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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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第十四章  あるべき場所、あるべき姿

(よくぞ戻ってきた。我が分身よ……)

 首塚大神の威厳に満ちた思念が、猪洞 包(ししどう・つつむ)の頭の中に伝わってくる。
 包は今、首塚大社の荒れ果てた本殿の中で、首塚大神その人と対峙していた。
 ここには今、二人の他には誰も居ない。

(貴方が、もう一人の僕……)

 包も、思念を返す。

(そうだ、我が分身よ。よく、戻ってきてくれた――)

 磐座の上に座り込んだ首塚大神は、静かに語り続ける。

(そなたは広い外界を見、多くの体験をし、多くの人々と交わった。その一つ一つの出来事から、そなたが味わった喜び……愛……幸せ……。それこそが、我が欲するモノ。それは、外つ国の者によって虐げられた我には、無いモノなのだ。しかし、そなたの感じた、幾多の温かな『想い』を通して、我は、外つ国の人々をも愛する事が出来る様になるだろう……。それが、この変わりゆく大地を庇護する神として、今我が成さねばならぬ事なのだ――)
(大神様――。貴方はでは、外国の人達への恨みを棄てる為、外国の人達にも恵みを与えられる神になる為に、僕を作ったのですね)
(その通りだ。どうだ、包よ――。そなたの経験は、我を変えるに足るモノか?)

「ハイ!」

 包は、大きな声で答えた。

(ならば包よ――。我が許へ来るが良い――)

 首塚大神に誘われるまま、ゆっくりと歩いて行く包。
 包が、磐座の前まで来た時、首塚大神が右手を差し出した。
 迷う事なく、その手を握る包。
 その瞬間――。
 重なりあった二人の手から発せられた眩い光が、本殿を埋め尽くした。


「終わったようですね」
「そのようだ」

 内部の様子を感じ取った五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)安倍 晴明(あべの・せいめい)が、ゆっくりと立ち上がる。

「包……!包――!!」

 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は本殿への階段を駆け上がると、観音開きの扉の片側を開け、中に滑り込んだ。

「包!!」

 磐座の前に倒れている包を見つけたリカインは、慌てて駆け寄ると、彼の身体を抱き上げた。

「包!つつむ!!」

 名を呼びながら、何度も包を揺するリカイン。
 しかし、包の応えは無い。

「包……?」

 いやな予感が、リカインの頭をよぎる。
 しかし、包の胸が静かに上下しているのを見て、リカインは、ホッと胸を撫で下ろした。

「包――!良かった……」

 包を抱きしめ、その場に泣き崩れるリカイン。

「大神様は、元の力を取り戻したみたいだね。社の中が、清らかな空気に満ちている」
「いいえ」

 晴明の言葉を、円華は静かに首を振って否定した。

「元に戻るどころか、大神様は、より一層お優しくなられたようですわ。この本殿は、祟り神だった頃の面影がどこにも無いくらい、温かな気に包まれています」

 以前の首塚大社を知る、円華にはわかった。
 これを、この優しさを得る為に、大神は包を作ったのだと。

「なら、この社もその慈愛溢れる神様に相応しいモノにしないとね」
「ええ。そうですわね」

 晴明と円華は、首塚大神が宿る磐座に、静かに祈りを捧げると、リカインと包を連れ、本殿を後にした。

「あ、見て下さい、あれ!」

 円華が、東の空を指差す。
 ちょうど、地平線の彼方から、太陽が昇って来る所だった。

 円華達も、外で待っていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)、そしてエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)達も皆、その朝日を清々しい気持ちで見つめた。

 こうして、新しい四州の一日が始まったのだった。



「良かったですね、円華さん。解理の鏡を、元に戻す事が出来て」
「それもこれも皆、晴明さんと御上さんのお陰です。しかも、魔神も異界に還す事が出来ましたし――」

 数日後――。

 円華は、景継によって魂の器とされ、更に景継によって幾多の魂が封印されていた解理の鏡を、元に戻す事に成功した。
 そもそも解理の鏡は、『理(ことわり)を解く』という名の通り、モノとモノとの結びつきを消滅させる力を持つ。

