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第七章 奉納会
翌日、広城を発った一行は、昼までには首塚大社に到着。すぐさま、境内の中央に神楽台を作り始めた。
首塚大社に元々ある神楽殿は、境内の西に寄った所にあり、警備防衛の点で不都合と判断されたためである。
護衛班の面々は、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の立案した《防衛計画》に基づき、社の外、境内、それに神楽台に割り振られた。
この計画は、単に人員を効果的な位置に配置するだけでなく、《メンタルアサルト》と《トラッパー》の組み合わせによる心理的効果を狙ったトラップ(敵を意図的に、特定の方向に誘導するように障害物を配置したり、敵の注意を惹きつけるように目立つモノを置くなど)と組み合わせて、最大限の効果を発揮するように考えられている。
セレアナの防衛計画は、先日の西湘軍侵攻の際にも大いに効果を発揮し、皆から高く評価されている。
一方境内とその周囲では、《破壊工作》に長けた緒方 樹(おがた・いつき)と、《サイコメトリ》の使えるメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が、爆発物が仕掛けられていないか入念に探していた。もし少しでも怪しいと思われる場所があれば、樹の【親衛隊員】によって、徹底的にクリアリングが行われた。
また、神楽台とその周囲には、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が《エバーグリーン》でツタ植物を繁茂させ、植物からも情報が得られるようにした。エースは、植物の『声』を聞くことが出来る。
この他、やはり樹の発案により、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)と新谷 衛(しんたに・まもる)が、舞手の中に護衛として参加していた。二人共、万が一にも舞の失敗につながる事の無いよう、他の舞手と同じ訓練を受け、舞を完璧にマスターしている。
まさに、鉄壁の布陣である。
そして警護にあたる者達は皆、例え相手が怨霊であれ生身の人間であれ、「何人たりとも神楽台には寄せ付けないぞ」という強い気概に満ちていた。
護衛班が警戒配備に努めるその横で、舞楽班が出来上がったばかりの神楽台の上で、最後のリハーサルを行っていた。
今回の陣容は以下の通りである。
まず楽手だが、笛を日下部 社(くさかべ・やしろ)。二絃琴に五月葉 終夏(さつきば・おりが)。鼓に東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)。
鐘と鈴にキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)。歌に響 未来(ひびき・みらい)という従来通りのメンバーに、新人として、大倉定綱(おおくら・しげつな)・定義(さだよし)親子が、それぞれ鼓と笛に参加していた。
しかし、二人とも能が趣味という大倉 重綱(おおくら・しげつな)の厳しい薫陶を受けたとあって、かなりの名手であり、従来の演奏に一層の重みと渋みを加えていた。
舞手の方だが、中央に『東遊舞継承者』であるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が立ち、その両脇を五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)と広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)の母春日(かすが)が固める。
その後方では、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)、レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)、そして護衛を兼ねるジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)と新谷 衛(しんたに・まもる)の5人が舞い、御上 真之介(みかみ・しんのすけ)と大倉 重綱(おおくら・しげつな)の男性二人が、巫女達の舞によって鎮魂される首塚大神の役を務める。
舞手が二人から一気に十人に増えたので、一時はどうなるかと心配もされたが、こちらも新人のレベルが皆高いため、一層華やかさの増した舞となっていた。
芸能プロダクション社長の日下部 社(くさかべ・やしろ)など、
(これ、普通に金取って公演出来るレベルなんちゃうか?)
