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都市伝説「地下水路の闇」

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都市伝説「地下水路の闇」

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SCENE・4 

「私たち……迷子になってしまったんですね」
 高潮津波(たかしお・つなみ)が不安を抑えるように静かに囁く。前を歩く永夷零(ながい・ぜろ)が振り返る。
「心配すんなって! どうせ化け物の噂だって、本当かどうかわかんねえしさ。それに、高瀬サンのパートナーと俺のパートナーも一緒だしよ」
 永夷が後ろを指差す。高瀬が振り返ると、永夷のパートナーのルナ・テュリン(るな・てゅりん)と高瀬のパートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)が、かなり後ろのほうで仲好く腕を組んで歩いている。二人とも機昌姫で、最初にルナがナトレアにシンパシィを感じて、地下水路でも永夷を引きずって追ってきたのが、迷子になるきっかけだった。
「そ、そうですね!」
 明るい永夷の笑顔に高瀬も頷くが、その笑顔は引き攣っていた。永夷は何とか少しでも安心させてやりたいと思い、躊躇いながらも小さな高瀬の手を握る。
「永夷さん?」
 高瀬は驚き永夷の顔を見るが、永夷は赤い顔を前に向けたまま言う。
「こうしていれば、お互い何があっても離れることはないし……何よりも俺の心が強くなる気がするから」
 高瀬は泣きそうな顔で頷き、永夷の腕に抱きついた。永夷はさらに強く高瀬の手を握った。
 そんな二人の背後に黒い人型の化け物が忍び寄っていた。
バチャッ!
 水路から突然黒い人型の化け物が飛び出し、ルナたちと永夷たちの間を分断するように立ち塞がる。
「きゃあああ!」
 最初に悲鳴を上げてしまったのは、高瀬だった。化け物は高瀬のほうを見ると、ゆっくり四つん這いになりながら近寄ってくる。
 永夷は悲鳴を上げる高瀬の手を引っ張り、化け物の向こうにいるであろうルナたちに叫ぶ。
「ルナ! 俺は高瀬サンを連れて逃げる! お前たちも逃げろ! 後で連絡する!」
「わかりました! ボクはナトレアと逃げます! ゼロも頑張って下さい!」
 姿は見えないルナの声を聞きながら、永夷は高瀬を連れて逃げていく。
 しかし、高瀬の息が上がって、走る速度も落ちていく。永夷は高瀬にスピードを合わせるので、当然、背後にいる化け物との距離は縮まっていく。
 くそっ! 俺が囮になって、その間に高瀬サンだけでもルナたちと合流させて……。
 永夷がそんなことを考え始めた時、
ビュッ!
 空を切る音とともに、高瀬を引っ張っていた腕がグンと重くなる。
「いや! 永夷さん! 助けて!」
 高瀬の悲鳴で振り返ると、高瀬の腰に黒い触手が絡まり、ズルズルと水へと引き摺っていく。
「この化け物! 高瀬サンを離せ!」
 永夷はアサルトカービンを構え、化け物の頭部のような場所にスプレーショットを打ち込む。
ダッダッダッダッ!
 しかし、弾は全て化け物に吸い込まれていく。攻撃が効かないと知った永夷は銃を捨て、引き摺られていく高瀬に覆い被さるように抱き締めた。
「やめろ! やめてくれ! 連れて行くなら俺にしろ! 高瀬サンを放してくれっ!」
 恐怖で薄れていく高瀬の耳に永夷の悲痛な叫び声が残った。
しゅるっ
 気を失いグッタリした高瀬の体から、黒い触手が解かれる。触手は気絶した者には興味が失せたように、水の中に消えていく。
 
