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秋の実りを探しに

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秋の実りを探しに

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 蒼空学園の芦原 郁乃(あはら・いくの)は、、パートナーの英霊荀 灌(じゅん・かん)とつないだ手をぶんぶん振り回しながら、アイリたちとはまったく違う方向へずんずんと進んで行った。
 (あらあら、よっぽど楽しいんですね……)
 もう一人のパートナー、守護天使の秋月 桃花(あきづき・とうか)は、それを少し後ろから眺めながら微笑んだ。
 「あっ、ほら、あったよ!」
 真っ赤な実が幾つもついている木を見つけて、灌と手をつないだまま走り出す。
 「きゃーっ、急に走り出したらびっくりしますよ!」
 灌は悲鳴を上げたが、その悲鳴もどこか嬉しそうだ。
 「桃花ー、はやく、はやくぅ〜っ! 採り始めちゃうよぉぉぉ〜っ!!」
 先に木のところに着いた郁乃が、桃花に向かって手を振った。
 「今行きますー」
 桃花は少し足を速めて、郁乃と灌の所へ向かった。
 「すごく沢山なってるよ! 採り放題!」
 上機嫌でくすくす笑いながら、郁乃はベリーに手を伸ばす。
 「うん、これなんか美味しそう。はい荀灌、あーん♪」
 口元に真っ赤な実を突きつけられて、灌はおずおずと桃花を見た。桃花は笑いながらうなずく。灌は真っ赤になりながらも、小さく口を開けた。
 「あああ、ちょっと待って!」
 あとからやって来た『ミスド』の店員が止めたが、その前に灌はベリーをかじってしまっていた。
 「酸っぱいッ!!」
 口を押さえて悲鳴を上げる。
 「それ、赤いうちは酸っぱいのよ。こっちみたいに黒いのが食べ頃。先に教えといてあげれば良かったわね」
 店員が済まなそうに言った。
 「ごめんねぇ、灌」
 郁乃は謝ると、店員に言われたように黒くなっている実を取って、もう一度灌の口元へ持って行った。
 「はい、お口直し」
 灌はもう一度口を開けた。
 「うん……、今度は美味しいです」
 思わずほわ、と微笑む灌に、郁乃は抱きついて頭を撫でた。
 「もぅ、荀灌てばほんとにかわいいなぁ〜♪」
 「あ、あぅ……ありがとうございます……
 灌は消え入りそうな声で言った。
 「よーしっ、荀灌も気に入ったことだし、いっぱい取って帰るよーっ! 桃花、帰ったらこれを使ったお菓子を沢山作ってよね!」
 郁乃ははりきって、熟したベリーを捜し始める。
 「ええ、わかってますよ」
 桃花は苦笑しながら、ベリーを使って作るお菓子には何があったか考え始めた。


