させ、座標の示した位置に向かう。
「そんなに心変わりするような奴には思えないけど」
それは実際に見てみれば分かる話だ。
到着したらすぐ、異形に向かって牽制を行う。だが、相手はそれを力場のようなもので防いだ。
『無事か!?』
機体のスピーカーを使ってそれと対峙していた三人に声を掛ける。
声を正確に拾うため、シンクロ率を少しだけ上げる。
「無事っちゃ無事だけど、色々とややこしいことになっててね……」
十七夜 リオが苦い顔を浮かべていた。
「エヴァン? 08号さん、ああ、ナンバーってのはどうもな。とりあえず、そこにいる彼女はもう敵じゃないよ」
しかし、この数日のうちに一体何があったというのか。
(聞こえるか? オレの方からざっと状況を説明する)
テレパシーが送られてきたことからするに、やはりベトナムであったあの女だ。
話を聞いた限りでは、今倒すべきなのは目の前にいる「異形」ということになる。
「けど、信用していいのかい? あいつが演技してて、まだ意識がある本物のエヴァンを完全に葬ろうとしてるだけかもしれないよ」
「俺にはそうは思えない。それに俺達が知ってる彼女なら、あの二人を助けておく理由はないはずだ」
だが、あの異形を本当に殺していいのか。いや、話を信じるならもう死んでいる。
ただ、「暴君」の残骸のせいで再生能力を持っているため、跡形もなく消し去れなければならないのだと。
もし、エヴァンの意識が残っていたとしても、もう助からないだろう。ヴェロニカ自身、兄の死を乗り越えてこの戦いに臨んでいる。
「……俺はあいつを信じてみようと思う。エヴァンにしろ、そうでないにしろ、あの異形を野放しには出来ない。それに……」
あれが自分の知る「暴君」の最後の抵抗であるなら、それに決着をつけたい。
ベトナムからの因縁の決着を――。
「人格が消えたって言ってたけど、そもそもあいつには何もなかったんだから、元に戻っただけ。だから、エヴァンとしての意識が残った」
ベトナムで感じ取った、吸い込まれるような「無」の感覚。それが本質であり、暴走した人格も彼女の中から湧き上がったものでは決してなく、エヴァンという男の負の部分を読み取って、あたかも自分自身が怒りや憎しみの代弁者であるかのように振舞った。作られた存在であるというのも、それに拍車をかけることが出来る。
おそらくは彼女を作った者ですら気付いていない。その内側に押し込められていたからこそ、エヴァンが感じ取れたのだろう。
シャンバラで会ったときと海京に現れたときでわずかに性格が変わっているように感じられたのも、エヴァンの根底にあるものがヴェロニカとの邂逅で変化したからだと考えれば納得がいく。
「これが、最後だ」
「暴君」の残滓が、サイコキネシスによって増幅されたビームの光に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。