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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!

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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!
【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ! 【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!

リアクション

 圧倒的な不利を押し返しての善戦が続くが、その分だけSPの消費や負傷も激しくなっていた。キャンプ中央に設けられたエイドステーションでは、百合園女学院のプリーストであるヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)による絶え間ないヒーリングが続けられていた。
「ネージュちゃん、疲れてません?」
「まだまだ大丈夫だよ。だって、みんなは前線で戦ってくれてるんだもん」
 励まし合う二人だが、顔にはSPの消耗で疲労の色も見え始めていた。
「お二人とも少しは休憩もしてくださいねぇ」
 薔薇の学舎のバトラーである清泉 北都(いずみ・ほくと)はそう言って、温かな紅茶をヴァーナーとネージュに差し入れた。少しでも回復するようにと紅茶は輪切りにしたレモンとはちみつで味をつけてある。
「わぁ、レモンティーだ」
 ヴァーナーがカップを手にとって紅茶の香りを嗅いだ。
「ありがとう、北都君。元気が出るよ」
 ネージュも優しい気づかいに感謝して、北都に微笑む。
「足りないものがあったらいつでも仰ってください」
 包帯や薬を運んできた北都のパートナーであるクナイ・アヤシ(くない・あやし)もネージュたちに声をかけた。北都とクナイは長期戦になることも予想して、糧食の手配や前線への補給などを担当していた。誰もが自分ができることを考え、自らのスキルを最大限に活かし発揮していた。
 しかし、中にはエイドステーションでまだ余裕をかましている蒼空学園フェルブレイドの弥涼 総司(いすず・そうじ)のようなツワモノもいた。
「総司さん、見たところ休んでいるように見えるんですけど」
 怒りを込めた口調でネージュが、総司を咎めた。
「あ、オレ? もちろん休憩中だぜ」
「戦いには行かないのですか?」
 ヴァーナーも呆れ気味に聞いた。
「うん、俺は保険みたいなもんだからな。それより、なんか食べるものない? 腹減っちゃててさ」
 まったく悪びれることもなく平気な様子の総司に、ネージュは頭にきた。
「あるわけないでしょ、そんなの」
「じゃ、ヒールでも一発かけてよ。このところ疲れ気味で」
「呆れた……みんな一生懸命戦ってるのよ。それを」
 ネージュがカッとなって怒るが、総司はまったく気にしていない。仕方なくクナイが仲裁に入った。
「ネージュ様、ヒールの手が足りないようですね。お手伝いさせていただきます」
「あ、はい」
 クナイの目配せを受け取った北都は、総司の誘導にかかる。
「総司さん、食事でしたらこちらにありますよぉ。好きなだけおかわりしてくださいねぇ」
「あ、そう悪いね」
 無用なトラブルを事前に避けるのもバトラーの務めとは言え、エイドステーションの警護もしている北都にとっては何を考えているのかわからない総司は厄介だった。

「くそ、油断した」

 正吾は左腕に受けた矢傷を急いで見せるため、自ら服を乱暴に裂いた。
「涼介さん、さぁやってくれ」
 傷の中でも厄介なのがゴブリンたちの使う毒矢による負傷で、治療にはイルミンスール魔法学校のプリーストで、医術の心得もある本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が当たっていた。
「また毒矢か。ゴブリンのやつらこういうことにだけは知恵が回るな。クレア、患部をまっすぐに」
「わかった、こんな感じだよね」
 パートナーのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)も涼介のサポートで目が回るほどだ。
「いくよ、キュアポイズン」
 涼介の手から放たれた光が変色していた患部から毒を取り除き、血色のいい状態へと戻していく。エイドステーション内ではこういったヒールだけでは治せない負傷にも対応せざるを得なく、涼介は野戦病院さながらに深い傷の場合は消毒や縫合なども行っていた。
「俺はまだ戦うぜ、止めないだろうな?」
「わかったよ、でも包帯は巻かせてくれ」
 正吾のやる気に応えるように、涼介は素早く患部を包帯で縛っていった。
「正吾殿、これ。腹が減っては戦はできぬだよね」
 クレアは治療の隙をぬって調理スキルで作ったおにぎりとスープを、正吾の前へと差し出した。
「悪いな。これで思いっきり暴れてこれるぜ」
 おにぎりにぱくつく正吾を、クレアは嬉しそうに眺める。
「さぁ、患者はどんどん来るぞ。クレア、手伝ってくれ」
「うん」
 涼介はクレアの頭をなでると、休む間もなく運ばれてきた負傷者の治療へと当たっていく。



