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【蒼空学園・3】


 なんて暴れると思った?

 そんな、おちゃめな声が聞こえてきそうなほど、あっさりと発明品がその存在ごと目の前から消え去った。
 いや、正確には、暴れだそうとした。発明品は誰彼も見境なく顕微鏡で獲物、つまり洗濯物をサーチし、豪速で迫って皆へ突進するかの勢いまま消失したのだった。
 ただ、存在していた証として、そよ風が余韻に残る。
「え?」
 シェリーが驚きで声を上擦らせる中、アレクが「ついでにあれも」とジェスチャーした一瞬後には御雷――ハデスの姿もその場から『転移』に消された。
「ここも不審者が居るのか」
 油断も隙も無いと片手で顔を覆って呻く破名にシェリーは振り返った。
「クロフォード?」
「シェリー。此処は学校だ。何が起こっても不思議はないぞ」
 どうして消えたのかという質問が飛んでくる前に破名は適当に嘯(うそぶ)き、踵を返す案内の生徒達に続けとシェリーを促した。
 転移の能力を持っている破名が驚いていないことに、彼が発明品や御雷をこの場から消し去った本人だとわかった契約者達はそれ以上疑問に思うこと無く追求もなかった。ナオがシェリーに行きましょうと誘う。
「何処に飛ばした?」
 皆が動き出す中、アレクは歩き出さずに右手で顔を覆ったままの破名に気づいて声を潜めた。
「さっきの氷の部屋だ。不審者同士共に頭を冷やせばいい」
 破名は知らないが、本日不審者と彼に呼ばれた二人は祖先子孫の関係である。先日プラヴダの駐屯地で彼等が咲耶をメカにした挙げ句人質ごっこをしたらしいと報告を受けていたアレクはそれを知っていた為、彼等が揃って氷の反省室に居る姿を想像し、ふっと笑いを吐き出している。
 その間破名は手をどけて、未だ能力を起動させたままなのか銀の眼を気怠そう半眼にさせ、溜息を吐いた。
「先に行っててくれ。咄嗟だったから洗濯機をどこに飛ばしたのかわからん。ログを読み直して、御雷と同じ場所に移し……本人に返しておかないと」
 何だかんだで手間暇心血注いで造り上げたのだろう作品を紛失したままでは申し訳なかった。
「もしかしたら二人仲良く……かもしれないが、まぁ、いいだろう」
(洗濯物と誤認されて暴走に巻き込まれるだろうが、心洗われて新しい人生に目覚めるかもしれないし。
 それ以上考えなくてもいいよな)



 校内施設案内はどたばたで終わり、ジゼル等と分かれて一行は未来人の少女との待ち合わせ場所へ向かった。
 この学園を設立した御神楽環菜と彼女の夫御神楽 陽太(みかぐら・ようた)。彼等の子孫に当たるのが未来人の御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だ。既に待ち構えていた彼女は見学者達が見えると微笑んで、挨拶する。
「こんにちは。今日はゆっくりしていってくださいね」
 金の髪に赤い瞳、白い肌の美少女の丁寧な一礼に、ハデスの起こしたトラブルで浮ついていたシェリーの心は一瞬にして静けさを取り戻した。
「私舞花は皆様に『探偵研究会』をご紹介させていただこうかなと思います」
 探偵研究会。他ならぬ舞花自身が作った部活である。
 ミステリィや探偵的な事柄を調べたり、話したりして楽しむという主旨を掲げ活動を目的とした部活。
「なんですが、その……まだ殆ど活動していません。
 逆に言うと、部室は静かですし、一人でのんびり読書に耽(ふけ)るには最適な場所です」
 言って、皆を部室の中に誘(いざな)う。
 カーテンをよけて、錠を回し、窓を開け放つ。待っていましたとばかり、外の風が室内に雪崩込んだ。横によけられただけでまとめられていなかったカーテンが風を孕んで微かに膨らみ、優雅に揺れた。
「推理小説を中心に蔵書量は多いですしね」
 その蔵書も舞花が一人でこつこつと集めたものだろう。
「お兄ちゃんの部屋みたいね」
 ミリツァがアレクを見上げ呟く。兄の部屋のあちこちに落ちているそれが推理小説でない事は彼女も知っているが、量を指したのだ。
「席はあまりないですが、どうぞ座って下さい」
 言って、舞花は備え付けの簡易キッチンへと移動した。ここで今舞花がそうしているようにお茶を淹れたり、また料理を作ったりできる。
 運ばれてくるお茶が並べられるのをナオの隣りに座り待っていたシェリーは、席についた舞花に、あのね、と声をかけた。
「探偵研究会は舞花が作った部活なのよね? 部活って自分でも作れるの?」
 パンフレットに並ぶ部活紹介の欄は部活名と簡単な紹介のみで、シェリーはてっきり全て学校側が用意していたものと思っていた。生徒が自由に新しく作るなんて考えもつかない。
「はい。勿論、それに見合うだけの条件を満たしてなければいけませんが、学校に申請書を出して手続きをすれば自分でも作ることができます」
「私でもできるの?」
「はい」
 舞花ににこやかな顔で頷かれ、シェリーは想像し、顔を赤らめ、ほう、と溜息を吐いた。
「私は真似出来そうにないわ。舞花は勇気があるのね」
 部活を発足し維持させる舞花の情熱がシェリーは羨ましく思う。
 ほんの十分か十五分ほどと短い時間だけだったが、普段は心安らぐ物静かな部室は、談笑に賑やかな雰囲気に満たされていた。
 では、ありがとうと別れを告げるミリツァ達に舞花は予め用意していたそれをポケットから取り出した。
「部室のスペアキーです」
 舞花が差し出してきた鍵にミリツァとシェリーが何故そんな物をと困惑の表情を浮かべる。
「記念品としてお渡ししようと思って用意いたしました。どうぞ受け取って下さい」
 仮部員扱いで望めば好きな時に部室を使えるようにとの舞花からの配慮だったが、シェリーは説明を聞いて落ち着きを無くした。
「あの、あのね。その、気持はとても嬉しいんだけど、ごめんなさい。私貰えないわ」
 どうしてと小首を傾げた舞花に、シェリーは胸の前で両指を組んだ。
「だって、私この学校に入るかどうかわからないの。そんな鍵だなんて。そんな大切な物、こんな初めて会った私みたいな……ううん。本当に貰えないわ」
 と、舞花の誠意にごめんなさいとしか言えない言葉の少ない自分が恥ずかしく、思わずミリツァに助けの視線を流してしまった。ミリツァは口を開く。
「大変申し訳ないのだけれど、私達はこの学園の部外者であるし、探偵研究会は舞花が立ち上げた部活で、その部室は大切な場所なのでしょう?
 だからこそ今は受け取れないわ。
 もしこの蒼空学園に入学が決まったら、その時に改めて頂けるかしら? 勿論あなたさえよければだけれど。
 それまでミリツァは、舞花の気持ちを頂いておくのだわ」
 微笑むミリツァに自分も同じ意見だとシェリーは頷く。
「ごめんなさい。でも、ありがとう」と、舞花に自分ができる精一杯の表現で感謝を表した。
 