と、真面目に検討したほどである。
「大丈夫。これならきっと、大神様のお気持ちも鎮められる」
「素晴らしい舞でした。皆さん、免許皆伝ですね」
実際このリハーサルは、東遊楽の継承者セツと、東遊舞の継承者幸(さち)が揃って太鼓判を押す出来だった。
「お二人共、わざわざ有難うございました」
身の危険を犯してまで、リハーサルを観に来てくれた二人に、深々と頭を下げる円華。
「なんのなんの。東野の運命がこの舞にかかっていると聞かされては、来ない訳にはいかんしのぅ」
「怨霊が出ると言っても、明るいウチは安全ですし。それに、とても良いモノを観させて頂きました」
「本当に有難うございました。さ、お二人は明るい内にお帰り下さい」
二人は、舞の参加者一人一人に激励の言葉をかけると、御上の手配した飛空艇で広城へと戻っていった。
「最後に、繰り返しになるけれども――」
二人を見送った御上が、口を開いた。
舞楽班一人ひとりの目を、じっと見つめる。
「僕達舞楽班は、例えどれだけ味方の戦況が不利になっても、絶対に周りに気を取られないように。戦闘に参加していいのは、ジーナ君と新谷君だけだ。少しでも集中が乱れると、舞が効果を発揮しなくなる恐れがある。あくまで仲間達を信じて、自分の仕事に全神経を集中するんだ。いいね」
皆が、厳しい顔で頷いた。
「リカイン!」
舞手の中にリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)を見つけた猪洞 包(ししどう・つつむ)が、駆け寄ってくる。
「今日の舞、とっても良かったね!」
「そう、有難う。包」
リカインは、改めて包を見た。
始め会った時は子供だったのに、今では傍目から見たら立派な成人男性だ。
(まだ、あれからほんの数ヶ月しか経ってないのにね……)
つい、そんな感慨に浸ってしまう。
「ねぇ、包。本当に、護衛班に加わるの?一人で、大丈夫?」
「大丈夫だって。僕ももう、立派な大人なんだよ?確かにまだ戦った事は無いけど、僕は大神の生まれ変わりだもの。きっと戦いになれば、戦い方も思い出すよ」
「くれぐれも、無茶しないでね。もしあなたが本当に大神様の生まれ変わりから、何が起こっても不思議じゃないんだから」
リカインとしては正直な所、その点の方が心配なのだ。
広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)に大神が憑依するくらいなのだから、包の場合何が起こるか本当に見当もつかない。
「わかってるって。だから、舞じゃなくて護衛の方を選んだんだし。リカインこそ、舞頑張ってよね!」
包は、言いたいことだけ言うと、自分の持ち場へ戻っていく。
その後ろ姿を見送りながら、リカインはどうしても不安を拭い去る事が出来なかった。
「随分、一生懸命リハーサル見ていたな」
「え?な、なんだ、レティシアか」
急に声をかけられ、驚いたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が振り向くと、いつの間にやって来ていたのか、レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が立っていた。
「舞台の上からでも視線を感じたぞ。どうせ、フレンディスの事でも見ていたのだろう」
「わ、悪いかよ――……」
紅くなってそっぽを向くベルク。
「全く、お前たちも進歩しないな。もう恋人同士なのだろう?いつまでも子供でもあるまいし、紅くなるようなコトか?」
「大きなお世話だっ!」
顔を真っ赤にして怒るベルクを、楽しげに見つめるレティシア。
今回もまた敵を切る機会を失し、ストレスの溜まっているレティシアにとって、ベルクはからかってストレス発散するには丁度良い相手なのだ。
「ま、我としてはどうでも良い事なのだがな――そうそう」
「ん?なんだ?」
「いや。もう一人、お前に負けず劣らず熱心に舞台を見つめていた者がいたのでな」
「誰だ?」
「ホラ、あそこだ。先程からずっと、思いつめた顔をしている」
レティシアの視線の先にいるのは、泉 椿(いずみ・つばき)だ。
「ああ、ありゃ椿だ」
「知っているのか?」
「知ってるも何も。アイツが御上先生――って、今はもう先生じゃなかったな――の事が好きなのは、有名な話だからな」
「御上 真之介(みかみ・しんのすけ)の事が好きなのか」
「そうさ。今回は、男舞に御上先生に加わってるからな。それでガン観してたんだろう」
「なるほど。恋する者同士、同じ思いを抱く者の事はよく分かると言う訳だな」
「いや、そういうのカンケーねーから!つーかイチイチ俺に結びつけんな!!」
