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サンサーラ ~輪廻の記憶~ ex『あの頃の欠片』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ ex『あの頃の欠片』
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 あの頃の欠片



「昔々、それはまだそれがしが力を失い、世界樹の御許に赴こうにも着ていく服もないまぬけなサンサーラ第一話終了後の頃のことじゃった」
「ちょっと待てい」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)の前世界昔話に、パートナーのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が突っ込む。
「ムシロを纏い、橋の下でその日の糧を得ようと釣り糸を垂らしていたところ、川上からどんぷらこどんぶら……」
「待てい!」
「いやいや、本当に釣ったんだって! それは見事な錦鯉を」
「ええい、それがし鯉ではな」
「しかしだな、ひとたびこの鯉と目が合ってしまったところどうにも憐憫の情が沸いてしまい、空きっ腹であるにも関わらずそれがしは泣く泣くリリースしてやったのじゃ」
「昔話風とそれがしとやらと光一郎の口調がごっちゃになっているのだが」
「その時、鯉が何か物言いたげに見つめていたような気がしていたのであるあるあるあるある(残響音)。続く」

「で? つまりタイトルは「鯉の恩返し」とでも言いたいわけか?」
 話を終えたような終えていないような光一郎に、オットーが訊ねる。
「おーっとヒジョーに惜しい!
 タイトルは「はつこい」! つまり俺様達の絆は前世からぶぎゃっ!」
「前世はMCかLCどれか一人というルールをその脳に叩き込んでくれるわ、そこに直れ!」
「ちょっと待てい」
 自分を棚に上げても、ここはびしりと突っ込みを入れる光一郎であった。


◇ ◇ ◇


 前世の自分は、過去の時代に既に死に、今は生きてはいないし生き返ってもいない。
 けれど、芦原 郁乃(あはら・いくの)は、彼女と対話する形で、穏音媛の記憶を思い返していた。
 もう一人の自分とおしゃべりする、というのを想像するのが楽しかったからだ。
 現実逃避と言われれば、そうかもしれない。
「……だって目の前にこんなに課題があるんだもん……」
 小さく息を吐いて机に突っ伏し、顔だけ上げて、組紐に付いた鈴を、目の高さに持ち上げて見つめる。
 ねえ、穏音媛ってどんな生活してたの?
『里でのびのび育ったわたしは、小間使いに傳かれる生活というのが慣れなかったの。
 くるくる動き回って、少しもじっとしていられなかった』
 お淑やかで芯が強くて凛とした印象だったのに、意外……。
『人は見かけによらないと言いますから』
 二人はくすくす笑いあう。


▽ ▽


 そんな穏音媛は、やがてジャグディナの命令によって、周辺都市の祭祀として派遣されることになった。

 その日、ジャグディナ自らが、彼女を神殿へ送り届ける。
 国内とはいえ戦時中に彼女を一人で向かわせるわけにもいかず、護衛を割くくらいなら自分が行った方が合理的、という理由からだ。
 穏音媛を自分の前に乗せて軍馬を走らせる。
「護衛が私では不安か?」
 他種族を嫌悪に近いほどに侮蔑する、自分の噂を聞いているのだろう。
 硬くなっている穏音媛に声を掛ける。穏音媛は首を横に振った。
「安心しろ。いくら私でも祭器一人葬るのに、こんな回りくどいことはせん。
 私は信仰というものに興味は無いが、多くの民が拠り所にしていることは確かだ。
 血を流さずとも、お前が戦う術はある」
 ジャグディナは、穏音媛を祭器ではなく、一人の兵士として扱った。
 私情で責務を放棄することは、ジャグディナが最も嫌うこと。そこに種族は関係なかった。
「お前に軍は厳しすぎる。だが、それでも国を憂うならば戦ってみせろ」
「……戦う……」
 それは、酷く恐ろしい言葉に聞こえたが、逃げてはならない言葉であることも、穏音媛は胸に刻んだ。
「胸を張れ、顔を上げろ。
 お前は私の持ち合わせぬ力を持ち、私の出来ぬことを成そうというのだから」


 当初、祭祀となった穏音媛は環境の変化に馴染めず、周囲に畏まれ、傅かれる生活に慣れなかった。
 距離を置かれているようで寂しかった。
 そんな折、穏音媛は、エセルラキアに出会ったのだった。
 密かに隠れて泣いていた子供の穏音媛を、主人に泣かされた召使だと思ったかもしれない。
 彼は穏音媛を優しく慰め、それにとても救われた。
 その後も時々会うことになり、互いの身分を知ることになっても、彼は態度を変えることなく接して、それが、とても嬉しかった。


◇ ◇ ◇


 子供の頃は読まなかった本も、悪くはないと思い始め、読み始めたが、大概途中で寝てしまう。
 けれどそんな一時を、レキアは悪くないと思っていた。
 その内、誰か友人が起こしに来てくれるだろうか。
 揺り起こされる時が、実は更に好きだった。
 こんな平和がずっと続いて欲しい。いや、守り抜こうと思う。
 そんなことを考えながら、レキアは眠りに落ちて行く。

「……あーあ、またこんなところで寝て……。ほら、レキア?」


△ △


「ふわぁ……」

 七刀 切(しちとう・きり)は、大きな欠伸をしながら目を覚ました。
 うーん、と伸びをする。
 事件が終わり、もう前世がちらつくことはない。だから、これはただの夢。
「あんたは守れたよ、ちゃんとな」
 切は呟き、ふ、と息を吐いて、再びごろりと横になる。
 出来れば、夢の続きが見れるといい。そう思いながら。