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第9章 前半・2――紅の速攻戦術

《さぁ、紅陣地では先行した白に向かって紅の選手が殺到! さながらその様子は包囲戦だ!》
《後方から援軍も来ています。紅としては両者の連携をうまく断ち切りたい所ですね》
《ではここで、紅がキープするカレーボールを見てみましょう……紅17番・風森巽、そろそろ動きを見せそうですが》

 百数十メートルほどドリブルした辺りで、風森巽は紅のFWが大分白陣地の奥に切り込めたと判断した。とりわけマイト・オーバーウェルムは白のFBエリア辺りまで切り込んでいて、こちらに向けて大きく手を振っていた。
 しかし、敵中のまっただ中だけあって、既に数人がマークについている。迂闊なパスはカットされるのがオチだ。
(まずは、高村からだな)
 カレーボールは、まだマークのついてない高村?に回された。
 ボールを受けた高村?は、すぐに遠野歌菜にボールを繋ぐべくボールを蹴り出そうとして――

《おっと、ここで紅18番高村?、ミスキック! こぼれたカレーボールが所在なくフィールドを転がる!》
《眼を押さえてうずくまっていますね。大丈夫でしょうか?》
《さぁ、そうしている間にもカレーボールには白プレイヤーが迫る! キープしたのは10番・漆髪月夜選手! 捕まえたボールをすかさず11番・樹月刀真に回します。
 11番・樹月はボールをキープして……お、9番・秋月桃花を呼びましたね? 何をするつもりでしょうか?》

「9番さん!」
 樹月刀真は秋月桃花を呼んだ。
「飛んでくれ、9番さん! 俺がボールを浮かすから、FW陣にボールを飛ばしてくれ!」
「はい、分かりました!」
 秋月桃花は守護天使の翼を広げ、飛んだ。凝らした眼は、彼方にいる芦原郁乃の姿をとらえた。
 刀真の爪先がカレーボールの下に潜り込み、跳ね上げる。浮かんだカレーボールが再度蹴り上げられ、刀真の頭上1メートル弱に上がった。

《何と! 11番・樹月、バレーボールのトスのようにカレーボールを真上に上げる!
 そこに飛び込むのは9番・秋月! 天使の翼を広げ、豪快なキック! ボールが伸びる、伸びる!》

(郁乃様!)
 カレーボールは、黄色いアーチを描きながら空の中を突き抜けていく。ボールはかなりの高度を取っており、まずはクリアされた、と白チームの誰もが思った。
 が、地上から人影が飛び上がり、カレーボールの軌道と交錯する。
「何っ!?」
「そんな!?」
 そう声を上げたのは、樹月刀真や秋月桃花だけではないだろう。弾道ミサイルが地上から迎撃されたら、こんな動きになるのだろうか。

《あーっと、カレーボールのロングパスもハイジャンプで止められた!》
《バーストダッシュの加速を垂直方向に活かし、超人的な跳躍をやってのけましたね》
《カレーボールのロングパスを止めたのは紅のMF、15番本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)……なんでしょう、空中でキックの態勢を取っている!》

「いっけ〜! 兄さま、ファイト〜!」
 紅の応援席でエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)がポンポンを振り回して跳ね回った。
 学ランを着たルイ・フリード(るい・ふりーど)が声を張り上げる。
「総員! 本郷コール! そぉれ!」
「「「「「ほ・ん・ごう!」」」」
「「「「「ほ・ん・ごう!」」」」
「「「「「ほ・ん・ごう!」」」」
 コールに合わせてモナルダ・ヴェロニカ(もなるだ・べろにか)が応援用ステージの上で正拳突きを放った。

 本郷涼介は滞空しつつ、白陣地内の紅プレイヤーの位置を確認。一番手前に風森巽、その奥の高村?は眼を押さえて走っており、もう少し奥に遠野歌菜、ゴール前にマイトがいる。
 下手なパスはカットされる。それは自分が証明した。
(とすれば――パスにもスキルを使った方が無難だな!)
 さっき、白のFWも同じような事をやっていた。学ぶべき所は学ぶとしよう。
 本郷涼介は精神を集中し、カレーボールに向けて氷術を使った。空気中の水分がたちまち凍結し、黄色いカレーボールがみるみる白くなっていく。
 このカレーボールは今、単に氷の塊というわけではない。迂闊に触れればダメージを与えるまぎれもない「武器」だ。パスを受ける方もただでは済むまいが――
(この程度なら、大したダメージにもならんだろう!)
 本郷涼介の体は、ボールと共に落下を開始。その脚が大きく後ろに引かれ、
(お前はかなりの猛者だと聞いている! 頼むぞ、19番、遠野!)
 直後、目前にあるボールを思い切り蹴飛ばした。

