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イルミンスール湯煙旅情

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イルミンスール湯煙旅情
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19:00 お食事

 あっという間に時間は流れ、気付けばもう、夕食の時間だ。
「皆様、温泉は楽しんで頂けたでしょうか、温泉の次は当旅館の名物料理の数々を味わってください」
 縁が料理人を招きよせ紹介する。
「まずはきのこ鍋です、本郷涼介さん、解説を……」
 縁の元に歩いてきた涼介が皆に一礼する。
「はい、イルミンスールの森で採れた新鮮なきのこをふんだんに使った鍋です、皆様はすでに温泉で温まったかと思いますが、次は鍋で温まってください」
 それぞれの膳に用意された固形燃料に火が灯されていく……
「この固形燃料ってなんか良いよな、わくわくするって言うか……」
 そう言った後でちょっと子供っぽかったか、と恥ずかしくなる忍だった。
「あ、その感じわかる、やっぱり普段使わないから、なのかな?」
 忍の洩らした言葉に同意する郁乃、固形燃料が燃えるのを楽しそうに見ている。
 隣に座る荀灌も夢中で見ている、忍が思っているよりも賛同者は多そうだ。
「それでは今度買ってきましょうか?」
 そんな郁乃達の顔が見れるのなら……と桃花が申し出る。
「やめてよ桃花、やっぱりこうゆう所だから良いのよ、きっと」
 そんな客の様子を見て、やはり鍋は正解だったと確信する涼介。
 ぐつぐつと鍋が煮えてきた、そろそろ食べごろだ。
 と、そのタイミングで……
「おかわり」
 の声が響き渡る。
 獅子神 玲は鍋が煮えるのを待ち切れずに食べ始めていたらしい。
 おかわりが待ちきれないのか箸を握り、トントンと、催促の音を出す。
 大急ぎで追加の具材が運ばれてくる。
 それらを煮込む間もなく口に入れていく。
 彼女の手にかかると、きのこ鍋もしゃぶしゃぶのようだ。
「アンタねぇ……そんな食べ方してて美味しいの?」
 隣に座るミナギが呆れたように聞くが返答はあっさり。
「はい、素材の持ち味が生きています」
 ……そ、それしかないんじゃ……
 その場の全員の心が一つになった瞬間だった。

「次はあたしの番ね! ゆかりんっ!」
 縁の紹介を待たずしてネージュ・フロゥがアピールする。
「今度こそ、味でも勝つわよ!」
 縁に食べてもらえなかった事をまだ気にしているらしい。
「創作料理、雪うさぎです、熱いうちにうさぎを割ってね!」
 その見た目に歓声が上がる間も与えず、うさぎを割るように指示するネージュだったが……
「あぁ、ミルフィーユのお友達が……」
 魅蘭・ルーンヒルトが泣き出した。
「ま、またなの?!」
 思わず天を仰ぐネージュ。
 魅蘭のひざの上にちょこんと座るうさぎを見た時から、嫌な予感はしていた……でも、まさか泣き出すなんて……
 たちまち食卓がなんとも言えない雰囲気に包まれる……
 さすがにこの場で雪うさぎを食べられる者はいなかった。
 しかし……
「これ全部テイクアウトでお願いします、はい、皆が食べなかった分も、全部」
 魅蘭に聞こえないように、こっそりと縁に耳打ちする玲だった。

