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リアクション
5.パラミタ共産主義学生同盟
「続いては『パラミタ共産主義学生同盟』です。ご覧下さい」
藤林 エリス(ふじばやし・えりす)の歌うフォークソングをバックに、影絵とも版画ともつかない街並みの中を、ひとりの少女がうつむきながら歩いている。
くたびれたジャンパーを着て、目深に帽子をかぶるアスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)の表情は疲れきっていた。
オーバーラップする映像。
――贅沢の限りを尽くす経営者の裏で貧困にあえぐ従業員達。
――過労で病気になっても休んで病院に行くことさえ許されず、遂に倒れてしまった夫とその傍らで泣く家族の姿。
アスカは立ち止まった。
「これが『自由な社会』の姿なの?」
自問自答。
――ほんの一握りの強者の自由の為に、大勢の人が泣かされる世界」
――こんな社会は間違ってる!
猫背気味、うつむき気味だった姿勢は真っ直ぐに天に向かって伸び上がる。
「私は、みんなが助け合い笑い合える、平等な誰も泣かない社会がいい!」
彼女は動き出した。孤独で愚直な戦いが始まる。
街角で、人々に向けて熱弁を振るい、ビラを配る。嘲笑する影絵の人々。その足元で踏みにじられるビラの数々。
時には官憲に捕まり、牢屋に放り込まれる。見張りの目を盗み、壁面にメッセージを書き残す。
やがて。
その周りにひとり、またひとりと増えていく、ともに語り合い、人々へ語りかける仲間達。
ある時、ついに群衆が横断幕とプラカードを掲げ、街路を行進する。
その先頭には旗を振るうアスカの姿。
藤林エリスのナレーションが入った。
「人々が互いに助け合い、支え合う優しい平等社会。これが共産主義の理想とする世界です」
被さる文字。「パラミタ共産主義学生同盟」
客席の師王 アスカ(しおう・あすか)は、映像を見ながらアイスティーをすすった。
「この美術の仕事は本当にやりがいがあったわねぇ」
隣に座っていたオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)も頷きながら、もしゃ、とおにぎりを口にした。
「単色シルエットだけで衣服を表現するの大変だったわ。作業量考えるとレースとかフリルとかも入れられなかったし」
「おかげで助かったわぁ。線の書き込みって多くなると書く方も観てる方も疲れるのよねぇ」
「幻想的な映像でしたね」
マイクを向けられた藤林エリスは首を横に振った。
「私達は台本と出演をしただけです。仕上がりについては、協力して下さった裏方さんの力によるものです。素晴らしい仕事でした」
「今の時代に『共産主義』を主張する、というのもなかなか冒険ですね?」
「ともすれば『革命』『ストライキ』『テロ』など過激な闘争戦術ばかりに眼がいきますが、共産主義とは『人が幸せに生きていく為には、どんな世の中であればいいのか』という疑問から生まれ、それを追求した思想です。
そして、その追求に終わりはありません。
先人達の仕事は偉大で素晴らしいものですが、それらは終着点ではなく、過程でしかないでしょう。物事は、時代や場所に合わせ、変わっていくべき物です」
エリスは観客席全体へ、真剣な眼を向けた。
「『共産主義』という言葉に警戒される方々の気持ちは、私達も理解できます。
けれど、物事を考える物差しのひとつとして、私達の考え方や方法論を知っておくのも決して損にはならないのではないでしょうか?
仲間が増えてくれれば、それに越した事はありません。
ですが、そこまでの事は今は申し上げません。
皆さんにはまず、私達の事をちゃんと知って欲しいと思います。
『パラミタ共産主義学生同盟』は、皆さんの来訪をいつでも歓迎いたします」
「そういや経済学の講義で『資本論』買わされたっけ」
「読んだ?」
「いや、前書きで投げた」
「なんで昔の本ってあんなに読みづらいんだろうな?」
「そうでなくとも翻訳本って読みづらいし」
「日本語にない言葉とかむりやり熟語作ってたりなんて事もしてるしなー。もうちょい考えて欲しいぜ」
「読み手が本に合わせる、ってのも時には必要なんじゃない? 新たなものとの出会いは、挑戦から始まる事もあるよ」
「いやー、分かってるんですけどもねえ……」
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