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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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第八章  四州島記

「敬一さん。一通り、リストアップ出来ました――敬一さん?」
「――ん?ああ、スマン。えっと、リストアップが終わったんだったな」

 三船 敬一(みふね・けいいち)は、読み耽っていた書物から顔を上げると、レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)の持ってきたリストに目を通した。

「ふん……、全部で20も無いな。コレなら、何とか日暮れまでにチェック終わるか?」
「多分、何とか。今回は、取り敢えず首塚大社(くびづかたいしゃ)の周囲に範囲を区切りましたので、この数で済みましたが、これで見つからないとなると、厄介ですね……」
「あの夜、猪洞 包(ししどう・つつむ)がいなくなってから、周辺の村々が襲われるまでの時間を考えると、そんなに遠くまでは行っていないはずだ。今回は、これでやってみるしかない」
「わかりました。それでは早速、なずなに渡してきます」

 レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)は、敬一に見せた神社や祠のリストと、赤丸の付けられた地図を手に、慌ただしく書庫を出て行った。 


 敬一とレギーナは、五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)の推理に基いて、包が封印されている可能性のある、首塚大社周辺の神社や祠のリストアップを行っていた。
 しかし、単に首塚大社周辺の神社や祠というだけでは、その数は百を優に越えてしまう。
 そこで2人は、先日眷属化を起こした旗本や、今回鬼に変えられた村人達の先祖や氏神に関係のある社や祠のみに、調査対象を絞る事にした。
 眷属化を起こした旗本達は、首塚大神(くびづかのおおかみ)に連なる事が、既に先日の調査で分かっている。であるならば、今回鬼となった村人達も、同じように首塚大神の血を引く可能性が高い。

(もし本当に包が首塚大神の分霊であるならば、首塚大神に所縁のある場所に封印した方が、封印しやすいのでは――?)

 この推理に、はっきりとした根拠がある訳では勿論ない。
 だが今は、該当箇所全てを調べ見る時間はない。ならば――と、自分達の勘に賭けてみる事にしたのだ。
 敬一達が作製したリストは、外で待機しているなずなが受け取り、東野にいる御上 真之介(みかみ・しんのすけ)の所に届けてくる事になっている。
 更にそのリストを元に、東野藩の騎兵隊が、各社を一つ一つ調査。
 そこで怪しい点が見つかれば、五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)安倍 晴明(あべの・せいめい)が、魔術的に最終チェックを行う手筈になっていた。

(上手く、引っかかってくれるといいが――)

 レギーナの出て行った扉を、祈るような気持ちで見つめる敬一。
 すると、その扉が音もなく、スッと開いた。

「今、お連れの方が出ていきましたが、何か進展がありましたか?」

 現れたのは、現西湘藩藩主、水城 薫流(みずしろ・かおる)である。


 今、敬一達がいるのは東野ではなく、西湘にある書庫だ。
 しかも、ただの書庫ではない。藩主しか立ち入りを許されず、藩主一族以外にはその存在すら知られていないという、秘密の書庫である。

 東野の知泉書院(ちせんしょいん)での調査に(主にその余りの無整理振りによって)行き詰まった時、敬一がふと思い出したのが、

「あの国が故事故実を有り難がるコトと言ったら、それこそ気狂いのようじゃからな。きっと大昔の事についても、一通り伝わっておるじゃろう」

 という、大倉 重綱(おおくら・しげつな)の一言だった。
 そこで、半ばダメ元で薫流に連絡を取った所、この書庫の使用を許可されたのだった。
 実際来てみると、西湘の秘密書庫は知泉書院とは比べ物にならないほど古くからの情報があり、しかもその全てが、整然と整理されていた。
 お陰で、これまでの調査では存在すら知らなかった社や祠を、随分と見つける事が出来たのである。

「ええ。情報の量といい、質といい、素晴らしいですね、この書庫は。お陰で、随分と調査がはかどりました」
「それは良かった。これで、大神様が少しでも早く鎮まってくれればいいのですけれど……」

 今回、薫流が秘密の書庫の使用を許可したのは、一重に、

「前藩主水城 永隆(みずしろ えいりゅう)が犯した罪の償いをしたい」

 という、一念からであった。
 永隆は、『四州島の開国を阻止する』というただそれだけの為に、由比 景継(ゆい・かげつぐ)と手を組んだのである。
 永隆は景継に、島外からの武器の密輸ルートを確保してもらったり、西湘軍や東野で反乱を起こした九能 茂実(くのう・しげざね)の軍に軍事顧問を派遣する見返りに、この秘密書庫への立ち入りと蔵書の閲覧を許した。
 景継が首塚大神や炎の魔神の復活という陰謀を企てたのは、まさにこの書庫での事だったのである。
 
