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シープ・スウィープ・ステップス

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シープ・スウィープ・ステップス

リアクション

「皆様、この度は急なお話にもかかわらず来ていただけて真にありがとうございます」
 空京のあるホールで、フューラーは集まったプレイヤー達に向かって丁寧に一礼した。
「羊掃除とかお花見とか、まあとにかくひつじとか、どうぞお楽しみくださいね」
 相変わらず大仰な動作で、『オーダーメイド・パラダイス』にログインするための専用PODに皆を案内した。
 今回のゲームは、大本は前回と同じだが、花見というイベント要素と、羊の氾濫というアクシデントが組み込まれている。
 そして無差別にバナーを貼って人を募集することはせず、以前この『オーダーメイド・パラダイス』で知り合ったプレイヤーに連絡をとり、また他の人にも話をしてもらったのである。
 以前は蒼空学園のXサーバーを借り、データベースとするなど多少の無茶もできたものだが、今回はXサーバーの使用はやめ、人数も絞らせてもらうことになったのだ。
 突貫で用意されたステージは、当たり前だがよき日取りなんてものもなく、間が悪く空京の空はどんよりとして、予報は半々といったところである。
 フューラーもいろいろと走り回っていたらしく、皆をナビゲートする彼の心の中は、きっとブルーだと思われた。
 
 あなたのご希望をお伝えください―OK
 シートの調整をし、楽な姿勢をお選びください―OK
 ヘッドセット、アイマスクの装着をお願いいたします―OK
『オーダーメイド・パラダイス』へようこそ。限定イベント『シープ・スウィープ・ステップス』をお楽しみ下さい。
 当ゲームはお客様を安全に、かつエンターテイメントに満ちたバーチャル世界へご案内するものでございます―LOGIN
 
 ―しかしんなこたぁヒパティアの笑顔の元には微塵も関係がなく、電脳空間は今日も見事なまでに晴れなのである。
 
 電脳空間は、ひとつの島に模されている。
 島の北はなだらかな丘で、今は世界樹に埋もれているが一つの館があり、空間の主である人工知能ヒパティアは基本的にそこにいる。
 中央部には噴水を備えた広場があり、電脳空間に入ったときに、まず降り立つのがこの場所だ。
 広場を境に東にビル街が、西に鬱蒼たる森が広がり、南には海岸が広がるおだやかな島である。
 その中身は、ともかくとして。
 
   ◇ ◇ ◇
 
小林 翔太(こばやし・しょうた)が、電脳空間に降り立った物珍しさで辺りを見回す。
 電脳と聞いていたが、ほとんど現実と変わらないのではないだろうか。
 しかし降り立った公園の噴水には、見事に羊があふれていた。
「なるほど、聞いたとおり羊ばっかり…これは食べ応えがありそうだね」
 空をよく見れば雲は羊でできているし、他にも敏感なものはそれこそあちこちが羊で埋め尽くされていることに気づいていた。
 遠目にも巨大なイルミンスールの世界樹が桜に姿を変え、今は校舎ではなくヒパティア本体を示す館をその根で包み込んで、その威容を現している。
「申し訳ありません、掃除はしたんですけれど行き届かず…それでは皆様、桜までご案内いたします。我が主はそちらにおりますので」
「執事さん、質問なんだけど。本当に羊、片付けまくっていいんだよね?」
 翔太がフューラーに再確認して、
「ええ、お願いいたします。いかなる手を使ってもかまいません、思いきりフラストレーションを晴らすのもいいと思いますよ」
「あんまり数多いと、ヒパティアさんもしんどいやろと思うで」
「そういうことです、それでは何かございましたら、遠慮なく私をお呼びください」
 現在、ヒパティアは羊を消さないまでも、当初の願いであるプレイヤーを招き入れたことで、増殖のスピードは止まっている。
 花見以外に目的があるものはここで別れ、めいめい好きな場所を選んで行動に移った。
 
