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刃のあと


 八月朔日 刹那(ほづみ・せつな)がドラゴンのいるホールに駆けつけた時、先に来ていたと思われる一団がかなりの苦戦の跡を見せていた。
 ドラゴンの方もだいぶ弱っているようだ。
 が、このままではドラゴンが勝つだろう。
「俺には関係ないがな……ユーニス!」
「はい。刹那様のお心のままに……」
 そう答えて刹那の隣に立ったユーニス・アリマプティオ(ゆーにす・ありまぷてぃお)は恥ずかしそうに目を伏せながら、胸元の大きく開いた服をさらに広げ、こぼれ落ちそうな胸を刹那に突き出すように寄り添った。
 刹那はそこから光と共に出現した赤く発光する片刃の長剣を抜き放った。日本刀によく似ている。
 じょじょにホールの壁際に追い込まれつつあるドラゴンへ、刹那は一気に駆け出した。
 傷だらけで踏ん張り、仲間に指示を飛ばしている岩河 麻紀の横をすり抜け、他の者達を目くらましにしながら、刹那はたちまちドラゴンの死角に滑り込んだ。
 力をためて放った一撃は、二つの斬撃となってドラゴンの膝裏に命中した。
 バランスを崩したドラゴンはよろめき、偶然か壁際に寄る。
 突然の応援に、疲れがたまってきていた一団は勇気付けられた。
 しかし、感謝の視線も労いの言葉も刹那の耳には入っていなかった。
 目の前に倒すべき敵がいる。それを倒す。
 それが刹那の全てだった。
 刹那が二撃目を放とうとした時、ドラゴンが凶暴な牙の並ぶ口を大きく開けた。
「炎が来る!」
 誰かが叫んだその時、ドラゴンの口に樽が一つ放り込まれるを見た。
 樽を投げた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は、その時起こった爆発のように燃え上がった炎に頬を引きつらせた。もっとも、テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)の勧めでトラの着ぐるみを着ていたので、表情は誰にも知られなかったが。
 樽の中身は酒だった。
 これをドラゴンに飲ませて眠らせてしまおうと考えたのだ。
「予想外の……ことでしたわね」
 隣に立ったシスター姿のテレサの顔も呆然としている。
 顔面をもろに焼かれたドラゴンは、狂ったように吼え、激しく足を踏み鳴らした。しかし、片方の足は先ほど傷つけられている。ドラゴンの巨体は大きく傾いだ。
「今がチャンスよ!」
 麻紀の声に駿河 北斗が応え、彼の両手剣はついにドラゴンの急所を突いたのだった。
 倒れた衝撃で地面が震える。舞い上がる粉塵から、それぞれが顔を覆った。
 しばらく緊張したまま、誰も声を発さずにドラゴンを見守っていた。
「やっつけた……みたいですね」
「いえ、あれを見てください」
 テレサの指差す方へ優斗は目を向ける。
 するとそこには、何かの型のようなものがあった。
 今までそんなものはなかったのに。
 霞のように輪郭のおぼろげだった型がはっきり見えてくるにつれ、倒れたドラゴンの姿がぼやけていく。
「これが……本体か」
 誰に聞かせるでもなく呟いたのは並木 浪堵。
 現れた型に近づいた彼は、それがとても精巧に作られた青銅製であることがわかった。高さは九十センチほどだろかう。それは、これまでの攻撃で受けた傷を示すように、あちこちが欠け傷が残されていた。
 浪堵の推測はある意味当たっていたと言えよう。
 ここにいる者の想像が具現化したものではなかったが、このドラゴンの像に何らかの魔法がかかっていて本物のごとく秘宝を守っていたのだ。
 懐中電灯の明かりを頼りにここまで駆け抜けてきた卯月 メイ(うづき・めい)は、ドラゴンの正体に複雑な気持ちになっていた。
 少しだけ楽しみにしていたのだ。
 もしドラゴンが戦意を失ったなら、怪我を治して仲良くなれるのではないかと。
「仕方ない……ことなんだよね」
 呟いて自分を納得させると、メイは気持ちを切り替えるようにクマのぬいぐるみを抱きしめた。
 それから、戦いで傷ついた北斗達を方を向き、
「今、メイが治すね」
 可愛らしい笑顔でヒールで治癒していったのだった。
 ドラゴンが消えた以上、優斗が着ぐるみを着ている必要はない。
「テレサ、ファスナー下ろしてくれませんか?」
「はい」
 テレサが優斗の後ろに回り、トラの着ぐるみの背のファスナーに手を伸ばした時、周りからいっせいに制止を受けた。
 戦いの疲れもどこへやら、「爆発する!」と騒ぐ周りを笑って過ごしてテレサはファスナーを下ろした。
「ふぅ、暑かった……」
 当然ながら脱いだヘッド部から出てきたのは優斗の顔。彼はテレサの手を借りて完全にトラの着ぐるみを脱いだ。
 騒いでいた一団は、安堵で座り込んでしまった。
 優斗はそんな彼らに爽やかな笑顔で言った。
「さ、行きましょうか」
 優斗は隼人がまだ南の通路で手間取っていることを願いながら、テレサと共に次へ続く扉を押し開けた。