「さて、次は私ですね……」
 停滞した場の空気を見て東雲桜花がすかさず立ち上がる。
「ぶり大根と茶碗蒸しです、次のメニューまでの箸休め、とでも思っていただければ幸いです」
 ぺこり、と控えめにお辞儀する。
 しかし料理の評判は上々だ。
「あら、この大根、おいし……」
 ぶり大根にレラージュが食いついた。
「もし良かったら、作り方を教えてほしいのですけど……」
 隣で紫翠が意外そうに見ている。
「あら、紫翠様のお口には合いませんでしたか?」
「え? いえ、そんなことは……」
「ふふっ、ですよねぇ、だってこんなに美味しいんですもの……」
 幸せそうに微笑むレラージュだった。
「では次の料理ですが……ラムズさん?」
 やはり事前に味見を出来ていないせいか……縁は不安そうだ。
「いや、お待たせしました、それでは真打の登場と参りましょうか」
 ラムズが合図をすると外に控えていたラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)がカートを引いて現れる。
 そのカートに詰まれていた料理、それは……
「ステーキ?」
 縁が意外そうな声を上げる。
 熱々の鉄板に乗ったそれはどう見てもただのステーキだった。
 美味しそうな匂いが漂ってはくるものの、特別な何かには見えなかった。
「はい、ステーキです、素材の味を感じてもらいたかったので、あえて単純なステーキにしてみました」
 素材の味……どうやら素材にこだわりがあるようだ。
「牛肉のように見えますけど、違うのですかー?」
 高峰 結和が質問する。
「そうですね、牛肉に近いですが、別の動物ですよ」
 どうやら牛肉ではないらしい、では、何の肉なのだろうか。
 当然の疑問が一同の中に湧き上がるが、ラムズはそれを明かそうとしない。
「まぁ、とりあえず食べてみてください、味は保障しますよ?」
 などと言われても、何の肉なのかわからない、という不気味さから誰も手をつけようとしない。
 いや、一人いた、得体の知れないステーキを迷わず口に運ぶどころか、既に完食している人物が……
 皆の注目を浴びながら、その人物、獅子神 玲が口を開く。
「おかわり」
 と……
「おぉ、どうやらお口に召したようですね、どうでしたか?」
 ラムズが感想を求める。
「これは、トナカイ、でしょうか? 鹿の肉に似ていますが、少し違うような気がしました」
 感想、というよりは食材を予想を口にする。
「惜しい、実に惜しい! だいぶ近付きましたが、正解ではありません」
 惜しい! と大げさにアピールするラムズを見て、なんだそういう趣向か、という空気になった。
 クイズのつもりなのだろう、食材が何なのかを当てる……そう考えると、ラムズは盛り上げ上手だった。
「女将、せっかく盛り上がってきたので正解者に何かプレゼントを差し上げる、というのはいかがでしょう?」
 プレゼントと聞いて、たちまち一同が活気付く、だが問題はその景品だ。
「でも、あんまりお金の掛かるものは……ちょっと……ごめんなさい」
 経営が傾いているこの旅館で高額商品を出すのは無理があった。
 申し訳なさそうに縁が頭を下げる。
「いやいや女将、そんなモノなど不要です、もっと最適なプレゼントがあるではないですか?」
 ニヤリと妙な笑みを浮かべてみせる。
「もっと、最適な?」
 何かあっただろうか……残念ながら縁には見当がつかなかった。
「ふふっ、では私から伝えましょう、正解者の方には、なんと!」
 そこで無駄に貯めを作り、客を焦らす……
「なんでもいいから、早く教えやがれ、こちとらそんな茶番は好きじゃないんだ」
 なかなか教えないラムズに痺れを切らした壮太が怒鳴りつける。
 他の客も心情的には同じ、そろそろ我慢の限界だった。
「では発表します、正解者にはなんと、女将から熱い口付けが!」
 その一言で衝撃が走った。
 一瞬、時間が止まったかのような、感覚の後……一気に巻き起こる歓声。
「えぇぇぇ! ちょ、ちょっと、なんで勝手にく、口付けとかっ!」
 あまりのショックに縁は一瞬、頭の中が真っ白になった。
 しかし、次の瞬間、全身になにかおぞましい気配を感じる……それは……
「ゆかりんとキス! ゆかりんと……あぁ、想像しただけで……」
 鼻血を盛大に噴き出すミナ。
 彼女だけではない、ここに集まっている人間の半数近くが目を血走らせていた。
 さっきまで不気味がっていたことなどさっぱり忘れて、皆必死の形相でステーキにかじりつく。
「あ、回答権は一人一回ですので、ご注意ください」
 ラムズが念をさす、それはそうだ、当てずっぽうで正解されてはたまらない。
「うー、どうしてもしなきゃダメですか?」
 商品としてキスとか、かなり抵抗がある縁だった。
「そうですねぇ……では女将自身で正解できればキスはなし、ってことでどうでしょう?」
 幸いなことに縁は材料が何なのかを一切知らされていない、フェアな条件だ。
「……わかったわ」
 要は自分が正解すれば良いのだ。
 一縷の望みを賭け、ステーキを頬張る縁だったが……
 (あ、おいしい……でも、いったい何の肉なの?)
 少しでも手掛かりを得ようと丁寧に味わって食べるが……さっぱりわからない。
 そういえば先程、鹿肉に近いと言っていた。
 鹿の仲間、ということでいいのか、それとも偶蹄目という意味なのか。
 そもそも鹿肉自体を食べたことのない縁にはわかるわけがないのだ。
 (結局、当てずっぽうで答えるしかないわ……)
 自らの運に賭けるしかないようだ。
 それは他の者達も同じなようで、我先にと答えに行っては玉砕していく。
 商品獲得は先着一名のみ、先を越されては意味が無いのだ。
 気が付けば回答待ちの列が出来ていた、その最後尾に並ぶ縁。
 近くに結和や香奈の姿を発見する。
「え? あなた達まで?」
 ミナやベネデッタならまだしも、この二人が並ぶなんて……とショックを受けるのもつかの間。
「いいえ、そうじゃないんです、なんて言えばいいのか……」
 香奈が返答に困っていると結和が話を引き継ぐ。
「私達、商品を辞退しようと思うのー」
「辞退?」
「はい、私達が先に正解できれば、キスしなくても済むんじゃないかな、って」
 なるほど、その手があった……そう考えると並んでいる全員が味方という可能性も……
「あぁ、ゆかりちゃんの唇が……」
 どうやら外したらしい、アルメリアははげしく絶望していた。
 やはり縁の唇は狙われているようだ、あまり期待しない方が良いかも知れない。
「あぁ、せめて……」
 今は祈るしかない、せめて……自分の番までは正解が出ませんように、と。
 
