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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!

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第二章 キャンプを守れ

--バデス台地キャンプ

 囮作戦を行ったとはいえ、別動部隊がキャンプを襲うことも考えられるため油断はできなかった。ベースキャンプでは仲間が全員帰還するまで死守すべく、蒼空学園ローグのクロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)を中心に塹壕やバリケードの準備が進められた。
「よし、トラップはそこに設置しましょう。塹壕は少なくともゴブリンたちの背丈以上に掘ってください」
 準備キャンプでのモンスターよけのトラップとは違い、今度は敵部隊を想定しての本格的なトラップが必要だった。パートナーのオルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)も準備を手伝って、クロトを助けている。
「クロト、絶対に守り切ろうね」
「あぁ、もちろんだ」
 イルミンスール魔法学校ローグであるクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)はドラゴンアーツを発揮して、手近な岩をバリケードの後ろに組んでいた。
「あれ、クロトさん。ここは開けておいていいのですか?」
「えぇ、中央はわざと防備を甘くしましょう。そうすることで攻め手をここに寄せられます」
 なるほどと頷いたクロセルに、パートナーのマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が揶揄した。
「そんなこと防衛線では常識であろう。敵は大部隊なのだよ」
「まるで分かってたみたいな口ぶりですね」
「当然だ、常識であろう」
 顔は笑っているが目でにらみ合っているクロセルとマナを、オルカが仲裁した。
「まぁまぁ、敵も間近に迫って来ていることですしねぇ。もめ事はあとでいうことでお願いしますよぉ」
 クロセルとマナは事態の重大さを思い出し、オルカに謝った。
「す、すいません」
「私としたことが……」
 気を取り直した二人は協力してバリケードの補強に当たるが、パートナーだけにその息はぴったりだった。
「マナ、そっちお願いしますよ」
「タイミングはいつものだ、わかっているであろうな」
「もちろんです」
 クロセルとマナは一緒にドラゴンアーツを発動すると、アイコンタクトだけで声も掛け合わずに大岩を持ち上げてバリケードへと積み上げた。
「さて、オルカ。俺たちも負けてられないぜ」
「はい」
 防衛拠点として作り上げるには充分な時間は残されてはおらず、やることだけが山のように残されていた。

 キャンプの内部でも作業は急ピッチで進められていた。蒼空学園のすないパーである支倉 遥(はせくら・はるか)はキャンプファイヤーのタワーに狙撃台をしつらえている。
「ここなら敵の部隊が見渡せるわね。かげゆ、梯子のほうはどうですか?」
 遥はパートナーである屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)の作業を確認するため、タワーの下に向かって声をかけた。
「いま、やってるぜ」
 キャンプファイヤーの下では、かげゆと蒼空学園ローグの葉月 ショウ(はづき・しょう)がキャンプにあった資材を集めて長梯子を組んでいた。この長梯子を使ってツインキャンプファイヤータワーの頂上どうしを結び、自由に移動してどこからでも狙撃できるようにするためだった。
「これで長さは充分のはずだ。よし、持ち上げよう」
「よし、きた」
 ショウとかげゆは協力して梯子を持ち上げると、先端を遥に手渡した。
「こっちはOKです。二人とも上がってきてください」
 獣人の身軽さを活かし、かげゆは跳ねるようにタワーを上り切った。
「やったね、勝ったぜ」
「あのね、競争じゃないんですよ……あれ、そのクィーンヴァンガードの制服は」
 かげゆが持ってないはずのクィーンヴァンガードの制服を来ていることを、遥は見咎めた。
「へへ、いいだろう」
「どこから持ってきたんですか?」
 無邪気に喜ぶかげゆに、また勝手なことをしてと遥は呆れた。
「あぁ、それなら俺が使えって言ったんだ」
 フォローしたのは反対側のタワーに上ったショウだ。
「もう今日のイベントは中止決定だからな。遥かもどうだい?」
「いえ、私はこれがお気に入りですから」
 遥は自分でデザインした改造制服の襟を自慢げに持ち上げた。
「なるほど、今度はそういう商売もやってみるかな」
 ショウは帰れなくなることがあるとはまったく思ってもいないようだ。
「よし、固定しようぜ」
「はい」
 この仲間たちとなら助け合って全員帰れるはずだと、遥はショウを見てそう勇気づけられた。
「あれ、誰か来るぜ」
「まさか、もう敵が」
 かげゆの声に、遥もキャンプへと下ってくる数名の者を確認した。
「いや、どうやら仲間の帰還のようだ」
 ショウは見慣れた姿を見て、喜び混じりの声で告げた。

