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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「未羅ちゃん、よかったですぅ。九頭切丸様たちといっぱい無事お話ができてぇ」
 ひとまずほっとする朝野未那に、なぜかハーリー・デビットソンがすりすりとすり寄ってきた。
「な、なんですぅ!?」
 乗れと言わんばかりに、すりすりとシートをすりつけいくる。これでは、バイクというよりは何かの大型犬のようだ。
 ハーリー・デビットソンとしては、バイクこそ最強の乗り物という自負がある。すでに、白馬やスパイクバイクや軍用バイクは制した。だが、魔女だけは、未だに空飛ぶ箒を愛用しいる……らしい。少なくとも、ハーリー・デビットソンはそうパートナーから聞かされていた。ならば、バイクがどれだけ箒よりもすばらしいかを魔女に教えなければなるまい。不幸なことに、朝野未那は魔女であった。
「まさか、乗れと言うのですぅ?」
 バイクに乗った男から誘いをかけられたらさっさとあしらっているところだが、今モーションをかけてきているのはバイクそのものだった。だったら、ちょっと大丈夫かもしれない。それに、こんな大型バイクに乗れる機会というのも、今後ないかもしれなかった。
「ちょっとだけなら……」
 あまり人目がないのをいいことに、蒼空学園の制服を着た朝野未那は大きく脚を上げると、ちょっと苦労しながらなんとかハーリー・デビットソンにまたがった。
 ブィンブィンブィンキュィィィィン!!
 ハーリー・デビットソンとしては大興奮である。なにしろ、今までは、ほとんどむさい野郎しか乗せてなかったのだ。
 ぱぱらぱ〜♪
 思い切りクラクションを鳴らして、ハーリー・デビットソンは走りだした。
「きゃあ、凄いですぅ!」
 ショートヘアの前髪が風で激しく踊るのをおでこで感じながら、朝野未那は叫んだ。さすがに通行人を轢いてはまずいと、ハーリー・デビットソンが屋台の外周に出てから思い切り周回を始める。
「速い速いですぅ!」
 押し寄せてくる風に蒼空学園制服の短いスカートをはためかせながら、朝野未那は楽しそうに笑った。
 ビュンと、何か人影のような物のそばを高速で通りすぎる。
「ば、ばかものー。危ないではないか!」
 あわやハーリー・デビットソンに轢かれそうになって、ラフィタ・ルーナ・リューユ(らふぃた・るーなりゅーゆ)は大声で怒鳴った。だが、すでにバイク型機晶姫は夜の闇の中へと消えている。見える物は、赤いテールランプの流れだけだ。
 だいたいにして、一目で吸血鬼だと分かるような黒一色の装束で、人気の少ない外周部を一人で歩いていたりするからそういう目に遭う。
「危ないですよねー。でも、近づいてくる前に声をかければよかったのに」
「ひっ!」
 ふいにアンレフィン・ムーンフィルシア(あんれふぃん・むーんふぃるしあ)に声をかけられて、ラフィタ・ルーナ・リューユは飛びあがらんばかりに驚いた。
「べ、別に、白菊がいないと人と話せないというわけではないぞ。バイクとは、話す言語を持ち合わせていなかっただけにすぎんのだ」
 あわてて、ラフィタ・ルーナ・リューユは言い捨てた。バイクに乗っていた女の子のことは、この際しっかりと見ていなかったことにする。
「おまえこそ、なんでこんな所に女一人でいるのだ」
 少し気をとりなおして、ラフィタ・ルーナ・リューユはアンレフィン・ムーンフィルシアに言い返した。
「あたしは、悪いモンスターがいないか見回り中だよ。でも、ああいうのも、注意した方がいいよね? もしかして、酔っぱらっちゃってたのかなあ。ああ、そうしたら、飲酒運転だよね。いけないんだよね」
「バイクが酔っぱらったりするのか?」
 ラフィタ・ルーナ・リューユがもっともな疑問を口にした。
「あればバイクみたいだけど、りっぱな機晶姫なんだよ。ゆるバニーさんたちが、乾杯の時にガソリンを入れてあげてたから、その中にアルコールが入っていたのかもね」
「そんなことをしたらエンジンが焼けてしまうのではないのか? まあ、そうなったとしても自業自得だが。そうか、機晶姫か。さすがに、飲食ができないタイプもいるのであろうからな」
「うん。そういう人には、ゆるバニーさんたちが、関節に油さしてあげて乾杯の代わりにしていたみたい」
 一応、乾杯は全員でというのは、形ばかりでも実行されていたわけだ。
「ところで、おまえは誰だ?」
 なんとも間の抜けたタイミングで、ラフィタ・ルーナ・リューユが訊ねた。
「あたしは、アンレフィン・ムーンフィルシアだよ。吸血鬼ちゃんは誰?」
 少女が、守護天使の翼を広げて見せて名乗った。
「ああ、挨拶は大事だな。俺はラフィタ・ルーナ・リューユといういささか美しく生まれすぎてしまった若干高貴な吸血鬼だ。そうだな、今宵の奇縁を機縁にして……、と、友達から、始めてみないか……? いや突然友達は紳士的ではないな。なんなら、お、おまえのメールアドレスを聞いてやらんこともない」
 思いっきりはにかみながら、ラフィタ・ルーナ・リューユは言った。
「うん、後でね。今は、見回り中だからね」
 あどけない笑顔で、アンレフィン・ムーンフィルシアが言った。