言い合いを続ける二人をよそに、椿は一人、物思いに耽っている。
(先生――……)
椿の視線は、リハーサルからずっと、御上の姿を追っている。
(あたし、やっぱり先生が好きだ……。今までは、『先生の側にいられればそれで良い』って思ったけど、やっぱり……それだけじゃイヤだ……。死んだ父ちゃんだって、先生が相手だったら、きっと認めてくれる……。でも……)
五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)と、何事か話し始める御上。
楽しげに笑い合う二人を見ると、椿の胸はチクリと痛む。
(でも、あたしなんかでいいのか……?円華の方が、ずっと先生に相応しいし、役に立つ。あたしに出来る事と言えば、先生を守る事だけ……。でも、あたしの強さじゃ、先生を守り切れない。それどころか、先生に心配かけちまう――)
椿は先日、暗殺者に襲われた御上を庇って負傷してしまった。
あの時の事は、椿の中では、御上がずっと側に付き添ってくれた喜びよりも、御上をひどく心配させてしまった事への罪悪感
の方が、もっと強く印象に残っている。
(もっと強くなって、もっと先生に相応しくになれたら……そしたら先生は、あたしを生徒じゃなくて、一人の大人の女として、見てくれるんだろうか……)
答えの出ない問いを胸に、椿はいつまでも、御上を見つめていた。
「間もなく、日が暮れる。総員、所定の位置につけ」
樹の指示の元、一斉に配置に着く護衛班。
一方舞楽班も既に準備一切を整え、開始の合図を待っている。
水平線の向こうに夕日が沈み、やがて世界の色が少しずつ変わって行き、宵闇に包まれていく――。
それは、突然現れた。
闇の一部が突如揺らめいたかと思うと、そこには、薄ぼんやりと輝く人影のようなモノが立っている。
怨霊だ。
怨霊が、一人、二人と現れたかと思うと、すぐに数えるのが不可能な程の早さで、怨霊が現れる。
あっという間に、辺りは怨霊の群れで埋め尽くされた。
「すげぇ……」
【聖獣:真スレイプニル】を駆り、上空から東野各地を偵察していた夏侯 淵(かこう・えん)には、首塚大社の周りが青白い光で埋め尽くされているように見えた。
まるで宇宙ステーションから、煌々と光を放つ大都市を見た時のようだ。
(みんな、頼んだぞ……)
夏侯淵は、祈るような気持ちで下界を見つめる。
もちろん、危急の時にはスグに駆けつけるつもりだが、今のまだ、見守る事が彼の仕事である。
同じ頃、首塚大社から遠く離れた寿々守(すずもり)村でも、酒杜 陽一(さかもり・よういち)達が怨霊と戦いを繰り広げていた。
「でいりゃあーーーー!!」
酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、渾身の力を込めて【ソード・オブ・リコ】を振るう。
巨大な光の刀身が通った場所にいる怨霊達が、声にならない叫びをあげて消えていく。
その信じられないような光景に、一瞬呆気に取られていた村人から、割れんばかりの歓声が上がる。
昨日まで、自分たちを恐怖のどん底に陥れていた怨霊の群れが、剣の一振りで消えてしまったのだ。
村人達にしてみれば、それこそ奇跡が起こったように感じられたろう。
「ぼさっとするな陽一!次行くぞ!」
顔見知りの村人達からの歓声に応えて、手を振っている陽一を、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が叱責する。
「次って……この辺り奴らは今片付けだだろ?」
「この際だ、この辺りの怨霊共は一掃しておく」
「一掃しておくって……簡単に言ってくれるな、オイ」
「心配するな、貴様になら出来る」
「お、オウ……」
半ばフリーレの勢いに押し切られる形で、怨霊を一掃する事になった陽一。
ここから、彼等の長い夜が始まった。
まずは《クライ・ハヴォック》で辺りに朗々と響く咆哮を上げ、怨霊の注意を引き付けた上で《プロボーグ》を使い、敵に自分だけを狙わせるようにする。
その状態で逃げ回り、時にはフリーレが《天使のレクイエム》使って敵を足止めしたりして、十分に数を集めた上で、戦場の状況に合わせて(田畑や民家に被害が及ばないように)ソード・オブ・リコかフリーレの《滅技・龍気砲》を使い、敵をまとめて一掃する。
フリーレの魔力が少なくなって来た時には、《蒼空の絆》や《聖霊の力》それに【月桂樹のバングル】で魔力を回復しながら、陽一が戦って時間を稼いだ。
時には、同じ様に怨霊と戦っている風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)と《テレパシー》で連絡を取り合って、協力して怨霊と戦ったりもした。