「あ、あれは……」
 オルカの上げた声に、クロトも作業を止めて顔を上げた。
「無事だったんですね」
 キャンプへと下ってきたのは、追われて散り散りになっていた警備班のイルミンスール魔法学校のウィザード霧島 春美(きりしま・はるみ)と、パートナーの超 娘子(うるとら・にゃんこ)だ。その後ろから蒼空学園ミンストレルのエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と、パートナーのコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)が歌いながら歩いてくる。
「霧島春美、ただいまベースキャンプに帰還です」
「娘子も帰ったニャ」
 春美と娘子はボロボロの格好とは打って変わって、クロトに元気な笑顔を見せた。
「お帰りなさい。よくぞ御無事で」
 クロセルとマナも同じ学園の春美たちの帰還を喜んだ。
「さすがは春美さんと娘子さんですね」
「キミたちなら戻ってくるだろうと思っていたのだよ」
 思いがけないタイミングでの仲間の帰還は、沈みがちな現場のわずかながらの希望を膨らませてくれた。
「水を差して悪いが、状況はどうなってるんだ?」
 喜びあうメンバーを制止して、エヴァルトは冷静に状況を尋ねた。
「いいとは言いづらいですね……いま、このキャンプを守るのはあんた達を入れても十名足らずです」
「これじゃ逃げてた時と変わらねぇな。ま、キャンプがあるだけましってことか……」
 エヴァルトは遭遇した敵部隊の数を簡単に告げると、早めの増援が必要だと結論付けた。
「他に戻った方はいませんの?」
 わずかな希望を見出そうとコルデリアが質問したが、それに答えられるものはいなかった。
「……心配するな、コルデリア。その分、俺たちが働けばいい」
「そうね、期待してるわ」
 誰もいないはずの方からした声に、皆が振り向いた。少し離れた岩にもたれて座っていたのは波羅密多実業のローグで洞窟班にいたヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)だ。
「無事だったのですね」
 近づこうとしたクロセルを、ヴェルチェは手で制した。
「ごめん、来ないでくれる」
「は?」
 ヴェルチェは反対の手で裂けたスカートを抑えていた。かなり前からその場で休んでいたのだが、みっともない格好を見せたくなくて離れていたのだった。
「あれ、元々露出の高い服を着ていらしたのでは……」
「バカね、見せるのと見えるのは違うのよ」
 クロセルは叱られたものの、その女心の違いは難しくて首をかしげた。
 メンバーの一部が帰還したことにより、警備班や洞窟班にもゴブリン部隊が襲いかかった状況がベースキャンプにも伝えられた。戦闘はすでに局地的に始まっており、準備を整えたゴブリンたちが本格的に襲いかかってくるのも時間の問題だった。
「よし、娘子。私たちも戦闘準備です」
「わかったニャ」
 春美のかけ声で、戻ったばかりのエヴァルトやヴェルチェたちも戦いの準備をするためにキャンプへと入って行く。もはや開戦まで一刻の猶予もなかった。



--キャンプ外のバリケード

 戦いの予兆を告げるように、晴れ渡っていたバデス台地の空が雲に覆われ始めていた。キャンプを取り囲んだゴブリンたちの数は少なく見つもっても800以上はおり、それぞれが盾を叩いて鳴らし、雄たけびの声を上げてキャンプを威嚇している。
「すごい数だよ、リュー兄」
 バリケードの隙間から敵の様子を観察していた蒼空学園セイバーのリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)に、パートナーの龍 大地(りゅう・だいち)が話しかけた。
「学園としても救援は出しているでしょう。それまで耐え抜いて時間を稼ぎます……大地、焦って飛び出すのは禁物です」
「わかったよ、リュー兄……でも、救援て本当に来る?」
 冷静に戦況の判断をするリュースに、大地は不安を口にした。
「少なくとも理沙は来る。オレはそれを信じる」
「理沙姉、ガッコウ違うのに来るの?」
 リュースは微塵の疑いもなく、自信を持って頷いた。
「大地、理沙は来ますよ。だからオレは惚れてるんです」
 二人の会話を途切るかのように、一本の矢が空を舞ってすぐ前のバリケードに突き刺さった。
「来ますよ、大地」
「おう、任せて」
 ゴブリンたちの一斉に放った矢がバリケードやキャンプ前の大地に次々と突き刺さる。それを開戦の合図に、ゴブリンたちは雪崩を打って駆け下り始めた。

