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臨海学校! 夏合宿R!

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臨海学校! 夏合宿R!

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1.出発

 夜明け前。ここ蒼空学園校庭には、大型の連結型飛空艇が停泊していた。見た目は、二両編成の列車に近いだろう。参加生徒数が多いために、飛空艇も大型の輸送能力の高い物があてがわれたのであった。
「はーい、あのですねー。そろそろ出発しますので、皆さん席についてくださーい。ほんとーは、もう時間すぎちゃってるので、急いでくださーい」
 ピンクのバスガイド制服を着た小柄な新米ガイドさんが、一生懸命声を張り上げている。けれども、出発の興奮でざわめいている生徒たちにちゃんと伝わっているかはすごく怪しいところだ。
「それじゃあ、出発しまーす。もう、戻れないですからー、覚悟してくださいねー。じゃあ、出発しまーす」
 新米ガイドさんが言うと、飛空艇が、がたんとゆれた。ゆっくりと動きだすと、徐々に加速しながら仰角をとって上昇していく。
 夏合宿への出発だ。
「皆さん、ちゃんと全員いますよねー」
 飛空艇の中央通路を、よろよろと新米ガイドさんが進んでいった。途中で何人かの顔に、その豊かな胸をぶつけるという事故をふりまくおまけつきで。
「ぶっ」
 ふいをつかれて乳パンチを受けた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、思わず息を詰まらせた。
「何、顔を赤らめているのよ」
 隣に座っていたリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)は、ぐいと武神の胸倉をつかんで自分の方に引きよせた。
「コスプレ持ち込めなくて落ち込んでいると思ったから、せっかくなぐさめようと思っていたのに……」
「いや、これはだな……」
 言い訳しようとして、武神は先ほどの感触を思い返してしまった。
 ポッ。
「ああ、またポッてした。ポッて!」
 リリィは、ぶんぶんと武神をゆさぶった。

「すいませーん。ああー、すいませーん」
 よろける先々に幸福と不幸を撒き散らしながら、新米ガイドさんはやっと後部車両へ辿り着いた。
「いない人はいませんかー」
「あのー、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)君がいないんです」
「ええっ!!」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)の言葉に、新米ガイドさんが両手の拳を口元にあてて悲鳴をあげた。
荒巻 さけ(あらまき・さけ)さんもいないみたいなんですが」
「ひえええぇぇぇー」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)の追補に、新米ガイドさんは胸をゆらしながらあわてて後部デッキに駆け込んでいった。目を細めると、思い切り人相の悪い顔をして遠くを見つめる。
 すでにかなり遠ざかっている校庭に、ポツンと二つの人影が見えた。なにやら、大声をあげて両手を振っている。間違いない、遅刻した二人だ。
「どうしましょう……」
「引き返して、拾ってやれないんですか。ベアは友達なんです」
 本郷 翔(ほんごう・かける)の言葉に、御凪とウィングもうなずいた。
「ダメなんですー。この飛空艇は、自動操縦で……。ああ、ごめんなさい、ごめんなさい」
 ひたすら、新米ガイドさんが頭を下げる。事前のチェックが甘かったのがいけないとはいえ、出発時間に遅刻してしまったのだからしかたがない。
「とりあえず、皆さんは席に戻ってくださーい」
 ガイドさんにうながされて、一同は飛空艇のキャビンに戻っていった。
「あのー、ガイドさん」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、新米ガイドさんを呼び止めた。
「はい、なんでしょー」
 聞き返して、新米ガイドさんが座席の背もたれに胸をあずけて立ち止まった。
「キャンプ場には魔物が出るって聞いたんだけど、どんな魔物が出るか教えてほしいんだ」
「魔物ですか? ええっとー。そういうのがいるというのは、聞いているんですけれどー。どんな魔物さんなのかは知らないんですう。詳しいことは、引率主任のシャンバラ教導団のガイドさんに聞いてくださーい」
 そう答えると、これ以上質問されては大変と、新米ガイドさんはそそくさと自分の席に戻っていってしまった。
「そういうことは、事前に調べておくのがガイドだろうに……」
 旅の栞を夢中で読みふける漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の隣で、樹月 刀真(きづき・とうま)はちょっと呆れたようにつぶやいた。
 全員が合宿で舞いあがっているかとも思えたが、中にはちょっと気分が沈んだ者もいた。水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は、友達の大半が抽選からもれてしまい、少し落ち込んでいたのだった。
「おぬしには、私らがいるではないか」
 セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が、しょんぼりしている睡蓮をなぐさめた。10歳の女の子が年上をなぐさめているというのも、結構珍しい光景ではある。
「その通りだ」
 ごつい装甲を無理矢理座席に押し込めた機晶姫の鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が、セシリア・ファフレータに同意した。男性型の機晶姫という、珍しいタイプだ。
「ええっとー。ツァンダからキャンプ場まではー、シャンバラ大荒野を横切ってー、ヴァイシャリー湖をかすめて飛んでいきまーす。この飛空艇は高速タイプですからちゃんと間に合いますがー、それでもかなり時間がかかっちゃいます。それで、じゃーん、カラオケを用意しちゃいましたー。ここにあるマイクを……ああ、まだ私がしゃべって……」
 マイクを見るなり、倉田 由香(くらた・ゆか)がダッシュでそれを奪い取った。
「いっちばーん。よーし、いっくよー、るーくん」
「まったく、由香ったら。しかたないな」
 手招きされて、由香の半分ほどの身長しかないルーク・クライド(るーく・くらいど)が、もう一本のマイクをガイドさんから奪い取った。軽く左手でルークをだきかかえるようにしながら、由香はデュエット曲を歌いだした。
「カラオケか。いいではないか、私らも後で歌おうな、睡蓮」
「うん、そうだね」
 セシリア・ファフレータに言われて、ちょっと元気を取り戻した睡蓮がうなずいた。
 なし崩しにマイクはバトンリレーされていき、歌いたい者たちがどんどん歌を歌っていく。
「これはまた随分と面白いことになりましたねぇえ。あたしたちも一緒に歌いましょぉ」
 『小さな翼』を歌い終わった菅野 葉月(すがの・はづき)ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)からマイクを受け取ると、ルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)は、そばにいた黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)の腕をとった。
「元気だねぇ。でも俺はカラオケは……」
「ええっ。ダメなのぉ」
 そう言われては、にゃん丸も断り切れず、しかたなくマイクを手に取るのだった。

