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リアクション
SCENE・2
かりかりかり……
大草義純(おおくさ・よしずみ)は壁にチョークで奇妙なマークを書きながら歩いていた。自分の好きなホラー映画に出てくる記号などだが、本人以外は分からない。
「確かこんな感じだった気がする」
大草が夢中になって書いていると、
ぽんぽんっ
「うわあ!」
突然肩を叩かれた大草は、悲鳴を上げて振り向きざまに殴るが、拳は空を切る。
「ごめんごめん!」
大草は声のする下のほうを見ると、一乗谷燕(いちじょうだに・つばめ)がしゃがんでいた。一乗谷は立ち上がりながら、笑顔で言う。
「独り者同士、一緒に行こか?」
ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)は引き攣った笑顔で歩いていた。
「フン、他の奴らには任しておけない。僕が化け物を倒してやろう!」
「あのブレイズ、もっと早く歩きませんか? そんなにゆっくりでは……」
隣でマッピングしているパートナーのロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)は、後ろを見て言う。
二人の後ろには、椿薫(つばき・かおる)が後ろを警戒しながら歩いている。ロージーはブレイズの氷上を歩くような足取りに、後ろを警戒してくれている椿が、何度も困った顔で立ち止まっているのを気にしていた。
しかし、ブレイズはロージーの言葉に違う解釈をする。
「何? ロージー! それは一刻も早く脱出したいということだなっ? いいんだぞ! 無理をしなくても! 僕は化け物退治をしたいのは山々だが、お前がそこまで言うなら仕方ない! 今すぐ帰ろう!」
「いえ、あの、ブレイズ、そうではなくて……ひょっとして、怖いんですか?」
「は? 怖い? この僕が? ホワーイ? 怖いなんて感情は僕は知らないな。ハハハハ」
ブレイズは通路の曲り角でロージーに向き直り、高笑いを上げる。ロージーはボソッと呟く。
「そんなに大声を上げて、化け物が寄ってこなければ良いですが」
ロージーの言葉にビクッと体を震わせ、勢い良く周りを見回すが、何も動く気配がない。ブレイズは安堵に胸を撫で下ろしながら、不敵に笑う。
「ロージー、化け物ごとき寄ってきたところで、僕の敵ではない! 僕の力を思い知らせてやろう! フフハハハハ」
ブレイズは再び高笑いを上げるが、角から白い手がにゅっと伸びてきて、ロージー達が何かを言う前に、ブレイズの肩を叩いた。
「え?」
ブレイズが恐る恐る振り返るが、そこには闇が広がっているのみ。
「うどわあぁぁ! 出たぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!」
ブレイズはロージーと椿を突き飛ばし、地下水路中に悲鳴を木霊させ逃げていく。
「待ってください! そっちはまだマッピングが……!]
ロージーもブレイズの後を追って走っていく。
残された椿は、白い手の持ち主に視線を向けた。
「こういう場面で、その悪戯は危険でござるよ」
しゃがんでいた一乗谷は、気まずそうに笑いながら立ちあがる。
「あらら、冗談やったのに。可哀そうなことしたな」
大草も一乗谷の後ろから現れ言う。
「燕さん、だから僕はやめようって言ったのに」
「ま、まあま、そないに言わないでも。ちょいとしたお茶目で……」
大草と一乗谷が言い合っている時、椿は水路を見つめていた。椿達がいる場所よりも後方の水面に、水紋が広がっている。水紋はポツリポツリと椿達のほうに近づいてくる。
嫌な予感がした椿は、一乗谷たちに警告を発する前に、水紋がピタリと静まる。しかし、椿の嫌の予感は強くなっていた。懐中電灯で黒い水面の異変を探すが見つからない。
「どうしたん?」
一乗谷も椿の様子に気づき、一緒に水面を覗き込む。
バシャッ!
その時、一人離れていた大草の背後で、水から黒い子供が飛び出し、大草のすぐ傍に着地する。大草は足が竦んで動けない。
「大草はんを頼みます!」
「承知した」
一乗谷は大草の前に立ち、剣を振りながら化け物を牽制する。椿は動けない大草の腕を掴み、引きずるように化け物から後退する。 一乗谷に正面から化け物と戦う気はない。椿が大草をある程度まで引き離したのを横目で確認して、
「バーストダッシュ!」
一乗谷の体がふわりと浮き、勢い良く後ろに飛ぶが、
「あ、あかーん!」
一乗谷は叫びながら、後ろに下がっていた椿たちの目の前の水路へ落ちる。
化け物は水路へ落ちた一乗谷に近づくが、その前に顔面蒼白だった大草が黒縁眼鏡を投げ捨て、銃を構えた。
「わりゃ、えーかげんにせぇよ!」
ダダダダッ!
