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『リアルの狭間で』


 ここは、現実世界のゲーム展示場内。
「大変なことになっちゃった。どうしよう!」
 金元なななが慌てふためいていた。
「ひとりで全部は大変でしょ?」
 話しかけたのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)である。
「あれっ! どうやって出てきたの?」
「ヘッドマウントディスプレイのサイズが合わなかったから、ログインしなかったのよ」
 少し乱れた髪をかき分けながらリカインはつづける。
「それにしても。『教導団のお目付け役』にななな君が抜擢されてることが驚き。でもそれだけ期待されてるんでしょうね」
 にっこりと笑い彼女はつづけた。
「ななな君を見守らせてもらうわ」
「ありがとう!」
 嬉しそうにはしゃぐなななのアホ毛が、ひょこひょこと揺れた。


 いっぽう、こちらは【リアル・ワールド】での展示場内。
「そこまでだ。観念しろ」
 空京ミスドから逃げ出していた覆面Aを、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)が追い詰める。
 覆面からは表情が読み取れないが、かなりの焦りがうかがえた。怪我した足を抑えながら、展示場に集まったメンバーを見回している。

「無駄な抵抗は……やめたほうがいいんじゃない」 
 美常 雪乃(みじょう・ゆきの)が言う。
「外部にいる人間から連絡あったけど。逆探知に成功したらしいよ」
「ナ、ナニ……」
「あなたのIPアドレスを入手したって。居場所が見つかるのも時間の問題よ」
 彼女の後ろでは、神翠 清明(しんすい・きよあき)が肩をすくめていた。
「お粗末なもんだな。ハッカーがハッキングされるなんて」

 花山 翠(はなやま・みどり)がさらに追い打ちをかける。
「悪いけれど、貴方の事を調べさせて貰ったの。……もう逃がさないわ」
「ク……クソォ!」
 覆面Aは逃亡を諦めたようだ。その場に膝をつき、うなだれてしまった。
「だけど、まだわからないことがあります。あなたたちはなぜ、このような犯行に及んだのですか?」
 問いかける翠に、ハッカーはうつむきながら応える。
「現実ハ、“クソゲー”ダ!」
「……クソゲー?」
「俺タチニトッテ、仮想現実コソ、本当ノ現実ナンダ!」
 それだけ言い残し、能面Aは自力でログアウトを試みた。砕けていく水晶のようなエフェクトがハッカーの体を包む。
 現実へ消えていくハッカーを見ながら、翠がつぶやく。
「可哀相なお方。どこへ行っても、自分自身からは逃れられないのに」


「残るは……あと二人」
 雪乃が呟きながら、展示場内の巨大スクリーンを見上げる。
 モニタには現実世界が映されていた。ヘッドマウントディスプレイを装着し、椅子に座ったメンバーたち。
「こうして見ると、どっちが仮想世界だかわからなくなってくるな」
 苦笑するシャウラの前に、なななの顔がドアップで映った。
「みんな元気してる〜?」
「なななか。ちょうど良かった。二つばかり頼み事があんだけど、いいかな?」
「どうぞどうぞ」
 快く了承するなななに、シャウラが告げる。
「さっきの奴の通信を辿って、居場所をつきとめてくれ。もちろん警察には連絡したほうがいい」
「了解だよ」
「それと、俺たちのステータスを変更できないか。敵のは無理でも、強い武器をインスコするくらいできそうなもんだが」
「やってみるよ、ゼーさん!」
 無邪気に微笑むなななに、シャウラの表情もつい緩む。
 画面の向こうでテキパキと動く彼女を見つめながら、シャウラは「君と通信デートがしたい」という三つ目の願いを飲み込んだ。

「私も……シャウラさんに賛成」
 雪乃がゆったりとした口調で言った。
「もしかしたら……気の早いゲーマーによる改造データが、出まわっているかも」
 雪乃の意見を聞いたなななが、ポンっと手を叩いた。
「なるほど!」
「たとえ短時間でも……こっちの戦力を底上げできるかもしれない」
「わかったよ。いろいろ調べてみるね!」
 両腕で大きな丸を作ったなななに、別の声が話しかける。

「ちょっとよろしいですか」
 ユビキタスを使って通信してきたのは、十六凪であった。
「あ……あなたは」
「僕はオリュンポスの参謀、天樹十六凪です。以後、お見知りおきを」
 律儀に名乗ってから、彼はつづけた。
「僕なりに調べてみました。あなた方が先ほど入手したIPアドレスですが、どうやら偽装のようです」
「そんなぁ!」
「ご安心ください。正規のデータを入手したので送りますから」
 それだけ言い残し、十六凪の通信は途切れた。
「おお! たしかにこっちの方が本物っぽい!」
 はしゃぐなななが、モニタから消えた。さっそくハッカーを探しに行ったようだ。


「さて。オレからもひとつ提案があるんだが」
 清明が、周りにいるメンバーを見回しながら告げる。
「敵はハッキングしてこの世界に居るわけだ。ということは、こちらから干渉をすれば、現実世界の奴らに影響を与えられるかもしれない」
 リアル・ワールド内の展示場にある“リアル・ワールド”を見つめながら、清明がつづけた。
「こっちからもハッキングしてみないか?」
「……試してみる価値は、ありそうですね」
 翠が頷きながら言う。
 こうして彼らは“ゲームの世界から”、現実にいる匿名四天王へのハッキングを試みた。




「どうも、ひとつ気になるんだよなぁ」
 街が見渡せる高層ビルの屋上で。
 高柳 陣(たかやなぎ・じん)が眉間にしわを寄せていた。
「なななさんに連絡してみるか」
 陣が現実世界へ通信するも、出たのはリカインであった。
「あれ。なななさんは?」
「ハッカーを探しに行ってるわ」
「そうか。なら君にひとつ頼みたい。ゲームの開発元を当たってほしいんだ。もしかしたら黒幕がいるかも」
「了解よ。警察に頼んでみるわ」

 リカインとの通信を終えると、陣は屋上での待機をつづけた。
 しびれを切らしたように木曽 義仲(きそ・よしなか)が言う。
「陣よ……待つというのはどうも落ち着かぬ」
「今はまだ待とう。――それよりも。あんなところを走り回っている匿名 某(とくな・なにがし)さんに、なにかアドバイスしたほうがいいね」
「身の潔白を証明するなら、宮殿へ向かったほうが早いじゃろうて」
 義仲が言い終わると同時に。
 街のなかで、悲痛な叫び声が響き渡った。


「俺は、無実だぁぁぁ!」