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リアクション
鏡の国の戦争 3
突然の襲撃に混乱していたダエーヴァは、それぞれ活動している小さな班ごとに反撃を試みていた。
ゴブリンの姿をした怪物達は、個々の身体能力は確かに人間を上回っている。内勤のために軽装ではあったが、だからといって及び腰になるほど臆病ではなく、むしろ我先にと現場へと向かった。
外に出ると、こちらに向かってくる影が一つ。彼等の目にはその輪郭がぼやける事は無い。
片手で扱える銃を向け、あとは引き金を引くだけという段階で、前面に立ったゴブリンは硬直し動かなくなった。
その動きを止めたのは、目だ。ぼんやりと光りを放ちだした影には、何百もの目が浮かび上がり、ゴブリンは蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってしまったのだ。
「せい!」
猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)の剣がゴブリンを打ち倒す。目を見ていなかった他のゴブリンには、何が起こったのかよく理解できないまま倒れた仲間と敵を交互に見た。
「今だ!」
号令を聞いていたのは、ゴブリンではなく勇平についてきた国連軍の兵士達だ。国連軍の兵士達は棒立ちするゴブリンの小さな集団に弾丸を浴びせかける。
「よっし、このまま―――」
飛び出してきたゴブリンを殲滅し、先へ進もうとする勇平の肩をウルスラグナ・ワルフラーン(うるすらぐな・わるふらーん)が掴む。
「彼らに剣で戦わせる気ですか。弾丸の再装填にそこまで時間はかかりません。よく周りを見て進みましょう」
「あ、うん、そうだな」
訓練しているとはいえ、ゴブリンと殴りあうには国連軍の兵士には分が悪い。作戦前に「剣を取れ!」と兵士を鼓舞したウルスラグナだったが、兵士が剣でゴブリンに対抗できない事はよく承知していた。
「では、行きましょう。外はともかく、建物の内部には人間も多くいるはずなのだから、間違わぬように。民間人に被害を出せば、軍に対する民の評価は大きく落ちるものだからな」
「わかった、注意するよ」
そう頷く勇平を先頭に進んでいった。
「随分明るくなったが、もう夜明けか? どう思う?」
ミハイル・プロッキオ(みはいる・ぷろっきお)の問いにゴブリンは答えず、手に持ったバールのようなものを振り下ろした。
バールのようなものは、地面を叩いて甲高い金属音を鳴らす。
工具は再び振り上げられる事はなく、横腹に突き刺さるように打ち込まれた鋭い蹴りでゴブリンは受身も取れずに地面に叩きつけられた。
だが、ミハイルの周囲に居るゴブリンは一体ではない。二体のゴブリンが、それぞれスパナと金槌を持って頭を叩き割ろうと振り下ろした。
二つの工具を両腕を交差させて受け止めたミハイルは、両方のゴブリンの腕をそれぞれ掴むと、強く引っ張り互いの頭同士をぶつけて地面に転がした。
ミハイルの超人的肉体から繰り出される打撃はどれも強力なものだったが、それとて一撃でゴブリンを仕留められるものではない。
だが、地面に倒れて動きを止めたゴブリン達が再び立ち上がる事はなかった。彼のパイロキネシスによって、炎に包まれているからだ。
「やれやれ、日の出の時間が随分と早まっちまったな」
炎の明かりは彼の周囲を照らし、彼個人の姿をより鮮明に映し出す。明かりに虫が群がるように、炎を従えた彼の周りには次々ゴブリンが集まってきていた。
「やっと本命か」
今まで工具のような手元にあったものを武器にしてきたゴブリン達ばかりだったが、さすがにそれではどうしようもないと手に銃や斧といった、ちゃんとした武器を持ったゴブリンが現れてくれたようだ。
「さて、俺に切り札を切らせてくれるのは、どいつかな?」
羅 英照(ろー・いんざお)とジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)が空港に上陸したのは、戦端が開かれてからしばらくしてからだ。
「お待ちしておりました」
ピエール・アンドレ・ド・シュフラン(ぴえーるあんどれ・どしゅふらん)が敬礼して出迎える。すぐ近くには尾張 なごにゃん(おわりの・なごにゃん)の姿もあった。
「戦況は?」
「現在、新整備場の外周部の敵戦力の駆逐を進めております。ダエーヴァの反撃は散発的なもので、間もなく施設内部の攻略もできるかと」
「ありがとう。別地点の上陸は」
「予定通り進んでおりますぜ」
二人の報告に、ジャンヌは頷いて応えて羅へと振り返る。
「予想よりも抵抗が弱いな、何か気になった事は?」
「敵の武装が予想よりも軽装である場合が多いです」
少し考え、ピエールはそう報告した。
拳銃や、近場にあった工具などでとりあえずの反撃を行うゴブリンが多いのは事実だ。
「海上からの進攻を全く想定してないとは考えにくいが、あるいはそこまで重要な施設であると考えてないか」
「後者であれば、本作戦の目的に支障がでますね」
ジャンヌの言葉に、羅はふむ、と顎に手をあてる。
「なら、こちらから出向くに足る価値を提供すればよい」
「価値を提供、ですか」
「そろそろ夜明けか」
タパハと久保田は管制塔に入っていた。