「ミリツァさんはお久しぶりですね」
 ようこそと恋人の高円寺 海(こうえんじ・かい)の腕を取って、杜守 柚(ともり・ゆず)は見学者達へと近づく。
「でも改めて挨拶させて下さい。『先輩』の杜守柚です。今日はよろしくおねがいします」
 『先輩』と強調してしまうのは柚が、時に中学生と間違われてしまう自分を気にしているからだろうか。
 同じ学校に通うとしたら後輩に当たるだろう見学者達に、挨拶を終えた柚は一文字に引き締めた唇の端をきゅっと持ち上げ凛々しい表情を作る。
「高円寺海だ。よろしく」
 そんな彼女に、何をそんなに緊張しているのかと薄く笑った海もまた短く自己紹介した。
「では早速ですけど、どこか行きたい所はありませんか?」
 今までの在校生達は此処を案内したいと引っ張っていってくれたが、柚の場合は見たいところに連れてってくれると言う。
 シェリーは慌ててパンフレットを開き、ミリツァとナオを呼んだ。
 柚の素直な性格が滲んだ柔らかい声が説明に廊下に響く。
 目的の場所に向かいながら、柚は扉が見えれば「そこは教室です」とか「そこは職員室です」と紹介し、その度に「何か質問はありませんか?」と優しく聞いてきてくれるので、シェリーは指をさした。
「あの、あれは何?」
「あれは掲示板です」
「掲示板?」
「進行方向ですし見に行きましょう」
 廊下の突き当りに見える掲示板に興味が惹かれたらしいシェリーに、柚は行こうと誘った。
「文字がいっぱいね」
 掲示板に張り出されている紙を眺めてシェリーは、ほう、と溜息を吐く。告知の全てがシェリーの知っている公用語ではなかった為、彼女は『文字』と言い表したのだ。改めて学校には沢山の人種が集まっていると思い知る。
「学校のお知らせとかイベントとかそういうのばかりですけど、生徒から見たら重要な情報源ですよ」
「大体の生徒は掲示板を見て学校内で何が起きているのかを知る知らせやイベントだけじゃなくて、処分された生徒の名前が張り出されることもある」
 柚の後を引き受ける形で海が言う内容にシェリーはきょとんとする。
「処罰?」
「悪いことをしたら全校生徒に名前が広まるんですよ」
 硬い表現の海に少しだけ笑って柚が付け足した。
 悪いことをしたら名前が広まる。知らない人間にまで自分の素行を知られるなんて、とシェリーは驚きにミリツァの服の裾を掴んだ。ミリツァはそれに気がついて、シェリーの手をそっと自分の手に重ねてやる。
「でも、そいうのは少ないです。それ以上にイベントが多いですからね。ほら、あっちの紙には来週のイベントのお知らせがあります。一緒に盛り上がる人募集って、何をやるんだろうって想像するだけで楽しくなりませんか?」
 そのイベントってどんな内容なのから始まった質問と応答を繰り返した後、柚はにこり、とする。
「では、屋上に行きましょう。リクエストがなければ私もおすすめしようと思ってた場所なんです」
 張り切って!と言う風に、柚は海と共に先導に前を歩き始めた。
「屋上から見える景色はとても綺麗なので是非見て欲しかったんです。
 あの、
 本当に蒼空学園は良いところですよ。入学してくれたら嬉しいです」
 ふんわりと微笑む柚。
 そんな心暖まる笑顔に、こんな優しい人が先輩としているなら、それも素敵ねと、シェリーは思うのだった。