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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め

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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め
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第二章 山路越え3

【マホロバ暦1187年(西暦527年) 6月3日 3時55分】
 山路――



 日はまだ登らず周囲は暗い。
 本之右寺の変からもう丸二日が経とうとしている。
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)は少し離れた岩陰から鬼城貞康(きじょう・さだやす)一行らの無事を確認すると、両手の平を頭の上に乗っけて、うさぎの耳のポーズをとって見せた。
「う〜さぎ、うさぎ。月見て跳ねる」
「うさぎですか! アンちゃんもうさぎは大好きですよ。お餅をつくうさぎ……ああ、お餅食べたいですね。おなかが空きましたよ」
 アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)は空腹を抱えたまま、地べたに座り込んだ。
「商人の格好をしてても食べ物にはありつけませんね。皆、外を恐れて家で閉じこもるか、武装して落ち武者襲っての身包みをはがすかですよ。ぶっそうな世の中ですね」
 アンドロマリウスは身をすくませて見せた。
「さらに、この山は朱天童子(しゅてんどうじ)率いる鬼一族が潜んでいるといいますからね。誰も好き好んでこんな道もないような道、選びませんよ……って、そんなに気に入ったんですか。うさぎ」
 スウェルはまだうさぎのまねを続けている。
「そう、白いうさぎ」
 目の前に真っ白なうさぎがいた。
 向こうもこちらを伺っているようだ。
「かわいい! 私が抱っこしてあげましょう」
「だめ。逃げちゃう」
「逃げませんよ。私はこう見えても正義の味方ですからね。動物にはそういうことが、分かるんです」
 分かるような分からないような理屈をいい、白うさぎに手を伸ばすアンドロマリウス。
 が、白うさぎは鼻をひくつかせて、足をダン! と踏み鳴らした。
「あら」
 白うさぎは逃げ出す。
 その『気配』を、二人も察した。

 鬼の笑い声がする。

「……『来た』」
 スウェルは月の明かりを頼りに忍の術で『影』を作り出した。
「貞康には、近づけさせないから!」
 『影』はぐんぐん鬼のほうへ向かっていった。



「康っさん、はよ起きや。急がなアカンねんやろ。ぐずぐずしとったらえらい目に……って、なんや起きとったんか。早いな!」
「康っさん……!?」
 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が世話を焼くも、鬼城貞康(きじょう・さだやす)はすでに身支度を整えていた。
 小一時間だけの仮眠であった。
「わしは家臣より早く起きて、遅く寝る。昔からそうしておる。そうでなければ大将は務まらぬ」
「それは殊勝な心がけやなあ。せやけど、あんまりキバっとるんも調子狂うわ。康っさん、ケチで有名やで。今日もおかず一品塩辛納豆だけって……都会の境ではぎょーさん旨いもんあるし、さぞかし目の毒やったんやないか?」
「ケチが有名? 倹約はケチとは言わぬぞ。必要とする時まで金を惜しむのはケチで、有効ならば金は惜しまぬ。わしは不要な金を使わないだけで……」
「はいはい、せやな。お、家臣の方々も準備できたようや」
 貞康が出発しようとするのを裕輝はにやにやと眺めている。
 それを渡辺 綱(わたなべの・つな)が押しとどめた。
「いや、大将はそこでじっと待つが良い。私と裕輝が出る」
「ほう、鬼退治の血が騒ぐか。康っさん、この渡辺綱はな、大昔に鬼退治やってん。わりと有名やったんやで、な?」
 裕輝もその気配に気がついたようだ。
 綱は軽くいなすと、暗い林へと向かっていった。
「鬼がすぐ傍まで来ている。なに、どんな生き物でも頭を狙えばよい!」


