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第6章 神美根神社の秘密


 時間は少しさかのぼる。
 漁師夫婦役のコンテスト終わり、竜神のコンテストが始まったころのこと。
 コンテストを見るために海岸へと急ぐ人の流れに逆らって、屋台を冷やかしながらのらくらと歩く如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の姿があった。
 人目を引くこともせず、ただ歩き続けたら神社に行き着いた、そんなふうに鳥居を抜け、石段を上がり、拝殿前につく。「水占(みずうら)」と書かれた御籤売場や供物が盛られた幣殿を通りすぎ、有翼竜の彫られた本殿破風下にちょっとだけ興味が引かれたと目をやって、本殿に入る。
 巫女たちも海岸に出払ってしまっていて、数は少なく、白張たちもほとんどいない。手薄な中、だれにも見咎められずに偶然ここまで入ってこれたのだという言い訳は、案外簡単に信じてもらえそうなくらいだった。
 もちろん、偶然では決してない。
 彼は、朝一番の乗合馬車でここに来て、ボランティアと称して祭りの手伝いを買って出ていた。博識や財産管理で人員の予測や屋台の位置調節、整理をしたり、根回しで屋台出店場所に不服を申し立てようとする人々の衝突を避けるための調整を行ってみたり。そうして村人や神主と関係を築きつつ、それとなく情報収集をしていたのだった。
「そういえば、ここの御神体は何を奉っておられるんですか?」
 水のボトルを手に休憩中、それとなく神主に訊いてみた。
 神社は通常、2〜3柱祭っている。竜神だけではないだろう。
 神主は笑って、大山祇命と天照大神の名を出した。どちらもポピュラーな神様だ。
「へぇ。見てみたいなぁ」
「御神体のお披露目は年に1度、3月にしているんだよ。今年はもう終わったからね、来年またおいでなさい」
 にこやかにそう言うと神主は正悟の肩を叩き、呼ばれて去って行った。
(来年じゃ、ちょっと遅いってね)
 御神体の置かれた部屋は、仲良しになった巫女のおばさんから聞き出してある。外廊下を回り、障子戸を開いて入った先の続き部屋に、初めて人の気配を感じてハッと身を硬くした正悟。しかしそこにいたのは、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)だった。
「なんだ、おまえか」
 ここで見つかると、さすがにどんな言い訳も通用しない。脱力してしゃがみこんだ正悟の前、遙遠はすっと高台座の上を指差した。
「これはアレだと思いますか?」
 はたしてそこには、2つに割れたこぶし大の石があった。
「おまえもやっぱりそう考えたクチってわけか」
 そう遠くない過去、2人は、人心をそそのかす不思議な石を巡って死龍と対峙したことがあった。まさかとは思ったものの、確認しなくては気がすまなかったのだ。
「ここに来て、いろいろと調べてみました。パラミタに地球人が入ったのは約10年前、ここの竜神信仰が始まったのもほぼそのころです。そしてシラギさんがこの地に来たのも」
「えっ? あのジイさん、地球人なのか?」
 本気で驚いている正悟に、何を今さらと遙遠が冷たい目を向ける。
「名前で分かるでしょ? 白木(シラギ)ですよ」
「がーん…」
「ま、かつては日本でシラギ屋とかいう居酒屋のチェーン店をしていた大金持ち、とかいうくだりは大嘘でしょうけど」
 本気で落ち込んでいる正悟から、再び石へと視線を戻した。
「いやに詳しいな、おまえ」
「ご神体についてはガードが固かったので、外堀からいきました。そうすれば何があるか、推測――どうしたんです?」
「……いや、うん、ちょっと落ち込んだだけ。先続けて」
「あの伝説です。当然あの夫婦の話はここの海のことではありませんからね、10年前にシラギさんが持ち込んだんですよ。そして神社を建立し、これを奉った」
「いいえ、それは少し違います」
 突然の横からの声に、反射的に身構える2人。そこにいたのは、神主だった。
「神主さん、あの、これは――」
 あわてて弁明をしようとした正悟に、そっと口の前で人差し指を立てて見せた神主は、そっとご神体へ手を伸ばした。
「あぶな――」
「あの方はかつてこの小さな村がひどい災厄に襲われたとき、これを用いてわれわれを助けてくださったのです。しかしそのため、とてもひどい代償を支払うことになりました。とても、とてもひどいことが…。
 この祭りは、故郷へ戻れなくなったあの方をお慰めしようと、始まった祭りなんです。あの方の故郷にはこれと似た神社と祭りがあったそうです。あとは、ちょっとしたアレンジをして」
 今ではわたしたちの大切な祭事となりましたが。
 2つに割れた石を持って、にこにこ笑いながら言う。
「神主さん、それはとても危険な物なんです。だから、手を――」
「ああ、大丈夫。もう何の力もありませんから」
 そう言って、神主はいまだにとまどったままの2人の手に1つずつ、石を乗せた。
「持って行きなさい」
 あなたたちの目的は、これだったんでしょう?
「って、ええええええっ?」
 そんな簡単にっ?
「でもこれは、この神社のご神体では?」
「なに、その辺の石を拾って飾っておけばいいんですよ」
「でも――」
「わたしたちにとって価値があるのは、あの方なんです。それは、石でしかない」
 2人が出て行ったあと、神主は庭へ下りて、適当な石を選んで高台座に乗せた。きっとだれも気づかないだろう。来年も、さ来年も、その先も。それでいいのだ。彼は満足だった。