こうして陽一たちが怨霊退治に性を出している間、酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)は怨霊に襲われた村々を廻り、【特戦隊】に村人の避難誘導を指示したり、《歴戦の回復術》で負傷者の手当をしたり、それに《ティータイム》で用意したお茶とお菓子を振る舞って村人の気を落ち着かせたりと、忙しく動き回った。
結局この夜は皆、辺り一帯から怨霊を完全に駆逐し尽くすまで、戦い続けたのだった。
時は少し戻る――。
怨霊との戦いは、首塚大社でも始まっていた。
「お前らには、舞台の上の一人だって、傷つけさせやしないぜ!」
ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は、怨霊の姿を確認するや否や、皆に【魔除けのルーン】を施すと、手にした『【双翼蛇の杖】と《我は射す光の閃刃》で、怨霊の群れを攻撃し始めた。
杖から発せられた冷気と雷が怨霊を襲い、光の刃となった戦女神の威光が敵をなぎ払う。
「ドンドン来い!幾らだって、相手してやる!」
強力な術者であるベルクには、怨霊の相手などお手の物だ。
「「《裁きの光よ!》」」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の呼びかけに応え、姿を現した天使の一群が、怨霊達の上から光の雨を降らす。
聖なる光を身体を焼かれ、声ならぬ声を上げて苦しむ怨霊達。
「地獄の雷よ!」
「凍てつく凍気よ!」
そして、エースを中心として放射状に放たれた雷と、メシエの周囲に突如吹き荒れる猛吹雪が、弱った怨霊達に止めを刺す。
ベルクとエース達の範囲攻撃から漏れた怨霊を狩るのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の役目だ。
「ゴメンね、みんな!」
眩い光を放つ【日輪の槍】で、次々と怨霊を屠っていくコハク。
「迷わず、成仏してよね!」
《ライトブリンガー》で魔法の武器と化した拳と脚、それに【奉神の宝刀】を振るい、怨霊を消し去っていく美羽。
例え怨霊と成り果てたとはいえ、元は同じ自分と同じ人だった事を考えると、コハクも美羽も、どうしても、相手の身の上を思いやらずにはいられない。
「みんな、よく頑張っているな」
神楽台を中心とした境内全体が見渡せる大木の上に陣取った緒方 樹(おがた・いつき)は、戦況を冷静に観察していた。
樹の《士気高揚》の効果もあってか、味方は怨霊を全く寄せ付けていない。
怨霊たちはいくら倒しても、本殿から次々と溢れてくる。恐らくは、首塚大神が喚(よ)んでいるだろう。
「私達も、そろそろ始めましょう」
頃合い良しと見た五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)が、皆に声を掛けた。
少しでも多くの霊を浄化するために、霊が集まるのを待っていたのである。
「みんな。ちょっと待って」
五月葉 終夏(さつきば・おりが)が、皆に声をかけた。
「舞を舞う前にもう一度、セツさんと幸さんの言葉を思い出して」
「セツさんと幸さんの言葉――」
オウム返しに繰り返す樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)に、終夏はまるで暗誦するように二人の言葉を語りだす。
『人々は、鬼に対する謝罪と鎮魂の想いを込め、舞を舞い、楽を奏で、歌を歌うのです』
『舞を舞う者も、楽を奏でる者も、歌を歌う者も、そしてそれを聴く者、見る者。全ての者が、死者の安らかな眠りを願い、祈るのです』
それは、東遊舞を貫くテーマであり、そして、終夏たちが初めて東遊舞を舞った時に、セツと幸から聞いた言葉でもある。
「でも私は今、もう一つ、『未来』への想いを加えたいの」
終夏は続ける。
「いつか、遙かな未来で、彼らが幸せに暮らせる事を。だから、怨霊になってしまった人達には、安らかにナラカに旅立ってもらいたい」
「終夏様。白姫も、同じ思いです。死者の皆様――そして、大神様には、今まで皆様が作って下さった世界への感謝の想い、そして、これから私達が作っていく未来を見守っていて欲しいという願いを、伝えたいと思います」
「白姫さん――。一緒に、大神様に伝えよう。私達の、この『想い』を」
白姫の手を取る終夏。
その手を、白姫も強く握り返す。
「頑張ろうね、みんな!」
終夏と白姫の言葉に、ある者は感極まって涙を流し、またある者は力強く頷く。
舞楽班の皆の心は、一つになった。
