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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 6


「状況を整理しましょう」
 羽田空港国際線ターミナルに集結した新星の主だった指揮官を集めて、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)はそう切り出した。
「国内線ターミナルの制圧は今だ達成されておらず、敵勢力の必死な抵抗により進軍は足止めされています」
「敵の援軍を誘い出した今、まだ制圧しきれてないのは問題だけど、ダエーヴァも無傷ってわけじゃないわ。最後の拠点の防衛のために、各地から戦力を集結させた代わりに、他の地点の戦力は急激に低下してる。こことかね」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が言う「ここ」とは、この国際線ターミナルの事だ。砦として手を加えられた様子はなく、ここに居たダエーヴァも運営を行うのに必要な人員だったと推測される。それをかき集めて国内線ターミナルの防衛をなんとか成立させているのだろう。
 その結果、後退しつつ集結した新星によってこの地点の制圧は容易く行う事ができた。というより、抵抗らしい抵抗をされる事は無かった。
「隠れていた市民からの情報提供により、国内線ターミナル側も大規模な工事を行っての防御力強化が行われてはいないようです」
「最初から現状まで敵の動きを見る限り、援軍が来るまで耐え凌いで、援軍の到着と共に反抗を開始するつもりみたい」
「もともとあまり多くは無かった戦力を、人質一緒の建物に詰め込み、徹底した防戦で時間を稼ぐ。そして、彼らの待ち望んだ援軍は今にも到着しようとしています」
 ダルウィとその親衛隊のような騎馬部隊は既に国内線ターミナルに向かって進軍している。そろそろ接触があった頃だろうか。瞬く間に突破されたのは気に入らないが、大群を指揮しながら後ろから乗り込んでこなかったのは、チャンスとも考えられる。
 その数はおよそ百前後。接触した相沢少尉の報告から、油断のできない危険な敵であると考えられる。だが、たった百前後で慌てて訪れるほどダルウィも愚かではなかったようで、それから次々とゴブリンの群れが集合してきていた。
 その様子から、基地から戦力を捻出したのではなく、途中途中の要塞から戦力を引っ張り出してきたのだろう。ここの司令官と緻密な作戦を練ったかは定かではないが、自身の精鋭でかき回したあとに後続が占拠するといったプランを目論んでいると考えられる。
「そこで、私がするべき事は」
「この地点でできる限り援軍の足を止めます。私達が稼いだ時間で状況が変わると信じましょう」
 敵の目論みが果たされれば、この作戦に導入された人員に壊滅的な被害がでるだろう。契約者なら自力で離脱することもできるだろうが、国連軍の人員や一度は助けたはずの捕虜はどうしようもない。
 絶対にいつかは突破されてしまう防衛線が、今から始まろうとしていた。



 国内線ターミナルでは、その施設内のあちこちで激戦が繰り広げられていた。
 各地点に配置された、少数の待ち伏せを受けて足止めを受けたり。一度は制圧したはずの地点に、どこからともなくダエーヴァが現れて攻撃を仕掛けてきたり、施設そのものが広い上に、従業員用通路を熟知しているダエーヴァの方の行動速度についていくのは難しいものがあった。
 とはいえ、どちらが優勢かと言われれば国連が優勢の状況ではあった。ダエーヴァの抵抗も、単純な戦力比で出ると試算された被害を大きいものにする、という意味では効果的ではあったが、現地の契約者の協力もあり致命的な被害を強いる事には、今一歩届かないでいた。
 押して押されて、そんな戦いを繰り返すうちにじわじわと国連の制圧地区は増え、ダエーヴァは追い詰められていった。
「今のうちに、こっちへ」
 ジェンナーロ・ヴェルデ(じぇんなーろ・う゛ぇるで)が発見された作業員、この場合は事務員だろうか、を先導しながら施設内部を進んでいた。
 この時には、だいぶ奥まで国連も足を踏み入れる事ができるようになっており、そうなると各地に小さいグループで固まる捕虜を発見するようになった。