《何と、15番・本郷もまたスキルシュートを使用! カレーボールはアイシクルシュートで再び白陣地に蹴り戻された!》
《もはやロングパスはスキルシュートでなければ通用しませんね》
《しかし、スキルシュートのパスは、受ける方にもダメージを与える諸刃の剣! この一手は、果たして吉と出るか凶と出るか!?》

(ええ〜っ!?)
 遠野歌菜は、自分に向かってくるボールを見て眼を疑った。
 黄色いはずのカレーボールは、今は真っ白だ。氷結属性をまとっているのが見ただけで分かる。おかげで白のディフェンダーは誰もカットしに来ない。
(……受けても大丈夫だよね、別に攻撃してきたわけでもないから!)
 そう自分に言い聞かせ、一度足元でバウンドさせてから足裏でキープ。バウンドしたフィールドが一部凍りつき、遠野歌菜も全身に寒気が走った。
 ――大丈夫、ダメージは受けたけど、大した事ない、はず。
(このサッカー、味方からも攻撃受けるのかぁ)
 怖い試合、と思いながら、彼女はドリブルを始めた。何とかこのボールをゴール前に繋ぎたい――
(!?)
 気配。前に蹴り出しかけたボールを足裏で引き戻す。付近に人の姿は見えない。
 が、自分以外の足音がした。すぐ近く。体を捌き、カレーボールの主導権を確保。さらに迫る気配。足音だけではなく、息づかいや体温まで感じられる。
(光学迷彩……白チームにもいたっけ!)
 彼女の「超感覚」が零距離に敵の在る事を知らせ、「殺気看破」のスキルが強烈な闘志を感じさせていた。
 記憶を探った。確か、白チームの光学迷彩使いはふたり。気配の背格好はかなり低いから、多分正体は8番。名前は確か――

《おや? 紅19番・遠野選手、突然動きがおかしくなりましたね? キープしたカレーボールの周りをひとりで回り始めましたが?》
《映像を切り替えましょう、熱源探知カメラでの映像です》
《……ははぁ。普通のカメラでは見えませんが、こうして見ると19番・遠野に誰かがはりついて競り合っているのが分かりますね》
《背格好からして、光学迷彩で競り合いをかけているのは白8番のアシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)選手でしょう》
《さぁ、今度は紅チームが白からステルス攻撃を受けています。これはやりにくそうだ》

 見えない8番が、肩でこちらを押してきた。見えない脚を差し出し、カレーボールを奪おうとする。遠野歌菜も体を捌き、カレーボールを8番から引き離そうとする。
 誰かにパスを回したい所だけど、近くに味方の姿はない。風森巽は後方にいるし、大分離れているので迂闊なパスはカットされる恐れがある(しかも、白の光学迷彩使いはもうひとりくらいいた気がする)。紅18番の高森?はどこかケガでもしたのか、今は身動きが取れそうにない。
 強引に走り抜けようとした。気配が回り込む。進路をふさがれた。再び体を捌き、ボールとの間に割り込む。また差し出される脚。その爪先に触れかけたカレーボールをこちらも押し出し、同時に前へ出る。食らいついてくる気配。
(……何て厄介なの!?)
 遠野歌菜は歯噛みした。
(普通の戦闘なら、攻撃スキルで追い払えるのに!)

(わいは本当に消えとるんじゃろうな!?)
 競り合うアシュレイ・ビショルドも歯噛みしていた。
 次にパスが回るのは紅の19番と目星をつけ、光学迷彩を使って接近した――までは良かった。
 だが、紅の19番はこちらの動きが見えているかのように、体とボールを捌き、こちらにボールを触らせようとしない。
 自分にサッカーの経験はないが、それは相手も同じ筈。むしろ姿を消している分、こちらの方が絶対に有利の筈なのに……!
 ぐずぐずしてはいられない。時間をかければかけるほど、紅のMFが前進してカバーに入ってくるだろう。
(ここで止めるんじゃ、何としてでも!)
 アシュレイは身を屈め、紅の19番とカレーボールの間に踏み込んだ。
「くっ!」
 さすがに19番も小さな悲鳴を上げた。前に蹴り出されるカレーボール。ダッシュ。爪先がカレーボールを捉える。キープに成功。
(今度こそ、ボールをクリアして……っ!?)
 迫る気配。19番が追いかけてきた。右から正面に回り込んできて、クリアを封じる。味方のディフェンダーにパス、と見せかけてボールを止め、抜き去ろうとして――!
「何じゃと!?」
 正面、19番の姿は消えている。たった今までいたはずのその姿が――
 光学迷彩? そんなはずはない! 紅チームにも光学迷彩使いはいるが、その中には19番はいなかったはず……!
 ポン、と足元で音がした。横にボールが蹴り出されていた。
「!」
 自分の背後を、誰かが駆け抜けた。
 振り向いた時にはもう遅い。カレーボールをキープした19番が、白陣地のさらに奥に向かってドリブルを始めていた。
 歯噛みしながら、アシュレイはその背中を追い始めた。

