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ワルプルギスの夜に……

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ワルプルギスの夜に……

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    ☆    ☆    ☆
 
「あん、今何か騒ぎながら駆け抜けて行ったな。なんだってんだ」
 酒瓶を振り回しながら、アイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)は言った。
「ええ、祭りですから。別に珍しくもないでしょう」
 赤い杯でちびちびと日本酒をすすりながら、オウガ・クローディス(おうが・くろーでぃす)は答えた。
「おい、お前……、酒をちびちび飲んでうまいのか? 酒って物はなあ、こうやって樽ごとぐぐーってだなあ」
 しみったれてるとばかりに、アイン・ディスガイスは木製の大型ジョッキにまるまると注がれたエールを一気にあおった。
「いや、そういう飲み方も確かにありますが、これはこうやって香りを楽しむ酒でしてね」
 軽く伊達眼鏡をなおしながら、オウガ・クローディスが言った。本当は、アイン・ディスガイスの言うように酒樽ごと一気飲みしたいところだが、理知的に振る舞うと決めた以上、そうもできないのがつらいところだ。
 会話だけなら、ただの酒飲み同士の普通の会話だが、片や厳ついドラゴニュート、片や日本の鬼を連想させるごつい英霊だ。ちょっと、ここだけ異質な空間となっている。
「そうなのか。それならしかたな……、いや、やっぱり辛気くせえ。よし、俺の酒を飲みやがれ。これだったら、がばーって飲めるだろう」
「そういうものでは……」
 思わずアイン・ディスガイスのジョッキを奪いそうになって、いやいやいやとオウガ・クローディスは頭を振った。
「なんだ、てめえ、俺の酒が飲めねえってえのか。いいか、ラルクの奴ならなあ、こういうとはきはこう、『おう、負けねーぜ』とかなんとか言ってなあ、豪快になあ……」
 言いながら、アイン・ディスガイスは自分の酒を一気にあおった。
「注(つ)げ!」
 空になったジョッキを、ぐいとオウガ・クローディスの方に突き出す。
「お望みとあれば」
 笑いながら、奪ってきておいた酒樽の栓をひねって、オウガ・クローディスはジョッキに酒を注いだ。アイン・ディスガイスが剛であるからこそ、自分は柔を装っていられる。それでいい。その間は、今のように平和だということだ。
「しかし、絡み酒だったとは……」
 手と口を休めることなく酒を飲み続けるアイン・ディスガイスに、オウガ・クローディスは少々呆れだしていた。飲み比べを始めれば負ける気はないが、一番酒を飲める者は、一番後までしらふでいなければならないということもある。
「おう、こんな所でも飲み会やってるじゃねえか。なんだ、俺たちも混ぜろや。パートナーからバクってきた金で買った、いい酒があるんだぜ」
 ボトルを片手に持ったハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)が、アイン・ディスガイスたちに声をかけてきた。渋い中年の守護天使は、ヴァルキリーの松本 可奈(まつもと・かな)と肩を組んで上機嫌だ。
「私も混ぜてよぉ」
 二人ともすでにできあがっているのか、遠慮なくアイン・ディスガイスたちの輪に入っていく。
「よう、楽しんでるか? どうだ、俺たちと一杯。今夜は飲み明かそうじゃないか、お前さんの話も聞きたいからな」
 胡座をかいてオウガ・クローディスの隣の地面に座ったハーヴェイン・アウグストは、すかさず朱杯にボトルの酒を注ぎ込んだ。
「これはこれは。ではいただきましょう」
 遠慮なく、オウガ・クローディスが琥珀の液体を飲み干す。
「おう、俺にもくれよ」
 アイン・ディスガイスが、ドンとジョッキで地面を叩いた。
「ばっか野郎、ジョッキじゃ、酒の残り全部じゃねえか。こいつは高〜い酒なんだぞ。樽酒にしとけ、樽酒に」
 さすがに、ハーヴェイン・アウグストがボトルをだきかかえて守る。
「んだとぉ」
「まあまあ。私がお酌してあげるから。いいじゃない」
 怒るアイン・ディスガイスを松本可奈がなだめる。
「んまあ、じゃ、一つたのまあ」
「うむ、素直でよろしい」
 そう言って、松本可奈はエールをなみなみとジョッキについだ。ついでに、自分が持っていた紙コップにも、盛大にあふれさせながら注ぐ。
「かんばーい! ぷっはー」
 二人が、一気にエールを飲み干して酒臭い息を吐き出した。
「やれやれ、ここは酒乱の巣窟ですか」
 やはり酒に強いのは考えものだと、オウガ・クローディスは溜め息をついた。
「真一郎の浮気ものー!」
 突然、松本可奈が大声でパートナーの名を叫んだ。
「背が高いから、頭とかなでたくてもしにくいのよ、あいつ! ほんと、かがんでくれればいいことじゃないの。たった三三センチよ!!」
「それに何の意味があるんだ」
 困惑したようにアイン・ディスガイスが言った。
「頭があればなでたくなるじゃない、普通!」