 そして、永隆がそこまでして四州島の鎖国にこだわった理由が、先程まで敬一が目を通していた一連の書物――『四州島記』であった。
 そこには、他のいかなる書物にも書かれていない、四州島の過去にまつわる西湘藩と水城家の暗部が、綴られていたのである。

「その本、読まれたのですね――」

 敬一の前に広げられている、四州島記の第一巻を見て、薫流がため息混じりに言った。

「貴女も読んだのですか?」

 敬一の記憶によれば、薫流が藩主の座に着いたのは、水城永隆の憑依にされてからの事で、彼女自身の意識は無いに等しい状況だった。
 そして憑依から脱してからは、まだ2日しか経っておらず、しかもその内1日は床に伏せっていた。
 彼女に、この本を読む時間は無かったはずだが――。

「たぶん、憑依の影響なのでしょうね……。私の頭の中には、水城永隆の記憶が残っているのです。永隆は、その本の記述が公になる事を、ことさらに恐れていた……」

 薫流は、つい先日まで高祖父にあたる水城永隆を『大殿様』と呼んでいたが、今は、呼び捨てである。
 既に薫流の中では、永隆は唾棄すべき存在でしか無い。

「この、四州島移住と、魔神召喚の件(くだり)ですね……」

 敬一は、和紙で出来たページを慎重にめくると、該当の箇所を開く。
 そこには、次のような事が書かれていた。


 遥か昔。まだ、マホロバ幕府が成立していなかった時の事。
 この四州島には極わずかな人間が、現在の東野の、太湖沿いの地域に住んでいるのみで、そもそも島には名前すら無かった。
 そこに、マホロバでの勢力争いに敗れ、各地を漂白していたマホロバの流民たちが辿り着き、島に住み着く事になった。
 元々島に住んでいた人々は、この流民たちと交わる事を避け、自ら北嶺の地へと移り住んだ。 
 これが、のちに北嶺藩を構成する人々の先祖である。

 そしてまた、幾多の年月が流れ――再びマホロバから、移民がやって来た。彼等はマホロバ幕府から、この島を支配下に置くために派遣された武士だった。
 彼等を率いる将軍の名は御城 長隆(みじょう ながたか)といった。
 長隆は初め、四州島征服の陰謀をひた隠しにして、極めて友好的に振る舞った。
 そのため、先にマホロバから移住してきた者達――四州島記では、『先マホロバ人』と呼ばれており、この当時、既に東野一体に広がっていた――は、この自分達と先祖を同じくする人々の移住を、心から喜び、歓迎した。
 こうして、先マホロバ人達をすっかり油断させておいて、ある日突然、長隆は牙を向いたのである。
 長年に渡り平和を享受し、戦う事を忘れていた先マホロバ人達は、この突然の奇襲に為す術無く、あるいは攻め滅ぼされ、あるいは降伏を選び、次々と長隆の支配下におかれた。
 しかし、この先マホロバ人達の中に、長隆に決して屈しようとしない、一部族があった。
 丈勇(たけはや)という名の勇猛な族長に率いられたこの部族は降霊術を良くし、自らの先祖の霊を召喚して共に、長隆軍と戦った。
 さらに、北嶺に移り住んでいた先住民達にも声を掛けて一大連合を築き上げ、長隆軍に抵抗した。
 この連合軍の前に、征服計画は頓挫。更に、既に支配下においた部族達も次々と反乱を起こすに至り、長隆は、窮地に立たされた。

(このまま島を征服出来なければ、自分はここで果てるしかない――!)

 追い詰められた長隆は、禁断の秘術に手を出した。
 それは、島の先住民の間に伝わる、異世界から魔神を喚び出して使役する魔術だった。
 喚び出した魔神の制御が極めて難しい事から、決して使ってはならないと、固く戒められていた術である。
 長隆は、その魔術を使い、島にある二つの火山――金冠岳(きんかんだけ)白姫岳(しらひめだけ)の事である――の力を糧として、炎の魔神を喚び出した。
 しかし――。

 言い伝え通り、魔神は長隆の手に負える物ではなかった。
 魔神は島の2つの火山を活性化させると、島全体に、溶岩と火山灰の雨を降らせた。
 たちまち島は、滅亡の危機に瀕した。
 この危機を救ったのは、一人の魔術師だった。彼は、北嶺に住む、先住民の魔術師だった。
 魔術師は、将軍が使ったのと同じ術を使って、異界から氷の魔神と、大地の魔神を喚び出した。
 しかし、魔術師は将軍とは違い魔術の専門家であり、そしてなりより入念に準備を施していたため、魔神の制御に成功した。
 魔術師は、まず大地の魔神の力で二つの火山を島から切り離し、次に氷の魔神の力で、炎の魔神を氷漬けにした。
 そして魔術師は、将軍の喚び出した炎を魔神を異界に追い帰そうとしたが、長隆が召喚術を誤って使っていたため、どうしても異界に還す事が出来なかった。
 そこで仕方なく、氷の魔神のみは島に残す事にして、島内各所に魔神を封印するための『力の道』を建設して回った。