 治療に当たっているのはエイドステーションだけではなかった。蒼空学園のバトラーである本郷 翔(ほんごう・かける)は危険を承知で衛生兵として前線に立ち、エイドステーションとのつなぎ役も兼ねて働いていた。
「大地様、じっとしていていただけますか」
 翔は刀傷を負った大地の足に止血バンドで応急手当をしていた。
「SPもかなり消耗していますし、一度エイドステーションで治療を受けられた方がよろしゅうございます」
「大丈夫、こんなのかすり傷だって」
 大地はそう言って笑うと、再びリュースの待つ前線へと駈け出して行った。
「無理は禁物でございますよ」
 翔は疲弊した前線の戦況を観察し、バリケード中央で待機していたクロトへSP回復の要請を依頼した。
「クロト様、敵部隊の西側バリケードへの攻撃が激しくなってるようでございます。SP回復をお願いできますでしょうか?」
「わかりました、すぐに向かいます。オルカ!」
 クロトは走ってきたオルカを空飛ぶ箒に乗せ、空中へと舞い上がった。
「一緒に歌うのは久しぶりだねぇ」
「あぁ、思い切りいくぞ」
 空中からクロトとオルカの奏でる驚きの歌が、疲れ切った仲間たちを癒してSPを回復していく。翔はその歌に励まされながら、彼の助けを待つ東側のバリケードへと急いで移動していった。

 持てる力の何倍もを出しきってキャンプの防衛線を守る仲間たちだが、集団戦法で攻めてくるゴブリン部隊は執拗で敗色が次第に濃厚になってきていた。
「さぁ、かかってくるニャ」
 素早い動きで翻弄する娘子だが、ゴブリンたちが背後から網で絡め取ろうと狙っていることには気づいてなかった。
「娘子、危ない!」
 隠形の術で姿を消していたかげゆが真っ先に気づき、娘子をかばって押しのけた。
「あ、かげゆさん!」
「イー!」
 身代わりとなり網の中へ絡め取られたかげゆ。獲物を捕えて、ゴブリンたちは狂喜の声を上げた。かげゆを守るポジションへと入らざるを得ない娘子は動きを制限されてしい、本来の力が出せなくなってしまった。
「ニャンコ」
 パートナーの春美が娘子とかげゆのサポートに入るため、不利を承知で空飛ぶ箒から大地へと降り立った。
「大丈夫です、二人で守りましょう」
 じりじりと春美たちを取り囲むゴブリンたちはもはや勝利を確信し、雄たけびを上げる。
「イー! イー!」
 その時だった、放たれた轟雷閃の一撃がゴブリンたちを弾き飛ばした。
「悪かったな、遅くなって」
 バーストダッシュで土煙を上げて突っ込んできた空京大学フェルブレイドの虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は、呆気に取られるゴブリン兵たちへアーミーショットガンをお見舞いしていった。
 涼に続いて、警備班にいた蒼空学園セイバーの神崎 優(かんざき・ゆう)やパートナーたちである神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も雪崩を打ってゴブリンたちへと攻撃を仕掛ける。
「聖夜、一匹も逃すなよ」
「もちろんだぜ」
 ゴブリンたちの間を縫うように走りぬけながら斬る優の隣を、聖夜は息のあったコンビネーションでぴたりと付き添いながらサポートしていく。
「そなたら、逃げおおせると思ったのですか」
 優の剣戟を避け得たゴブリンたちには、刹那の雷術が襲いかかった。
「もう大丈夫よ」
 同じく優のパートナーである水無月 零(みなずき・れい)が、かげゆの網を取り除きながら優しく言った。
「ほら、救援部隊だわ」
 零が指差した丘には蒼空学園の学園旗がはためき、初陣を飾る新入生たちが慣れない手つきながらも武器を振るってゴブリンたちへと襲いかかった。
「あれはいったいどこの部隊ですか?」
 春美は見たこともない部隊の顔ぶれに疑問を持って聞いた。
「今回のオリエンテーリングに参加する予定だった新入生たちよ」
「あぁ、途中で俺たちとうまく合流できたんだ」
 素人っぽい戦い方だと思っていた春美は、零と優の説明を聞いてようやく納得した。
「あぁ、なっちゃない。神崎、応援に行くぞ」
 見ていられなくなった涼は優に声だけかけると、再びバーストダッシュで新入生部隊の応援へと駆けもどっていった。
「俺たちも行こう」
「あぁ」
 優、聖夜、刹那も涼を追って、戦闘の輪へと加わっていく。
「俺たちが来たからには好きにはさせないぜ」
 新入生の背後から襲いかかろうとしていたゴブリンへ、涼はアーミーショットガンの銃床で思い切り後頭部を殴りつけた。
 戦況は完全に一変した。
「ボヤボヤしてんなよ、お前たち」
 優の放ったソニックブレードによって乱れたゴブリンの隊列へは、銀狼へと半獣人化した聖夜が襲いかかった。
「うぉぉぉぉー!」
「刹那、いまだ」
 優の合図で、刹那は散り散りになったゴブリンを火術で焼き尽くす。
「逃がしません」
 思わぬ応援部隊に不意を突かれたゴブリンたちは、色を失って逃走し始めた。

