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リアクション
山を越えた先に希望はあるのか
一方、教室では、生徒会が持ってきた山のような課題を見て呆然とする生徒、逃走する生徒。そして図書室へ移動して真面目に勉強をする生徒と反応も様々だった。
そしてタイムリミットは21時。そんな時間まで学校にいることの方が少ないので、生徒の多くは文化祭気分かと思いきや、意外とそうでもない。現に、図書室は大盛況だった。
特に処罰があるとも言わなかったこの課題だが、外に出るにはタイムリミットまで我慢をするか課題を終わらすかの2択。
それならば、思い思いの秋を過ごすせば良いのに、やはり目前に迫った中間考査が心配なのだろう。広い図書室には、同じ課題を持った生徒たちが集まり、こんなにも勉強している人で埋まっているのは、蒼空学園始まって以来ではないだろうか。
いつもなら、昼寝や時間つぶしの読書などに使われていることが多く、利用人数もまばら。それなのに今日は、机を取り合い参考書を取り合い、随分賑やかな図書室になっている。おかげで、静かに読書を楽しみたい人は数冊の本を持って良い場所を探しに出かけてしまったくらいだ。
そんな中でも、すさまじい勢いで課題を解いていくのは葛葉 翔(くずのは・しょう)。まさかとは思うが、この膨大な量を本当にクリアするつもりなのだろうか。
「カンナ校長が用意してくれたんだ、これで試験は頂きだぜ!」
確かに、それほど熱心に勉強へ取り組めば試験の成績は上がるだろう。しかし、物には限度というものがある。ペース配分を見誤り、倒れなければいいのだが……けれど、翔を心配する声は上がらない。図書室に来ている生徒の大半は、自分のことで手一杯なのだ。
羽入 勇(はにゅう・いさみ)もその1人。折角ルミーナのお手伝いに立候補したのに、集合場所へ向う途中パートナーのラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)に見つかってしまった。
「何でダメなんだよ。体力に自信あるから、絶対役に立てたのに……」
「ダメなんて言っていませんよ。こちらが終わってからルミーナ殿のところへ向えばよろしいでしょう」
(こんなの、絶対終わりっこないよ)
分厚い課題をパラパラと捲りながら、それだけでゲッソリとしてしまう。
「勇殿、苦手な物だけ頑張りましょう。全体を伸ばすのではなく、偏りを無くしてしまうのです」
「……はぁい」
隣では宮本 月里(みやもと・つきり)も同じような溜息を吐いていた。出された課題は必須ではないと聞いて喜んだのも束の間、体育館へ行こうと誘ったら学力低下を心配されて現在に至る。
確かに、自分でも成績が良い方だとはお世辞にも言えない。けれど、そこまで心配されるほど酷い成績をしていただろうかと、もう一度溜息を吐いた。
その様子を見て、パートナーのフィリップ・アンヴィール(ふぃりっぷ・あんう゛ぃーる)は問題が分からなかったのかと心配してしまう。
「月里、どこがわからない? この参考書、わかりにくかったかな」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよぅ……勉強は嫌いじゃないし、心配なのも少しはわかるけど……」
「けど?」
ぐるぐると、ノートの隅に落書きをする度に揺れる、シャープペンシルの可愛い飾り。そういえば、空京で見かけたあのシャーペンも可愛かったなと、思い出して余計に意欲がなくなりそうだ。
(やっぱり買っておけば良かったかな)
「私は、スポーツの秋が良かったなぁ。もうすぐ体育祭だってあるんだし」
「へぇ、スポーツ得意なんだね! ボクもね、他のことやりたかったのに勉強なんだぁ」
隣から、えへへと笑いながら勇が話しかけてくる。やはり、同じようにパートナーに心配されたのだろうか。正面に座るパートナーに注意されて、再び問題集に向き合っていた。
「この公式を混同しなくなれば、休憩にしましょう。偶然、あの写真集が返却されていたようなので」
「えぇ!? あの写真集って、まさかボクの大好きな……!」
「勇殿」
静かに、と持っていたペンを勇の前に差し出し、トントンと課題を叩くラルフ。そんな些細なやりとりが羨ましいほど仲が悪いわけではないけれど、なんとなく月里は2人が談笑するのを眺めてしまっていた。
「……里、月里! 一体どうしたの、上の空で」
「ごめんね、ちょっと考え事していただけだよ」
(フィルは、私の好きなものとか知っているのかな)
