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part8 闇夜に蠢く獣たち


 嵐が収まり、静かな夜が訪れた。
 切れ切れの雲が飛ぶ隙間に星が覗き、涼しげな月の光が孤島に降り注いでいる。キャンプ場所の地面は濡れていたが、さっきまで流れていた数多くの小川は動きを止め、瓦礫があちこちに残されている。
 生徒たちは皆、小屋を修繕して寝付いていた。既に時刻は真夜中、起きているのは夜警組のみだ。
 鈴木 周(すずき・しゅう)は見張りに立ちながらも、女子の小屋に忍び込むチャンスをうかがっていた。
 一日目は疲労困憊していて余裕がなかったが、今日こそ。林間学校お約束のドキドキイベントを自らの手で起こそうという所存である。
 辺りをきょろきょろ見回し、他の見張り番が近くにいないのを確認。いざ桃源郷と、お目当ての小屋の入り口へ駆け寄る。
「ちょっとあなた」
「うわ!?」
 後ろから声をかけられて飛び上がった。
 振り返れば、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)がキャンドルをかざし、難しい顔で周を見据えている。
「なにをなさってるんですの?」
「い、いや、ほらぁ、小屋の中に獣が侵入してたら大変だからチェックしようかなーと。女の子を守るのは男の務めだし……」
「つまり、女子の小屋だと分かって入ろうとしたんですわね?」
「あ」
 しまった。周は口を押さえる。
「ということは、獣はあなたのことですわよね。そして獣を退散させるのがわたくしの役目……」
 リリィの手には、飛散した木々から特選した頼りになりそうな棍棒が握られていた。
「ま、待て待て。俺は別に法律に触れることをしようと思ったわけじゃない。女の子が夜風で冷えないよう添い寝して差し上げようとだな。まあそのときうっかりお尻に触っちゃったりしたら役得……あ」
 どこまでも墓穴を掘る男であった。
「よーく……、分かりましたわ」
 リリィの眼光たるや険しく鬼気迫り。
 かくして、真夜中の逃走劇が繰り広げられる。
「違う、こんなはずじゃ! 俺がしたかったのはお花畑できゃっきゃうふふの追いかけっこの方なんだーっ」
 周の魂の叫びが虚しく響いた。
「青春ですねえ。リリィさんを口説きたかったのですが、どうも先を越されたようです」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)がつぶやく。キャンプの周りに張り巡らされた鳴り子が音を立てた。
「……それに、来客もいらっしゃいましたしね」
 闇の中からうなり声が聞こえる。爛々と光る銀や黄色の目。いつの間にかキャンプは無数の野獣に取り囲まれていた。今度は正真正銘の肉食獣だ。
 ブラッキュ・百十一世(ぶらっきゅ・ひゃくじゅういっせい)があからさまに舌打ちする。
「チッ。面倒くさい。褒美とやらが待っていなければ、こんなことに関わり合いたくないのだがな」
「来ますよ、黒頭巾さん」
「ああ、分かっている」
 ヒョウ、狼、山猫。孤島に潜んでいた夜の眷属たちが一斉に襲いかかってくる。その数、およそ数百。
 この島には動物を肥え太らせる要素でもあるのだろうか、野牛やクラーケンと同様、いずれも人間ほどの大きさを持っていた。
 上空に暗雲が垂れ込める。収まっていた嵐が再び暴れ出し、激しい雷雨が始まった。
 エッツェルは皮膚を硬質化し、狼の一匹に向かって雨の中を突き進む。
「ちょうどいい! あなたたちで食糧を補充させてもらいますよ!」
 変異した左腕から闇黒を放つ。狼は素早く回避し、嘲るかのように口角を耳まで吊り上げた。
「ふ、暗闇での戦闘はそちらもプロですかっ! 上等です!」
 エッツェルは全身に禍々しい瘴気をまとった。