卍卍卍



 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)渡辺 綱(わたなべの・つな)が駆けつけたとき、すでにスウェル・アルト(すうぇる・あると)アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)が鬼たちに囲まれていた。
 どうやら後を付けられていたらしい。
 鬼一族は群れとなり、襲い掛かってきた。
 その中にひときわ大きな鬼がいた。
「……金目のものをすべて置いていけ。でなければ、命を置いていく事になるぞ」
 身の丈が8尺3寸(約2m50cm)はあろうか。
 皮膚が鱗の様に硬く、赤みを帯びている。
 大鬼は顔に仮面をつけていた。
「でたな〜、朱天童子(しゅてんどうじ)! あちきがお相手しますよぉ!」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が仁王立ちで迎え討つ。
「あちきはこう見えても、天震乱磨流剣術の創始者ですからねぇ〜。え、知らない? まあ、直にわかります。本職忍者の実力をね!」
 レティシアは俊敏な動きで朱天童子の懐に入り込んだ。
 瞬時に構え、一撃を繰り出す。
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)がレティシアを支援するように間に入った。
「でもね、レティは本当は戦いにきたんじゃないの。説得しに来たのよ。なぜなら、こんな山奥で力のある鬼たちがくすぶっているのはもったいないもの。鬼城の大殿なら、許してもらえるかも?」
「鬼城だと? 鬼城 貞康(きじょう・さだやす)がきているのか?」
 朱天童子はそれは好都合だと笑った。
「手向かいするなら誰であろうとかまわん。すべてを奪い、破壊してやるのみ!」
 朱天童子はこめかみに力を入れた。
 血管が浮き、筋肉が膨れ上がる。
 体中に沸きあがった行き場のない力が暴走しようとしていた。
「こんなくそ面白くもない世の中、無くなってしまえばよい。そんな世にしがみつく、人間はも鬼も愚かものよ!」
 朱天童子は飛び掛る武者の刀を圧し折り、投げ飛ばした。
 まるで小さな岩を吹き飛ばしているかのようである。
 鵜飼 衛(うかい・まもる)がカッカッカッと笑った。
「随分と威勢の良い鬼じゃのう。まあまあ、おちつけ。おぬしの為をいうておるのじゃ」
 衛は指を二本立てた。
「今のおぬしには一つの道しかない。今の自暴自棄で未来(さき)のない道。一笑とし、一生を痴れもものとする日陰者のの身じゃ。しかし、もう一つ道がある。報酬と輝かしい未来に賭けて鬼城殿に力を貸し、武士として生きるかじゃ」
 衛はルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)に目配せした。
 『妖蛆の秘密』はさっと前に進み出る。
「ここに……鬼城貞康様の書状がございます。あなた様への書状です。内容は、鵜飼様がさきほど話した通りですわ。鬼城に助力して欲しいと。ここを無事に通してほしいと。もし成功した暁には、報酬金を支払う上に、後に恩に報いる地位を授けると書かれています」
 朱天童子が『妖蛆の秘密』の書面に目を落とす。
 もちろん貞康はこのような書状は書いていない。
 衛たちのハッタリ、偽の手紙である。
 しかし、朱天童子にとってみれば、本物か偽者かの区別はつかなかった。
「われらを金で買おうというか。鬼の血脈といわれる鬼城家も落ちたものよ。所詮、人間くずれということよ」
「まてまて。おぬしは自分のことを棚に上げてよくいうわ。今、群雄割拠のマホロバでおぬしのように好き勝手できるのも今のうち。いずれは収まろう。誰かが天下を統一し、それが鬼城家じゃったら、鬼の一族であるおぬしたちも芽が出よう」
 そして衛は、泰平の世になれば、盗賊家業は討伐されるものだといった。
「おぬし等の未来は決して明るくないということじゃ。考えてみるがよい」
 衛は、そのまま朱天童子の返答を待った。
 鬼は黙りこんだままである。
 何が彼を迷わせ、惑わせているのだろうか。
 決め手になるようなものはないだろうか。
 メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)は念のため、一戦を交えて衛達の退路を切り開くのに備えた。
「もしものときは囮としてひきつけてやるからのう。時間稼ぎぐらいはできよう」
 メイスンは小声で言った。
 いざとなれば、剣でなぎ倒しても活路を開かなければならない。
「おれは……」
 朱天童子の喉からかれた声が聞こえた。
「生きる理由がほしいのだ」
 仮面が軋みながら、朱天童子の顔を締め付けている。
「能力がありながら世間からはじかれ、生まれたときから先の展望すらない。なぜゆえに、我らが時代に虐げられねばならんのだ!」

 鬼の笑い声がした。

「ダメ、朱天! 鬼の声を聞いては、だめ!」
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)の叫び悲鳴のような声がした。
「頭だ、頭を狙え! 仮面を叩き落とすのだ!!」
 渡辺 綱(わたなべの・つな)が朱天童子の脳天をめがけて刀を振るった。
 レティシア、ミスティと続き、仮面の力を阻止しようと飛びかかる。
 衝撃と突風に続き、噴煙が舞い上がった。
 彼等は一瞬、鬼の心にふれた。
 暗い衝動と孤独、焦燥感と諦め……世の中、人間社会への絶望感。
「生きる場所を、存分に働ける場所を求めている……!」
 朱天童子の仮面が真っ二つに割れた。