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吸血通り魔と絵画

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吸血通り魔と絵画

リアクション

1.

 蒼空学園内の廊下をすごい勢いで走っていく少女がいた。彼女の名は松田ヤチェル(まつだ・やちぇる)
 ショートカット同好会の部室の扉を開けると同時に、ヤチェルは言う。
「みんな、協力してちょうだい! 女の子の血を集めるの!」
 キラキラした瞳で一同を見回す彼女。
「女の子の血?」
 ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)は聞き返しながら、その先に良いことが待っているのを察知する。
「そう。30人くらい」
「30人、ですか」
 と、怪しむ本郷翔(ほんごう・かける)
「モモちゃんの為よ!」
 と、ヤチェルが言うと、にやにやしながら尼崎里也(あまがさき・りや)が口を開く。
「あれだろ? 吸血されている少女たちの艶やかな姿を写真に残そうという、粋な企画なのだろう?」
「違うわよ! で、でもそれは素敵だわ……」
 と、机の引き出しから私物のカメラをいそいそと取り出すヤチェル。
「何だ、違うのか。まぁ、私に出来ることと言ったら、撮影しかないしな」
 里也はそう言いながらカメラの調整を始める。
「そういうわけで、さっそく探しに行くわよ!」
 と、ヤチェルは廊下へ出て行った。実物に会えるのを期待して、ソールが立ちあがる。
「よし、俺も付いて行くぜ!」
 翔はそんなパートナーとヤチェルを心配し、すぐに二人の後を追った。
「……」
 取り残された由良叶月は舌打ちをする。帰ってきたと思ったら、女の子の血だと? なるべく深く関わらないようにしていたが……危険なことには巻き込ませたくない。
 席を立ち、部室から出ようとしたところで叶月は足を止めた。
「また来たのか」
 エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)土御門雲雀(つちみかど・ひばり)だ。
「用事があってきたんだけど、何か忙しそうだね」
 と、エルザルド。室内にいるはずのヤチェルは校内を走り回っている。それも大きな声で叫んでいるらしく、かすかだが彼女の声が聞こえてきていた。
「女の血を集めるんだと。くそっ、マジ意味わかんねぇ」
 エルザルドは雲雀を見下ろした。何らかの理由があって血を探しているというのなら、雲雀もその対象になるのだろうか。
「直接会いに行って来る」
 と、叶月は二人の間をすり抜けていく。
「誰に?」
「モモって奴だよ! あいつに何をさせるつもりか、聞きだしてやる!」
 すたすたと廊下を行くその背中は、どう見たって苛立っていた。
 エルザルドと雲雀は彼の後に付いて行くことにする。詳しい話も聞きたいし、何より血を集める理由が気になる――。

 とても綺麗とは言えないアトリエで、三上掠香はうだうだしていた。
 ふいにチャイムが鳴り響き、掠香は腰を上げて玄関へ向かう。
「はいはーい」
 扉を開けると、そこには一人の可憐な少女が立っていた。
「あの、初めまして、火村加夜(ひむら・かや)と申します。あの、私、掠香さんの絵が好きで、近くに来られてると聞いて、ついアトリエまで来ちゃいました」
 と、緊張した面持ちで一息に言う。そして息を吸うと、
「ご迷惑でなければ、何か私にも手伝わせていただけないですか?」
 退屈していた掠香は、加夜の申し出を快く受け入れることにした。見たところ、真面目そうな良い子だし、ファンであるならなおさら拒絶はしにくいだろう。
「ああ、どうぞ。ちょっと散らかってるけど」
 と、彼女を中へ入れる。
 加夜は目の前に広がる空間に胸を躍らせた。アトリエと名はついているが、自宅も兼ねているのだろう。奥には住居と思しきスペースがあった。
 そして肝心のアトリエは天井が高く、幅も広い。光のさしこむ窓の向かいに、真っ白なキャンバスが置いてある。そこが主な作業場らしく、床には道具が散らかっている。そこから離れたところに小さな椅子とテーブルがあり、そこには描きかけのスケッチブックが置かれていた。
 それを見た加夜は言う。
「これって、もしかして次の作品ですか?」
「ああ、そう。闇龍」
「闇龍……」
 よく見ると、同じようなスケッチが前のページにいくつも描かれているのが分かる。
「下書きは完成したんだけど、どうも納得いかなくてね。絵の具も足りないし」
 と、掠香は作業場へ目を向ける。加夜は言った。
「絵の具なら、私が買ってきます!」
「いや、そうじゃないんだ。俺が求めてるのは普通の絵の具じゃなくて、血なんだ」
 それでも加夜は言った。
「血なら、私のを使ってください!」

 どうやら一人分では足りないらしく、掠香に「後でお願いするよ」と言われた加夜は、アトリエ内の掃除をしていた。憧れである彼の為になるのなら、掃除だって楽しい。
 誰かの訪れを知らせるチャイムが鳴り響き、掠香は玄関を開けた。
「ぜひ話がしたくて来たんだが……私は佐野豊実(さの・とよみ)という者だ」
夢野久(ゆめの・ひさし)だ」
 客は二人いた。豊実は好奇心に充ち溢れた顔をしており、掠香は一瞬戸惑う。話って、何の話だ?
「ああいや、一応生前は浮世絵師だったのでねぇ、私は」
 と、豊実。ああ、そういえば佐野なんとかっていう人がいた気がする。ってことは幽霊、違う……英霊か!
「闇龍を描いてるんだってな。見たことあるから、協力するぜ」
 と、久。あれ、オレが闇龍描いてるって、いつ他人に話したっけ? まぁ、いいか。
「どうぞ、上がって」
 手を止めた加夜が二人へ会釈をする。
 掠香は先ほどまで睨めっこしていたスケッチブックを手に取る。
「で?」
 と、二人へ向きなおるとそこには誰もおらず、豊実と久はいつの間にか背後に回っていた。掠香のスケッチを覗き見て、久が言う。
「おお、こりゃすげーな」
 とっさにスケッチブックをかばった掠香だが、遅かった。
「なぁ、その絵の中に、ドージェも描かないか?」
「は?」
「外せねぇと思うんだよ。神だからとか、強いからとかじゃなく、純粋に、やってのけた事を後に残すって意味で、な」
 と、真面目な顔で言う久に、掠香はまた戸惑った。ドージェって、あの恐ろしい奴だよな? 会ったことないけど。
「悪い、会ったことないから無理。写真があっても、やっぱり本人の許可がないとな」
 そう返せば、久は潔く引いた。
「そうか、そうだよな。悪いな、変なこと言って」
「いや、別に……」
 ふと気づけば、掠香の手からスケッチブックが消えていた。少し離れたところでは加夜と豊実がそのスケッチブックを手に、勝手に鑑賞会をしているではないか!
「ちょっと、キミたち!」
 掠香は思う。今日は退屈しないで済みそうだ。本当なら早いところ、絵の具が揃えば良いだけの話なんだけど……。