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ピンクダイヤは眠らない

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ピンクダイヤは眠らない

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「ピンクダイヤを拾った?! 」
 廃墟ホテル3階の談話室で リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は大声を放った。
「シー!大声出したら聞こえちゃうでしょ! 」
マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)は手をぶんぶんふり回して制するが、その姿はどこか大袈裟のきらいがある。
「壊れた自動販売機のお釣りが出てくるところに置いてあったの。あたし、これで大金持ちになったんだわ! 」
「小銭受け取り口に手を伸ばす習性のおかげね!マーガレットぉお! 」
 まるで、茶番のような小芝居ではあるが、本人たちは大まじめである。二人は盗賊たちの注意を自分たちに引きつけ、盗賊の魔の手が瑛菜達に及ばぬよう、囮になる作戦をとっていた。ピンクダイヤを拾ったなどと言う話は、まったくの大ウソではあるが、大ウソも大声で張り上げれば事実にきこえる、という大ウソを重ねることで、事の真贋を確かめたくなるという、ややこしい心理術を駆使しているわけである。
「要は、引きつけるのが肝心ですから」
ひそひそ声でリースはマーガレットに囁いた。半分真顔である。
「そうね」
「そして、捕まらないことも肝心ですよ。盗賊に捕まったら偽物だってばれちゃう可能性が高いんですから」
「任せて。蒼空学園テニス部で鍛えてるから脚力には自信があるのvそれに」
「ん? 」
「いざとなったら、火術をお見舞いして逃げるから」
「うん。よく聞いてください。マーガレット。このホテルは埃だらけだし、ぼろきれみたいのも散財してるし、いまの季節随分乾燥してるから、火術を使ったら火事にならないかしら? 」
残りの半分も真顔になった。
「火事になったら、私も燃えてしまうから、火術を使わないように、逃げて欲しいの」
 つくづく真顔である。
「だいじょうぶ!蒼空学園テニス部で鍛えてるから脚力には」
 非常口の奥から、こっちだ!という声が聞こえてくる。それなりの効果はあったらしい。
「来ましたよ!いい?もし捕まっちゃったら、携帯電話の通話ボタンを押しておくこと! 」
「わかった」
 マーガレットはスゥっと息を吸い込み大声を張り上げた。
「じゃあ、これが本物かどうか?!一階にいる友達の鑑定士に見せてくるぅう! 」
 渡り廊下をかけ始めるマーガレットは、何を思ったのか?くるりと踵を返し、非常階段へと突っ走った。
「ちょっと!マーガレット! 」
 脱兎のごとく走ったマーガレットは、盗賊が開きかけた非常口にドロップキックをお見舞いした。ドアが閉じる衝撃で、盗賊の何人かは非常階段を転げ落ち悲鳴を上げている。
「ね。脚力には自信あるの! 」
 表情は見えなかったが、マーガレットが満面の笑みを浮かべているだろことを、長い付き合いであるリースは感じとっていた。
「こっちだ! 」
渡り廊下の奥から盗賊の靴音と共に近づいて来る。リースが身を潜める中、マーガレットの姿は階下へと消えていった。
「ピンクダイヤはこっちよぉお! 」
 声だけは、いつまでもいつまでも消えることはなかったのだけれど。
「さてと」
 捕まる心配はなさそうだなと思いながらもリースは自分の携帯電話を確認してみた。
「げ!……充電が切れそう……こんなときに……」
 しかし、こんなこともあろうかと、今日は充電器を持参している。きょろきょろとコンセントを探し始め、自動販売機横に見つけると、リースは充電器をコンセントに差し込んだ。携帯電話の液晶が光度を増し、充電が始まる。
「急速充電だから3分もあれば……??……あれ? 」
 廃墟にもかかわらず、コンセントが使える?と言う素朴な疑問を浮かべたリースの顔を液晶画面の光が冷やかに照らし出す。
「……あれ? 」

* 
「落ち着いた様子やったな。」
車に戻った大久保は、誰に言うでもなく呟いた。
「管理人の方もなく、実に丁寧な対応をしてくださいました」
レイチェルも呆気にとられたような表情をしている。