けれど、今そんなことを言えば、まるでご褒美をねだっているようにも感じる。さっきから心配ばかりかけているし、ここは1つ真面目に勉強しないと! ぺちっと軽く自分の量頬を叩いて、月里は課題に取り組み始めた。
「まったく。やれば出来るんだから、頑張ってよね」
もし詰まってしまったら、きちんとかみ砕いて教えてあげよう。フィリップはそう思いながら、手元に隠してある包みを確認するのであった。
さて、そんな風にほのぼのと勉強に取り組んでいるのは、もちろんここだけではない。
「ねーちゃん、ちゃんとやれよ〜」
従兄弟の佐々良 睦月(ささら・むつき)に叱られて姉としての面目がない苦笑いを浮かべるのは、佐々良 縁(ささら・よすが)。
試験の追い込みにと図書室へやってきたはずなのに、必要な資料を探し睦月のためにと児童文学を手に取り……気がつけば面白そうな小説も取り。机に積み上げた資料と、広げたままになっているノートは、誘惑に負けてしまっていることを告げていた。
「あはは〜……ちょっとだけだから、ね?」
「なに言ってんだよ! ねーちゃんが言ったんだぞ、ベンキョウしろよ〜」
むぅ、とふくれっ面になってグイグイと資料を縁の方へ押しやってくる。どうやら、遊びたいと言ったのに試験勉強があると相手にされなかったことが不満なのだろう。勉強が大事なことも小さいながらに理解しているので邪魔しないようにと大人しく待っていたのに、肝心の縁が勉強を終わらせてくれなければ、いつまでたっても遊んでもらえない。
「お勉強、ちゃんとやってたんだよ? やってたんだけど……」
資料と一緒に小説も持ってきてしまったのがまずかった。視界に入れば気になってしまうし、1度読んでしまえばあと少し、もう少しと続きが気になってしまって終わることが出来なかったのだ。
「知らねーもんね、ねーちゃんが悪いんだぞ! こんな本、ボッシューだからなっ!」
「待って! 今すごく良いところ……!」
手をスルリと抜け、睦月の手に渡った小説はしっかりと抱えられてしまった。
「ふん、ベンキョウ終わるまで返してやんないもんね!」
ベーっと舌を出しそっぽを向かれてしまう。どうやら睦月は相当ご機嫌斜めのようだ。
「わかったわよぅ……もう少し待っててね」
観念して資料を開いてノートにまとめる。しっかり者の従兄弟のおかげで、試験対策ノートは順調に完成していくのだった。
そんなしっかり者のパートナーがいれば、勉強もはかどることだろう。しかし、久世 沙幸(くぜ・さゆき)は違った。
苦手な語学をパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)に見てもらっていたのだが……。
「もうわかんないよー!」
降参とばかりに課題の上に突っ伏してしまう沙幸を見て、美海は頭を悩ませた。出来るだけわかりやすく指導しているつもりなのに、上手く伝わっていないようだ。
「沙幸さん、どこがわからないのかしら? ああ、これはですね……ちょっと資料を取ってきますわね」
口頭で説明するよりも、何か例えを見せた方が伝わりやすいかも知れない。美海は沙幸が勉強嫌いにならないように、出来るだけ優しい参考書を探そうと席を外した。
(……チャーンス!)
本棚の向こう側に美海が消えたことを見届けて、沙幸は静かに席を立つ。そう、勉強から抜け出すつもりなのだ。
(ごめんなさい美海ねーさま。これはみんなと……私とねーさまが素敵な夜を過ごすためなのよ!)
書き置きを残して気付かれる前に図書室を出た。きっと、ルミーナさんに呼ばれたお手伝いの人たちも、あれに向けての準備をしているのだろう。料理が出来ない沙幸は、自分に出来ることをしようと飾りの作れそうな場所へ向うのだった。
「お待たせしました沙幸さ……あら?」
もぬけの殻となってしまった席には「休憩に行ってきます」という走り書きだけが残されていて、美海は深い溜息を吐く。そんなにも勉強が嫌だったのか、もしくは――。
(そういえば、あのお話は今日だったかしら。でしたら沙幸さんが逃げ出したのはそのせいですわね)
試験の告知を見て不安げにしていたから指導役を申し出ただけで、勉強を強制はしていない。言ってくれれば準備でもなんでも手伝ったのにと取ってきたばかりの資料を見て少し悲しげな表情を浮かべる。
「戻ってきたら、たっぷりとお仕置きしてさしあげますわ」
確信に近いものはあれど、勘違いならすれ違いになるかもしれないので追うことは出来ない。何より、美海は方向音痴なのだ。
諦めたような苦笑を浮かべて、美海はわかりやすいノートを作って待つことにした。
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