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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

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    ☆    ☆    ☆
 
「ここなら、邪魔もされないでゆっくりできるわよね」
 人気のない一画を見つけると、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)はビニールシートを敷き、四方に細いポールを突き立てた。「Keep out」と書かれた黄色いテープを四方に巡らし、自分だけの空間を作りあげる。
「……沈黙は友……静寂は永遠の隣人……。これで、やっと落ち着いて読書に励めるというものだわね」
 持参したランタンの明かりに照らされた空間で、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカは静かに本を開いた。
 お祭りに参加しておいて静かな孤独がほしいというのも矛盾した行為だが、普段はそんなものは望んでも得られないのだからしょうがない。彼女のパートナーである駿河 北斗(するが・ほくと)は、とにかく騒がしいのだ。普通の学生としては別に特筆すべきほどではない程度であるのだが、彼女にとっては自分の生活に土足で入り込んでくるノイズでしかない。
 まったく、彼はいったい何を考えて自分にちょっかいを出してくるのだろうか。
 沈黙と静寂は心地がいい。静寂を乱すだけの馬鹿とか、一瞬たりと落ち着かない馬鹿とか、強敵と聞くだけで突っ込む以外能の無い馬鹿とか、馬鹿とか馬鹿とか馬鹿とかさえ居なければそれだけで平和だ。
 そして、静寂こそが平和だった。忌むべき変化のない世界。なんと安らぐことだろう。何もすることがないというのは、すばらしいことだった。
 だのに、なぜか感じるこの違和感はなんなのだろうか。
 さっきまでしていたコンサートの騒音はもう聞こえなくなっているが、人々のざわめきはまだ聞こえてくる。このノイズが気になるのだろうか。雑音であるとはいえ、気にしなければ無視できるはずなのに、なぜついつい耳をかたむけてしまうのだろうか。
「変だわね。やっぱり、こんな所にこないで、一人でどこかに旅行でもすればよかったのかしら。でも、このお祭りみたいに、絶対に参加できないとかの条件がないと、あの馬鹿はどこにでも絶対ついてきちゃうし……」
 そんな人間のことなんか考えなければいいのに、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカの頭の中にはパートナーの姿や声がちらちらと現れて、それだけでなんだかイライラしてくる。このイライラの正体は、なんなのだろう。
「ああ、こんな所に、安全地帯が。お願いですぅ。ワタシを匿ってくださぁい」
 突然、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカの愛する静寂を破って、大柄と呼ぶには巨大すぎる人影が、境界線を飛び越えて中に入ってきた。
「ちょっと、あなた、いきなりなんで入ってくるのよ。もしかして、私の敵? それとも、あの馬鹿の同類?」
 驚いて少し硬直しながら、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカは。ビニールシートの上にちょこんと座り込んだマリオン・キッス(まりおん・きっす)にむかって叫んだ。
「敵? モンスターが出たんですかぁ。わーん、助けてくださいですぅ〜」
 何を勘違いしたのか、マリオン・キッスはべそをかきながらいきなりベルフェンティータ・フォン・ミストリカにしがみついてきた。
「ちょっと……」
 光条兵器を取り出す暇もなく、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカが押し倒される。
「もうやだ。あなた、なんなのよ!」
 なんとかマリオン・キッスの巨体の下から這い出すと、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカは、そばにおいてあった自分のリュックの陰に身を隠した。そこから、フーと猫のような唸り声を出してマリオン・キッスを威嚇する。