「何っ!?」
 日下部社が突然椅子から立ち上がった。
「うわっ……! いきなりどうした!?」
「なんちゅうヤツや、あいつ……! ステルスを抜きおったわ!」
「済まん……何が起きてどう凄いのか説明してくれんか?」
「つまりね……」
 近藤勇の要望に、ヴェルチェが口を開いた。
「まずステルス……姿の見えない相手との戦いはただでさえ大変。これは分かるわね?」
「うむ。闇夜に乗じての奇襲は、それだけで攻める方が有利だな」
「で、今回は『戦闘』ではなく『サッカー』。つきまとわれてどんなにうっとおしくても、力で撃退する事ができない。ボールを奪い合って抜くか抜かれるかしないと、戦いは終わらないの。
 そして、今そっちが言ったみたいに、姿を消して攻めてきた白側ステルスさんの方が、この場合は圧倒的に有利なはずだったんだけど……」
「白はボールを奪えず、それどころか抜かれてもうた、というわけや」
「……どうやら白のステルスが弱かった、というわけではなさそうだな」
 エヴァルトの言葉に「そうや」と日下部社は頷いた。
「白のステルスの眼の動きより早く動けた、あの遠野歌菜いう姉ちゃんがスゴいんや」

 ――白陣地を駆け抜けながら、遠野歌菜は思った。
(あの技は、もう使えないだろうなぁ)
 白の8番相手に用いたのは、「隠れ身」スキルと「ブラインドナイブス」の組み合わせだ。
 自分の超感覚が、白の8番の視線の動きを捉えてくれた。殺気看破も、相手がパスなどする気がない事を教えてくれた。
 白の8番が視線を動かした、その一瞬のうちに体の位置を変え、自分を白の8番の視野の外に移動させて死角の外からボールを蹴り出し、相手がショックを受けた隙にその背後を走り抜けたのだ。
 自分でもよくやれたと思う。もう一度やれと言われても、できる自信はない。
 そして、抜かれた白の8番は全く諦めていない。再びこちらの背後に迫ろうとしている。さらに正面からも、こちらを迎え撃つべく白のプレイヤーが迫っていた。
 ――一瞬、垣間見えるライン。
 ラインの終着点はゴール前。多分マイトが入ってくれる!
「部長!」
 遠野歌菜は叫びながら、再度「ブラインドナイブス」を使ってカレーボールを蹴った。

《出たーっ! カレーボールが白ディフェンスの間を抜く! 見事なキラーパスだ!》
《紅、絶好のチャンスです!》
《そしてボールの行き先には紅の20番、リーダーのマイト・オーバーウェルムがバーストダッシュ!》

「もらったぁ!」
 バーストダッシュの勢いが爪先に載り、白のゴールめがけてカレーボールを蹴り飛ばす。
 紅の応援席から歓声が上がった。
(――捕れる!)
 ゴールキーパー赤羽美央の体が宙を躍る。
 ゴール右隅を狙ったシュートは、彼女の右手に掴まえられる。
 今度は白の応援席から歓声が上がった。
 シュートを見事に止められたマイトだが、それでも彼はニヤリと笑った。
「くそっ……! やるじゃねぇか、美央!」
「白のゴールは割らせません」
 答える赤羽美央の表情は読めない。だが、多分笑っているのだろう。

「――審判!」
 眼を押さえながら、高村?は手を振った。
 空飛ぶ箒に乗っていた風森望は高村?に気付き、近くまで降りてくる。
「何?」
「観客席を調べて。フィールドに向かってレーザーポインター使っているヤツがいるみたいだ!」
 言われた風森望も、赤い交点が自分の衣服の上をはいずり回っているのに気がついた。
 すかさず持っていた無線機のマイクを取る。
「フィールド審判より会場警備担当者へ。観客の中にレーザーポインターで試合を妨害している者あり。至急発見、確保してください」
〈神崎優、了解〉
〈水無月零、了解〉
〈神代聖夜、了解〉
〈刹那、了解〉
〈リカイン・フェルマータ、了解〉
〈中原 鞆絵、了解〉
「で、紅の19番さん。試合はできそう?」
「問題はないよ」
 高村?は、眼を押さえていた手を退けた。
 右の瞼の上、眉毛の下の縁あたりに火傷ができている。レーザーポインターの出力はかなり高いようだ。
「とにかく、早くこいつを捕まえてよ。試合を台無しにしたくない」
「分かってる」
 風森望は、観客席を見渡した。西南方面の客席に、不自然な赤い光が見えた気がする。
「審判より警備担当者へ。西南方面に不審な光点あり。至急確認に向かって下さい」
〈神崎優、了解〉

(うちのFWは、決定力に欠けるな)
 地面にきれいな着地を決めた本郷涼介は、パートナーのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)を呼んだ。
「クレア、私達も前線に出るぞ」
「シュートとかも打っちゃっていいの?」
「ああ、どんどん狙っていけ」