口調さえ変わった大草は、化け物にスプレーショットを浴びせるが効いている様子はない。しかし、化け物の注意は一乗谷から大草に移り、その間に椿は水路に落ちた一乗谷を引き上げ背負う。
「大草殿! ここは退却でござる!」
「チッ! ワレ、許さんからな」
大草は舌打ちをして、投げ捨てた黒縁眼鏡を拾って退却した。
緋桜ケイ(ひおう・けい)は有沢に他の人間は信用できないと言ったが、別に心から思っているわけではなかった。本当はわざと一人になって、手っ取り早く化け物をおびき出して退治してやろうと思っていた。一人で退治できる自信もあったわけだが。
「きゃあああ!」
今は女の子のような悲鳴を上げ、何かを叩き落とそうと顔や服を叩いている。緋桜はモンスターやお化けなど怖くはなかった。ただし、『黒い悪魔』だけは駄目だった。その『黒い悪魔』は、よりによって緋桜の顔に張り付いたのだ。『黒い悪魔』の正体は……、
「ゴキブリやだぁぁー!」
緋桜は心の底から絶叫した。
「おや?」
カルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)は甲高い悲鳴を聞き、眼を輝かせた。
「この声は……女の子! 助けに行かないと!」
カルナスは悲鳴が聞こえたほうに走っていく。実はカルロスはその前にも悲鳴を聞いていたが、その前は低い男の声だったので放置をしていた。
男が化け物に襲われようと知ったことじゃないが、女の子は助けないとな!
カルナスの足取りは軽く、あっと言う間に現場に到着する。そこには半狂乱になっている緋桜がいた。一応、剣を抜いていたカルナスだが、辺りに化け物の気配がないことを確認して、剣を鞘におさめる。
「きゃあ! ゴキ……ゴキブリがー!」
カルナスは未だに手足をバタバタさせている緋桜を抱き締める。
「大丈夫。ゴキブリはいないよ」
カルナスが何度も言い聞かせると、緋桜はようやく落ち着き取り戻す。カルナスは間近で緋桜の顔を見て、心の中でガッツポーズをするが、表面上は爽やかな顔で緋桜の涙を指で拭ってやる。
「もう大丈夫。このカルナス・レインフォードが来たからには心配ないよ。ウィッチのお嬢さん」
「ウィッチィ?」
お嬢さんとは思えない低い声が、緋桜の口から出される。カルナスが間違いに気づく前に、緋桜の強烈な突き飛ばしと怒声を浴びさせられた。
「俺はウィッチじゃねえ! ウィザードだ!」
「ゴホゴホゴホッ! お、男〜?」
カルナスは突き飛ばされ咳込みながらも、それ以上に緋桜が男であることにショックを受ける。
「あんた! どこに目を付けてんだ……」
カサカサカサ……
地下水路に入ってから聞き慣れた、おぞましい音が緋桜の耳に入る。。
「ひっ!」
緋桜は全身に鳥肌が立ち怯える。
「なんだぁ?」
カルナスは緋桜が男であるとわかった時点でやる気をなくし、面倒そうに懐中電灯の光を音のするほうに向けた。
「クルードさん、どうしたんですかぁ? 元気ないですね」
ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)は重い足取りで歩くクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)に話し掛ける。クルードのパートナーのユニは、対照的に軽い足取りである。ユニは懐中電灯の光をクルードに当てる。
「はあ……孤立は危険だと言っているのに、ずかずかと……」
クルードはユニの懐中電灯を前に向けさせ、重い溜息を吐いた。ユニは笑顔でクルードの腕を取り、ずかずか進んでいく。
「仕方ないじゃないですかぁ。みなさん、先に進まないんですもの。あっ!」
ユニは足を止め、小さく声を上げる。クルードも前を見ると、人の大きさほどの黒いゴキブリが仁王立ちになり、カルナスと緋桜に迫っていた。
「ユニ! 行くぞ!」
クルードが駆け出すと、ユニは弾んだ声で返事をする。
「はい! 楽しそうですね!」
「ちょ、離せって!」
「ゴキブリぃ! もうヤダー!」
緋桜は泣き喚き、カルナスの腰にしがみつく。身動きが取れないカルナスのほうが泣きたかった。そこへクルードたちが駆けつける。
クルードはカルナスたちの前に立ち、光条兵器を呼び出す。
「銀閃華!」
ユニの服が破け、眩い銀色の光に包まれた身の丈ほどもある野太刀が出現する。クルードは『銀閃華』の柄を掴み、
「はあ!」
化け物を袈裟切りにするが、切り落とされた箇所は、水路から水が這い上がり補っていく。クルードは舌打ちする。
「ちっ、水のモンスターか!」
それを聞いた瞬間、緋桜はすくっと立ち上がり、化け物に対峙する。
「モンスターなら怖くないぞ! くらいやがれ!」
緋桜が出現させた火が化け物の体を燃えさせ、化け物は水路へ飛び込み消えて行った。
クルードは突然の緋桜の変化に対処できずに立ち尽くしていたが、横でカルナスがユニに話しかけているのに気づく。
「ありがとう! キミこそオレの勝利の女神だ!」
クルードは眉間に深い皺を寄せたが、
「そんなことないですよぉ。あっ、お二人とも喉が渇いていませんか? 私が作った栄養ドリンクいかがですか?」
ユニはカルナスと戸惑う緋桜にお手製栄養ドリンクを渡す。カルナスは喜々として一気飲みをしたが、緋桜が飲もうすると、クルードは手で制する。怪訝な顔をする緋桜の耳元で低く呟いた。
「……体を壊したくなければ止めておけ」
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