空京

リアクション

　
「やあ、良い天気ですね、海水浴日和です」
　守屋　輝寛（もりや・てるひろ）は、夏の暑い日差しを目一杯に剃りあげた頭に反射させていた。まるで太陽が二つあるような気さえする。
「ふふ、やはり海はいいですね。来たかいがありました」
　パートナーの大祝　鶴姫（おおほうり・つるひめ）も海に来れたことを喜んでいた。
　ところが、しばらくすると――
「うぅ……こ、この剃りあげたヘアスタイルには日差しが強すぎ……る」
　夏の容赦ない日差し攻撃を受けた輝寛の頭部は、完全に茹で上がってしまっていた。
　足元がふらつく。意識まで段々と遠のいてきた。
「と、殿っ！　殿っ！？」
　鶴姫の慌てたような声が耳の奥に残響を残し――
「！？　っ、こ……ここは？」
　次に輝寛が目を覚ましたのは、救護テントの簡易ベッドの上だった。
「殿っ！　ご無事でしたか！？」
　ベッドの横には、泣き崩れた顔の鶴姫がいた。
「うぅ……もしかして、ここまで運んでくれたのですか？」
　輝寛の問いに、鶴姫は何度も首を縦に振る。どうやら、輝寛が目を覚ましたのが感無量で声にならないようだ。
「迷惑をかけました……申し訳ない。これからの季節は、帽子で被ることにします」
　この後、鶴姫の懸命の看病によって無事に回復した輝寛の頭には、鶴姫が海の家で買ってきたオレンジ色の海水帽が被せられた。今日集まった生徒の中で、誰よりもそれが似合っていた。

「ん？　アチラに、気絶した美男子がいらっしゃるようですわね！　行きますわよ！」
　ジュリエット・デスリンク（じゅりえっと・ですりんく）は、双眼鏡から目を離し嬉々としてパートナーの岸辺　湖畔（きしべ・こはん）を連れて飛び出した。
「そこの殿方、お身体のほうは大丈夫でしょうか？」
　天使のような優しい笑みを浮かべつつ、ジュリエットは倒れた男子生徒の意識を調べる。
「なるほどなるほど。喋れる程度の意識はあるようですわね？　それじゃあ、これから救護テントの方まで運びますけど、ニつだけ聞かせてくださいます？　あなた様のご実家はどのような御身分でしょうか？　それと、あなた様の年収はどれぐらいでしょうか？」
　早く救護テントに運んで欲しい男子生徒は、ジュリエットの質問に朦朧としつつも正直に答えていく。
　そして――
「ご実家は普通のサラリーマン階級！？　年収はアルバイトで百万円以下ですって！？　……失格。湖畔、手伝いなさい！」
「うん！　わかった！　それそれぇ！！」
　今までの天使のような笑みから一転して憤怒の悪魔となり、ジュリエットは湖畔と共に男子生徒を足蹴にして海に突き飛ばした。
「ふん！　日射病ならそこで身体でも冷やして、脱水症状なら塩水でも飲んでなさい！」
「お大事にね〜♪」
　この日、ジュリエットたちから足蹴にされた生徒の数は数十人にのぼり、無事に救護テントまで運んでもらった生徒は一人もいなかったとか。

「うーんうーん、もうダメですーお腹が破裂しそうですぅ……」
　海の家の片隅では、相変わらずエメネア・ゴアドー（えめねあ・ごあどー）がパンパンに膨れたお腹でのた打ち回っていた。
「あ、あの、大丈夫……ですか？」
　エメネアと一緒に海の家に来ていたアレナ・ミセファヌス（あれな・みせふぁぬす）が、懸命に看病に励んでいたが、なかなか腹痛は治まらないようだ。
　――と、その時。
「あ、あの……おせっかいかもしれないけど、お薬もらってきたわ」
「ほら、これを飲めばいくらか楽になるぞ？」
　エメネアがあまりにも苦しそうなのを見かねて、桜華　水都（おうか・みなと）と、パートナーのクーリッジ・メイデンシュトルム（くーりっじ・めいでんしゅとるむ）が救護テントから駆けつけてくれたのだった。
「うぅ、ありがとうですぅ」
　水都たちから薬を受け取ったエメネアは、さっそく薬を服用する。
「まだ……しばらくは横になっていたほうがいいと思うわ」
「薬が効くまでに、もう少し時間がかかるからな」
　そう言って、二人はアレナを手伝いエメネアの看病に励んだ。
「皆、すごく楽しそうね……」
　ふと、ビーチではしゃぐ生徒達を見て水都が呟いた。
「だったら、おまえも泳ぎに行けばいいじゃないか」
「ううん、いいの。見てるだけでも楽しいし、ね」
「……まあ、言われてみるとそうかもしれないな」
　たしかに、ビーチで仲良くはしゃぐ生徒達は、見ているだけでも面白かった。
「それに……」
「ん？　それに、なんだ？」
「私たちには、看病があるしね」
　そう言って優しく微笑む水都。
　彼女達の看病によって、この後エメネアは見事復活し、再び海の家で食べまくったのだった。