 「手伝わないで、思い思いのことをしてもらって良かったのに……」
 ミス・スウェンソンは、手伝いを申し出たイルミンスール魔法学校の東間 リリエ(あずま・りりえ)とパートナーのドラゴニュートジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)、天御柱学院の御剣 紫音(みつるぎ・しおん)とパートナーの強化人間綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)、魔道書アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)、魔鎧アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)、シャンバラ教導団の真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)とパートナーのアリス真黒 由二黒(まくろ・ゆにくろ)を見て苦笑した。
 「いやいや、『ミスド』にはいつもお世話になっているからな」
 紫音が笑って手を振る。風花、アルス、アストレイアが微笑んでうなずきあった。
 「それに、自分たちがこうやって集めたものがお菓子に使われて、皆の口にも入ると思うと、何だかちょっと、嬉しいって言うか、自慢したいみたいな気分になりますよね」
 地面に落ちたナッツを拾いながら、リリエが言った。
 「僕たち、自慢じゃないけど、ベリーとかナッツとか集めても、自分で料理できないから。だったら『ミスド』のために使ってもらって、それを食べに行くのがいいかなと思ったんだ」
 ジェラルドがうなずく。
 「じゃあ、腕によりをかけて、美味しいドーナツを作らないとね」
 ミス・スウェンソンがにっこりと笑う。
 「厳しい訓練の合間の休日に食べるドーナツは、本当に美味しいんだよねー。教導団の食事に文句つけるわけじゃないけど、ドーナツだけは『ミスド』じゃないと!」
 雪白が力説する。
 「美味しく作るコツがあったら、是非教えてもらいたいんだけど……きっと企業秘密なんでしょ?」
 「企業秘密だなんて……そんなことはないわよ。今度お店に来た時に、作り方を教えてあげるわね」
 木の実がなる木の、上の方の枝を捜していた由二黒の問いに、ミス・スウェンソンはあっさりと答えた。
 「本当!? よーし、頑張ってベリー集めちゃうから、これを使った美味しいドーナツの作り方を教えてねっ?」
 雪白はがぜん張り切って、ベリーを摘み始める。そこへ、
 「あの……私たちも、ご、ご一緒させてもらっていいでしょうか?」
 パートナーの機晶姫エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)を連れた、シャンバラ教導団のレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)が声をかけて来た。
 「ええ、どうぞ」
 ミス・スウェンソンが手招きする。レジーヌとエリーズは、彼女と並んでベリーを摘みはじめた。
 「ええと、これは、ローズベリーと言うんですね?」
 大ぶりな濃ピンク色の実をポケット図鑑と照らし合わせて、レジーヌはミス・スウェンソンに尋ねた。
 「そうよ。形が残るように砂糖煮にしてお菓子のトッピングに使ってもいいし、ジャムにして紅茶に入れても美味しいのよ」
 お酒を少し入れると大人の味になってね、とミス・スウェンソンはいたずらっぽく笑う。
 「シャンパンにイチゴを入れるように、スパークリング・ワインとあわせると美味しいかも、知れません……」
 レジーヌはベリーを木漏れ日にかざして呟くように言う。
 「あら、美味しそうね。お店ではお酒は出せないけど、今度家でやってみようかしら」
 ミス・スウェンソンに微笑まれて、レジーヌは真っ赤になって、店員の少女とお菓子の作り方について話していたエリーズの向こう側に隠れた。
 「ど、どうしたのレジーヌ? あのね、今、店員さんに簡単なお菓子の作り方を習ったんだよ。いっぱいベリーを摘んで帰って、教導団の皆にも食べてもらおうね!」
 「ワタシでも、できるでしょうか……?」
 レジーヌは小声で少女に聞く。
 「卵と小麦粉とお砂糖と生クリームを混ぜて、器に入れた果物にかけて焼くだけだから、お砂糖の加減さえ間違わなければ大丈夫よ」
 少女は明るい声で、励ますように答えた。
 「そ、それなら、ワタシでも大丈夫そうです。帰ったら一緒に作りましょうね、エリーズ」
 レジーヌの答えに、エリーズは満足そうにうなずいた。
 一方、リリエは宝探しのように、木の実を拾いながらベリーの木の根元をガサガサとかき回していた。
 「錬金術の材料になりそうなものもないかなと思っているんですけど、なかなかないですね……」
 「ここは空京の人たちも良く訪れる場所だから、みんなに知られているものばかりで、珍しいものはないわね。あるとしたら、ちょっとした薬草くらいかしら」
 「なぁんだ。残念です。でも、薬草があるなら、採って帰ろうかしら」
 リリエはため息をついて立ち上がった。
 「なあ、そろそろ少し別の場所に移動しないか? 一か所からたくさん取るとまずいだろ?」
 ジェラルドが提案した。
 「そうね。向こうの方へ行ってみましょうか?」
 ミス・スウェンソンが指差した方向へ、生徒たちはぞろぞろと移動を始めた。と、
 「きゃーっ!!」
 「うわーっ、だめ、だめだってっ! お願いだからやーめーてーくーれー!!」
 少女の叫び声と、悲鳴じみた少年の声が行く手から聞こえて来た。
 「ちょっと、様子を見て来る。ミス・スウェンソンと店員さんたちはここから動かないで!」
 紫音がパートナーたちを連れて駆け出す。他の生徒たちは、念のため身構えて周囲を警戒する。
 紫音たちが駆けつけると、そこには蒼空学園の四谷 大助(しや・だいすけ)とパートナーのシャンバラ人グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)、魔鎧四谷 七乃(しや・ななの)が居た。グリムゲーテがサリッサを手に何かしようとしているのを、大助が必死に止めており、その脇で七乃が地面に倒れ込み、頭を抑えて唸っている。
 「どうした!?」
 「いい所に来てくれた、とりあえずこいつから槍を取り上げてくれ!」
 大助に頼まれて、紫音はグリムゲーテから槍を取り上げた。大助はほっと息をつくと、
 「次は、こいつを連れてここから離れるんだ。七乃も連れてってくれ」
 と言いながら、目の前にある茂みを視線で示した。
 「……蜂か……」
 茂みの周囲を飛び回るものを確認し、紫音は呟いた。パートナーたちと一緒に、まだ頭を抑えている七乃を抱えて下がる。
 「この先に蜂が居る。だいぶ騒いで刺激してしまったし、場所を変えよう」
 待っていたミス・スウェンソンと店員、生徒たちに呼びかける。皆はうなずいて、蜂の巣からできるだけ離れるように移動を始めた。

 「……で、いったい何があったの?」
 充分蜂の巣から離れた場所で、ミス・スウェンソンは大助に尋ねた。
 「えーと、七乃が高い場所にある木の実を取りたいって言うんで、肩車してたんすけどね。グリムが茂みの中に蜂の巣を見つけて、ハチミツを採るんだって言い出して、槍を……。慌てて止めようとした拍子に七乃を振り落としちまって、でもとにかくグリムを止めなきゃ、と思ってるところへ皆が来てくれたんだ」
 大助は決まり悪そうに頭を掻く。七乃は手当てができる生徒たちに見てもらっていたが、たいした傷ではないようだ。
 「あの蜂、ミツバチではなかったと思うのだが……」
 かなり大きかったぞ、と紫音がこめかみを押さえる。
 「何事もなくて良かったけど、パートナーの居ない人も参加しているんだから、気をつけてちょうだいね」
 ミス・スウェンソンが、珍しく険しい表情でお小言を言う。
 「私、落とされて痛かったし……」
 七乃が涙目でグリムを見た。
 「ごめんなさい……」
 さすがに、グリムゲーテはしゅんとして二人に謝る。