 そう言うと、松本可奈はアイン・ディスガイスの細長い頭をいきなりなでくり回した。
「理解した。頭なで最高!!」
 アイン・ディスガイスが意味不明の主張をする。
「こんなにアプローチしてるのよ、それなのに、あの朴念仁! アナタもそう思うでしょ!?」
 そう言って、松本可奈は通りかかったアーチボルド・ディーヴァー(あーちぼるど・でぃーう゛ぁー)をビシッと指さした。
「なぜ、我が……」
 唖然とするアーチボルド・ディーヴァーだが、松本可奈はいっこうに気にしていない。
「こんな良い女を目の前にして何の進展も無かったのよ! ありえないと思わない?!」
 そう言うと、アーチボルド・ディーヴァーの足を引っぱって、無理矢理酒宴のど真ん中に引きずり込んだ。
「貴公ちょっと待て、我はこの場所の治安を守るために警備をだな……」
「とりあえず飲め!」
 有無をも言わせず、松本可奈が命令する。
「女は怖いねえ。逆らっちゃだめだぜ」
 言いながら、ハーヴェイン・アウグストがエールと日本酒とブランデーのチャンポンをアイン・ディスガイスのジョッキで作り始めた。
「よし、一気飲みだ」
 アイン・ディスガイスが、それをアーチボルド・ディーヴァーの口にあてがって無理矢理飲ませた。
「うがぼごぉあ……」
「ああ、これこれ、君たち、ほどほどにしませんか」
 オウガ・クローディスは一応とめようとするが、あまり本気ではないところを見ると、ちょっと面白がっているようだ。
「くぞう、いい度胸だ、うげでだとうじゃないか」
 あっと言う間に目が据わったアーチボルド・ディーヴァーがお代わりを要求した。
「なんか、おもろうおますな。急性アルコール中毒になったりした方は、おりまっしゃろか?」
 いつの間に現れたのか、フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が、ちょこんと酒宴の席に混じって座っていた。
「この程度の酒で、やられるかってんだ。矢でも、モンスターでも、パートナーでもドンと持ってきやがれ」
 アーチボルド・ディーヴァーが叫ぶ。
「そんな怖いおっちゃんなんですかいな、キミのパートナーちゅうんは?」
「怖いぞー。我にかなうものなど、ほんの少ししかいないのだが、深見は間違いなくその一人だ。気を許したら、勝手に部屋を掃除して、ベッドの下のお宝をすべて捨て去るほどに怖いんだぞ」
「それは怖い」
 アーチボルド・ディーヴァーの言葉に、なぜかハーヴェイン・アウグストだけが同意した。
「何それ。そういうところを探すといいのね。今度、真一郎のベッドの下を家探ししてみるわ」
 松本可奈が、よけいな知恵をつけてしまったようだ。
「まあ、そんなにパートナーを精神的に追い詰めるようなまねはせえへんといてあげた方が。みんな、酔いすぎてますかなあ。キュアポイズンほしい方おますか?」
「断固拒否するぞー!」
「私を拒否するなー!」
 アーチボルド・ディーヴァーと松本可奈のわけの分からないかけ合いに、オウガ・クローディスは頭をかかえると、助けを求めるように夜空を見あげた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「月はでていないのだな」
 人の少ない外れの方で夜空を見あげながら、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は寂しそうにつぶやいた。
「ええ、よく考えたら今日は新月ですから。私も、すっかり忘れていました」
 隣に座ったセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)が答える。
「祭りの主催者である夜の女王と同じで、我らの前には姿を現さんのだな。まったく、我のパートナーのカレンとよく似ているのだ」
 そう言うと、ジュレール・リーヴェンディは溜め息をついた。
「この間も、突然姿を消したかと思うと、モンスターの徘徊する森で平然と野宿していたのだ」
「凄いですね」
「凄い心配であるのだ」
 感心するセス・テヴァンに、ジュレール・リーヴェンディは言い返した。
「カレンと出会ってから、我はいつも振り回されてばかりだ」
「その気持ち分りますよ。私もそうですから。でも、男っぽい女の子なんですけれど、たまに可愛い物に夢中になる姿は、本人の方が充分に可愛いらしいんですよね」
「それはのろけにしか聞こえないのであるぞ」
 そんなことを人に聞かせてどうするんだとばかりにジュレール・リーヴェンディは言った。
「はい、そうですね。でも、あなたもそうでしょう。パートナーの話ができるっていうのはいいことなんですよ。たとえ、それが愚痴であってものろけであっても」
「変わっているのだな。ああ、やっぱり、我はカレンと話している方がいいのだ」
「そうですね。じゃあ、パートナーに聞かせられる話をいっぱい仕込みに行くとしますか」
 そう言うと、セス・テヴァンは立ちあがった。
「祭りの輪に戻りましょう」
「そうであるな」
 さしのべられる手をとって立ちあがると、ジュレール・リーヴェンディはセス・テヴァンとともに、篝火の方へと歩いていった。