「うぅ……けっこう、スタイルの良い人がいっぱい居るなぁ。それに比べて私は……」
　海の家の片隅で月島　悠（つきしま・ゆう）は一人嘆いていた。自分の胸について。
「十二星華のセイニィって子にも負けてるし、カヤノって子も……私より起伏ある体してるよね。はぁ……やぱり、こんなところ来るんじゃなかったなぁ」
　重いため息が、海の家の片隅を暗い雰囲気に変えていく。
　そんなときに現われたのが、パートナーの麻上　翼（まがみ・つばさ）だった。
「ゆ、悠くん……何ですかその格好？」
　実は、悠は自分の見た目と胸を考えた結果、教導団の男子公式水着をはいて、胸部にはサラシを巻きつけていたのだ。
「いくら見た目が男だからって……男子用水着着ること無いんですよ？　ほら、このワンピースタイプの水着に着替えたらどうですか？　これなら、胸がぺったんこで、絶望的な絶壁少女が着ても似合うはずです！」
　翼は、密かに用意してきていたワンピースタイプの水着をサッと鞄から取り出した。
「で、でも、ちゃんと学校指定の着なきゃ不味いんじゃないの？」
「何固いこと言ってるんですか？　今日は任務ではないから、何を着てもいいんですよ？」
「そっか。確かに任務外だから、自由に着ても良いのかも……あぁ、こんなことだったらちょっと大胆に、ビキニでも着てくればよかったかなぁ？　エヘヘ♪」
　悠の中に、何か正体不明の希望が溢れてきた。
「あ、一応ビキニも用意してますよ？」
「本当っ！？　それじゃあ、今日は思い切ってビキニにしちゃおっかな――」
「でも、絶壁にビキニだと着てる人が可愛そうに見えますよねぇ。なんだか、色つきのタオルでも巻いてるんじゃないかって思います。あ、それでもあえてビキニを着るというなら止めませんよ？」
　ニヤニヤした翼の笑顔。
「うぅ……やっぱり恥ずかしぃよぅ」
　悠は、もう二度と海に近づくことはなかった。
　だが、それでも翼の顔はニタニタでニヤニヤで満足していたという。

「ふふ、みんな楽しそう。こういう平和な時間っていいわね」
　海の家からまったりとビーチを眺めるアピス・グレイス（あぴす・ぐれいす）は、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ、シリル。そろそろお腹も空いたし、何か食べましょう――って、あら？」
　アピスがパートナーのシリル・クレイド（しりる・くれいど）を呼んで振り返ったのだが、彼女の姿がどこにもない。先ほどまで、遊びつかれたから後ろで少し休むと言っていたはずなのに。
「シリルー？　どこー？」
　海の家中を探すアピス。
　すると――
「おねぇちゃんにコレあげる！」
　海の家の片隅で、一人の女子生徒と話すシリルを見つけた。
　どうやら、何かを渡しているようだ。
「コレさえあれば、おねえちゃんもたっゆんたっゆんのぼいいんぼいいん！」
　シリルが手に持っていたのは――胸パッドだった。
「し、シリル！　何してるのよ、こっちに来なさい！」
　アピスは慌ててシリルの腕を掴み、その場から立ち去った。
「もぉ！　変なことしちゃダメじゃない！」
「でも、おねぇちゃんアリガトウってよろこんでた！」
「だ……ダメなものはダメなの！」
　そのあと、アピスはシリルをずっと見張っていたのだが……実はシリルの存在が絶壁少女たちの間で幸せの使者という都市伝説となったのを、本人達は知るよしもなかった。

「いやはや。戦いから離れているせいか、生徒達の笑顔がいつも以上に眩しいな」
　海の家で生徒達を見守るマフディー・アスガル・ハサーン（まふでぃー・あすがるはさーん）は、どこか嬉しそうに見えた。
「たしかにパラミタ大陸は、何かと争いが絶えませんからね。子供であるはずの生徒たちは、本来こうあるべきなのかもしれません」
　馬良　季常（ばりょう・きじょう）も嬉しそうだ。
「こういう平和な時間がいつまでも続けばいいのだがな……」
「本当に。私もそう思います」
　パラミタ大陸に来る以前から争いの歴史に巻き込まれていた二人は、心のそこから生徒達の平和を祈っていた。
「しかし……少しハメを外しすぎている奴もいるようだな」
　ビーチバレーと水上騎馬戦の負傷者は増える一方だ。皆、本気で攻撃し本気で魔法の撃ちあいになってきている。
　そして――
「まったく、少し注意するべき――がっはぁ！？」
　一人の生徒が放った強力なスパイクがネットポストで跳ね返り、そのままマフディーの顔面へと飛んできた。
「お、お前ら……コラー！！　待たんかぁ！！」
　このあと、逃げる生徒と追うマフディーによるビーチ鬼ごっことなり、馬良はそれを微笑ましく思い眺めているのだった。

「あら？　料理も救護も人手は間に合ってるみたいね？」
　厨房と救護テントで何か手伝おうと思っていたエルサーラ　サイジャリー（えるさーら・さいじゃりー）だったが、もう人数は足りているようだった。
「それじゃ、肌でも焼こうかしら？」
　そう言って、用意してきていたマットとサンオイルを準備するサイジャリー。
「ふふ〜ん♪」
　ご機嫌な様子で準備を進めるサイジャリー。
　そして準備が整った彼女は――
「ねぇ、ペシェ。背中にサンオイルぬってくれる？」
　パートナーのペシェ・アルカウス（ぺしぇ・あるかうす）呼び、透き通るような肌をあらわにした。
　だが……いつまでたってもペシェが来ない。
「ペシェ？　どうしたのよ――って、何やってるのよ！？」
　サイジャリーが振り返ると、ペシェは日陰に隠れていた。
「無理だよー。ゆるゆるには、この日差しは暑すぎるんだよー」
　そう。毛皮の厚いゆる族にとって、夏の日差しは殺人的とも言えた。決して中の人が云々かんぬんというわけではない。
　しかし、それでもサイジャリーはペシェを色々と脅し、強制的にサンオイルをぬらせた。
　その結果――
「もう、なさけないわね！　アレぐらいでへばるなんて！」
　結局、熱射病と脱水症状で倒れたペシェを、サイジャリーが介護して料理で元気付けることとなったのだった。