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吟遊詩人の美声を取り戻せ!

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剣歯虎(サーベルタイガー)

 生徒たちはジャタの密林を進んでいる。
 木々の梢は天を覆い隠し、昼間なのに薄暗い。
 上月 凛(こうづき・りん)は、禁猟区をかけながら進みつつ、回復要員を危険から守っている。

「今回は僕にとって初めての依頼だからな。みんなの足手まといにならないよう協力しなきゃ。あ、ハル、禁猟区は交代でかけよう。僕ひとりだとかけられる回数が少ないからな」

 パートナーのハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)は「了解!」と頷く。ジュナは、凛が怪我をするのではないかと心配する気持ちもあるのだが、それはおくびにも口に出さない。ただ、今回は凛がしっかりと周囲を警戒しているようなので、とりあえずは安心とみていた。

 と、上月 凛たちの連携プレーへ同調するかのように、勇んでいる女性がいた。
 百合園で声楽の非常勤講師をつとめている二十織 円満(はたおり・えんま)だ。

「ウチも、生徒を守るんや! 危ない目に遭うてる生徒のために体を張れんでなにが先生や!!」

 こう啖呵を切ると、周りの生徒たちから喝采が沸き起こる。
 しかし、二十織 円満の内心は、不安たっぷりだった。

『う、偉そうなこと言ってもうたが、そういえばウチ、全然強くなかった。でも、ともかく生徒を守らなくちゃ。まずはドラゴンアーツかな? 虎が出たら、どうにかしてこちらに気をそらせて・・・・・・いざというときは生徒の代わりに噛まれることも覚悟せんと・・・・・・』

 円満がこう思いをめぐらせている横では、万願・ミュラホーク(まんがん・みゅらほーく)がラナ・リゼットにくっつくように歩いていた。なんでも、最近彼女のファンになったらしく、護衛にもやる気満々だった。

「ラナ殿、俺様と握手してくれないか? あと、このカーマインにサインしてもらいたいんだ」

 ラナ・リゼットは、握手には応じたものの、サインはやんわりと断った。こちらでは、サインという文化自体がないというのが理由のようだ。

「ありがとう。俺様、女性だけはちゃんと守るぜ。なんてったって紳士だからな。ラナ・リゼットに手を出すヤツがいたら、俺様がそいつらを食べてやるぜ!」

 すると、上月 凛(こうづき・りん)の禁猟区が反応した!
 素早く周囲に知らせる。

「みんな、気をつけろ! 近くになにかいるぞ!」

 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)の「殺気看破」と「超感覚」も時を同じくして反応している。
 生徒たちに緊張感が走った。
 やがて、茂みの奥から息を潜めたなにかの気配がしたかと思うと、巨大な何かが一行の隊列へと踊りかかってきた!

「と、虎だぁ! イングリットに惹かれてきたのかにゃ〜」

 イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)の目に飛び込んできたのは、全長2メートルはあるかと思うような虎だった。
 上顎の犬歯が独自に発達し、20〜30cmに及ぶサーベル状の牙がキラリと輝いている。間違いなく、剣歯虎(サーベルタイガー)だ。

「このやろう、いきなり出やがったな!」

 万願・ミュラホーク(まんがん・みゅらほーく)は、サーベルタイガーに一切容赦せず、撃つ撃つ撃つ。こっちが猛獣かと思われるくらい、とにかく暴れまくった。

 白砂 司(しらすな・つかさ)も加勢する。彼はサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)にグレートキャッツを探させていたが、今回は虎のほうから現れてくれた形となった。

「危険に自分から飛び込むのは、柄じゃないんだがな」

 司がサーベルタイガーに挑もうとすると、サクラコに遮られた。

「待って、手助けは無用です・・・・・・私を差しおいてグレートたあよく言ってくれるじゃないですかっ!」

 サクラコは獣人と化すと、拳と爪で強気の連打をみせた。サーベルタイガーの腹にボコボコボコと殴打の音をたてている姿は、無流派を超えて、もはや猫そのものだ。

「私、勝利のためには手段を選ばない!」

 サクラコは、そばに落ちていた尖った木の棒を拾うと、剣歯虎の懐に飛び込んで渾身の一撃を浴びせかけた。
 ガッ
 吹っ飛んだのは、サクラコのほうだった。サーベルタイガーの鋭利な牙が、サクラコの背中に突き立つと、そのまま獣人の身体は空を舞ったのだ。
 見かねた司が加勢に入る。

「世話の焼ける姉貴分だ・・・・・・これで貸し一つだ!」

 司の攻撃を受け、サーベルタイガーの牙はサクラコを放した。
 サクラコの顔は、自分と相手の返り血で真っ赤に染まっている。

「司、ありがとう・・・・・・」

「俺はサクラコのマネージャーだからな。舞台袖でタオルと飲み物を持って待たされる係なんだよ」

 こう会話する間に、サーベルタイガーはさらにサクラコに襲い掛かろうと駆け出した。その前に立ちはだかったのはミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だった。
 ミルディアは、向かってくる虎を真っ向から盾で押さえて、虎との力比べとなっている。

「今のうちに逃げて!」

 白砂 司(しらすな・つかさ)は「おうっ」とばかり、怪我をしたサクラコを抱えると、その場から離れていった。
 同時に、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)がミルディアを助けるべく、虎へと組み付く。

「このゴライオン、虎相手に気後れしては、まさに名折れだからな!」

 ゴライオンは、真っ向から殴り合い、拳を使った「根回し」と「その身を蝕む妄執」を展開した。
 だが、効かない。それもそのはず、対人用の「根回し」は虎相手に無力だったのだ。「その身を蝕む妄執」が、辛うじて虎を怯ませるにとどまった。

 ガオオオォォォ

 再び剣歯虎の牙が猛威をふるう。

「危ないっ」

 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の火術が虎の身体に炸裂した。

 ギャオオオォォォン

 今度は上手くいったようだ。魔法の直撃を受けた剣歯虎は、苦しそうにもがき、暴れる。
 リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)はダメ押しとばかり、光条兵器を虎の身体に突き立てる。
 どうっとサーベルタイガーの巨体が倒れ、激しい戦いは静寂へと戻った。

「この剣歯虎、力は強いけど、魔法は効きやすいみたいだな」

 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の一撃に、周囲は攻略法を学習したようだ。
 一方、吟遊詩人のラナ・リゼットはといえば、虎の牙を受けたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)に駆け寄り、心配そうに声をかけた。

「大丈夫か?」

「ああ、俺なら心配ない。それより、早くおまえの喉を治して、その美声を聞かせてくれ。音楽を好むは帝王学の嗜みだからな。このあとも大船に乗った気で俺に任せておけ」

 ゴライオンの頼もしい言葉に、ラナ・リゼットはにっこり微笑んだ。