    ☆    ☆    ☆

 イルミンスール魔法学校では、世界樹の太い枝の一つに鳥形の飛空艇が停まっていた。
「みんな揃ったな。では、出発なのじゃ」
 緑のツインテールを勢いよく振って、ガイド役の魔女っ子が元気に宣言した。
 畳んでいた翼を広げて、飛空艇がふわりと空に舞いあがる。
ビュリさんでしたか。いらっしゃるとお教えいただいていましたら、この天翔の騎士クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、事前にお迎えにあがりましたものを」
 制服をマントのようにふわりと広げて跪(ひざまづ)くと、仮面に素顔を隠したクロセルがうやうやしくビュリに挨拶をした。
「師匠ー、今度こそ、僕に秘術の伝授を」
「ええっと、誰じゃったか?」
 喜んで駆けよろうとする高月 芳樹(たかつき・よしき)に、ビュリが小首をかしげた。
「しまったあ、ビラは作ったけど、直接面識を作るのを忘れていたぜ」
 肝心なことを思い出して、高月は頭をかかえた。
「ふふっ、魔法を教えてもらえるのはこの私です。あなたは、あとあと」
 高月を押しのけて、水橋 エリス(みずばし・えりす)が前へ出ようとする。そんな二人とビュリの間に、すっとアレフ・アスティア(あれふ・あすてぃあ)が割って入った。
「では、ビュリさんとの再会を祝しまして、ささやかなケーキを……と言いたいところですが、まだちょっとティータイムは使えませんので気持ちだけですが」
 さりげなくブロックされて、しかたなく水橋たちが引き下がった。
「それにしても、どうしてここにいらっしゃるのです」
「ああ、あれからイルミンスールにやってきてな、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)から世界樹の枝の一つにある部屋を貰って住み込んだのじゃ。じゃが、このまま居候というわけにもいかぬのでな。今日はちょっとバイトじゃ」
「そうなんだ。世界樹に住んでるんだ」
 ビュリの答えを聞いて、風滝 穂波(かざたき・ほなみ)がうんうんとうなずいた。何事かと遠巻きに見ていた他の生徒たちも、最近世界樹に住み着いたという噂の魔女の正体がなんとなく分かって、やっと納得したという感じだ。
「またお魚焼きましょうね」
「おお、いいのう。今度も負けぬぞ」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)に声をかけられて、ビュリが元気に答えた。
「覚えてます? これはっ! 幸せの予感ですわっ! 今度こそ、我と契約を結びましょう。そうですわ、『ビュリと仲間たち班』を作るのもよろしいですわね」
 狭山 珠樹(さやま・たまき)が、ニコニコしながら言った。
「うーん、残念ながら、今回はガイドさんなので、他のガイドさんたちと一緒の班なのじゃ。それと、なんでもまだイルミンスールの身分証明書だかステイタスだかがないそうで、契約してはいかんとアーデルハイトにきつく言われておってのう。すまぬ」
「そうなのですね」
 ビュリに言われて、珠樹はがっかりと頭を垂れた。
「まあ、ビュリさんはみんなの物ということだ。君の物でもあると当時に、僕だけの物でもあると……」
「わしは、アイテムではないぞ!」
 高月の言葉に、ちょっとビュリがむくれる。
「すみません、師匠。謝りますので、ぜひ弟子に……」
「弟子はとらぬ!」
 きっぱりと言われて、高月がへこんだ。
「それより、到着するまではみんなで遊ぶのじゃ。とりあえず、謎のカラオケとかいう機械を用意したのじゃ」
「いや、歌は勘弁だぜ」
 ビュリにマイクを突きつけられて、高月が逃げだした。
「だらしないですね。では、私が歌います。一番、水橋エリス『世界樹よ永遠なれ』歌います」
 マイクを受け取った、水橋がノリノリで歌いだす。そのまま、飛空艇内はカラオケ大会に突入した。
愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)、『イルミンスール魔法学校校歌』いきまーす!」
 ミサが、振りつきで校歌を歌いだした。いったい、いつ校歌にアイドルばりの振りつけがついたのか、それは誰も知らない。
風滝 穂波(かざたき・ほなみ)。歌うのは『ジェンカ』だよ」
「あれ、ここにラジカセがあるよ。誰かデュエットしようよね、デュエット」
 愛沢ミサが、穂波のそばにあるラジカセを見つけて、嬉々としてマイマイクを接続した。
「ああ、それはキャンプファイヤーに使うつもりの……」
 ミサが叫んだが、もう手遅れだった。ラジカセは、完全にマイクのスピーカーとして、みんなの間を運ばれていったのだった。
 その後もマイクリレーは続き、飛空艇の中は大いに盛り上がっていった。