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リアクション
夜
仏滅の夜、妹尾静音(せのお・しずね)はフィリス・豊原(ふぃりす・とよはら)とその店を目指していた。
「だって気になるじゃない? あんな噂聞いちゃったら」
と、静音はどこかうきうきした様子で言う。
「確かに、怪しげな薬の蔓延は気になりますわね」
と、フィリス。所属の百合園女学院では養護教諭的な何かと思われているだけに、「ちーとさぷり」の噂を聞いて何もせずにはいられなかった。
「確か、この辺りだったと思うんだけど……」
さすがに夜道は薄暗く、人工的な光を目印に進むしかない。静音が先に立って進んでいく様子を見て、フィリスは尋ねる。
「まさか、静音さんは使用しておりませんわよね?」
「え?」
振り返った静音は笑って答える。
「使ってない、使ってないって」
「そうですか? あまりにも慣れた様子でしたので、つい」
フィリスが台詞を言い終わらないうちに、それらしき店の明かりが見えてくる。
「ここかしら? ごめんくださーい」
「あ、ちょっと」
慎重さに欠ける静音を追って、フィリスも店内へと入った。
外から見た時は明るく見えたが、中へ入ると思ったよりも暗い。天井にかけられた灯りが唯一の光源だ。
「ちーとさぷりを売るお店、ここで合ってるかしら?」
と、店員へ近寄る静音。店員は何も言わず、こくりと頷いてみせる。
「んー、暗くてよく見えないわね」
どうやら店員が気になるらしい静音を横目に、フィリスは店内に並ぶ薬の数々へ身体を向けた。500mlのペットボトルよりも一回り小さいくらいの瓶、その中には色とりどりの液体が入っている。体力強化と書かれたものや、知力強化、集中力強化に画力強化……。
店員と同じ高さに顔を持っていく静音。店員は目深にフードを被っており、覗き込んで見たが輪郭ははっきりしなかった。
「ねぇ、あたしとお友達にならない?」
店員は動じなかった。静音はしつこくその顔を見ようとし、声を聞こうとする。
「ねぇ、聞いてる?」
そしてフィリスが目の前にあった瓶に手を伸ばしかけると、静音が大きな声を出した。
「何よ、期待して損したっ」
と、振り返るフィリスの腕を引き、苛立った様子で外へと出て行ってしまう。
彼女たちと入れ替わるようにして毒島大佐(ぶすじま・たいさ)が入って来る。その少女のような外見とは裏腹に、大佐は店員の元へ真っ直ぐに向かうと言った。
「とりあえずちーとさぷり全部くれ。支払いはカードで」
すぐに店員は店内にあった瓶全てを袋へ詰め始める。
筑摩彩(ちくま・いろどり)はピッキングをしていた。
「ぁ、開いた」
すぐに扉へ手をかけ、中へと入る。
「イグー?」
この部屋の主、イグテシア・ミュドリャゼンカ(いぐてしあ・みゅどりゃぜんか)を探してみるが、姿はなかった。
彩はそれを確認すると、すぐにイグテシアの寝室へと向かう。几帳面なイグーのこと、きっと日記やお小遣い帳に何かヒントがあるはず――!
このところ、パートナーである彩を無視し続け、それどころか存在すらもなかったかのように生活するイグテシアに、彩は寂しさを覚えていた。今では寂しさを通り越して不安だったのだが。
寝室の机には日記帳と筆が置かれていた。彩は日記帳を取り上げ、開いて見る。
『いにしえより技と力を受け継ぎしミュドリャゼンカの名を持つ者として、このままではいけないのですわ。今のわたくしには彩を守る力がありません』
目に入った一文に彩は目を見張った。そして続く文章にさらなる驚きを覚える。
『わたくしには力が必要なのです。強い強い魔力が。ちーとさぷりを使えば、わたくしが力を得る一方で、彩は記憶を失ったわたくしと別れ、もっと彼女にふさわしいパートナーを探せるでしょう。お互いにとって、きっとこれがベストの解ですわ』
『……さようなら、彩』
彩は次のページをめくった。しかしあるのは白紙ばかり。
机の引き出しを開けると、イグテシアのお小遣い帳が目に入る。……本当にちーとさぷりを買っていたなら。
『ちーとさぷり3本 750G』
お小遣い帳を閉じて、彩はちーとさぷりを探し始める――。
数十分後、イグテシアが部屋へ帰宅すると、目の前に見知らぬ少女が現れた。
「……どなた?」
「どなたじゃないわよ! イグー、あたしのこと、本当に忘れちゃったの?」
イグテシアは眉をしかめた。イグーなんて下品なあだ名で呼ばれるのは初めてだ。
「知りませんわね。どなたか存じませんけど、ごめんなさい」
と、イグテシアは彩の横を通り抜けて行く。
「ちょっと待って! 何でこんなことしたのよ!?」
イグテシアは寝室の扉が開きっぱなしになっていることに気がつく。そして彩を振り返った。
「何の真似ですの?」
彩の手には日記帳とお小遣い帳、そして薬の瓶が握られていた。
「ここにちゃんと書いてある。記憶がなくなる前までのこと、全部」
「?」
「イグー、あなたはこの薬を飲んで記憶を失くしてしまったのよ」
「それはただの魔力強化の薬ですわ。記憶がなくなるなどと――」
「じゃあ、何でイグーはあたしを覚えてないの? この薬が原因としか思えないよ!」
イグテシアはまじまじと彩を見つめた。真剣な眼差し、清純そうな顔立ち、大事な物を握りしめた両手はかすかに震えている。
「イグーはイグーのままでいいんだよ。あたしは魔力なんて求めてない、強くなくたっていいの」
と、両目に涙を浮かべる彩。
「だからイグー、もうこんなことしないで」
「……」
イグテシアは彩へ近寄ると、日記帳を取り上げた。そして自分が最後に書いたであろうページを開く。
目を通し終えると、イグテシアは彩を見上げた。
「わたくしのしたことで悲しませてしまったのなら、謝らなければなりませんね」
イグテシアの目は優しいが、記憶を取り戻したようには見えない。
「彩、ごめんなさい」
「っ、イグー!」
こらえきれずに彩はイグテシアを抱きしめた。その拍子に持っていた物が床へ落ち、イグテシアがはっとする。
「あぁっ、わたくしのお小遣い帳が!」
ちーとさぷりの瓶が割れ、中の液体がお小遣い帳を色鮮やかに染めていた。
「さぁ、これで準備は整った」
と、草薙真矢(くさなぎ・まや)はほくそえむ。
彼女の前にはちーとさぷりの瓶が置かれていた。それに手を伸ばし、蓋を開ける。
用意した別の容器に液体を注ぎ、瓶には蓋を。
そして真矢は、薬を飲んだ……――。
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