『うわあ』とか『げっ』とかいう不穏なうめきがどこからかひっきりなしに漏れてくる。
 花見の道案内をするべく、先頭を歩いていたフューラーからだ。
高務 野々(たかつかさ・のの)は後ろからそれを聞いて呆れていた。
「確かに、無秩序に過ぎますけれどねえ」
 世界樹の桜に行くまでの道々は、ちょっとした花の回廊になっていた。
 ただし、季節も植生もめちゃくちゃで、あるだけ詰め込みましたといったようなカオスな様相を呈している。
 花の合間から時折羊がぬっと顔を出せば、目の前の執事はべしべしひっぱたいて消していく。
 カオスな花畑と、あふれる羊で混成された景観を見て彼は嘆き、肩を落として絶望しているのだ。
 夏の花であり、朝で枯れるはずの朝顔が、太陽が高く上っていてもまだ満開のままなのがわかりやすい。
 しかしこれほど並ぶ大輪のサボテンの花なんて、はじめて見たかもしれない。100年に一度と聞く竹の花だってそうだ。
藍澤 黎(あいざわ・れい)が、思わず声をひそめて見たものを伝える。
「…あれは、ラフレシアではないのか…?」
 野々は、さすがにそれは聞かなかったことにした。
 
「ヒパティア! あのカオスな植生! なんなの?」
「何かおかしいの? みんなお花でしょう?」
 世界樹の桜の元で皆を待っていたヒパティアを視界に入れるや、けんつくやりあう二人を、ヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)は目を丸くして見ている。
「あらぁ? あの二人主従なんじゃなかったの?」
「どうやら、表向きは主従らしいが、本来はもっと近しいようだ。相変わらずあの執事は未熟だな」
 あれしきで人前で動揺してどうするのだ、と黎は少しあきれた顔だ。
 
 目の前で口喧嘩する二人につかつかと近寄り、野々は制止をかける。
「フューラーさん、みっともないですよ。ヒパティアさん、ちょっとお勉強いたしましょうか」
 二人は同時に野々を振り向いた。似ていないはずなのに、なんだかそっくりな二人だ。
 その横から黎はヒパティアに提案する。
「ヒパティア殿、花時計というものをご存知か?」
「存じております、それではお出しいたしますね」
「いや違うのだ、そなたとならもっと変わった花時計を作ることができようと思ってな」
「でもねえ、花もいいんだけれどぉ、花だけじゃあつまらないと思うの」
 ヴィアスは目を閉じてイメージした。
 巨大な桜の天辺から花びらが舞い散り、遠くとおく降り積もる。
 もしかすると静かに世界の果てまでたどり着くだろう、その様を。
「花は枯れて、地に落ちて、そして緑の葉をつける」
 その葉もまた色を変え、また散り落ちて枝だけになってしまっても、それは寂しいものでもつまらないものでもないわ。
「だって、お花も生きているのだもの。そうして来年どんな花が咲いてくれるか、それが楽しみだわ」
 その想像の中で、すべてのものが瑞々しかった。
「今は新緑の季節、日差しに照り映える緑をお願いしようかしら。…あら?」
 目を開けたヴィアスの周りに、いつのまにか緑のツタの東屋ができていた。石のテーブルにこぼれる光がまぶしい。
 彼女の隣には好奇心でいっぱいのヒパティアが座っている。
「素敵なイメージですね」
「そうよ、美しいのは花だけではないの」
 野々が微笑み、紅茶を一口、光景とともに楽しんだ。
 黎はツタの葉の一枚をくるりと返すと、白いバラに変わってその手の中で花開いた。
「ねえ、みんなで花時計を作りましょう?」
「ヴィアス殿がよければ、共に」
「いいのぉ? こんな面白いことが起こるなら、参加させていただくわ」
 東屋に鳥が訪れ、てんとう虫がとまる。
 緑の葉に鮮やかな赤い点が乗り、その対比にひきつけられているヒパティアに、黎は指にとまらせた蝶を差し出した。
「蝶は醜いさなぎで冬を耐え、春にこのような美しい姿を見せてくれる。花もそうだ」
「常に完全なものなどありえませんしね。何事も、ほどほどが大切なのです」