「フン、なにを熱くなっているんだ。こんな奴ら、自分なら一撃で……」
 やる気のないブラッキュに、山猫が飛びかかり、フードの一部を食い破る。
 ブラッキュの額に青筋が浮き上がった。
「……怒らせていい相手と、いけない相手も知らぬ愚か者のようだな!」
 彼の持つ清めの柄杓から、猛々しい火炎が撃ち出された。

 小屋の中では、雨に濡れた泪が酷い熱を出して寝込んでいた。
 テレビ局の仕事や戦場リポーターの仕事で過密スケジュールが続いたうえ、今回の引率任務も頑張って引き受けた無理が祟ったのだ。蒼空学園で依頼を伝えられたときから、彼女は既に風邪を引いていた。
「先生っ、大丈夫ですかぁ?」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)は懸命に泪の看病をした。布を水に湿して額に載せ、できる限り熱を和らげる。
「お、お薬はありませんか……」
 いつも元気な泪が、人が変わったように弱々しい声で聞いた。
 明日香は膝の上で拳を握り締める。
「ごめんなさい。パワードバックパックを持ってきてはいたんですけど、クラーケンとか野牛との戦いで想像以上に怪我人が増えて、全部使っちゃったんですぅ。他に医療用具を持ってきてる人いませんでしたし……」
「そうですか……」
 泪は力なく目を閉じた。
 明日香は額の布を取り、ぬるくなるのが速すぎるのにどきっとする。泪の額に手の平を当てると、焼けるように熱い。四十度はありそうだ。風邪をこじらせて軽い肺炎になっている恐れがある。軽いといっても、肺炎は下手すれば死に繋がる病気だ。
「そういえば、原住民の村に遊びに行った人たちが、頼めば薬をもらえるって言ってたような……」
 明日香は思い出し、小屋の外へと駆けた。
「誰かぁっ! 泪先生の薬をもらいに、原住民さんに会ってきてもらえませんかぁーっ!?」
 必死に声を張り上げる。
 近くでヒョウと戦っているリリィが振り返った。
「今は無理ですわ! 完全に周りを包囲されてます!」
「ど、どなたかに空を飛んでもらって……」
「雷に狙い撃ちされますわ!」
「そんなぁ……」
 明日香はうなだれる。
 そこへ、ブラッキュの契約者、アキラ 二号(あきら・にごう)が軍用バイクにまたがって滑り込んできた。
「わしが行こう。バイクの速度なら、奴らも追いついてはこれまい。村への地図をくれるかのう?」
「は、はいっ! すぐに描いてもらってきます!」
 明日香は顔を輝かせ、薫たちの小屋に駆け込んだ。数分も経たず、即席の地図を持ってきてアキラに渡す。
「どうかお願いしますっ」
「承知した。サイ、露払いは頼んだぞ」
「ククッ、ぶち殺しまくりゃーいいんだろ!? 最高の夜の散歩だぜぇ!」
 アキラの契約者である血濡れの サイ(ちぬれの・さい)が、凶悪な笑みを浮かべて後部座席に乗った。
 アキラがスロットルを回し、軍用バイクが包囲網目がけて走り出す。夜の眷属たちは咆哮を上げて突撃してくる。
「ほら、一匹、二匹、三、四、五っと」
 サイは歌うように数えながら、スナイパーライフルで野獣を撃ち殺していく。暗所でも目が利く彼には、夜の狙撃であろうとお手の物だった。
 包囲網の薄くなった箇所に、アキラが軍用バイクを突っ込ませる。飛びかかってくる狼。
「おらよっ!」
 サイはスナイパーライフルの銃身で狼を叩き飛ばした。
 アキラは最高速度までエンジンを吹かし、一気に敵を引き離す。
 激しい雷鳴の下を疾走する爽快感に、サイは歓呼する。
「あー、けどなぁ、せっかくの夜の徘徊が野郎とってのはときめかねぇなぁー。女の寝込みを狙おうと思ってたのによぉー」
「そんなことを考えておったのか、まったく。代わりに人助けができるのじゃ、満足せい」
 アキラはわざと急カーブを切り、サイを脅かしてみせた。