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リアクション
鏡の国の戦争 5
千代田基地、道のある遺跡―――
「え、何コレ?」
遺跡の内部に戻ってきたリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は唖然とした。焔虎の下半身が道から飛び出し、天井近くに引っかかっているのである。
「イコンを通す実験をして、こうなっちゃいました……」
ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)がリーラにいきさつを説明する。土や岩の運び出しをリーラが行っている間に、実際にイコンを通したらどうなるかという実験を行ったのだという。
「この間抜けな姿を見ておると、借り物のイコンで良かったと思うのう」
実験を提案した柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は自前のイコンを使うつもりだが、実験に使うイコンは教導団が用意していた焔虎で行われる事になったらしい。
「何か、どっかで見た事あるような姿ね」
アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)の言うように、焔虎の姿は大変間抜けだ。
「けど、これで一つ問題がはっきりしましたね」
「イコンをただ投げ込むだけでは、道を通るのは危険というわけじゃな」
道は地面に対して平行に開いている。人間単体なら、少し面倒だが頭から入ればなんとかなるし、その為の梯子なども設置しているが、それをイコンに要求するのは大変だ。
より機械的に、淡々と運び入れる方法というものが必要になるのは間違いない。
「となると、やっぱりとっぱらうしかねぇな」
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は天井を見上げる。
イコンの搬入方法については、予測されていた問題でもある。当然、その対策も用意してあった。少し工事の工程が増えるが、イコン一体につき、洞窟の中でじたばたする危険と比べれば些細なものである。
「さっさと貫通させたいところだが、その為にはまず遺跡全体の強度の弱いところの補習が先だな」
先に調査をしていた千代田基地が勢作した遺跡の図面を広げる。
「補強ってどうするの?」
リーラが図面を覗き込む。作業の手伝いはしているが、そういった話には全然絡んでないのでよくわからない。
「通路をいくつか埋め立てるんじゃよ」
「へーそうなの、じゃあ私が運び出したのを、今度は持ってくるの?」
「使ってない通路も多いですからね。迷わないように、一本道にしましょうという事らしいです」
「とりあえず、監督達に報告して作業かな。奥の通路、ストーンゴーレム通れるかな」
「またイコプラが泥だらけになってしまうのう」
アナザーでそんなやり取りがなされている一方、オリジン側にまだ残っている焔虎のコックピット。
「……なぁ、俺はいつまでじっとしてればいいんだ?」
通信用のアンテナもモニターもオリジン側に残っている真司は一人、しばらく前に出された「危ないのでじっとしていてください」を忠実に守りながら、次の指示をじっと待っていた。
道の拡張には、千代田基地からもオリジンからも多くの人が動員され、工事は驚く早さで進められていた。そのため、遺跡内部も渋滞とまではいかないが、常に人が出たり入ったりしていて賑やかだ。ただしそれは、主要な通路においては、という話であり横道にそれていくと、じめじとした自然洞窟の姿を見せる。
そんな人気の無いところを、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)とキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は気ままに散策していた。
「進入経路としては、理想的だと思うんだけどなぁ」
「まるで、進入して欲しいようなものいいだな」
遺跡そのものの調査はかなりしっかり行われているが、その管理はといえばそこまで厳密ではない。外からトンネルを繋げたりされれば、千代田基地の心臓近くまで簡単に侵入されてしまうだろう。
「任務の為に進入してきた暗殺者と、偶然出会ってしまった護衛が一目ぼれ……みたいな展開も面白そうじゃない」
「……その話には、相手の見た目で敵味方が判別できないという条件が必要だろ」
「そうよね、あの真っ黒くろ介だと難しいわね……ん?」
「どうし、あ、ちょっ」
突然走り出したリカインを、キューは慌てて追う。道を一本曲がったところで、何物かを追い詰めているリカインの背中を捉えた。
「何してるの、こんなところで?」
リカインが話しかけている相手は、なんとアナザー・アイシャだった。
「アイシャ様? 護衛もつけずにこんなところへ?」
キューは混乱した。一方リカインは、アイシャではなく何も無い真っ暗な地点を見つめている。
アイシャはというと、突然出てきた人に相当驚いていたようだが、意を決した様子で二人に話しかけた。
「……お二人はこの遺跡に詳しいのでしょうか?」
「え、ええ、まぁ、ちょくちょくうろうろさせられたんで」
キューが答える。もちろん、させた相手はリカインである。上は大したものが無くて飽きたそうだ。
