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第10章 屋台でお祭り(4)


「うーん、気持ちいい風ね?」
 さざなみの打ち寄せる浜辺に下りて、潮風を受けながら、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は隣の赤羽 美央(あかばね・みお)に言った。
 手をつないで一緒に屋台を回っていた2人だったが、あまりの人いきれにすっかりのぼせてしまったのだ。それで、舞が始まるにはまだ少し早かったが、砂浜へ下りてきたというわけだった。
「これ、どこで食べようか?」
 振り返って、ぐるりと浜を見回す。
 巫女神楽や奉納の舞を見ようと集まる人のために、巫女たちの手でゴザが敷かれていた。潮風のせいで薄く砂をかぶっていたが、それでも砂浜に直接座るよりはいいという配慮なのだろう。舞台の近くには、飲食をする人のための貸出しトレイも設置されているようだった。
「あれ、借りてきますねっ。唯乃ちゃんは場所取りをお願いします」
 美央が、タタタっと走り出す。唯乃は一番外側のゴザに場所を決めて、座ることにした。舞台からはちょっと遠いが、ここからだとまっすぐ海が見える。
「唯乃ちゃん、お待たせ」
 2人分のトレイを持って、美央が戻ってくる。
「ありがとう、美央ちゃん」
 受け取って、その上に買ってきたばかりのお好み焼きやイカ焼きなどを並べた。ジュースも置いて、輪投げで手に入れたお菓子の袋を、砂を用心して指でつまめる程度に開く。
 それらを食べながら、2人で夜の海を眺めた。
 2箇所でかがり火が焚かれているが、それでも夜の海は暗い。吸い込まれそうな暗闇からくるさざなみの音は、まるで海の呼び声のように聞こえた。
 竜神に、早くこっちへ戻って来いと促す仲間たちの声。そう思うのは、ちょっと感傷的だろうか?
「……きゃっ」
 何の前触れもなく強い風が吹いて、さっと美央は髪を押さえたが、間に合わなかった。
 細い、絹糸のように繊細な美央の髪は、パッと吹き散らされただけでクシャクシャになってしまう。
「む〜〜〜〜」
 浴衣に合わせて、髪飾りをつけただけだったのが災いしたらしい。手触りだと、髪飾りにまでからんでしまっているみたいだった。
「あらあら大変。ちょっと待ってね、美央ちゃん」
 後ろへ回って膝立ちをした唯乃が、ぱちんと髪飾りをはずす。バッグから櫛を取り出して、さっと1つに梳きまとめた。
「ほら、できた。これでいいでしょう」
 また強い風が吹いても大丈夫なように、今度は編み込みでおだんごにする。
 ちょうちょ結びで止められたリボンは、内緒の品だった。祭りに誘って、エスコートしてくれた美央にお礼の品としてプレゼントしようと、こっそり屋台で購入していたのだ。
 白地に雪の結晶の模様がついている。パッと見にはただの白いリボンだが、模様の糸にはラメが入っていて、かがり火の光を受けると模様が浮かび上がってキラキラと輝いていた。
「ありがとう、唯乃ちゃん」
 見上げてくる美央を見て、このサプライズプレゼントに気づいたときの美央の驚く顔を思ったら、唯乃の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
 サプライズだけど、やっぱり早く気づいてほしい。驚く顔が見たいから。
 美央は、感触で確かめるようにぽんぽんおだんごに触れている。
「唯乃ちゃんって、何でもできるのね。私、唯乃ちゃんに甘えすぎね?」
「そんなこと…」
「ううん。私、こんなんじゃ駄目なの。もっと、しっかりしないと。きっと今以上に唯乃ちゃんに甘えすぎちゃう」
 美央が甘えてくるのがうれしくて喜んでいたところもある唯乃は、そんなことない、今のままでいいと言いたかったが、美央の決意に水をさすのもためらわれた。
「私、決めたの。私がなりたいのは、今の私じゃないから。だから、頑張る」
 唯乃ちゃんに甘えすぎないように。唯乃ちゃんに助けられる自分じゃなく、肩を並べて歩く2人になるために。
 美央は夜の海に誓った。
 

「おっと危ねぇ」
 ビュッと吹いた強風から食べ物を庇って、要はとっさにめくれかけたゴザを押さえた。同じゴザに座っている面々も、それぞれ自分の手近にある食べ物やジュースの入った紙コップを押さえ込む。
「みんな、大丈夫かぁ?」
「ちょっとお菓子がこぼれちゃったけど、それだけ」
 答えたのは、後ろ前にパラミタ刑事シャンバランのお面を付けた歩だった。
 そのお菓子も、個別包装された物だったので、食べるのに問題はない。
「よかった。せっかく買った食い物が食べられなくなったら、もったいないからなぁ」
 そう言って、要はさっそくお好み焼きの入ったパックに手を伸ばした。