 「ちょ、ちょっと待って、クラリス!」
 薔薇の学舎のクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)は、どんどん先に行ってしまうパートナーのアリスクラリス・クリンプト(くらりす・くりんぷと)の後を慌てて追いかけた。
 「こっちから美味しそうな匂いがするんだけどねぇ」
 『超感覚』で犬の耳と尻尾が生えた状態の清泉 北都(いずみ・ほくと)が、クラリスが行ってしまったのとは別の方向を見るが、クラリスには聞こえていないようだ。
 「どうしますか、後を追いますか?」
 パートナーの剣の花嫁リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)が尋ねる。
 「うーん、いいかな? 同じ薔薇の学舎の生徒だから、何となく一緒に居ただけだし」
 クライスの姿が茂みの向こうに消えてしまったのを見送って、北都は答えた。そのまま二人で、匂いのする方へ進む。
 「あ、これだねぇ」
 北都が見つけたベリーの木は、低い茂みにならずに上に伸びるもので、二人の身長を越えている。たわわに実った実の重みで枝がしなっているので、あまり背の高くない北都でも、どうにか枝の先の方は手が届く。
 「リオンも採ってみて。ほら、こうして…ここを持って」
 片手で枝を支え、片手でベリーを持って、北都はリオンを見た。
 「こう……ですか?」
 リオンは北都を真似てみたが、ベリーを持つ手に力が入りすぎて、熟して柔らかくなっていた実を少し潰してしまった。
 「あ……」
 残念そうに潰れてしまった実を見下ろすリオンに、北都は安心させるように微笑みかけた。
 「大丈夫だよ、まだ沢山あるんだから。でも、持って帰ると籠から汁がしみ出して来るかも知れないから、ここで食べちゃおうか」
 「はい」
 リオンは素直にうなずいて、ベリーを口に運んだ。
 「美味しいです。摘みたてだからでしょうか?」
 「じゃあ、僕も一つ食べてみようかなぁ」
 北都は、自分が見本として取ってみせたベリーを口に放り込んだ。
 「うん、美味しいねぇ。沢山持って帰ってジャムにして、アフタヌーンティの時に出そうね」
 にこりと笑って、北都は本格的にベリーを摘み始めた。夢中になると、犬の耳がひくひくと動いてしまう。リオンは思わず、その耳に手を伸ばした。
 「失礼します……」
 「うひゃあっ!」
 とたんに、北都は籠を放り出し、犬耳を押さえてしゃがみ込んだ。せっかく籠に入れたベリーがあたりに散らばる。
 「いきなりじゃなくても耳はダメ! ふにゃ〜となっちゃうから!」
 犬耳をガードしたまま、涙目で北都はリオンを見上げた。
 「……すみません……」
 リオンはしょんぼりと謝る。
 
 「はぁ……やっと追いついた」
 その頃、クラリスを追いかけて行ったクライスは、クラリスが木の葉が吹き溜まった場所で、その中に隠れている木の実を捜すのに夢中になっているところに追いついた。
 「どんぐりー、あ、こっちにも! お兄様ー、すごいよー、どんぐり取り放題! ここなら誰にも邪魔されないし!」
 無邪気に手を振るクラリスを、クライスは軽く睨んだ。
 「こら、一人で先に行っちゃダメでしょう。ここはそんなに危険な場所じゃないけど、迷子になる可能性もあるわけだし」
 「……ごめんなさぁい」
 クラリスはうつむいた。クライスはため息を一つついて、ぽんぽんとクラリスの頭を叩いた。
 「クラリスが心配だから、叱ってるんですよ?」
 そう言うと、クラリスはこくりとうなずいた。
 「お兄様の分も、どんぐり、集めなくちゃと思ったの……。みんなより早く行かないと、なくなっちゃうかと思って……」
 「うん、ありがとう。でも、周りの人のこともちゃんと考えられるようにならないとだめですよ」
 クライスは、途切れ途切れに言うクラリスの側に座り込んだ。
 「じゃあ、一緒にどんぐりを探しましょうか」
 「うん!」
 クラリスはやっと笑顔でうなずいた。
 (ところで、これって食べられるんでしょうか?)
 小さな手提げ籠の中に入れられた木の実を見て、クライスは内心首を傾げた。クラリスの様子を見ていると、どうも、食用になるかどうかを見分けているようには見えない。
 (まあ、いいことにしましょうか。せっかく、楽しそうにしてるんですから)
 水を差すこともないだろう、と、クライスも籠の中に木の実を入れて行く。