オオミヤの別荘に向かった二人は、別荘の管理人に出迎えられ、屋敷内を見せてもらったが襲撃にあったような様子は微塵もなかった。それどころか、普段話し相手がいずに人恋しいらしい管理人にお茶を勧められ、それを体よく断るのに難儀をした次第なのである。
「もしかしたら、別件なんじゃありませんか? 」
「ん?どういう事や? 」
「オオミヤシズク違い」
「でも、ピンクダイヤを持っているって……ダイヤは瑛菜さんも確認したわけやし」
 府に落ちないままの大久保に電話がきた。先に廃墟ホテルに向かった機晶士の堀河である。
「もしもし」
「大久保さん。ちょっとおかしなことになってまして」
「こっちもや」
「え? 」
「いや。すぐ向うから、そっちで話すわ。どないしたん?メモリークラッシャー解除できたんか? 」
「簡単に言うんだもんなぁ。トラップがやけに本格的で、手間取っているっていうのが正直なところです」
「トラップ? 」
「やけに本格的ですよ。いま、6階の瑛菜さん達の客室近くにいるんですけど、このトラップを解除しないと前に進めなくて」
「ほか」
普段から堀河の口調はのんびりしているが、今回は、やけに念入りにのんびりとしている、と大久保は感じた。冷静さを保つために敢えての口調のようにも伺えた。
「それで、解除装置の分解に取り掛かってるんですけど、開けてみたら、集積回路の基板がオオミヤ仕様でして」
「え?」
「これって、セキュリティ会社オオミヤが仕掛けたものだと思うんですけど、オオミヤ会長と連絡って取れました? 」
「……ちょっと待ってな。そっちつくまで、も少し調べてみるから。うまいこと、トラップ解除お願いするわ」
「努力しますねぇ」
 電話を切り、難しい顔をしている大久保を心配そうにレイチェルが覗きこんだ。レイチェルの表情を受けて大久保は直ぐに唇を結び直した。
「急ごう」
 レイチェルはアクセルを吹かし、タイヤを軋ませ、車体を振りまわすように方向転換をした。
「(……一体どうゆうこっちゃ?瑛菜達が客室に逃げ込んでから、トラップが発動した?……何のために?二人を守るために?いや、それやったら、二人がメモリークラッシャーの傍から離れられんと言う状況はおかしい)」
大きく揺れる車体の中で、大久保の疑問も大いに揺れていた。タイヤの焦げ跡を別荘の駐車場に残し、テイルライトは闇へと消えていった。


 テニス部で鍛えた脚力は伊達ではなかったらしい。マーガレットは時に駆け足のスピードを緩め、盗賊に追いつかれる寸前になっては猛ダッシュで引き離すと言う離れ業をやってのけていた。
「完全にまくわけにもいかないから、匙加減が難しいなぁ」
 時折流れる額の汗をぬぐいながら、盗賊の何人かを廃墟ホテルの外に連れ出すことに成功していた。木陰に身をひそめて、盗賊たちの探索を逃れながら、
「んで。この後どうすればいいんだっけ? 」
 まさか、ホテルに戻るわけにもいかないと思いながらも、完全にここを離れてしまうわけにもいかない。
「しばし休憩? 」
 ふくらはぎの裏の筋肉をのばすようにストレッチを始めたマーガレットはこめかみに、こつりと硬いものが当るのを感じた。
「動くな」
 しまった!と顔を銃口からずらそうとすると、カチリと撃鉄の起きる音がする。
「動くと撃つ」
 野太い男の声だ。盗賊の仲間であろうか?だとすれば、まずい。握りしめた偽物のピンクダイヤを放り投げて隙が出来たところで拳銃を取り上げようか?マーガレットは窮地をしのぐためにシミュレーションしてみる。
「リーダーは誰だ? 」
「え? 」
 男の質問の意味がわからず、とぼけようにもとぼけられない。
「とぼけるな。盗賊風情の頭を弾くくらい、わけはないんだぞ」
「……あたし、盗賊じゃないよ」
「リーダーは誰だ? 」
 マーガレットは、ゆっくりと、自分の手のひらに握った偽物のダイヤモンドを見せた。
「これ見てよ……あたしが、持ってるのは夜店で買ったイミテーションの宝石。仲間を助けるために盗賊を外に誘導するのがあたしの役割」
 男はダイヤを掴みとると、マーガレットに銃口を向けたまま、後ずさりしながら、イミテーションのダイヤを確認する。
「お前たちは何者だ? 」
「オオミヤシズクって子がピンクダイヤを狙われてて、このホテルに隠れてるの」
「盗賊ではなさそうだな」
「だから、そう言ってるじゃん」
「盗賊のリーダーを見たか? 」
先ほどからこの男はリーダーについて再三聞いてくるが、マーガレットには皆目見当がつかない。
「見てないよ。おじさんこそなに?盗賊の一味じゃなさそうだけど」