「ん……?そろそろ、舞が始まるか」
高みから戦況を見ていた樹は、無線機を手に取ると、レン・オズワルド(れん・おずわるど)に連絡を取った。
首塚大社での舞に合わせて、東野の各地でも、舞が舞われるはずだ。そして、多くの人の祈りも集まるはずである。
終夏の言葉の通り、人の祈りは舞の力を何倍にも高めてくれるのだ。
シャリーン。
鈴の音が、響く。
シャリーン。
もう一度。
シャリーン、シャリーン。
そして、更に二度。
続けて響く、鼓の音。
そして、笛の主旋律が加わり、そこに、響 未来(ひびき・みらい)の透き通った、よく通る声が重なる。
ゆっくりと立ち上がり、舞台の中央へと進み出る舞手達。
ついに、東遊舞が始まったのだ。
「始まった!」
押し寄せる怨霊を《滅焼術『朱雀』》でなぎ払いながら、背後を見やる隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)。
そこには、舞を舞う樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の姿がある。
(守り通してみせる……何としても!!)
決意を新たに、刀を振るう銀澄。
「……!来るよ、美羽!新手だ!」
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、《殺気看破》で、新たな敵の気配にいち早く気づいた。
「やっぱり、怨霊だけじゃ済まなかったな――先生には、指一本触れさせないぜ!」
同じ気配を、泉 椿(いずみ・つばき)も感じ取っていた。
「どこから来る……そこだ!」
「メシエ、あっちだ!」
《ディテクトエビル》で敵の存在を感知したコハクとベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の指差す方向に、《神の目》を使うメシエ。
強烈な光が、隠れていた一団を衆目に晒しだす。
それは、生身の人間だった。
一体、どうやって近づいたのか。
小銃や刀で武装した集団が、いつの間にか、境内に入り込んでいたのだ。
「――あいつら、金鷲党だ!」
これまでにも、幾度も金鷲党と戦った事のある椿が、集団の中に何人か見覚えのある顔を見つけたのだ。
「気をつけろ!目的の為なら、自爆だってしかねない奴らだからな!」
「守りは任せて――布都御霊よ!」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、{SNM9999007#金 鋭峰}より授かった【霊刀『布都斯魂』】を高々と掲げると、神楽台の方に切っ先を向けた。
神楽台を中心とした、目に見えない結界が張られたのだ。
キンキン、と乾いた金属音を立てて、金鷲党の撃つ弾丸が結界に弾き飛ばされていく。
「なら、あたしはやっぱり攻め専門かな♪」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、《疾風迅雷》で一気に敵との距離を詰めると、先頭の一人に《疾風突き》をお見舞いする。敵の射線入って敵の攻撃を邪魔すると共に、セレアナが仕掛けた心理的トラップに引っかからなかった敵が、射撃体勢を取る前に仕留める気なのだ。
「セレン!」
セレアナは、セレンへの支援射撃しながら、女王への祈りの言葉を手短に呟く。《女王の加護》が、自分達二人を守ってくれるようにと。
「敵を、舞台に近づけるな!敵の射線を塞げ!」
緒方 樹(おがた・いつき)は、【親衛隊員】に《指揮》しながら、自らも《ヒロイックアサルト》で威力を増した《クロスファイア》で、敵に一斉射撃を浴びせる。
こちらの射撃のタイミングを読み、舞手に射撃を加えようと立ち上がった一人が、樹の《追加射撃》の餌食となった。
護衛班の激しい銃撃と、セレンの身体を張った妨害の前に、それ以上一歩も動けずにいる金鷲党。
しかし突然、その戦闘とは全く正反対の方向から現れた金鷲党員が、舞台に向かって突進する。
その数、全部で7名。
「一体どこから!?」
《ディテクトエビル》にも、《殺気看破》にも引っかからない敵がいた事に、樹は驚愕していた。
その間にも、敵は小銃を連射しながら、舞台に向かって突進していく。
先頭を走っていた男が、不意に何か見えない壁にでもぶつかったようによろめいた。
ルカの張った、結界にぶち当たったのだ。
「その結界は、決して破れないわよ!」
勝ち誇ったように叫ぶルカ。
「――それはどうかな?」
その敵は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、内懐に手を差し入れた。
その途端――。
ドォーーーーーン!