「ま、いっか。で、何の話?」
そっぽを向いていたリカインがアイシャに向き直る。
「案内して欲しい場所があるんです」
千代田基地の遺跡の最奥には、アムリアナが封印されていた部屋がある。
「思っていた以上に、質素な場所だな」
リア・レオニス(りあ・れおにす)は部屋をぐるりと見渡した。
大した調度品はなく、あるのは石の土台と、それに乗った棺ぐらいだ。崩落を防ぐための柱と、柱にたいまつをつけるためのでっぱりがある。
「質素というより、寂しいですね」
棺にそっと触れてみながらレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)はそう零した。
「いつか復活するお姫様を封印しておく場所とは思えないよな」
「それは、心無い者にこの遺跡を発掘されないようにとの配慮です」
「え? え? あ、アイシャ様?」
二人の前に、アナザー・アイシャを伴ったリカインとキューが現れた。この組み合わせも理解不能だし、アナザー・アイシャがここに居るというのも意味不明だ。
遺跡の奥はほとんど人が足を踏み入れず、二人がここに来ているのも非常時の防空壕として使えるか、使うならば何が必要かという調査の為である。理由もなくうろつく人なんて、まず居ない場所なのだ。
「ここでいんだよね?」
「はい、ありがとうございました」
「じゃあね、帰り道は気をつけて今度は迷わないようにね」
そして、何の説明もなくリカイン達は去っていった。キューが「いいのかなぁ」という顔をしていたのが印象的だった。
二人が立ち去ると、リアとレムテネルの二人に何ともいえない沈黙が訪れた。
「あの、どうしてこのような場所に?」
少しして、リアが尋ねてみる。
アナザー・アイシャは棺の中に手をいれて、何か考え込んでいる様子だったが、リアが尋ねると、
「ここが埋め立てられてしまうと聞いて……居てもたってもいられず」
「埋め立て……? ああ、その話ですか。いくつかの通路は、埋め立てるという話ですが、遺跡そのものを全て塞ぐわけではありませんよ」
「そうなのですか!」
「え、ええ、そうです」
レムテネルの話を聞いて、アイシャは小さな声で何かを呟いた。耳を澄ますと、
「そんな、どうしましょう。もうここに来れないと思って……」
なんて言っているのが聞こえる。
「あの、少しよろしいですか?」
「あ、はい! なんでしょう?」
「以前のお茶の席で聞きそびれていたのですが、アイシャ様は滅びを望む者について何かご存知ではないでしょうか?」
「ほろびをのぞむもの、ですか。存じませんが、語感から何か悪いものであるようには感じますね。それは、どんなものなのでしょうか?」
「え、ええとですね」
レムテネルとリアはできる限り噛み砕いてアイシャに説明した。滅びを望む者について説明といってもわかっている事よりは推測の方が多いため、どうしても不確定な情報ばかりになってしまう。
「なるほど、そうだとすればダエーヴァもまたその滅びを望む者に縁ある者なのでしょうね」
「アイシャ様は、何かご存知なこととかはないんですか?」
「私の知るところは、アムリアナ様の許した事柄だけなのです。私はアムリアナ様の経験から最低限のことを学んだだけですので、えーとですね、例えば言葉とか歩き方といった知識や技術に関しては不足なくお預かりしているのですが、アムリアナ様個人の経験や過去などについては私に知る事はできないのです。この事は、以前お話ししましたっけ?」
「詳しい話は、初めてですね」
リアはお茶をご馳走になった際に、アナザー・アイシャから自分はあなたの知るアイシャとは全くの別物であるという主旨の話を聞いている。
彼女はアナザーのアイシャではなく、アナザーの女王を限りなくアイシャに近づけたもの、なのだ。純然たる偽者なのだ。
「そうなると、わからない事が多くて大変そうですね」
「そうでもないですよ。不便は無いですし、知識は必ずしも実体験と重なるものではありませんから」
「その知識に、目撃されている天使について何かありませんか? 気になっているのです、世界各地の戦場に姿を現す謎の存在に」
「天使が何かについてもわかりませんが……ただ、皆様と同じものを感じます」
「同じもの、ですか?」
アナザー・アイシャは頷く。
「ええ、うまく言葉に表せませんが、どこか違う匂いのような……あ、いえ、近づいて香りを確かめた事なんてありませんよ。ただ、あくまえ私の勝手な思い込みですが、天使はこの世界ではない、別の場所からやってきたように思うのです」
「まーたどっかで寝てるのかな」
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)はリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)とサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)と合流したが、話を聞かなくても様子からまだアナザー・アイシャが見つかっていない事を理解した。
「突然ふらりと消えてしまうのは、不安になりますわね」
アナザー・アイシャは、ふらっと消えてしまう事がよくあった。その大半は、唐突に眠りだしてしまう事だ。
「かくれんぼやらせたら、たぶん最強だろうな」