 救援に現れたのは一部隊だけではなかった。
「リュー兄、見て」
 大地の上ずった声に、振り向いたリュースは駆けつけた救援部隊の中に待ち望んでいた顔を見つけた。
「理沙」
 激戦が続く西のバリケードへと新入生たちを率いて現れたのは、波羅密多実業高等学校のネクロマンサー白波 理沙(しらなみ・りさ)だ。
 妖刀村雨丸を操ってゴブリン部隊のど真ん中へ斬り入った理沙をサポートするのは、彼女のパートナーあるカイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)だ。
「カイル、一気に蹴散らすわよ」
「まかせろ」
 理沙とカイルは微塵の疑いもなく互いに背中を預けながら、攻防一体のコンビネーションを活かしてゴブリンたちを斬り伏せていく。
「後ろから狙うなんて卑怯よ」
 同じくパートナーである白波 舞(しらなみ・まい)は理沙のサポートに徹し、弓矢をつがえようとしたゴブリンをシャープシューターのスキルを使って撃ち倒した。
「舞、ナイスショットだぜ」
 舞が安心して狙撃に専念できるように守るのは龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)だ。悠里は長身を生かし、近づいてくるゴブリンをラウンドシールドで地面に叩きつけていく。
 新たな強敵の出現にゴブリンたちが撤退を始めると、理沙は伏兵させておいた新入生たちへと合図を送った
「今よ!」
 理沙の命令が下ると、隠れていた新入生がゴブリンたちを挟み打つように取り囲んだ。浮足立ったゴブリンにもはや戦う能力はなく、見る間に部隊は瓦解していく。
 キャンプを襲ったゴブリン部隊の第一陣の多くは敗走し、長かった防衛線もようやく収まりを見せようとしていた。
「理沙、作戦ばっちりだな。あれ、理沙?」
 理沙に声をかけたカイルだったが、すでに彼女の姿はそこになかった。戦闘が一段落した理沙はリュースのもとへと駆けつけていたのだ。
「リュー……」
「理沙、必ず来ると信じてた。ありがとう」
 戦場で束の間の再会を果たした恋人のリュースと理沙は、互いの無事を確認するように見つめあった。
「来るよ、絶対。リューがどんな危険な場所にいようと、どんな遠くであろうと」
「あぁ、理沙なら来ると信じてた」
 二人の様子に逆に照れた大地は、舞や悠里をエイドステーションへと誘った。
「さて、エイドステーションで腹ごしらえでもしよっかな。舞と悠里もどう?」
「そうね、邪魔しちゃ悪いわよ」
「だな」
 二人の邪魔をしないように、三人は連れだってバリケードを離れた。
 まだこれから続く長い闘いの中で、戦士たちへほんの少しだけ訪れた休息の時間。再会を喜びあう者、眠って回復に務める者、刃こぼれした剣を磨く者と、それぞれが次に迫った戦いへ備えを新たにしていた。