 魔神の脅威は去ったが、既に連合軍にも長隆軍にも、戦う力は残っていなかった。
 止む無く長隆は、幕府から援軍を仰いだ。勿論、魔神を喚び出したのが自分であるという事実は、伏せたままで。
 幕府からやって来た将軍は、瞬く間に島を征服すると、島の統治に乗り出した。
 島の征服に失敗した長隆は、「島を征服した暁には、一島全てを与える」をという約束を反故にされ、わずかに西湘地域の代官の地位を与えられたにとどまった。
 しかし、長隆にとって幸いだったのは、島が征服されて間もなく、マホロバ幕府が鎖国政策を取った事である。
 援軍として派遣されてきた将軍は、島を去る事になり、代わって長隆に『島に残り、再び鎖国が解かれるまでの間、島を保ち続けるべし』という命令が下された。
 こうして長隆は、新たに設置された『四公家』筆頭として、名も水城長隆に改め、引き続き西湘を治める事になった。

 長隆はしかし、自分の四州島征服を妨げた、丈勇とその一族への恨みを忘れてはいなかった。
 長隆は密かに丈勇を毒殺すると、部族の者達に無実の罪を着せ、次々と投獄したり、島外に追放したりした。
 わずかに、四公家の一人広城 清信(こうじょう・きよのぶ)に嫁いでいた丈勇の一女のみが、難を免れたという。

 この直後、長隆は変死を遂げる事になるが――その身体は、まるで物凄い力で引き裂かれたかのように、四分五裂になっていた――、世の人々はこれを、丈勇の祟りだと盛んに噂した。
 更に、長隆の近親者や家臣に立て続けに死者が出るに及び、その噂は頂点に達した。
 ここに至り水城家は広城家に掛け合い、丈勇とその一族を祀る社を東野に建てる事にした。
 これが、現在の首塚大社の始まりである。
 

「水城永隆は、『四州島が開国し、西湘にも四州開発調査団のような組織がやって来る事になれば、この四州島記の存在も知られてしまうかもしれない。そうなれば、自分達の統治の正当性が失われ、藩主の座を追われる事になる』と、恐れた……」
「仰る通りです」

 薫流は敬一の言葉に、静かに頷いた。

「自分達の祖先が、無道な圧制者であり、島を滅亡の危機に陥れた張本人であると、知られたくなかったのです。そしてその思いは、景継の陰謀が実を結ぶにつれ、更に強くなっていきました。昨年の東野での大洪水の時が、魔神の結界が破壊された為に引き起こされた事も、既に気づいていたのです。しかし、その事を黙っていた。もしあの時、事実を全て公表して、然るべき手を打っていれば、事態はここまで悪化しなかったでしょう」

 そう語る薫流の顔には悔恨とも諦めともつかない、複雑な表情が浮かんでいる。

「三船様。私は、今回の事態が収まったら、四州島記に書かれている一切を公表するつもりです」
「薫流様、しかし、それは――」

 それは、西湘藩と水城家を崩壊に導く事になる。

「私は、あくまで権力に執著する永隆の醜さを、嫌というほど目の当たりにして来ました。もうこんな事は、終わりにしなければなりません。私には、永隆の――そして祖先の血を引く者として、その責任があるのです」
「隆明様には、もう?」
「兄とは、あれ以来会っていませんから、まだ。でも兄も、きっと賛成してくれると思います」

 薫流の兄水城 隆明(みずしろ・たかあき)は、九能 茂実(くのう・しげざね)の反乱に加担した咎で、東野で拘束されている。

「……決意は、固いようですね」
「はい」

 そう応える薫流の顔には、一点の迷いすらない。

「なら、公表する前に一度、御上先生に相談するのがいいでしょう。あの人なら、上手く取り計らってくれます」
御上 真之介(みかみ・しんのすけ)様ですか……。あの方には、以前お会いした事があります。今ではすっかり、人が変わられたと聞きましたが」
「そうですね……。確かに、表面的には変わりましたが、中身は以前のままです。相変わらず、生真面目で、お人好しで……そして何より、頭の切れる人です」
「そうですか。それは、相談しがいがありそうですね」

 薫流は、フフッと笑う。
 敬一はその清々しい笑顔を、素直に美しいと思った。