「えーん、こわいですぅ〜」
 ベルフェンティータ・フォン・ミストリカの威嚇に、マリオン・キッスがあっけなく泣きだしてしまう。それには、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカも呆れるしかなかった。
「なんで、私はこんな子を怖がったんだろう。もしかして、私、いつの間にか弱くなってる?」
 思わず、小さな声でベルフェンティータ・フォン・ミストリカはつぶやいた。その脳裏に、パートナーの姿が浮かぶ。あの騒がしい馬鹿がここにいれば、リュックの陰に隠れるなどという醜態をさらしてはいなかっただろう。でも、それってどういう意味なのだろうか。
「どうしたの、なんで泣いているの」
 マリオン・キッスの泣き声に気づいたのか、ルナ・シルバーバーグがやってきた。
「ほら泣かない、泣かない」
 ちょっと背伸びをして、ぺたんこ座りをしたマリオン・キッスの頭をルナ・シルバーバーグがなんとかなでてなぐさめようとする。
「あんまり泣いてると、私だって泣いちゃうんだから」
 思わず、ルナ・シルバーバーグがもらい泣きを始めた。
「なんで、クー兄がいないのよぉ」
 しくしくと、ルナ・シルバーバーグが涙を流す。
「ちょっと、二人とも、私の領域で何泣きだしているのよ。出てって、出てってよ」
 もう、何か何だか分からなくなって、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカは叫んだ。
「だって、シュウがいないんですもの」
 いつの間に入ってきたのか、葉月アクアがかかえた膝に顔を埋めてつぶやいた。
「ここは私の世界なのに……」
 叫びつつ、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカはなんだか自分自身を見ているような錯覚に陥って、ますます混乱した。
「へへへへへ……へーい。そそそそこの、かーのじょぉぉぉぉー、さび……しーーーーーーーなら。ああああああ……あそぼ……あそぼう……ぜーーーーーーいぃぃぃぃ」
 何に呼びよせられたのか、サイコロヘッドがその場に乱入してきた。
「きゃあ!」
 マリオン・キッスたちから、悲鳴があがる。
「おう、サイコロヘッドぉ、ナンパなんてやるじゃーん」
 さらに、よけいなクラウンファストナハトまでが現れた。
「ナガンにぃぃぃぃ、言われた……からあぁぁぁ、友達……つくるぅぅぅぅ」
 サイコロヘッドが答えた。
「そうかあ、ナガンに言われたから……ああああああ!!」
 返事をしながら、クラウンファストナハトは唐突に自分がナガンに言われていたことを思い出した。フールから、ザ・フールの称号を奪ってこいというよく分からない勘違いの命令であった。だが、クラウンファストナハトはそんなことはけろっと忘れて、ステージでのパフォーマンスで新田実の拍手をもらうことしか考えていなかったのだった。
「しくしくしく、捨てられる捨てられる捨てられる……」
 ベルフェンティータ・フォン・ミストリカの領地の中で、膝をかかえてさめざめと泣く者がもう一人増えた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「まったく、何も起きないし、フールも見つからない。だいたい、主催のはずの夜の女王っていうのはどこにいるのよ」
 雪国ベアたちと会場をグルグルと回っていたセラ・スアレスが、さすがに悪態をついた。
「さあ、もう出てこないんじゃねえのか」
 もうどうでもいいやという感じで、雪国ベアが言った。
「うん、何も起きなければ起きないで、それにこしたことはないもんね。取り越し苦労が一番だよ」
 ちょっと安心したように、ズィーベン・ズューデンが言った。
 見回りといっても、歩きながら食べ物をつまんだり、他の学生たちのおしゃべりを小耳にはさんだりと、結構お祭り自体は楽しんでいる。
「そうであれば、よいのであるのだがな。ああ、やはり、最後まで平穏ではすまないようであるぞ」
 そう言って、雪国ベアの肩に乗っていた悠久ノカナタは、篝火近くの空中を見あげた。
 そこに、フールの姿があった。
 