 マーガレットに誘導されて外に出てきた盗賊が、探索し始めている。サーチライトが時折湖の水面を照らした。
「あたし、時間がないんだ。こんなところでまごまごしていられない」
「時間がない? 」
「メモリークラッシャーっていう爆弾が仕掛けられていて、みんなをここから連れ出さなきゃいけないのよ」
「メモリークラッシャーを知っているのか? 」
 男の言葉には少しだけ動揺が走っていた。
「なんなのよぉ一体」
男は銃口を下げて偽物のダイヤをマーガレットに手渡した。
「え? 」
「ダイヤを見せてもらった礼にこれをあげよう」
 男はポケットから、銀色に輝くブレスレットを取り出し、素早くマーガレットの左腕にはめた。
「お礼なんかいらないわよ」
 好意で頂いたものではない、と、マーガレットは直感していた。外そうとするが外れない。男はポケットからボタンスイッチを取り出してこう言った。
「それはメモリークラッシャーだ」
「え? 」
「その大きさでも半径10メートルの範囲にわたって効力を発揮する」
「外してよ! 」
「今から、あの盗賊たちを引き連れてホテルに戻るんだ」
「どうやって? 」
「ここに来た逆の手順を行えばいいだろう。さもないと、このスイッチを押すことになる」
「ここで押したら、あんたも記憶を無くしちゃうんじゃない? 」
「俺は本気だ」
 スイッチに指が触れる。緊張がマーガレットの背骨に走る。沈黙は苦手だ。それよりは走っている方がいい、と、マーガレットが靴ひもを結び直した。
 パシゥ
 と、空気を切り裂いて弾丸が男の右手を貫いた。
 パシゥ
 続いて、左足を。
 男は、何が起きたのか解らないと言う様子で、膝から崩れ落ちた。スイッチに手をのばす男。
 パシゥ
 男の指先に弾丸が命中し爪を剥ぐ。
「ぐぁあ」
 男が苦悶の表情をあげる中、林の暗闇から一人の少女が姿を現した。葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)である。
「大丈夫でありますか?」
「あ、はい」
葛城が廃墟ホテルに向かって、サッと手をあげると、ホテル4階のテラスからチカチカと合図が帰ってきた。コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)である。
「あんな遠いところから……」
ここから直線距離で200メートルはある、そこから男の手のひらを標的に正確な射撃を成功させたコルセアにマーガレットは驚いた。
「自分は葛城吹雪と申します。遅ればせながら参戦いたします」
 大したことはないと言わんばかりに葛城は無表情なままである。
「あたしはマーガレット・アップルリング」
 葛城はマーガレットの細い左腕を掴むと、ブレスレットに手を掛けた。
「自分、銃器の取り扱いと破壊工作には慣れておりますから」
 そう言うと、難なくブレスレッドを分解して外してしまった。
「ありがとう」
 ブレスレッドを見つめて、ふーむと頷く葛城。
「これは、小型ではありますが、メモリークラッシャーと発動スイッチ。貴重な資料になるかもしれません。廃墟ホテルに居る仲間の機晶士に渡して欲しいのであります」
 突然の申し入れではあるが、マーガレットは快諾する。
「わかった。葛城さんは?」
「この男に聞きたいことがあるのであります。自分、少々痛めつける予定であります」
顔色一つ変えない葛城の言葉にマーガレットは唇を引きつらせる。葛城はマーガレットの足元に転がる偽ピンクダイヤを拾い上げた。一連の発砲でマーガレットの手のひらから滑り落ちたものだ。
「これ、大事なものなのではありませんか?」
「あ、それは偽物。ただのガラス玉よ」
「ガラス玉であっても、思い出は詰まっていると思うのであります」
 手渡されたガラス玉はひんやりと冷たかったが、葛城の手の平は熱く、その体温がマーガレットを嬉しくさせる。
「うん。リースと一緒に買った思い出があるんだ」
「では、大事にされた方が良いかと」
 大きくうなづくとマーガレットは走りした。葛城は微笑みを浮かべて背中を見送る。
「あたし大事なダイヤを持ってるぞおお! 」
 マーガレットの大声に、再び外にいた盗賊が気付き、後を追う。
「……いや、静かに向かっていって欲しかったのでありますが……」
 パシぅ
 パシぅ
 サイレンサーで消音したコルセアのライフルが火を吹き、盗賊の足元を狙い撃った。
「外は任せて」
 とのコルセアの声なき声を確認すると、葛城は、踵を返して、地面にうずくまっている男の元に向かった。
「話を聞かせてもらおうか? 」