 その後も多くのチャレンジャー達が敗れていった。
 しかし残念ながら、そこには香奈と結和も含まれていた。
「鹿は惜しいけれど、鹿の仲間なら散々出尽くしたはず……ここはとんちを効かせてー、……馬鹿、とかー?」
 正攻法を避け、あえてありえないような回答を出す結和。
 すぐ後ろにいる縁のヒントになれば、と思ったのだが……
「惜しいっ! 実に惜しい! 正解にしてあげたいくらいだ!」
「……惜しい? ひょっとして、なんでも惜しいって言うんじゃー」
 いぶかしがる結和……これでは鹿に近いという手掛かりさえも怪しくなってきた。
「なら、牛肉ではないと言うのも怪しいですね、牛は牛でも松坂牛とかどうでしょう?」
「残念、違います、牛からは離れてしまって良いですよ〜」
 縁の順番の前に思わぬヒントが……だが牛ではないというだけでは、今までとなんら変わらない。
「おっと、ついに来ましたか女将、正解すればキスは免除されます、がんばってください」
 (人の気も知らないで……)
 だがここは冷静に考えなければ……何か……他にヒントはないだろうか……
 周囲を見回すがヒントになりそうなものは何も……
「あれ? あんな所に誰かいる……」
 旅館の外に誰かが立っていた、いや、何かが立っていた。
 物陰に体を半分隠すようにして、こちらを伺っている……それは……
「え……まさか……でも……」
 縁は見てしまった、その何かに、刃物で切ったような切断面があることを……
「さぁ、どうしました女将さん、ひょっとして、心の準備がまだですか?」
 確かに心の準備が必要かも知れない……このクイズにではなく、アレを食べたという事実の方に……
 そして、ついに縁はその口を開いた。
「あ、あの……ひょっとして、今旅館の外にいるあの……あの……」
「正解! 大波乱です、女将自身が正解してしまいました!」
 その発表を聞いて悔しがる者、安心する者、様々だったが、そんな事よりも縁は確認しなければならないことがあった。
「女将? どちらへ?」
 ラムズの呼びかけに応える事も無く、縁は一目散に駆け出す、向かう先は旅館の外だ。
 突然走り出した縁を気にして、皆も後を追う……
「ちょ、ちょっと皆さん」
 ラムズは置いてけぼりだ……ふぅ、とため息をつく。
「あーあ、この分じゃ、バレますね」
 ラヴィニアがだめだこりゃ、というジェスチャーをする。
「真実にたどり着いてしまったのだから、しょうがないですよ」
 とラムズ、何か不都合が発生したにしてはあまり残念そうではない。
 彼らが用意した食材とは何だったのか……それは……

 ……怪物。
 どう見てもそうとしか表現できない物体、り・り・しょごす(りり・しょごす)がそこにあった。
 体の5分の1くらいを失っているようだったが、もぞもぞと再生しているように見えた。
「これが、あの肉の正体……」
 一瞬、気が遠くなる縁、だが、心の準備があったせいかなんとか持ち直す。
 しかし……他の者達はそうはいかなかった。
「あ、アレを食べたっていうの……うぅ……」
 香奈は失神した。
 同じように失神する者、吐き出そうとする者、失禁する者、発狂する者
 ……辺りは散々な有様だった。