 数的な有利を知った上で、ゴブリン部隊はキャンプ正面のバリケードが手薄なところへと部隊を集中させてきた。その第一波へとガンブレード型の光条兵器で斬りこみをかけたのは蒼空学園のモンクである如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だ。
「こっから先は通行禁止なんだよ」
 正悟は瞬く間に二匹を切り伏せると、ゆっくりと切っ先をゴブリンたちに向けて威嚇した。
「さぁ、次はどいつだ?」
 手ごわいと見て後ずさったゴブリンたちの後ろから、ゴブリンの小隊長が戦法を変える指示を出す。正悟に向かって矢を射かけさせると、左右から同時に切り込みをかけてきた。
「くそ、こいつら戦い慣れてやがる」
 集団戦法にてこずる正悟の応援にかけつけたのは、娘子だ。
「みんなの味方、ウルトラニャンコ参上!! チェストー!」
 娘子はバリケードを飛び越えて、正悟へと襲いかかるゴブリンへを飛び蹴りで叩き落とした。
「おぉ、助かるぜ」
「半分任せるニャ」
 ゴブリンの弓矢部隊へは箒に乗って空を舞った春美がサンダーブラストをお見舞いした。
「私もいますよ」
 ゴブリンの小隊長が矢の標的を春美へと変えようとした時、一発の銃声が鳴り響いて小隊長の眉間を貫いた。タワーに陣取った遥の見事な狙撃だった。
「やったね、遥」
 隠形の術で身を隠していたかげゆが姿を現して、遥へと狙撃成功の合図を送った。
「いまだ、押し返すぜ」
 応援に駆けつけたショウが、鬼眼を使ってゴブリンたちに禍々しい幻覚を見せて浮足立たせる。
「よし、一気に片付けよう」
 正悟と娘子は背を見せて逃げ出し始めたゴブリンたちへ攻撃をかけ、次々と打ち倒していく。押し寄せた第一波への勝利は確実だったが戦闘はまだ終わったわけではなく、これはまだほんの始まりにしか過ぎなかった。

 正面が手ごわいと判断したゴブリンたちは第二波攻撃へ戦力を集中投下し、バリケードを乗り越えてキャンプ内部に侵入する方法へと戦術を変えてきた。
「近づかせるか!」
 リュースは敵の的になる危険を承知でバリケードの上に立つと、地面に向かって乱撃ソニックブレードを放つ。切り裂かれたV字型の地面が落とし穴となり、攻めよせてきたゴブリンたちの半数へ一時的に足止めを喰らわせた。
「超えさせないぜ」
 落とし穴を免れてバリケードにとりついたゴブリンには、大地が壁越しに遠当てを放って叩き落とした。だが、攻めよせるゴブリンの数は百を超えており、数匹がバリケードによじ登ることに成功していた。
「リュー兄、あっちから超えてくるよ」
「わかってる」
 そう言ったものの、リュースも足元へ群がるゴブリンたちを蹴散らすので精一杯だった。
「こっちは任せな」
 バリケードのゴブリンたちの前に立ちふさがったエヴァルトは、ドラゴンアーツを発動してゴブリンの頭をわしづかみにすると群がる部隊へと投げつけた。力任せに大暴れするエヴァルトの背後を守るのは、トンファー型の光条兵器を構えたパートナーのコルデリアだ。死角から襲いかかるゴブリンや射かけてくる矢を、トンファーの攻防一体の特性を活かして見事に防いでいた。
「蹴散らしますよ、大地」
「オッケー、リュー兄」
 四人の奮戦によりバリケードの防衛には成功していたものの、戦力の薄い部分から攻めよせたゴブリンの一部はついにキャンプ内部へと侵入を果たした。
「イーヤー!」
 雄たけびを上げてキャンプ内を走るゴブリン兵たち。しかし、彼らは足元に張られたロープにまでは気づいてなかった。ピンと引っ張られたロープの先はトラップの網へとつながっており、ゴブリンたちはあっという間にからめとられると何が起こったかわからず喚き散らした。
「中にトラップがないなんて誰が言ったの? 油断し過ぎだわ」
 ヴェルチェはロングブーツの踵で捕えたゴブリンの顔を踏みつけると、目が怪しく輝かせ鬼眼を放つ。
「あたしね、虐めるのが大好きなの♪」
 パニックに陥ったゴブリンはもはや抵抗の意思も奪われて、ヴェルチェの見せる幻覚にのたうつしかなかった。