--バデス台地南方の湿地帯

「なんで、こうなった!」

 思わず声を上げた涼司に、後ろを歩くゴブリン部隊指揮官のお調子者 ゴブリン隊長(おちょうしもの・ごぶりんたいちょう)が怒鳴った。
「うるさいぞ、お前。捕虜らしく、きびきび歩け」
「くそ……」
 言い返したいものの、千を超えるゴブリン部隊の本隊の先頭を歩かされる立場では口答えもできない。囮部隊としてゴブリン本隊の誘導に成功した涼司たちだったが、思いがけず道案内までさせられることになり今度は自分たちへ危険が迫っていた。
「涼司さん、ここは我慢です」
「わかってる……」
 花音の言葉に、涼司は怒りを鎮めるように深呼吸を繰り返した。
「怖いよう」
 普段、戦闘などに参加することのないマリエルはさっきから震えっぱなしだ。
「大丈夫だよ、マリエル」
「うん、私たちがついてるじゃない」
 愛美と未沙もマリエルに声を掛け合って励ますが、彼女たち自身の声も震えていた。
「おい、まだつかないのか? 俺様は気が短いんだぞ、あぁイライラするぞ」
 頭の悪いゴブリンだから騙しやすかったものの、今度はその頭の悪さに振り回されるはめになったのだ。

「まだか! おい、さっきからお前らの言う応援部隊なんぞ見当たらないではないか!」

 我慢できなくなったゴブリン隊長が、涼司の尻を後ろから蹴りあげながら苛立ちをぶつけてくる。
「まさか、俺を騙したんじゃないだろうな?」
 疑いの眼差しを向けてくるゴブリン隊長に、涼司はもはやこれまでかと覚悟を決めた。
「花音、合図したら剣を抜け。愛美たちは何があっても守るぞ」
「わかりました」
 涼司のつぶやきに、花音も静かに返答を返した。
「マナとマリエルは私の後ろに」
 未沙が愛美たちを庇うように前に出た。
「いいか、行くぞ」
 涼司が全員の顔を見て合図しようとした時だった。
「あー! 隊長、あそこに砂煙ゴブよ。きっと、あれが応援部隊に違いないゴブ」
 とっさに機転を利かしたのは、あのゴブ太だった。
「なに、いたか! よし、全軍突撃!」
 ゴブリン隊長の命令一閃で、戦いたくてうずうずしていたゴブリンたちは一世に駈け出して目の前から消えていった。
「行っちゃった……」
「うん……」
 あまりのことに呆気にとられる未沙と愛美。
「これで命を助けてもらった借りは返したゴブよ」
 自慢げに言うゴブ太にマリエルが喜んで抱きついた。
「ありがとう、ゴブ太」
「よすゴブ、照れるゴブよ」
 ゴブ太はマリエルから身体を離すと、別れを告げた。
「さて、俺も行くゴブ」
「ゴブ太さん、行っちゃうの?」
 裏切ったゴブ太を心配する愛美だが、ゴブ太は大丈夫だと自信満々で言った。
「あんな隊長でも、仲間ゴブ。ほら、昔から言うゴブよ。ゴブリンにも五分の魂があるゴブって」
「使い方は微妙だが、言いたいことはわかった」
 部隊を追いかけるゴブ太を見送った涼司たちは、キャンプへ戻るべく急いでこの場を離れた。

