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初日の出ツアー 馬場正子ご一行様

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【八 山頂アタック】

 息子Jが自ら、水晶亭内のコントラクター達に接触を取ってきた。それも敵対する存在としてではなく、助けを求めてきたのである。
 同時に、敵が何者であるのかもはっきりした。
 殺人夢魔の来賀・イングランドと、狂気の亡霊ブギー・スケキヨ。
 リカインがダリルに諸々の情報を伝えたところ、どうやら来賀とブギーは兄弟のような存在であり、息子Jとは古来からの宿敵同士である、ということらしい。
「でも、ちょっとおかしくない?」
 簡易浴場隣の大広間で、円が納得いかないといった様子で、眉間に皺を寄せながら首を捻る。その視線の先には、第五班、即ち清掃班の班長を務めた輪廻の姿があった。
「ここまで輪廻君達を中心にして、結構な数のゴミを拾ってきたんだよね? なら、息子Jはもっと力が回復して、来賀やブギーに対抗出来るようになっててもおかしくないと、思うんだけど」
 確かに、円のいう通りではある。
 最後尾を進んできた第二班の面々が、その見事な清掃ぶりに随分と感心していたぐらいなのだから、相当に浄化が進んでいると見て良さそうなものである。
「確かにぃ……第五班の後を通ると、本当に清々しい気分で登って来れましたからねぇ〜。それは、あちきが保証しますよぉ」
 レティシアの言葉に、ミスティも深く頷いた。
 では、一体何が問題だというのだろう。円は腕を組み、より一層表情を難しい色に変えて、うんうんと唸り続けている。
 ここで梓紗が、ぽつりと呟いた。
「そうだよなぁ……ここまでは見事というか、ほとんど完璧にゴミを始末してきてたし……」
 その瞬間、いきなり輪廻があっと大声を上げながら、両掌を派手に打ち合わせた。考え込んでしまっていた円はほとんど不意打ちに遭ったようなものであり、びっくりして飛び上がりそうになった。
「もう、急に大声上げないで欲しいな。心臓止まるかと思ったよ」
「済まない……だが、分かったんだよ! 息子Jが我々に求めていることが!」
 いささか興奮気味に頬を紅潮させる輪廻に、他の一同は戸惑いの色を隠せない。輪廻は更にまくし立てるような勢いで続けた。
「第五班がゴミを拾ってきたのは、まさに『ここまで』なんだ。分かるか? つまり、ここから先は全くの手付かずなんだよ」
「あ、そうか……ここから頂上までのゴミか」
 ようやく理解出来たといった様子で、梓紗が何度も頷く。
 すると、それまで室の隅で円達の議論に耳を傾けていた正子がのっそりと立ち上がり、引き戸の扉へと歩を進める。追いすがるような格好で、円が慌てて声をかけた。
「ねぇ、どうするの?」
 正子が何を考えているのか、何となく理解出来てはいたが、それでも円は敢えて訊いてみた。案の定、正子はその強面に不敵な笑みを浮かべながら、円の予想通りの台詞を口にしてきた。
「知れたことよ。掃除だ」
 ああ、やっぱり――円のみならず、梓紗、輪廻、レティシア、そしてミスティの四人も、余りにも予想通り過ぎる応えに、つい苦笑を禁じ得なかった。
「但し、当然敵も仕掛けてくる。のんびり登ってはおれん。輪廻よ、うぬが一番、清掃人員を把握しておろう。うぬが中心となって第二次清掃班を編成せい。先に息子Jが復活するか、或いはこちらが全滅するか……時間との勝負になるぞ」
 それだけいい残して、正子は室を出て行った。恐らく、他のツアー参加者達にもこの決定事項を通達しに行ったのだろう。
 ややあって、レティシアが小さく肩を竦めた。
「ここから先は、のんびり登山、って訳にはいきませんわねぇ〜」
「そう……ね。当初の方針から180度反対になっちゃうけど、背に腹は代えられないしね」
 ミスティも諦めた様子で、やれやれとかぶりを振った。