 これは、華麗にスルーされたのだろうか。ラフィタ・ルーナ・リューユは誰に聞くこともできず、思いっきり悩んだ。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ふむ、何か起こると思っていたのだが、別段何も起こらぬでござるな」
  うんちょう タン(うんちょう・たん)は、警備を名乗りでた他の者たちとともに、丘の外からの侵入者を警戒して見回りを続けていた。だが、不穏な様子を感じはするものの、何も起こらないまま時間だけがすぎていた。
「まあ、何も起こらないのであれば、それがいいでしょう。私たちも少しは祭りを楽しみませんか」
 シャンバラ教導団の兵士としての本分を貫くのもいいが、それでは他の者たちに気を使わせてしまうだろうと、ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)がうんちょうタンに言った。まさに武に生きると言いそうな外見のうんちょうタンはいいかもしれないが、その二人と一緒に見回りに参加しているカモノハシゆる族のジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)や女の子である向山 綾乃(むこうやま・あやの)には、少しは祭りを楽しんでもらいたいとも思う。
「だが、あまり気を抜くわけにもいかぬでござろう。緊張感は、保たねばな」
「でしたら、腕比べなんかいかがですか。ちょうど弓も持ってきていますから」
 先日買ったばかりの小弓を取り出して、ローレンス・ハワードが言った。
「なんだなんだ、何か出やがったのか」
 ジュバル・シックルズが、とことこと二人のところに駆けつけてきた。見た目の珍妙さからは想像もつかない渋い声だ。
「ちょっと、弓の腕だめしをね」
「おっ、そいつはおもしれえな。何も出ねえから、退屈してたとこだ」
「それがしはまだやるとは申してござらぬのだが……。まあ、よいでござるか」
 なし崩し的に、腕比べが決定する。
「モンスターでもいれば、的としては完璧なんですが」
 丘周辺の真の暗闇を見渡して、ローレンス・ハワードは言った。だが、つい先ほどまで何も出ていないのに、突然都合よく敵が現れるはずもない。
「じゃ、これを的にしましょう。ジュバルさんのおやつに持ってきたのですが、食べ物はたくさんあるみたいですから」
 そう言うと、向山綾乃は切り株の上に真っ赤なリンゴを一つおいた。
「我のおやつだと! むむむ、しかたない。ならば、ここは我からいかせてもらうぞ」
 自分のリンゴがかかっているからということで、ジュバル・シックルズが一番手を名乗りでた。
 よく弓が引けるものだという水掻きのついた手で弓弦を引き絞る。
 祭りの明かりがあるとはいえ、夜の的は非常に見にくかった。
「んがっ!」
 ヒュンという音ともに、矢が放たれた。だが、方向は明後日の空にむけてだ。
「ジュバルさん、弓がへただったのですか!?」
 知らなかったと、向山綾乃が言った。
「ふっ、よく見ていろ」
 的に背をむけたジュバル・シックルズが向山綾乃に答えたとき、ヒュルヒュルと上空から矢が落ちてきた。
 ストッ!
 矢が、的のリンゴを斜め上から貫いて切り株に刺し留めた。
「矢っていうのはな、山なりの弾道を計算して使う物なんだぜ」
「うむ。おみごとでござる。なかなかの腕前でござるな。では、今度はそれがしの番でござる」
 ジュバル・シックルズの腕前を褒め称えた後、うんちょうたんが二番手を名乗りでた。
 シャープシューターで狙いをよく定め、一直線にリンゴを狙って矢を放った。
「外れ!」
 リンゴをかすめるようにして森の中へ消えた矢を見て、ジュバル・シックルズが勝ち誇る。
「いやいや、よく見るでござるよ。ちゃんとあたっているでござる」
 うんちょうたんが言いはるので、向山綾乃が的を調べに行った。
「あたってます」
 向山綾乃が、大きな声で言った。
「ちょっと待て、何にあたったって言うんだよ」
 当然のように、ジュバル・シックルズが異を唱える。
「リンゴの軸です。おみごとに矢があたって吹っ飛んでまーす」
「嘘だろー」
 ジュバル・シックルズがあわてて調べにいったが、確かに、あったはずの軸がなくなっている。
「お二人ともおみごとですね。しかし……」
 最後に残ったローレンス・ハワードが矢を放った。
 ど真ん中に矢があたり、的であったリンゴが粉々に砕け散った。
「的は、一撃で完全粉砕しなければ意味はありません」
 満足そうに、ローレンス・ハワードは言った。
「さあ、向山綾乃嬢、判定を願います」
「うむ」
「当然、我の勝ちであるよな」
 三人に判定を迫られて、向山綾乃は困った。三人とも、攻撃のコンセプトが違いすぎて、優劣をつけろと言われても難しすぎる。
「えーと、えーと」
 困った。
「早く答えろよ。もちろん、我だろ!」
 同じ佐野 亮司(さの・りょうじ)をパートナーに持つジュバル・シックルズが詰め寄った。
「優勝は……」
「優勝は?」
 三人が息を呑む。
「ちゃんと矢にあたるようにリンゴをおいた私、向山綾乃でーす」
 追い詰められた向山綾乃は、発作的にそう叫んでいた。
「なんだそれはー!!」
 三人が声を合わせる。
「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい」
 向山綾乃は、あわててお祭りのメイン会場の方へ逃げだしていった。