リアクション
「おかえりなさい」
救護・迷子センターに戻った瑠奈の前に、秋月 葵(あきづき・あおい)は、『メイド向け高級ティーセット』で淹れた、美味しいお茶を置いた。
「少しはご自身も息抜きしないと倒れちゃいますよ♪」
そう笑顔で言うと。
「ありがと。事件が起きない限り、私は大丈夫よ〜。お茶菓子いただいてもいいかな」
瑠奈は街の人達が差し入れに持ってきてくれたお菓子と、葵が淹れてくれたお茶を美味しそうに楽しんでいく。
「おねーちゃん、ボクもそれ食べたい!」
「いーな、いーな、いーーーな!」
遊具で遊んでいた子供達が菓子に気付いて、近づいてきた。
「おやつの時間になったら、皆に配るからね〜」
葵は子供達の手を引いて、大げさなほど手を上下に振りながら、玩具や遊具が置かれているプレイルームへ一緒に歩いていく。
「よし、よく来たな。名前は? オレはシリウス、シリウス・バイナリスタ」
「……」
「……」
プレイルームでは、見守っている桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)の他、今はシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)がリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)と分担して、子供達の世話をしようとしていた。
「名前は?」
「……く」
「…る…」
シリウスが元気に話しかけても、来たばかりの兄弟はきちんと答えることが出来ない。
「どうした〜。名前、言えるよな〜!」
シリウスは膝を折り、子供達と目線を合わせて笑いかけながら尋ねる。
そしてようやく、人見知りの激しい兄弟達も自分に名前を名乗ることが出来た。
「そうかそうか、一緒に遊ぶぞ」
手を引いて、皆の輪の中に連れて行って。
「これはこうやって遊ぶんだぞ〜。っと、オレじゃ体が大きすぎて乗れないっ。代わりに頼むぜ」
子供用の滑り台に、兄弟を順番に乗せて滑らせたり。
「おもちゃも沢山あるぞ〜。ラジコンとか楽しいぜ!」
おもちゃ箱を持ってきて玩具を選ばせたり、人形遊びをしたり、そんな風に子供達の中に入って、子供達の世話をしていく。
「皆と遊ばないのですか?」
リーブラは隅にいる子供にやさしい笑みを浮かべて問いかけた。
シリウスが引っ張っていけば、楽しく皆と遊べる子もいるけれど、どうしても皆の中に入れない子もいる。
目の前の小さな女の子は、母親とはぐれてしまったとのことだ。
不安で仕方なくて、他の子達と遊ぼうと思うことは出来ないらしい。
「大丈夫ですよ。今、皆さんがお母さんを探してくれていますから」
こくんと首を縦に振り、女の子は外をじっと見ている。
「それじゃあ、ここに座って。少しわたくしとお話をしませんか?」
リーブラは女の子を子供用の椅子に座らせて、自分もその隣に腰かけると、お祭りで何を見たの? 買い物をした? 美味しかった? と、穏やかな声で女の子に問いかけて、安心させていく。
「鈴子先輩」
葵は、子供達を連れてきた後、隅で見守っている鈴子に近づいた。
「お疲れさま、葵さん」
鈴子は葵を隣へと招く。
葵は「失礼します」と言い、鈴子の隣に腰かけて、一緒に子供達を見守る。
「特に大きなトラブルもなく、順調に行われていますね。このまま新団長の指揮のもと、最後まで気を抜かずに、お祭りを成功させたいです」
「ええ、頑張りましょう。そして、葵さんも楽しんでくださいね」
鈴子の言葉に「はい」と明るく返事をした後で。
葵は、瑠奈について、それから団長の仕事や心がけについて聞いてみることにした。
「本人にはまた直接聞き辛いので」
そう葵が言うと、鈴子は微笑みながら瑠奈のいる方に目を向ける。
「団長の仕事は、白百合団をまとめることです。そして責任者です。誰かに命じられた、決められた仕事を行うわけではありません。葵さんは秘書として頑張るおつもりでしたら、瑠奈さんが行うべきことをいち早く気づいて、お手伝いをしてあげられるようになりましたら、とても助かると思いますわ」
「難しいですね……」
「白百合団の在り方を共に考え、瑠奈さんという人物を知り、親交を深めていくうちに、見えてくると思いますわ」
「はい」