「こっちは静かだね」
 獣化したルクレツィア・テレサ・マキャヴェリ(るくれつぃあてれさ・まきゃう゛ぇり)の言葉に、ジェンナーロは頷く。戦闘の音は、確かに遠い。
「ダリルさん達のお墨付きだからな」
 この作戦は後方部隊の高度な情報戦略が大きく寄与している。二人が先導する作業員を発見したのも、防衛の指示をくだしたのも、そして今ある程度の安全を確保し移送の判断を下したのも、現場ではなく後ろで控えている人たちの判断だ。
 おかげで、道に迷ったり、誰も居ない地点をうろうろするといった時間の無駄を大きく省けている。
「……何か、変な匂いがする」
 作業員の足に合わせて、ゆっくりと慎重に進んでいる最中、不意にルクレツィアがそう呟いた。それが一体、どんな匂いなのか尋ねる間もなく、ジェンナーロの正面の廊下の壁が、吹き飛んだ。
「な……っ」
 廊下に飛び込んできたのは、大きな戦斧の刃だ。砕けて崩れた廊下の外からは、翼がはためくような音が聞こえており、埃が真っ直ぐ落ちずに何度も浮かび上がって踊っている。
「外で待っておれ」
 そう声がして、ハルバートが一度引っ込むと、少し窮屈そうにしながら廊下にやっと収まるぐらいの金色の鎧の巨漢が、道を塞ぐように現れた。
「人の言葉、これが噂の司令級ってやつか」
 ジェンナーロの全身から汗が噴出した。精神的なものなのか、それともこの巨漢が現れた瞬間から立ち込める、異様な熱気によるものなのか判断はできない。
「人の作るものはサイズが合わんな」
 ダルウィは目の前に居る人間に興味を示さず、鎧についた埃を叩き落している。
「なにこれ、甘い匂い」
 体がべたつきそうなほどの甘い香りが、廊下に立ち込める。
「おい、みんな」
 二人の背後で、バタバタと人が倒れていく。ジェンナーロとルクレツィアの二人にも、思考の鈍足化と気だるさが襲い掛かる。これが、何らかの毒を含んだ気体である、という判断を下すのに、十数秒かかるほどに。
 なんとか気力を振り絞って、ジェンナーロはハンドガンをダルウィに向けるが、ダルウィは背中を向ける。
「このっ」
 発射された弾丸は、標的を大きく外れて壁を削る。だが、ダルウィはそこで足を止める。背中しか見えないジェンナーロには、突然響いた金属を叩く音の正体を理解するのに、
「うぇ、なんだよこれ、ガスか? おい、そっち側、動けるならさっさと逃げろ。捕虜いるんだろ、わかってるよな!」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の声が必要だった。
 ジェンナーロは返事をせず、ルクレツィアと共に連れていた捕虜を抱えてその場を撤退した。返事の代わりに遠ざかる足音が、エヴァルトに届く。
 エヴァルトはガスの効果範囲から逃れるために大きく何度も後ろに跳んで間合いを離す。
「やっと本命のお出ましか」
「中々思い切りのいい踏み込みだったぞ、思わず身構えてしまった」
 ダルウィはくつくつと笑った。
「ここでは、我の獲物を使うには狭いか」
 ダルウィは拳を握るとエヴァルトへと迫った。
「そいつは、負けた時の言い訳か?」
 振り下ろされた丸太のような拳を掻い潜る。
 さっき入れた一撃は、完全な不意打ちだった。防御もさせなかったが、それでも打撃を与えられたようには見えない。それだけ鎧がしっかりしたものなのだろう。
「喰らえ!」
 ならば狙うのは顔面だ。
 拳を振り下ろし前傾姿勢になったダルウィの顔面へ拳を振るう。拳は確かに顔面を捉えたが、間合いが近づきすぎて本来の威力を発揮できなかった。それどころか、拳を叩き込んだというのに、ダルウィの頭は吹き飛ぶどころか近づく。
 強烈な頭突きのカウンターだ。
 巨大なハンマーを叩きつけられたような衝撃が、エヴァルトを貫く。
「弱い、弱いぞ!」
 尋常ではない一撃は、エヴァルトを床に叩きつけようとした。だが、ほんの僅かにしか無い滞空時間にエヴァルトは姿勢を制御し、足で床を掴み、膝で衝撃を受け止めた。
 そして、そこから横に飛ぶ。目の前には壁があったが、するりと壁を抜けた。
「逃げたか」
「誰が、逃げるかぁ!」
 壁を通り抜けながら、エヴァルトは再び姿を現す。