「その力を使えば、鏡を元に戻す事も可能なのでは」

 と主張したのは晴明だったが、解理の鏡はそもそも、由比家の伝来物であるため、円華はその使い方を知らない。
 そこで御上が思い出したのが、三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)の存在だった。
 長らく由比家に仕え、常に景継の側近くにいた彼ならば、何か知っているのでは――と思い、説得を試みたのだ。

「景継の魂を、静かにナラカに送ってやるため――」という御上の説得を、掌玄は素直に受け入れ、景継の所蔵していた書物の存在を、御上に教えた。
 その中に、鏡の使い方や必要な呪文も書かれていたのである。

 かくして、鏡の中にあった魂は、景継のモノも含めて全て、入念に浄化の儀式を受けた上で、解放された。
 景継の魂を解放する事を危惧する声もあったが、景継は既に全ての力を使い果たしており、普通の魂となんら変わりがなくなっていた。ならば、ナラカへと帰し、然るべき輪廻の輪に戻すべき――というのが、円華と晴明の一致した意見だった。


 そして、本来の力を取り戻した鏡は、その力を持って、炎の魔神と、四州島とのつながりをも解き放った。
 自らを、四州島に縛り付けていた力が無くなった事で、魔神は、何処とも知れぬ異界へと去っていった。
 一方、『白峰輝姫(しらみねのてるひめ)』は、そのまま白峰に残される事になった。
 北嶺の人々が、それを強く望んだからである。
 今、白峰輝姫の力は、白姫岳の精 白姫(しろひめだけのせい・しろひめ)が新たに活性化させた、火山の冷却に使われている。

 少しずつではあるけれど、島は、徐々に本来の姿を取り戻しつつあった。


「円華さん。実は、一つお願いがあるんですが――」
「何ですか御上先生、改まって?」
「実は……、色々と考えたのですが……」

 御上にしては珍しく、言いづらそうにしている。

「どうしたんですか、御上先生?遠慮なさらず、はっきり言って下さい。先生のお願いなら、私なんだって――」
「すみません、円華さん。自分から切り出しておきながら、こんな――。ハッキリ言います、円華さん。僕を、クビにして下さい」
「くび……?」

 御上の言葉の意図が分からず、首をかしげる円華。

「はい。円華さんの後見人を、辞めさせて欲しいんです」
「え……?それは、一体どういう……?」

 御上の発言に、呆然とする円華。

「随分、悩んだんですが……。僕は、この四州島に移住しようと思います」
「移住……?」
「はい。この島はようやく全ての脅威から解放されたものの、災厄の爪痕はまだ島の各地に残っています。それに、これから国を開こうとするこの島は、これから先、何度も難しい局面に立たされるでしょう」

 円華は、御上の言葉を、ただ黙って聞いている。

「この島は、全てがこれからです。そして僕は、この島の力になりたい。この島の為に、働きたいんです」
「御上先生……」
「円華さんは、もう僕なんかの後見が無くても、立派にやっていけます。ですから――」
「わかりました」

 円華は、御上の言葉を遮るように言った。 

「そういう事でしたら――。御上真之介」
「は、はい」

 突然威厳に満ちた態度で名を呼ばれた御上は、一瞬動揺しながらも、居住まいを正した。

「五十鈴宮家頭首、五十鈴宮円華の名において、貴方を、五十鈴宮家後見人の職から解きます」
「は、はっ――。お言葉、謹んで、お受け致します」
「さ、これで良いですね、先生」
「は、はい……」

 予想外にあっさりと聞き入れられて、狐に摘まれたような顔をする御上。

「それ代わり私からも、先生に、一つお願いがあります。聞いて頂けます?」
「え、ええ……」

 円華は、少しの間俯いて何やら考えていたが、顔を上げると、決然とした表情で言った。

「先生――いえ、真之介さん」

 真之介さん――。
 今まで、円華から一度もそう呼ばれた事のなかった御上は、その響きにドキリとした。

「私も……。私も、貴方の側に置いて頂けないでしょうか?」
「え……。それって……?」
「私も、貴方と共に生きたいのです。椿さんと、同じ様に……」
「ま、円華さん……それ――」
「未来さんから、聞いてしまいました」