と、葵はまた元気よく返事をした後で。
「あ、泣き始めた子がいる……」
鈴子に礼をして立ち上がると、子供達の中へと向かっていく。
「じゃぁ、皆でお歌でも唄おうか〜♪」
泣いている子の手を引いて、オープンユアハート▽で落ち着かせ。
子供達を中央に集めると、葵はリリカルソング♪で一緒に歌を唄い始めた。
手を引いたり、走ったり、子供達の遊技場がとってもにぎやかになっていく。
「ふぅ……ちょっと休憩だな」
葵と交代して、シリウスが鈴子の元に近づいてきた。
「あ、えーと、鈴子さん」
「はい」
「ん……と、お疲れさま」
「はい、お疲れ様です」
鈴子は微笑んで緩やかに首を縦に振る。
(うう、なんか別世界の人だ。優子とかロザリンドとか副団長とは冒険で結構関わってるけど、この人のことはあまり知らないんだよな。深層の令嬢っていうか)
会話をしようとしても、なんだかあまり続かなかった。
「ええっと、そう。春から設けられる専攻科だけどさ、コースに悩んでるんだ。オレに合ったコースあるかな」
「専攻科も学科は短大と一緒のようですから、基本的には、これまで学んできたことをより深く学ぶことになるのだと思いますわ」
専攻科も、学科は文学と音楽学のみのようだ。
コースは色々と検討されているらしく、女官コースは文学専攻のコースの1つだ。
「うーん、祭りが終わったら、調べてみねぇとな。いい加減、決めないと」
「あっ!」
女の子が大きな声を上げた。
「こら、1人でお店に行ったらダメって言ったでしょ?」
リーブラが世話をしている子供の母親が現れたのだ。
女の子は駆けて行って、母親と手をつなぐ。
「ありがとうございました」
「……ありがと」
母親と一緒に、女の子もぺこりと頭を下げる。
「もう手を離すなよ!」
「お祭り、楽しんでくださいね」
シリウスとリーブラは、手を振る女の子を笑顔で見送った。
「さ〜て、休憩終了。また後で、話をさせてくれよな」
シリウスが鈴子にそう言うと、鈴子は優雅に微笑んで頷く。
(なんかやっぱり別世界の人みたいだ)
そう思いながら、「よーし、ダンスを教えてやるぜ」と、シリウスは子供達の所に戻っていった。
○ ○ ○
「就任おめでとう」
樹月 刀真(きづき・とうま)は、花束を手に救護・迷子センターを訪れた。
花束を渡した相手は、白百合団の団長に就任した瑠奈と、副団長に就任した
ティリア・イリアーノ。
「案内、頼んでもいいかな?」
「勿論構わないけれど、樹月さんはヴァイシャリーのこと良く知ってるんじゃないかしら?」
花束を受け取りながら、ティリアが答えた。
「知らない街ではありませんが……」
刀真は2人に案内を頼む理由として、団長、副団長となった2人を手伝っていきたいが、その為には、自分自身の目で今のヴァイシャリーを見て、肌で感じて、いかねばならない。
そうして、生まれた気持ちを言葉にして話をしなければ、他人に自分の言葉は何も伝わらないだろうから。
そう、語った。
「でも両方一緒にここを離れるのは良くないか」
「大丈夫よ、団員沢山いるし。でも、瑠奈にお願いするわ。いってらっしゃい、ふふふ……っ」
言って、ティリアが瑠奈の背をポンと押した。
「あ、うん。案内させていただきます」
ティリアにセンターを任せると、瑠奈は刀真と一緒に、賑わう街へと出て行った。
「……あれ? 案内を頼んだつもりなんだけど」
街に出て数十分後。気づけば刀真は荷物持ちをさせられていた。
「うん、お店を案内してるでしょ」
救護・迷子センターで必要なものから、瑠奈のものと思われる服に、アクセサリーなど、瑠奈は色々と買い込んでいた。
「引き継ぎとか忙しくて、買い物楽しんでる時間、なかったから。案内ついでに……許してっ」
そう可愛らしい顔で言われると、刀真に拒否は出来ない。
「わかりました。それも持ちます」
刀真は瑠奈が持っている紙袋に手を伸ばした。
「これはいいの。これは……あなたへのお礼の品だから。今日の終わりまで私が持ってるわ」
この間は色々ありがとう、と。瑠奈は少し恥ずかしげに微笑んだ。
紙袋の中には、高級な和菓子が入っているようだった。
「お互い、荷物を沢山持っていたら、景色を楽しめませんよね。そろそろ買い物は終わりにして、ゴンドラにでも乗りませんか?」
刀真がそう誘うと。
「ええ」