耳をつんざく爆音と、身体を震わす震動。凄まじい爆発が、巻き起こった。
地面に、不自然な形の巨大な穴が開いている。
「自爆!?」
「やっぱり、やりやがった!」
椿が、吐き捨てる様に言う。
「残念ね。でもその程度の爆発じゃ、『布都斯魂』の結界は破れないわよ」
あくまで強気なルカ。
だが金鷲党員たちは全く怯む事無く、結界に向けて2度、3度と突っ込んでは自爆を繰り返す。
「これ以上はムリよ!」
ルカが、悲痛な声を上げる。
いくら『布都斯魂』の結界が強力とは言え、同じ所に連続して大きなダメージを与えられれば、耐えられない。
ルカの声に自信を得たのか、4人目が口元に笑みを浮かべながら突進していく。
だが、あと数歩で結界という所で、その歩みが突然止まった。
足が、地面から離れているのだ。そのまま少しずつ宙へ浮かんでいく。
「これ以上、やらせるか!」
隼人・レバレッジ(はやと・ればれっじ)が、《グラビティ・コントロール》で、兵士の身体を宙に浮かせているのだ。
だが、隼人が敵を十分に結界から離すよりも早く、敵は自爆スイッチを押す。
再び巻き起こる爆発。
パリィーーーン!
何かが割れるような、甲高い音がした。
ついに結界に、穴が空いたのだ。
生き残りの金鷲党員達は、地面に開いた巨大な穴を一跳びで跳び越えると、その穴に向けて殺到する。
「出番でやがりますわよ、バカマモ!」
「ハイな、ジナポン!」
「アタシも行くぜ!」
それまで、舞に専念していたジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)と新谷 衛(しんたに・まもる)、それに最後まで舞台下に待機していた泉 椿(いずみ・つばき)が、すぐさま行動を開始した。
自らを盾にして、金鷲党の銃弾を防ぐジーナと椿。幾つもの弾丸が二人を襲うが、《要人警護》に長けた二人に、さしたるダメージは無い。
「よくもジナポンを!」
まさに《鬼眼》とも言うべき憤怒の表情で、敵を睨みつける衛。
余りの迫力に、敵の攻撃の手が一瞬緩む。その隙をついて、三人は一気に敵に肉薄した。
「《お引き取りくださりやがりませ》ですのーーー!」
密かに懐に忍ばせていた【超絶ツッコミハリセン】で、敵をボコボコにするジーナ。
「テメエ、死んで詫びろ!!」
衛の《龍の波動》と、《羅刹の武術》で凶器と化した【うちわ】のコンビネーションをモロに喰らい、吹っ飛ぶ敵。
「先生には、傷一つつけさせねぇからな!」
椿の《雷霆の拳》が、ジーナと衛の攻撃で弱った二人を、完全に行動不能にした。
しかし残った最後の一人が、舞台へと向かう。
「また特攻!?」
樹も銃撃しようとするが、衛やジーナたちに射線を邪魔され、撃つことが出来ない。
凶悪笑みを浮かべながら、敵がスイッチに手をかけた、その時――。
何処からともなく現れた一陣の風が、敵のみぞおちに強烈な一撃を浴びせた。
「ナイス、葉莉!」
椿が叫ぶ。
それは、土雲 葉莉(つちくも・はり)だった。
最後の防衛線として、《隠形の術》で身を潜めながら、じっと機会を伺っていたのである。
こちらに殺気を感じさせなかった程の手練の敵だったが、捨て身の攻撃に意識を集中するあまり、最後の伏兵の存在に気づかなかったのである。
「ぐ、グァ――……」
急所を《経絡打ち》され、口から反吐を吐いて崩れ落ちる敵。
葉莉はその手から、素早くスイッチを奪い取る。