 
4.テンペスト
 
 
「皆様、今宵の祭り、楽しんでいただけておられますでございましょうか」
 空中に浮かんだ極彩色の大きな玉に乗ったフールが、篝火近くの空中から参加者たちに呼びかけた。
 会場からは、酔っぱらいたちの歓声から、パートナーが恋しくなった者たちのすすり泣きまで聞こえてきて、結構カオスな状態だ。
「今宵は、皆様の人生でも、最高の一夜であったと存じます。あるいは、最高の一夜となるでありましょう。何よりも、今夜が、皆様にとって、最後の一夜となるのでございますから」
 フールの言葉に、勘のいい一部の者たちがざわついた。
「では、これより、祭りの第二幕を開始するといたしましょう」
 高らかにフールが宣言すると、篝火が音をたててより大きく燃えあがった。炎の色が、暖かい赤から、怪しげな青白い物に変化する。
「あなた方は、パラミタの民でありながら、すでにパラミタの民ではなくなっておられます。パートナー契約なるおぞましき呪いで、自らの魂を引き裂き、地球の民なる不浄の者にそれを分け与えてしまったのです。これを断罪せずになんといたしましょう。その魂は、今こそパラミタの大地に還されるべき物なのです。それでは、わたくしたちより、ささやかなるプレゼントをお受け取りくださいませ」
 フールは、深々とお辞儀をした。
「あの人は何を言っているのかしら」
 葉月アクアが、フールの言っている意味を計りかねて小首をかしげた。
 彼女たちがいるベルフェンティータ・フォン・ミストリカの領地に、会場のホステスであるゆるバニーの一人が近づいていく。その手には、剣が握られていた。
「ちょっと、私の世界に勝手に入り込まないで……」
 黄色いテープを無視してシートに踏み込んできたゆるバニーに、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカが抗議の声をあげた。それに応えて、ゆるバニーが剣を振り上げる。
「えっ!?」
 予想外の出来事に、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカや葉月アクアがとっさに動けなかったところへ、ゆるバニーの剣が振り下ろされた。
 カシン!
 間一髪、くるくると回る輝く花笠が、ゆるバニーの剣を弾き返した。
 ゆるバニーが、いったん数歩下がる。
「何をなさいます!」
 雨宮夏希は大音声で憤怒すると、光条兵器である花笠をクルリと回して肩越しに担いだ。一陣の風に、和装に仕立て直した純白のドレスの裾が翻り、艶やかな黒髪が靡いた。
 ゆるバニーが、ケタケタケタとカスタネットを打ち合わせるような不気味な笑い声をあげる。そして、再び襲いかかってきた。
「そこまでされて、黙って待ってるわけないでしょ」
 すっと、二人の間に入ってきたクレア・ワイズマンが、爆炎波を乗せたカルスノウトを真一文字に一閃させた。剣が纏う炎が、ゆるバニーの着ぐるみを燃えあがらせて灰にした。その下から現れた物は、虚ろな髑髏の本体だ。
「ひゃあああああ、中身はスケルトンですぅ」
 マリオン・キッスが、悲鳴をあげた。
 その悲鳴に呼応するかのように、会場にいるすべてのゆるバニーの着ぐるみがぶすぶすと燃えるように灰となって崩れ落ちた。会場中に、スケルトンの群れが現れる。
「おやおや。少しでも見栄えをよくしておいたのですが、これじゃあだめではありませんか」
 さも嬉しそうに、フールが忍び笑いをもらした。
 あちこちで戦いが始まる。
 だが幸いにも、今までモンスターが現れなくて悶々としていた警備の学生たちが、水を得た魚のように素早く応戦を始めた。
「いやあ、お化けいやだも〜ん。やー」
 予期せぬスケルトンの出現に、メリエル・ウェインレイドがあっけなく追い詰められて、カルスノウトを無茶苦茶に振り回していた。
「何してるのよ」
 低空を滑り込むようにして駆けつけてきた守護天使のアンレフィン・ムーンフィルシアが、メリエル・ウェインレイドに襲いかかろうとしていたスケルトンの脚をホーリーメイスで破壊して引き倒した。だが、腰から上だけになっても、スケルトンは這うようにして迫ってくる。
「やだー、きもい〜!」
 メリエル・ウェインレイドが叫んだ。
「相手はスケルトンだよ、お化けじゃなくてモンスターだもん」
「だってえ」
 アンレフィン・ムーンフィルシアは、メリエル・ウェインレイドを叱咤した。そこへ、別のスケルトンも加わって敵が迫る。
 だが、そのスケルトンの頭が、次々に狙撃されて砕け散った。視覚があるのかは分からないが、頭を失ったスケルトンたちが右往左往する。
「どこを見ている、我はこっちだぞ」
 アサルトカービンを構えたジュバル・シックルズが得意満面でにやりとした。
 その後ろから、向山綾乃が飛び出してくる。
 ホーリーメイスで敵を薙ぎ倒しながら駆けつけると、メリエル・ウェインレイドに這いよろうとしていたスケルトンの頭部に光条兵器の先端をあててトリガーを引いた。打ち出された光槍が髑髏を打ち砕く。
「早くこちらへ。バラバラでいると危険です」
 向山綾乃は、みんなに呼びかけた。

    ☆    ☆    ☆
 
「やっとでたのだな。なんだかよく分からないが、敵なら倒すしかあるまい……ひっく」
 泥酔したアーチボルド・ディーヴァーが、狙いもよく定めずに火球をスケルトンたちにむかって放った。
「あっぶねえ。馬鹿野郎、敵よりもやっかいな奴だぜ。おおい、誰か、こいつを押さえつけるのに手を貸してくれ」
 流れ弾の被害を考えて、ハーヴェイン・アウグストが助けを求めた。
「分かったわ、今、私が手込めにしてあげる……。あれ、もうおとなしくなってるじゃない。ピクピクしているけれど、大丈夫なの?」
 呼ばれて駆けつけた松本可奈が、ハーヴェイン・アウグストに組み敷かれているアーチボルド・ディーヴァーの様子を見て小首をかしげた。先ほどまでは大暴れしていたようだが、今はすっかりおとなしくなってしまっている。
「俺は、まだ何もしていないぞ。ううん……。くそ、いきなり動いたんで、俺も酔いが回ったのか。ちょっとくらくらしやがる……。おい、おまえの方は……」
 ハーヴェイン・アウグストは、松本可奈に声をかけたが、すぐに返事はなかった。見れば、彼女もいつの間にか倒れている。まさか、敵にやられてしまったのだろうか。
「何か……身体の……自由が……」
 倒れたまま、松本可奈がハーヴェイン・アウグストの方に手をさしのばしながら、かろうじてそう言った。