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イルミンスール湯煙旅情

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イルミンスール湯煙旅情
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09:00 翌朝

 脳の自己防衛機能が働いたのか、皆、昨日の悪夢を綺麗さっぱり忘れていた。
「うーん、さすがに昨夜は羽目を外しすぎましたね……」
 酒で記憶を失うなんて、らしくない、と反省するエメだった。
「あれだけ盛りがったんだ、しょうがないさ」
 と言う侘助だったが、酒を勧めて回った為に主犯のような目で見られているのがつらい。
「おはようございます、その、昨晩はよく眠れましたか?」
 縁自ら宿泊客を起こして廻る。
「ああ、女将さん、わざわざありがとうございます」
 やっぱりこの女将さんはすごいな、と関心するエメ達だったが……
 (よかった、昨日のことを誰も覚えていないみたい)
 縁自らそれを確認する必要があってのことだったのだが、皆この旅館のサービスの一環だと思い込んでしまった。
 縁の手で起こされたい、という客が来るようになるのは時間の問題だった。

「お客様、この度は当旅館をご利用いただき、ありがとうございました」
 ――チェックアウトの時間――
 来客時同様、従業員達が整列して客を見送るのだが、そこへ……
「あー、なんとか間に合ったのだ!」
 すごい勢いで駆けて来たのはリリ・スノーウォーカーと……
「リリが二度寝とかするから危なかったのです」
 ユリ・アンジートレイニー。
「り、リリは悪くないのだ……ユリがちゃんと起こしてくれないから……」
 反論するリリだが……ちょっとバツが悪そうだ……
 よく見ると二人は何かを抱えているようだ、足元が見えずに躓いたりと少し危なっかしい。
「ユリ、しっかりせよ、ここで転んでは全てが台無しぞ」
 ユリがつまづいた瞬間、ロゼ・「薔薇の封印書」断章がフォローする。
「はい、ありがとうなのです」
 なんとか三人で運びきる……
「さぁ、お客人、これを見るのだ!」
 リリが運んでいた荷物を開ける、中に入っていたのは……
「これは……雪だるま、ですか……かわいらしい」
 小さな雪だるまの姿にクロセルが反応する。
「そう、リリ達で作った雪だるまの形の饅頭……『ふくふく雪だるま』なのだ!」
 リリが得意げに胸を張る。
「まぁ、ほぼユリの作品であるがな」
 良い所に水を差され、リリの表情が歪む。
「そ、そんなことないのです、リリもいっぱいがんばったのですよ」
 ユリにフォローされてさらに惨めな気分になったリリであった。
「そんなことより、お客人、この『ふくふく雪だるま』をひとつ……土産にしてみてはいかがか?」
 ロゼが本題に戻した、せっかく作ったのだから、一個でも多く売らなければ……
「売り込む為のせーるすとーくとやらの練習もした、今こそその成果を見せん!」
 寝坊こそしたものの、気合は充分だ、そんな三人の前に……縁が立ち塞がった。
「な、何をするのだ、女将?」
「ありがとう、リリちゃん達、もう充分よ」
 そう言ってリリの頭を撫でる……
 (むー、本当はリリの方が年上なのだが……まぁいいのだ)
 そして縁は皆の方へと向き直る。
「ありがとうございました。
 最初は本当にこの旅館が潰れちゃうんじゃないかと心配していたけれど……
 皆のおかげでなんとかお客さんも来て、温泉も復活して、名物料理、も出来て……
 この旅館・薫風は新しく生まれ変わる事が出来ました。
 私はきっと、すごく幸運なんだと思います……
 だから今度は私が皆に返していかなきゃ、この幸せな気持ち……少しでも……」
 
 ……喋っている間に涙腺が緩くなってきた……思わず泣き出しそうになる……
「女将さん、ここは本当に良い宿でした」
 客の中から一人、縁に近寄る……獅子神ささらだ。
「個性的な従業員、美味しい料理、温泉もとても良い湯加減でした……何より、女将さん、貴女が素晴らしい」
 これでもかという褒め殺しだったが、縁は首を振る。
「私は何もやってない、全部皆のおかげよ」
 縁の偽りない本心だった。
 今日だって、もっと自分がしっかりしていれば、と何度思ったことか……
「でもゆかりん、私達だってゆかりんがいたから、こんなにがんばれたんだよ」
 従業員達の中から、東雲いちるが歩み寄る。
「私達だって、ゆかりんと一緒に働けてすっごく楽しかった」
「みんな……うぅ……」
 ついに縁が泣き崩れる……優しく受け止めようとするささら、だが……
「いちるちゃん……えぐえぐ……」
 縁はいちるの方へ……
 (これは……どうごまかせば……)
 受け止めようとした体勢のまま固まるささらだった。

 ひとしきり泣いた後、縁は再び客の方へ向かう。
「ありがとうございました、今後も当旅館をよろしくおねがいします」
 目が赤くなっているものの、そこに立っているのは紛れもなく、『女将』だった。