 方針が決まった以上は、愚図愚図してはいられない。
 輪廻は正子の指示に従い、すぐさま第二次清掃班の編成に取り掛かったのだが、しかし全員を連れて行く訳にはいかない。
 少なくともフィーア、美奈子、セレアナ、そしてアレックスの四人を守る為の護衛人員を水晶亭に残しておく必要がある。この水晶亭残存チームには昌景、ヒルデガルド、セレスティア、リトルグレイといった面々が選ばれた。
 逆に第二次清掃班の人員には輪廻を班長として、歩、六花、練、秘色、葛、ダイア、ヴァルベリト、卑弥呼、ブルーズ、そしてヘルの11名が選抜された。
 いずれも、この水晶亭に至るまでにゴミ拾い担当として精を出していた者達である。
 更に、来賀やブギーが襲ってきた場合に備えて、残りのメンバーが総出で清掃班を護衛することとなった。但しダリルと淵は、水晶亭での中継を担当する為、山頂には挑まない。
 意外だったのは、翠やアリス、華花といった顔ぶれも護衛の中に組み込まれていたことであろう。
 しかしこれは、人数の少ない水晶亭に残す方が却って危険であるとの正子の判断に因る人選であり、三人とも体力的に限界が迫るようであれば、事前に打ち合わせておいた通り、正子と美晴が背負ってでも連れて行く、という話に落ち着いた。
 ともあれ行動が決まった以上、後は動くだけである。
 ツアー参加者達は一部を除いて、防寒具を着込み、必要最低限の装備だけを身につけて、登攀に備えた。
 ここから山頂までは、普通に進めば二時間程度で到達するぐらいの距離しかない。その為、食糧や寝袋等は不要であり、この水晶亭に置いていこうという話になったのである。
 もう後少しで全員の出発準備が整うかどうか、という頃合になって、突然理沙が、玄関の外から正子を呼びつけた。
 何事かと首を傾げながら正子が美晴を伴って玄関外に出てみると、そこに、ホッケーマスクを被った巨漢の姿があった。
 最早、考えるまでも無かった。
 このホッケーマスク姿の巨漢こそ、息子Jであるに違いない。
「いや、何かね、私が清めの酒を玄関先に撒いてたら、いつの間にかそこに立ってたのよ」
 頭を掻きながら笑う理沙だが、この遭遇は決して笑い事で済ませて良いものではない。玄関ロビーに詰めていた他の面々も、正子の後に続いて玄関外に飛び出してきては、驚きの表情を浮かべている。
 よもや、息子Jが自らの姿を見せようなどとは、誰も予想だにしていなかったらしい。
「恐らく……わたくし達が存在を認識するようになったことで精神の波長が合い、こうして姿を見せることが出来るようになったのでしょうね」
 居残り担当であるセレスティアが理沙の傍らに立って推論を口にしてみたが、恐らくその通りなのであろうという思いが、この場に居る全員が共通して抱いた感想であった。
 しかし、何故このタイミングで息子Jが姿を現したのかは分からない。思い切って、歩が訊いた。
「ねぇ息子Jさん……何か、伝えたいことがあるの?」
 その直後。
 何かの意思のような声が、その場の全員の頭の中で響いた。その声はあるメッセージを、非常に明瞭な意思を伴って、コントラクター達に伝えてきたのである。
「異物を取り払う者に、加護を与える……確かにそう、いっていましたね」
 白竜が全員を代表して確認するかのように、静かな声音でいい添えた。息子Jは、第二次清掃班に選ばれた面々に対し、来賀やブギーから受ける攻撃への耐性を与えたらしいのである。
 しかしこの耐性も絶対的なものではなく、せいぜい一度か二度、強固な防御力を発揮する程度に過ぎないようであり、過信するのは禁物であった。
「まぁ……無いよりはマシだ。とにかくこれで、頑張るしか無いな」
 ブルーズのやや苦笑を含んだ声に、第二次清掃班一同は静かに頷くしか無かった。