 この行動にはダルウィも少し驚いたのか、僅かな隙があった。体が大きく、廊下であまり自由に身動きが取れないのもあっただろう。
 刹那に間合いを詰めきったエヴァルトは、お返しとばかりに額に額を叩き付けた。ダルウィの巨大な体がぐらつく。
 追撃のチャンスだ。だが、この僅かな手合わせでエヴァルトの体はもはや満足に動けなかった。
 だから、押した。
 僅かな力を振り絞り、自ら空けた壁の穴に、黄金の巨漢を押し出す。
 でっかい障害物が外へ押し出され、穴からは外の明かりが差し込む。視界はじっこに、地上にいる仲間の姿を確認し、エヴァルトは仰向けに倒れた。
「……ちょっと、ガスを吸いすぎちまったな」

「我としたことが、いいようにあしらわれてしまったか。それで、ここから先はおぬし達が相手をしてくれると、そういうわけだな? ん?」
 ダルウィを囲うように、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)夏侯 淵(かこう・えん)と、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)と、朝霧 垂(あさぎり・しづり)の姿がある。
 誰一人として油断を見せるものはない。そして、それ以外の人影はどれも遠い。
「なぁ……このアナザーという世界は何で戦ってるんだ?」
 契約者達もダルウィも、動き出すきっかけを探り合っている段階で、垂が問いかける。
「情報によれば、お前は小さな女の子と一緒に行動しているみたいだな? ……それって『契約』してるんじゃないのか?」
 ダルウィはまだ武器に手をかけてはいない、まともに話をするならば、この機会を逃せばあとは恐らくそんな余裕も考えも残す事はできないだろう。
「お前達がどんな存在なのか、今のオリジンの俺達はまだ知らない……だけど、例えば俺達は『ジーンウォーカー』と呼ばしてもらってるけど、ニリヴァーナの『黒い砂』を受け入れている者も居る」
 あくまで警戒は解かずに、ダルウィは黙ったまま動かない。
「もし、俺達オリジンと共存する意思があるなら武器をしまってくれ。何故そうなったのか理由は分からないが、少なくとも女の子を大切にする気持ちを持っている者となら、俺は友好的な関係を築いて行く事は可能だと思う」
 ふむ、とこぼしながら、ダルウィは武器を手に取り、それを肩に担いだ。
「互いに争い続ける関係もまた、共存ではないか、お嬢さんよ」
 半身だったダルウィは垂に向き直る。
「この星の生物は、競い、争い、喰らい、そうして生きているのではないのか? それとも、人間や我々はそういった格下とは違うものであると、そう言いたいのかな?」
「……っ」
「くははは、少々言葉が過ぎたな。所詮は行く先の違うもの同士、なぁに深く考える必要はない。互いに譲れぬ道なのだろう? ならば成すべき事は単純よ」
「戦い続けるのが俺たちの道、そういうことなのか? けど、じゃあなんで人間の女の子と一緒に居たんだ?」
「簡単なことよ。我らは、血や種族といったものに拘っているわけではない。同じ志を持ちさえすれば、他には何もいらぬ。それだけよ……さて、余興はここまでしておくがよいだろう。このようなところで立ち話など似合わぬからな」
 ダルウィが垂に向かい、大きく踏み込んだ。コンクリートに亀裂が入り、それが合図となって全員が同時に動き出す。
 その戦いを遠巻きに、見る一人の姿があった。
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)だ。
 ダルウィの相手に振り分けられる人数は限定的だ。この作戦の主目的は、本当の目的である黒い大樹の攻略の支援である。その一環として、ダルウィの足止めをするのである。
 倒せるのならそれに越した事はないが、それよりも大部隊を差し向けて、以前見せたという大規模な範囲攻撃を行われて、こちらに大きな被害を出すようになっては問題外だ。
「負けないでよ、垂」
 ライゼの役目は、各監視システムの守備範囲外で行われる、この重要な戦闘を監視し、最悪の事態に備える事である。その為、姿を隠させている部下のメイド達も控えている。
 今できる事は信じて見守る事しかない。
 だから精一杯信じて、ライゼは戦いの成り行きを見守っていた。