「歩ちゃん、これってりんごアメだよね?」
 円が、不思議そうな目で歩の手元にある、ビニールに包まれた赤い物を見ていた。
「あ、うん。それ、姫りんご使ってるの。かわいいでしょ」
 普通のりんごアメは大きすぎて、1個食べるとおなかが張ってしまう。いろんな物をいっぱい食べたいなら、やっぱり姫りんごぐらいがちょうどいいと思って、購入した物だった。
 ほかにもぶどうアメやいちごアメなんかも同じ作り方で並んでいたが、屋台といえばりんごだと、そちらの購入は見合わせた。
「大きさが違うだけで、りんごアメと同じ物よ」
「なんだか固そうー」
 ビニールの上から爪でつんつん突っつくと、カチカチ音がした。
「りんごに薄く水アメをつけてあるだけだから、かじっても大丈夫。甘くておいしいよ?」
「ふぅ〜ん。
 あっ、ねえねえ、さっちん。これねー、りんごアメじゃないけどりんごアメなんだよー?」
 円はさっそく歩から仕入れた知識を、隣に腰かけた小夜子に披露している。小夜子が知らないはずのない知識だったが、小夜子は黙って円の言葉をうんうん頷きながら聞いていた。
「オルフェちゃん、髪が乱れているわよ」
 祥子が隣のオルフェリアに言った。
「えっほんと?」
 頭に手をあてる。
「ミリオンくん、梳かしてあげたら?」
「ええっ! ……そんな、我などが、そんな…」
「これもお仕えするパートナーのお仕事よ」
 あわてるミリオンに、祥子が理由という助け舟を出して櫛を渡す。
「ミリオン、お願い〜」
「――失礼します」
 オルフェリアにうるうるの目で見つめられ、追い詰められた気持ちで、ミリオンはオルフェの後ろに回った。
 さらさらの美しい髪に触れると思うだけで、胸がドキドキする。だからなるべく触れないように、櫛をあてた。そして、こっそりとアクセサリーの屋台で購入した髪留めをポケットから取り出して、頭の後ろで留める。水色に輝く水晶が、オルフェリアにピッタリだと思った。
「……終わりました」
「ありがとう、ミリオン」
「いえ」
 赤くなっているのを悟られないよう、そっぽを向いてミリオンは櫛を祥子に返した。
「なんでしょう? あれは」
 最初にそれに気づいたのは、リカインだった。坂道に正面を向けて座っていたので、浜へ下りてくる人が見えるのだ。
「人形が人形を抱えている…?」
 うすぼんやりとした人影。だんだん近づくにつれて、それが、ウサギのぬいぐるみを抱えた子どもだと分かった。
「真兎くん、フィーリアちゃん」
 アリエルの呼び声に、2人が気づいてやってくる。
「ああ、よかった。俺たちだけだと食べきれないと思ってたんです」
 両手いっぱいに景品のお菓子を持っていた真兎が、ほっとした表情で空いた空間に座る。
「食べ物ならウェルカムだよ〜ん」
 わりばしをくわえ、空いた両手でキャンディわたがしの口を閉じてある輪ゴムをはずしにかかる要。
 その頭に、ドム! とばかりに食べ物の詰まったビニール袋が乗せられた。
「それはよかった。これもぜひお願いします」
 シラギからもらったものの、自分とミシェルでは1年かかっても消費できなさそうな量に、どうしようか考えあぐねていた物だった。
「佑一、てめ…っ」
「『天御柱の食欲王』の異名を持つあなたですから、期待していますよ。1つ残らず食してくださいね」
「景品とはいえ、屋台で売られていた物ですわ。屋台全食制覇でしょう? 要。頑張って」
 隣で焼きソバをつついていた悠美香がダメ押しをする。
「うぐぐ…。
 くそ。こうなったら何でも食ってやる!」
 なかなかはずれない輪ゴムに業を煮やした要は、ビニールを裂いて中のわたがしを取り出し、かぶりつく。
「!!!!!」
 次の瞬間、あり得ない出来事に、要は声にならない悲鳴を上げた。
「要っ!? どうした!」
「月谷くん!」
「やだっ! 月谷くんが死んじゃったっ」
「――まぁ、すごい。バリバリ」
 口を押さえて転がる要にみんながあわてふためく中、1人冷静に悠美香がつんつんわたがしを突っつく。
 それは、見た目はふわふわでやわらかそうなのに、鋭い針のような固さを持つ糸の集合体だった。
「アメだものね」
 アメは、やっぱりなめる物よね。
「……っ、あー、死ぬかと思ったっ」
 口の中をザクザク刺された痛みからようやく立ち直った要は、そう言ってジュースをゴクゴク飲んだ。
「食べ物で死ぬなら本望じゃなくて?」
 マイペースにお菓子を食べ続ける悠美香が言う。
「おまえね…」
「あのっ、月谷くん、これ、シラギさんがくれたんだよ。スイカ味のかき氷なんだって。口の中、冷やすこともできるし。どう?」
 不穏な空気を感じたミシェルが、あわてて差し出す。
 しかしそれは、とんでもない爆弾・その2、リース特製スイカデローン丼だった。
 合掌。