 深夜のゴミ拾い登攀が始まった。
 先頭には、光術で道しるべを作りながら押し進むリリィが立つ。ブギー・スケキヨに対しては切り札的な存在でもある彼女は、自ら斥候役を買って出たのである。
 そのすぐ後ろに、美羽とコハクが続いた。
 リリィをサポートするのがふたりの役割ではあったが、それ以上に、なるべくなら一番に山頂へ乗り込みたいという思いが依然として強かった。
 少なくとも、リリィと同じ先頭グループに居れば、間違い無く山頂へはトップで到達することが出来るというものである。
「う〜ん……それにしても、完全に攻撃系の技しか揃えてなかったのは、迂闊だったかなぁ」
「まぁそれは、仕方無いと思うよ。まさか、あそこまで極端な不死属性の敵が出てくるなんて、予想すらしてなかったしね」
 美羽とコハクが無駄口を叩いている間も、リリィは一切容赦無く、歩を進めてゆく。ともすれば置いて行かれそうになる程の勢いだった為、次第に美羽とコハクの口数も少なくなってきた。
 そんな美羽とコハクのすぐ後ろに続いているのが、数頭のヘルハウンドを従えたミネルバと、そのヘルハウンドの群れに守られるようにして山路を進む円、輪廻、ブルーズ、華花といった顔ぶれであった。
「いやぁ、本来ヘルハウンドの放つ火ってのは、照明に使うものではない筈なのだが……今回ばかりは、助かるな」
「それに、ここまで命がけのゴミ拾いというのも、そうそう経験出来るものではないな」
 輪廻とブルーズの軽口に、円はただ苦笑を浮かべるのみである。
 その一方で華花は、意外に大人しいヘルハウンド達の姿に、随分とはしゃいでいる様子だった。更にいえば、華花が喜んでくれたのが余程に嬉しかったのか、ミネルバもすこぶる機嫌が良い。
 恐ろしい狂気の亡霊や殺人夢魔が迫ってきているというような緊張感は、少なくともこのグループに於いては皆無であった。
 ところがそんな柔らかい空気も、そう長くは続かない。
 遥か後方、ハーティオンが殿を務める最後尾から、雄叫びが響いてきたのである。

     * * *

 ブギー・スケキヨの襲来であった。
 敵は、通常の攻撃ですら力の源に変えてしまう、極端なまでの不死属性を誇る化け物である。ハーティオンが時間を稼ぐべく、壁となって立ちはだかるも、どこまで通用するかは未知数であった。
「んもぅ! だから嫌だっていったのに〜!」
 悲鳴を上げているのは、ラブである。
 得意の歌が通用する相手であれば、ラブとてそれなりに頑張るつもりではあったのだが、狂気の亡霊ともなれば話は全く変わってくる。
 少なくとも、この場にラブが居る必要性は皆無なのだが、それでもハーティオンが行くというのであれば、同伴するしか無い。
 但し、敵が圧倒的であれば即退散することも、事前に申し合わせていたのであるが。
「ぬぅっ! 矢張り、駄目か!」
 ハーティオンも持ち前の体格とパワーで対抗してみせるが、幾ら攻撃しようとも、まるで通じないどころか、却って相手が力を漲らせてくるのである。
 こうなるともう、ただひたすら敵の攻撃を受けて耐えるしかないという、実に不毛な壁役に徹するしか手は無かった。
「待たせた!」
「加勢するぞ!」
 カイとエヴァルトが、斜面を駆け下りてきてブギー・スケキヨに挑みかかった。
 これでハーティオンを含め、壁役は三人に増えた訳だが、単純に攻撃を受け続けるだけであったとしても、受ける打撃が三分の一に減少するというのは、大きな変化であるといって良い。
「済まない、助かる!」
 ハーティオンはふたりの援護を受けて、態勢を立て直した。
 彼らの防戦一方の状況を、少し離れた位置で、加夜が真剣な面持ちで眺めている。
 実は加夜もハーティオンの加勢に加わるつもりだったのだが、カイとエヴァルトが押し留めた為、参戦出来ずにいたのである。
 本来なら、回復術を行使出来る加夜が居ればもっと楽に戦える筈であったが、しかしもしここで加夜が参戦すれば、ブギー・スケキヨはこの最後尾の戦線を放棄して、更に上方の仲間達を襲いに向かうかも知れない、という危惧があった。
 つまりブギー・スケキヨを最後尾に足止めさせる為に、カイとエヴァルトは敢えて加夜を参戦させなかったのである。これぞ戦術、と呼ぶべき先見の明であろう。
(どうか……頑張ってください)
 加夜は胸の前で両手を揉み合わせながら、必死に祈るばかりである。