それが、金鷲党の最後の攻撃だった。
乾坤一擲の特攻が失敗に終わった事を悟った金鷲党は、素早く撤退に移る。
樹は、それを追うよう指示を出さなかった。
逃げた敵を追うのは、上空にいる夏侯 淵(かこう・えん)の仕事だ。
かくして、境内から銃声がやんだ時――。
東遊舞の終わりを告げる、最後の鈴の音が鳴り響いた。
「何とか、なりましたね――」
御上 真之介(みかみ・しんのすけ)は、ホッとした表情で辺りを見回した。
既に境内にも、さらにその外にも、少なくとも視界の及ぶ限りの範囲に、怨霊の姿は一つも無い。
皆、柔らかな温かい光に包まれて、ナラカへ旅立っていった。
首塚大神がいる以上、また怨霊は現れるだろうが、相当数は減ったはずだ。
恐らく東野各地に出没していた怨霊達も、激減しているだろう。
円華やキルティス達舞楽班と、そして身を挺して自分たちを守ってくれた椿達護衛班に目をやる。
負傷者こそいるものの、幸い、死者は出ていない。
(どうやら、作戦の第一段階は無事終了したみたいだな――)
御上が、仲間たちに笑いかけようとしたその時。
その視線の彼方に、御上は、信じられない物を見た。
「た……雄信様……!?」
薄く開いた本殿の扉から、よろけるように現れた人物。
全身にドス黒い血がこびりつき、身に付けている衣服も破れ放題ではあるが、間違いない。
それは、首塚大神と化している筈の、広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)だった。
「た、雄信――……?」
雄信の母春日(かすが)が、『信じられない』という目をして、口元を覆っている。
「雄信ーーー!」
その隣を、雄信の名を叫びながら【ダッシュローラー】で駆けていく者がいる。
隼人・レバレッジ(はやと・ればれっじ)だ。
「たけのぶーーー!」
皆が呆然としているその中を、隼人はまっしぐらに雄信の元に駆け寄ると、階段のきざはしで危うく倒れそうになった雄信の身体を抱きとめた。
「雄信!しっかりしろ、雄信!!」
雄信の身体を支えながら、そのやつれた顔を覗き込む隼人。
雄信が、隼人の顔を見る。
しかしその目は、隼人を見てはいなかった。
「た、雄信……?」
不安に駆られ、隼人の雄信を呼ぶ声が弱まる。
「は、隼人……。包君を……。猪洞 包(ししどう・つつむ)君を……。大神を鎮めるには、彼が必要なんだ……」
それだけ言うと、雄信はガックリと頭を垂れる。
「雄信!!誰か、雄信の治療を!それから、猪洞をここに!」
大声で叫ぶ隼人。
「包?包なら、境内の護衛をしていたはずだけど――」
包の姿を探して、境内を見回すリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)。
しかし、包の姿は無い。
「包?ねえ、誰か包を知らない!?何処にいったの、包!返事をして!包!包!」
激しい不安に襲われ、必死に包を探すリカイン。
その後、皆で周囲一帯をくまなく探したが、包の姿は何処にも見つからなかった。
まるで雲隠しにでもあったように、いなくなってしまったのである。
(まさか……。景継の狙いは、初めから包君だったと言うのか……?)
御上は、愕然とする事しか出来なかった。
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