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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め

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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め
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第二章 山路越え6


「よく無事に戻られました」
 命からがら戻った鬼城 貞康(きじょう・さだやす)らを迎えたのは、鬼子母帝(きしもてい)と呼ばれる鬼城家の母だった。
 鬼子母帝は、真は定かではないが齢五千歳を越えるといわれ、唯一古代からの生き残りとされていた。
 鬼一族が人と違って長命であるのも、この彼女の血のおかげだとも言われた。
 その血を濃く受け継いだ鬼一族の中で、現在まで生き続いているのが鬼城家であると家系図には示されている。
 しかし、長い歴史によって、事実というよりは伝承めいたものになっていた。
 鬼子母帝は確かに長命だが、そのようなことが事実とも思えなかった。
「危険な道中を助けてくれものたちがおりました。またもや命を救われました」
「その者たちには礼を言わなくてはなりませぬ。貞康殿に何かあれば、わらわとてまともに生きてはおられませぬ。わらわが血を分け与えた中で最も濃いとする鬼の家系が途切れるようなことがあっては……はよう、世継ぎを定め母を安心させてくだされ」
「はあ……」
「殿方は総じて戦を好まれる。しかし女子は、その愛しい殿や子を失うような戦を望みませぬ。殿や子の無事を祈って子を産み育てることもまた、戦いなのです。どうぞ、貞康殿もたくさんお子をおつくりになり、その祈りと血を途絶えなさいませぬように」
「はあ……しかしこればかりは……わし一人の力ではなんとも」
「わらわだけではございません。国中の女子の祈りを叶えられるような殿方になられませ。ただ……ただ、お頼みいたします」
「……」
 貞康にもこの乱世の苦しみはいやというほど染み付いている。
 男にとっては明日の命をも知れぬ日々であったが、女にとってもまた哀しい乱世である。
「母上様のお言葉、しかと承ってございまする」
 貞康にはそれが精一杯の返答であった。

「また一つ、背に重い荷を背負って坂を上っていくようだ……」
 かつてはマホロバを支配していた鬼一族も、人の進出で行き場を失い、数を減らしてきている。
 人と交わることで、鬼ではなく人として生きてゆくものも現われた。
 やがて純粋な鬼は消えゆくかもしれない。
 鬼子母帝はそのことを言っているのだろう。
 貞康が物思いにふけりながら、城で扶桑の都での乱征伐へ向けての兵の準備を整えている中、天階(てんかい)と名乗る奇怪な僧一派が鬼州軍を尋ねていた。
 彼らは虚無僧のような深編み笠をかぶり、顔かたちはわからない。
 しかし、この奇僧の声は、どこか聞き覚えがあった。
「私はただの僧。天階という名はそこにいるものが考えた。天への階(きざはし)。なかなか良くできた名だろう」
 緋姫崎 枢(ひきさき・かなめ)は首をすくめる。
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は軽く咳払いをした。
「おお、そうだったな。これは俺にはすでに不要のもの。貴殿が持つと良い」
「何の冗談を……」
 天階は十文字の槍を差し出した。
 日光の下で輝くそれはいくつもの傷がつく程使い込まれており、ついさっきまで働いていのが伺える。
 貞康は、その槍をもった人物を知っていた。
 織由上総丞信那(おだ・かずさのすけ・のぶなが)の槍である。
 いつの間に人手に渡ったというのか。
 しかし、天階は『織由家の当主はもういないのだ』を、強く否定した。
「貞康殿、安易に極楽にゆこうと思うなよ。そなたが先にいっては、もろもろの民はどうする。そなたが最後まで見守るのだ。そして、人、鬼、その他、どの生きるものとも衝突することのない広い心を持たれるがよい。彼らを温かく見守ってやるほどの心がなければ、天下は治まらぬ。俺では……そんな役目は務まらぬ。第一、面白くも無い」
「……天階殿?」
「もうひとつ気がかりのなのは、羽紫 秀古(はむら・ひでこ)殿のこと。泰平の世を生むためには、ただ一人では成らぬ。時代というものが、人が、どこからともなく集まって後押ししてつくっていくものなのだろう。俺はようやく……理解した」
 天階と名乗る僧は、そういって姿を消した。
 後に、あれは鬼城家の側近であるとか、智恵刀とか、先の合戦で鎧兜姿を着て戦っていたとか、さてまた信那の槍を所持していたことから本之右寺の変の謀反者張本人であるという、さまざまな憶測と諸説を生んだ。
 そのどれもが真意がはっきりせず、謎に包まれている。
「さあ、この信那をどこにでも連れて行くがよい。マホロバの地がどうなるか、じっくりと見物させてもらうぞ」
 時代の風雲児と呼ばれた男は、天いっぱいににたなびく雲のごとく、その両腕を広げた。
 未来からの使者だという鋼鉄の乗り物に飛び乗る。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が恭しく言った。
 上空に描かれた月が満月になれば、時を越えることができるのだという。
「これより貴方様を一千五百年後の未来へお連れします。そこで何もかも知ることができるでしょう」
 祥子は信那を葦原明倫館に連れて行くつもりだった。
 この時代の改変を阻止させるためにも、鬼城の謀反の疑いを晴らすためにも、何より見えない強敵に対抗し、反撃するにはこの方法より仕方ないと考えた。
 未来に行けば道がもっと開けよう。
 閉ざされた時代から連れ出し、自らが信那の契約者となれば、それも可能かもしれない。
「この時代に信那殿を残しておくとことは……できないのです」