瑠奈は喜んで、刀真をゴンドラの船着場へと案内する。
「あそこは魔法資料館。あっちには倉庫があって……」
ゴンドラの中に荷物を降ろして、並んでヴァイシャリーの街並みを見ていく。
「色々あったけれど、傷跡全く見えないでしょ? このお祭りも、街の手当ての一つなのかな」
そう微笑んだ瑠奈を、突然刀真はカメラで撮影した。
「っと、いきなり卑怯よっ、何に使うつもり」
瑠奈はちょっと膨れて刀真を非難する。
「こわ〜い瑠奈団長と周りから思われた時に、こんな可愛い笑顔も見せてくれるんですよ? と、写真を見せてフォローするんです」
「見せるだけ? ネットにアップしたりしない?」
「しませんよ、このカメラフイルム式ですし」
「服が透けて映るカメラとかじゃないでしょうね」
「違いますよ……。それじゃ、普通のカメラだという証拠を見せる為にも、一緒に記念撮影でもどうです? 写真、プレゼントしますよ」
刀真の言葉に、瑠奈は首を縦に振る。
「写真、録っていただけますか」
刀真はすぐに、ゴンドリエーレにお願いをして。
ヴァイシャリーの運河と街並みを背に、瑠奈と2人きりの写真を撮ってもらった。
それから再び街に戻って。
瑠奈と一緒に、電話でティリアの意見も聞いて、刀真は花束を選んだ。
百合園生である、
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)と
アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)の退院の知らせを受けており、一緒にお祝いに行くために。
○ ○ ○
夕方。
街がオレンジ色に染まっても、活気は衰えず、街にはより賑やかで、明るい音が響き渡る。
祭りはまだまだこれからだというように。
「そろそろ待ち合わせの時間です、急ぎましょう」
エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、パートナー達と共に、騎士の橋に急いでいた。
重体に陥っていたヴァーナーが無事回復して、退院したという話を聞いたため、友人達とお見舞いに行くことにしたのだ。
先に向かった
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に、手作りのお菓子は預けてある。
自身は騎士の橋で
黒崎 天音(くろさき・あまね)と合流をして、パーティを行う会場へと向かう予定だった。
「にゃう〜。にゃぅぅ〜♪」
リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)の頭の上にちょこんと乗った、
アレクス・イクス(あれくす・いくす)はご機嫌だった。
リュミエールの頭には、触覚状の先端に、光る玩具がついたカチューシャが嵌められていて。
その触覚部分をぺしぺしして、動かしたり、じゃれたりして楽しんでいたから。
「にゃう?」
ふと、アレクスは別の光に気付く。
顔を上げて見た先には不思議な光景があった。
すぐにぺしぺしリュミエールの頭を叩いて言う。
「ジュリオが輝いてるにゃう」
「え?」
言われて、その光景を見たリュミエールは……思い切り吹き出した。
「うわー、後光差しながら目から怪光線だよ。って、うん、何でもない何でもない」
そして、エメに近づいてそっと言う。
「エメ、ジュリオと一緒に違う道から……」
「だ、誰だ……史跡に悪戯とは、愚か者めがッ!!」
突如、金色の髪が逆立つほどの怒りを露に
ジュリオ・ルリマーレン(じゅりお・るりまーれん)が騎士の橋へと突っ走っていった。
騎士の橋の柱には、シャンバラ古王国時代の騎士の姿が刻まれている。
ジュリオもその騎士の一人だ。
そして、そのジュリオの像の両目と額に何故だかライトが設置されている。
ぴかぴか光り輝いているのだ。ジュリオだけ!
「あーあ、自分から見世物になりに行く事ないのになあ」
そんなことを言いながら、リュミエールはジュリオを見送った。が、放っておくわけにも行かないので、頭の上にいるアレクスにお願いして追ってもらうことに。
「…………」
エメはしばしどうしたものかと思案する。
とにかく原因を探らなければいけないことと、待ち合わせの約束があるので、急いで騎士の橋に向かうことにした。