 しかし、騙されたことに気付いたゴブリンたちが彼らをそのまま見逃すはずはなかった。
「追手がきます!」
 未沙の言葉に全員が振り返った。
「まずい、もう引き返してきたか」
「みなさん、下がってください」
 涼司と花音は剣を抜くと、愛美たちを守るように前に飛び出す。
「よくも俺を騙してくれたな。痛めつけてやったら、全てをゴブ太が吐いたわ。貴様ら、生きて帰れると思うなよ」
 多勢に無勢、しかも愛美たちを守って戦っていては勝ち目などない。
「切り刻んでやるぞ」
 ゴブリン隊長が振りまわす斧を、涼司は軽く剣でいなした。
「その程度で俺を倒せるかよ」
「おっといいのか? 俺ばかりに気を取られていて」
 その言葉を裏付けするようにマリエルの悲鳴が上がった。回り込んだゴブリンの弓矢部隊が、花音たちを取り囲んでいたのだ。
「降服しろ、さもなくば娘たちがどうなっても知らんぞ」
 だが、神はまだ涼司たちを見捨ててはいなかった。
「そうはさせるか!」
 愛美たちとゴブリン部隊の間に、颯爽と割って入ったのはようやく応援に駆け付けた成瀬達の救出部隊だ。
「リカイン先輩、お願いします!」
「ごめん、もう始めてるわ」
 リカインはパートナーのアストライトを担ぎあげると、ゴブリン部隊のど真ん中へと投げ込む。
「どわぁ〜! 何しやがる、このバカ女」
「しゃべってる暇ないわよ。ほら、後ろ」
 アストライトは襲いかかってきたゴブリンの板斧を避けると、光条兵器のブレードトンファーで胴体を一閃した。
「お前らごときにやられるか」
 次々と群がるゴブリンを相手にするアストライトを見て、リカインは大笑いしている。
「よし、私も行くわよ」
 自ら突っ込んでいったリカインを見て、呆れる成瀬。
「うわぁ、無茶苦茶だなぁ」
 豪快さに驚きつつも、半ば呆れる成瀬に鞆絵がレクチャーを始めた。
「そうそう、ああいうのは蛮勇と言うのです。いいですか、成瀬さん。集団の戦闘では乱戦になりやすいものです。けして突っ込んで行ったり、スタンドプレーに走るなんてことは」
 あまりに長くなりそうな鞆絵の話を止めてくれたのはヴィンセントだ。
「見てられません、加勢に行ってきます」
 ヴィンセントは戦いの前線へ出ると、リカインとアストライトを囲んで乱戦になっている塊へトミーガンを掃射した。
「ぼ、僕も行ってきます」
「成瀬さん、無理は禁物ですよ」
 応援に向かう成瀬に声をかける鞆絵は、まるで子供を見守る母親のような気持ちがした。