 一部には『ソロモンの72柱の魔神ではなく、出歯亀の魔神なのではないか』との噂もある響 未来(ひびき・みらい)は、今回もまたその本領を発揮していたのであった。

「もちろん、返事は今でなくて構いません。真之介さんが、椿さんと約束をしたその日――。返事は、その日に聞かせてもらいます。良いですわよね、真之介さん」
「わ、わかりました……」

 御上は、そう返事をするのが精一杯だった。

「それから、私もこの島に残ります」
「え?円華さんもですか!?」
「この島の為に尽くしたいという気持ちは、真之介さんと一緒です。これからは、頭首と後見人ではなく、対等な立場で、島の為に働きましょう。ね?真之介さん♪」
「ええ……。わかりました」

 固く、握手を交わす二人。
 円華の、華の咲いたような笑顔に、御上も、とびきりの笑顔で返した。



「本当に、ここに残るのですか、沙酉?」

 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)の問いかけに、九段 沙酉(くだん・さとり)は、無言で首を縦に振った。
 四州島を去るべく、側近達と最後の別れを済ませた悪路は、最後にもう一度、沙酉の元を訪れた。

 景継との戦いの最中、間一髪沙酉に救い出された三道 六黒(みどう・むくろ)
 しかしその後、彼の足取りは杳として知れなかった。

 悪路や沙酉が生きているのだから、六黒が生きているのは間違いない。
 しかし、二人が幾ら探しても、六黒は見つからなかった。
 見つからないばかりか、その手がかりすら皆無だった。

「ワタシは、ここで、むくろをまちます」

 沙酉がそんな事を言い出したのは、六黒がいなくなって3日後の事だった。

「ワタシは、ゆめをみました。ここで、むくろにあうゆめを。ここでまっていれば、かならずむくろにあえます」

 それきり沙酉は、いくら悪路が諭しても、ここから動こうとはしなかった。


 首を振ったきり、じっと太湖の水面を見つめている沙酉。
 その様子に、悪路は、ついに根負けしたように、ため息を吐いた。

「そうですか……。それが貴方の選択ならば、私はもう何も言いません」
「これは……、よげん」

 沙酉に背を向けて、歩き出そうとする悪路の背中に、沙酉が一言、そう呟いた。

「予言?」
「くだんの、さいしょでさいごの、よげん」
「フフッ……。そういえば、貴方の姓は『九段』でしたね……。いいでしょう。では、その予言が現実のモノとなる日を、私も楽しみに待つとしましょう。では――」

 最後に、典雅な笑みを浮かべて、悪路は去っていった。
 沙酉は、膝を抱えたまま、いつまでも、太湖を見つめていた――。

担当マスターより

▼担当マスター

神明寺一総

▼マスターコメント

 皆さん、こん○○は。神明寺です。やっと、書き終えました……(バタッ!)

 という訳で、【四州島記 完結編 三】のお届けです。
 プライベでは、実に会う人会う人みんな口を揃えて、

「四州島って、本当に平和になるんですか?」

 と真顔で聞かれたモノですが(笑)、なんとか、平和になってくれました。
 これも一重に、皆様のアクションの賜物です。
 本当に、有難うございました♪

 お礼と言えば、まだ話が終わってもいないのに、外伝のガイドに参加して頂いた皆さん、こちらも本当に有難うございます。
 皆さんの、楽しいアクションを、心より期待しております(真剣)
 そして、様々な形で感想をお寄せくださった皆さん、有難うございました。しかも、感想ばかりかお礼までお寄せ頂いた方までいて……。
 皆さんの一言一言が、リアクション作成の支えとなりました。本当に感謝感激雨あられです♪


 最後にいつものお願いになりますが、やっぱり今回も感想を頂けますと幸いです♪
 それと、また誤字脱字辻褄の合わない箇所などございましたら、運営さんまでご一報頂きますよう、お願い致します。
 特に今回は、熱に浮かされながら書いた部分もありますので、何かやらかしてはいないかと、心配でなりません(汗)

 では、外伝で再び皆さんにお会いできる事を、楽しみに――。



 平成甲午  秋神無月


 神明寺 一総



 あーあー、次で終わりかー!(チェッ!)