ふらっと倒れるのならすぐに気づく事もできるのだろうが、アナザー・アイシャは身を守るためか、物の隙間や影に隠れてしまう。ただ隠れているだけではなく、完全に気配も遮断されるため、シリウスのD.M.Aでも探知する事はできない。風の噂では、発信機をつけておいたのに、行方不明になった、なんて話も聞いた事がある。さすがに、女王相手に発信機を取り付ける勇気は無かったので試してないが、アイシャの護衛をしているとそれをデマだと笑えなかったりする。
「もう少し、探してみよう」
そんなわけで、彼女の護衛の仕事は、アナザー・アイシャの居場所を探す事から始まる事が多い。他の契約者やお客さんとお茶をしている時は、確実に部屋の中に居てくれる安堵の時なのだ。
「もう一度、建物の中を見てきますわ」
リーブラと別れ、シリウスとサビクは二人で周囲の探索を再開した。
二人で注意深く周囲を見回りながら歩いた結果、遺跡の入り口の一つの近くでやっとアナザー・アイシャを発見した。作業員の休憩用にと作られた、手作りのベンチで横になっている。
「やっときたか」
その隣のベンチで腕を組んで座っているジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は、腕を解いて立ち上がる。
「これでオレはお役ごめんだな」
ジャジラッドは立ち去ろうとするが、それをシリウス達が引き止める。
「アイシャ様に何かしてないだろーな?」
「オレはそこで姫様を見つけたから、誰か来るまでここに居てやっただけだ。感謝をされる事はしたとおもうが、避難されるような事はしてない筈だが?」
サビクはジャジラッドの発言に、違和感を感じ取った。嘘感知だ。
「本当のこと、話なよ」
ジャジラッドは不愉快そうに眉をゆがめる。だが、弁明しようとはせず、またサビクも黙って行かせようとはしない。
次第に空気が張り詰めていく。
シリウスはここで揉め事を起こしたくは無いとは思ったが、サビクの反応が無意味とも思えず、慎重に様子を伺っていた。
そんなシリウスの肩を、とんとんと叩かれる。
「あの、何をなさっているのですか?」
アナザー・アイシャだ。彼女でも感じれるほどの不穏な空気なのか、小声になっている。
「えーと……ああ、本人に聞いた方が早い、か? えっと、そこの大男に何かされたりしませんでしたか?」
「随分と失礼な質問だと思うのだが」
「ジャジラッドさんですか? 今日お会いしたのは、これが初めてだと思いますけど?」
いまいち状況を飲み込めていないアナザー・アイシャは、首をかしげながら答える。
「だってさ、サビク」
「ん……わかった」
サビクはジャジラッドから視線を切ると、アナザー・アイシャに向き直った。彼女の言葉に違和感を感じなかったのは確かだが、ジャジラッドを信用したのではなく、女王の前で争ってる姿を見せたくなかったからだ。
「こんな……いえ、遅くなりましたわ」
息を弾ませながら、リーブラがシリウスの肩に手をかける。随分と急いで中の様子を見て回ったらしい。
「何をしてましたの?」
息を整えて、顔を上げたリーブラの視界にはジャジラッドの姿は映らなかった。もう行ってしまったようだ。
「何か、ご迷惑をかけてしまったみたいですね、申し訳ありません」
「いえ、問題ありません」
いつもの事ですから、とはサビクもシリウスも口にしない。
消えて探して見つける、というのはしょっちゅうだが、大抵はアナザー・アイシャが目を覚ます前に、さも当然といった顔で傍に居るのが護衛の役割である。彼女の睡魔が対応できるものでない以上、余計な心労をかけまいという護衛たちの暗黙の了解だ。
そのため、先ほどのリーブラも言葉を選んだのである。
ともあれやっと見つかったお姫様だ。なるべく目を離さずにいないといけない。とはいえ、熟練の契約者でもまず消えるのは防げないので気持ちの問題でしかないが。
「そろそろお部屋に戻りましょう」
アナザー・アイシャを連れて戻っていく三人を、離れたところで観察していたジャジラッドは、反対側の方向に向かって歩きだした。
「つまらん」
今日は数時間、珍しく一人で行動しているアナザー・アイシャを観察したが、特にこれといって面白い発見は無かった。
実はダエーヴァと内通していたり、それはなくとも天使と接触したり、そういったものを期待していたのだが、していた事といえば遺跡の奥の棺を眺めにいっただけだ。
その理由も、リア達との会話から、単なる個人的な決意表明みたいなものだと判断できた。
「縋るものの一つでも欲しくなったか」
結局のところ、あの女王は空っぽなのだ。存在肯定する力も何も無く、ただ自分の役割とそれを理解する有能さだけを与えられている人形だ。役割こそ女王だが、その価値はむしろチェス版のキングであり、取られらたら負け以外の意味を持ってはいない。
今日の冒険の目的の決意表明も、結局は「私はあなたの代役で、素晴らしいあなたに選ばれたのだから、私は頑張ってその役割を務めてみせます」という、自分で作ったルールを確認するためのものでしかない。
尤も、突然「あなたの命は世界と等価です」なんて役割を押し付けられたら、何かしらの支えは欲しくなるのはむしろ当然だろう。まして、価値は与えられても同等の力は彼女に与えられていないのだ。
信用できるか否かで考えれば、信用しても問題は無いだろう。
「己で何かできるわけでもなく、己の望みがあるわけでもない。つまらんな」
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