 応援部隊を得て、形勢は一気に逆転した。後方からはイルミンスール魔法学校のニンジャである四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が、パートナーのシプル・クオレクエ・ノンノ(しぷるくおれくえ・のんの)と共にゴブリン部隊へと襲いかかった。
「ノンノ、いくわよ」
 唯乃は忍刀で地面を突いて高く飛び上がると、ゴブリンたちに向かってしびれ粉を散布した。運よくしびれ粉の範囲から逃げおおせたゴブリンに、唯乃はすかさず光術で目くらましを与える。
「我と戦うなど無駄であろう」
 シプルはあえて敵を倒さず、ゴブリンの足を狙ってハンドガンを撃ちこんでいく。そうやって戦闘意欲をそぐことで、戦いを最小限にしてゴブリンたちを撤退させる作戦だった。
「さぁ、まだやるの?」
 唯乃はゴブリン隊長に忍刀を突き付けると、下から射抜くような眼で睨みつけた。
「くそ……ここは一時退く。だが、まだ負けたわけではないからな」
 ゴブリン隊長は唯乃に捨て台詞を残すと、部隊をまとめ上げて去って行った。
「斬ったほうが良かったかな、ノンノ?」
「いや、バカな指揮官は残す方が上策であろう」
 救援部隊も不意を突いて勝利したものの、あえて深追いする危険は冒さなかった。
「この救援部隊はいったい?」
 涼司の疑問に答えたのは、シャンバラ教導団のスナイパーであるクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。
「私たちは付近にいたところを蒼空学園から出発した救援部隊の応援要請を受けて合流したのだよ」
 クレアは地図を広げて、キャンプまでの撤退ルートの候補をいくつか簡単に説明した。
「一番安全なのはこの峡谷を下るルートであろう、大軍にも襲われにくい。もしくは遠回りになるが湿地帯を抜けていくルートも悪くはないな」
「あぁ……」
 テキパキと作戦が決められていくことに、涼司はさっきまでのギャップもあり狐につままれたような感じがした。
「ヒールかけますね」
 クレアのパートナーであるハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が、涼司の傷へとヒールをかけた。
「ルート上の敵の排除は私たちに任せてくれ」
「もう大丈夫です。わたくしたちがみなさんをお守りします」
 クレアやハンスの頼もしい言葉に、愛美やマリエルもようやく安堵をおぼえた。
「こっちはあらかた片付いたわ」
 ゴブリン部隊を追い払い、シプルを連れた唯乃も涼司の前に姿を見せた。
「ありがとう、助かったよ」
「なに、礼など言われるまでもない。仲間を助けるのは当然であろう」
 学園の枠を超えて集まってくれた仲間に、涼司は熱い思いが胸にこみ上げるのを感じていた。
「山葉涼司先輩ですね? 僕、新入生の成瀬です」
「あぁ、せっかくのオリエンテーリングだったのに……悪かったな」
「いえ、いい経験させてもらってます」
 照れた成瀬の足もとから顔を出したのは未羅だ。
「まだまだ修行が足りないの。私がいなかったら危なかったの」
 未羅のツッコミにその場にいた全員が吹き出した。
「いや、けっこう頑張ったんですよ」
 メンツ丸つぶれの成瀬は必死で弁解するが、未那のフォローでそれも台無しになった。
「あと100回くらい戦えば大丈夫ですぅ」
「もっと鍛える必要があるな」
 クレアからの厳しい指摘も飛んで、成瀬はもうタジタジだった。
「未羅ちゃん、未那ちゃん」
 学園に置いてきた妹たちを見つけて、未沙は驚きの声を上げる。
「お姉ちゃんたちだけ遊んでずるいの。私も一緒に遊びたいの」
 未羅はそう言うと、口をとがらせて不満を未沙にぶつけた。
「姉さんが危険だと聞いて駆けつけて来たんですぅ」
「ありがとう、二人とも……」
 未沙は危険を冒してやってきた二人の妹を抱きしめた。
「そうだ、環菜理事長から伝言があったんだ」
 成瀬は涼司に向きなおると、環菜からの指令を伝えた。
「残存戦力を収集し、敵部隊から参加している全生徒を守りなさい。作戦は山葉涼司に一任します。ただし、一名の欠落者も許さないわ。全員が生きて無事戻りなさい、とのことです」
「おいおい、無茶言いやがって」
 また無理難題を押し付けやがってという顔をした涼司を、花音が慰めた。
「でも、涼司さん。みんなで帰るべきですわ」
「そうだな。泣き言なんか言ってられないな。やるぜ、みんな!」
 涼司が差し出した手に、成瀬やその場にいた全員が手を合わせた。
「敵はまだまだ多数で、応援を得たとはいえこっちが不利なのは変わらない。俺に考えがあるから、任せてくれるか?」
 涼司は広い場所での撤退戦の不利を説明し、キャンプで合流した後に暗黒洞窟を抜けて脱出する計画を皆に打ち明けた。
 素早くその場で簡単な打ち合わせが始まり、撤退のスキルを持つクレアの意見を参考にしながらまずはキャンプへの合流が決められていった。敵の部隊が編成を整えて再び襲ってくることは明らかで、涼司や成瀬たちにはもはや一刻の猶予も残されてはいなかった。



 しかし、マリエルだけはこの大事な時に愛美を呼び出して打ち明け話をしていた。
「えぇ、マリエルったら……本気なの?」
「だって、ゴブ太は捕まってるんだよ。私たちを助けたせいで……」
 愛美は涙ぐむマリエルの肩を優しく抱き寄せた。
「そうだね、今度は私たちがゴブ太を助ける番だね」
 決意した愛美に、マリエルは頷いた。
「ありがとう、マナ」
 愛美とマリエルはゴブ太を助けるため、ひそひそと二人で作戦を練り始めるのだった。。