ここからなら、全体を俯瞰するのに丁度いい。
「少し、苦言を申し上げたいのですが」
「わかっている。余計な事は言うな」
管制室で仕事をしていた管制官が数人、手足を縛ったうえで外から見えるように窓際に配置されていた。
わかりやすい人質と保険である。海上の軍艦が砲撃を行えば、空港の施設を破壊するのは簡単だろう。それを留めるために、人間がここに居るとアピールしておく必要があるとタパハは判断したのだ。
「貴様の部下の命を守る手段でもある、そうだろう。ならば、余計な言葉で俺の邪魔をするな。奴らが可愛そうだと思うのなら、適当に交代させて休憩でもさせてやれ、それは貴様に任せる」
「わかりました」
「わかればよい。さて、もはや新整備場は手のつけようがないな。現地の部下には悪いが、時間を稼いでくれるよう祈るしかあるまい」
敵の上陸地点は一箇所ではないが、新整備場の周辺に今は戦力が集中している。取り返しに向かうには今からでは遅い。
「全く忌々しい……あと一週間早く出向いてくれていれば、盛大な歓迎ができたものを」
千代田基地攻略と、オリジンへの遠征のために大量に増産した兵士は、許容量を大きく超えていた。増えすぎた兵士を殺して処分するわけにはいかないと、ダルウィの発案で他の地域に送り出す作業が進められていた。
そのために、一時的な兵士の空白遅滞ができており、この空港もその一部だ。間もなく補充される予定ではあったが、今必要な兵はここには居ない事に変わりはない。
「いかがするおつもりで?」
「すぐに降伏を口にしない事は褒めてやる。船がある以上、これだけ視界の開けた場所で戦うのは割りに合わん。第一第二ターミナルに兵を集め、屋内で奴らを迎え撃つ。人間どもは邪魔にならぬよう作業を止めさせ、一箇所に集まるよう指示を出せ」
「では、そのように。集まる場所はいかがしますか?」
「適当に奥まったところでよい。施設の構造は貴様の方がよくわかっているだろう」
指示を受け、久保田は内線で連絡を取り始めた。
タパハも自らとさして姿の変わらないワーウルフを走らせた。
空中にて援護と敵の動きを探っていたジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)は日が姿を現しきる前に、急いで地上に降りた。地上で軍を進めているウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)と合流する。
「どうした?」
情報の伝達ならわざわざ地上に降りてくる必要はない。
「どうやら、あちらさんはターミナルで篭城する構えですね。屋上に遮蔽物になりそうなものを持ち込んでましたよ」
「打ってでるつもりはないか」
巣を突かれた蜂のように、敵が飛び出してくればその戦力を削るという目的を達成するのは容易かっただろう。
「少しばかり、面倒ですね」
ターミナル自体は、要塞とするには平凡以下の建物だ。ガラスが多く使われているし、攻撃を防ぐ為の城壁も塹壕もなく、砲台のような攻撃設備も当然ながら存在しない。
だが、多くの滑走路を抱える大規模な国債空港であるため周囲は平らでこれといった遮蔽物も少なく、建造物の多い陸路からの進入ではなく海路を選択した国連軍にとって地の利があるとは言い難い。
「こちらも状況を確認した」
突然割り込んできたのは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の通信だ。
「ダリルか」
「ダエーヴァはこちらにあまり悟られぬよう、戦力を終結させているようだ。捕虜の大まかな位置も特定できた」
「すげぇな。どうやってるんだ、それ」
「空港の警備システムに楔を打ち込んだ。まだ限定的なものだがな」
「流石だな、こりゃ安心だ」
「そうなるかどうかは難しいな。どうもダエーヴァは電子技術に余り感心をよせてないらしい。通路を塞ぐのにもシャッターを下ろせばいいのに、わざわざ机を積み上げてバリケードを作っている。電子機器を使ってくれれば、部隊が到着したと同時に道を開けるといった支援もできるんだがな」
「随分とロートルなのですね、彼らは」
「実際の施設の運用は人間任せなのだから、何が使えるか、というのを完璧に把握はしていないのだろう。ところで、いいものを見つけたのだが、ターミナルに接近するのに困難しそうなら使えるだろう」
二人のHCに目標地点が示され、画像が映し出される。
「空輸用のコンテナを運ぶトラックの駐車場だ。空のコンテナにならそれなりに人を積めるだろう。ありがたいことに、これらは怪物化はされてないようだ。乗り心地までは保障できないけどな」
「使うのなら、急いだ方がいいですね。私が見た範囲では、歩兵の火器に車両を破壊できるものはありませんでしたが、保有していないというわけではないでしょう」
「一旦内部に喰らいつければ、あとからターミナルに続く味方の支援にもなるか。よし、そうと決まればさっさと借りに行くべきだな」
「他にも何人か集めておこう。国連軍には悪いが、契約者を中心に選別させてもらうことになるな」
「その辺りは任せた。俺達は移動する」
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