 
「さぁ、永久殿……参ろうか?」
 クロード・ライリッシュ(くろーど・らいりっしゅ)は静かな笑みを湛え、パートナーの戒羅樹永久(かいらぎ・とわ)に問いかける。永久は顔を真っ青にして首を横に何度も振るが、クロードは永久の返事を無視してどんどん奥へと進んでいく。
「ク、クロ! 待って!」
 永久は慌ててクロードの背中にピッタリ張り付く。クロードの服の端を握りしめ血の気のない顔色だが、しっかりクロードに禁猟区を張ってある。
 しばらく何事もなく進むと、前方の曲がり角からひょっこり夏野夢見(なつの・ゆめみ)アーシャ・クリエック(あーしゃ・くりえっく)が現れた。
「ひゃあ!」
「きゃあ!」
 永久は悲鳴を上げ外套で顔を隠し、夏野とアーシャは永久の悲鳴に驚き思わず抱き合った。
 クロードだけは冷静に夏野の服装を確認し、同じ教導団だと知る。
「び、びっくりしたぁ。声にびっくりしちゃった。お姉様も大丈夫?」
 夏野は胸を押さえながらアーシャに訊く。アーシャも同じように胸を押さえながらも、クロードの抜き放っていた剣先から視線を逸らす。それを見た夏野は、クロードに言う。
「ごめん。悪いんだけど、お姉様は尖端恐怖症なの。剣先を向けるのを止めてくれない?」
 クロードが言われるままに剣先を下に向けると、アーシャはようやくクロードに向き直る。
「ありがとうございます。そちらの方は……夢見と同じ教導団の方のようですね」
 クロードは軽く自己紹介を済ませ、夏野たちも自己紹介をする。永久は女の子二人に安心したように笑顔になる。その笑顔を見て、クロードもそっと笑う。
 結局、実は迷子だった夢野たちと一緒に行動することになる。クロードは別にどちらでも良かったが、永久が夢野たちがいたほうが喜ぶと考えたからだ。
 クロードを先頭にぞろぞろ歩いていくが、
「ひゃあ!」
「きゃあ!」
 少しの物音で永久が悲鳴を上げ、その声に驚いた夏野とアーシャも悲鳴を上げるので、非常に賑やかな一行となった。ただ一人、クロードだけが黙々と歩いていく。時々、永久がクロードの服を引っ張り足を止める。
「ク、クロ。もっと慎重に歩こう! 特に曲がり角とか。女の子も一緒だしさ」
 真っ青な顔で訴える永久に、クロードは苦笑いを浮かべながらも少し歩みを緩めてやる。
 その様子を緑の瞳でじっと見つめるアーシャ。夏野は不思議に思い、アーシャに訊く。
「どうしたの? お姉様。永久とクロードをじっと見つめちゃって」
 クロードたちも不思議に思い、アーシャを見る。アーシャはにっこり優しい笑みを浮かべ言う。
「何だかクロード様たちを見ていると……萌えますわ」
 クロードたちは意味が分からず首を傾げたが、意味を十分承知している夏野は慌ててアーシャの口を押さえ乾いた笑いを上げる。
「あははは! い、嫌だわ、お姉様ったら。何を言い出すのかしら。ほほほほ……ほ?」
 永久の張った禁猟区が反応する。クロードは素早く永久の前に立つ。永久はガクガク震えながらも、メイスを構える。夏野とアーシャも構える。
カシャカシャ……
 金属が擦れる音が角から聞こえ、ソレは姿を現した。
「きゃあああ!」
 アーシャは悲鳴を上げて夏野に抱きつく。そこには全身に銀色の鋭い刃を生やした人型がいた。
 永久は全身を震わせているアーシャを見て、自分の恐怖も忘れてクロードに言う。
「クロード! 女の子の身の安全確保が大切だよ! 退却しよう!」
 珍しく凛とした態度の永久に、クロードは化け物に未練を残しつつ退却する。ただ、噂が本当だったという確信だけは胸に残った。
 
 
 地下水路の奥、椎名はブツブツ呟きながら、一心不乱に地面を探していた。ヴァーナーは椎名から少し離れて、不安げに見つめている。
 そこへ菅野葉月(すがの・はづき)とパートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)がやってきた。
「そこで何をしているんですか?」
 管野は椎名を照らしながら問いかける。しかし、椎名は緩慢な動きで一回顔を上げるが、すぐに下を見る。管野は椎名の行動に異様な感じを受け、警戒しながら近づく。もう一度問いかけようとしたとき、
「助けて下さい!」
 ヴァーナーが管野の腰に抱きついてくる。管野は抱きとめるが、隣にいたミーナは無理やりヴァーナーを管野から引き剥がした。
「ちょっと! 葉月はワタシの物よ!」
 ミーナはヴァーナーが美少女であることに気づき嫉妬したのだが、ヴァーナーはそれどころではなかった。
「椎名ちゃんは化け物に盗られちゃった携帯を探しているんです! 携帯を見ませんでしたか?」
「いや、残念ながら見てないな」
 管野は威嚇するミーナの肩を押さえながら、ヴァーナーと椎名を見比べる。椎名はこの騒動にも見向きもしない。管野はこれ以上椎名がここにいるのは危険だと思い、椎名に声を掛ける。
「僕たちはこれから脱出するつもりだ。君も一緒に行こう。夜が明けたら、僕たちも一緒に携帯を探そう」
 椎名はゆっくり首を横に振る。
「ダメだ。携帯は僕と京子ちゃんの絆なんだよ。化け物に盗られたまま放置なんてできない」
 管野は眉間に皺をよせ、ランスを持つ手に力を込める。隣にいたミーナも管野が力づくで連れて行こうとしているのに気づき緊張する。管野はヴァーナーを椎名から離し、椎名から回り込むように近づく。
 管野はランスの柄の部分で気絶させようと、椎名の後ろに回り込もうとしたが、普段の椎名では気付かなかったであろう。しかし、神経が高ぶっている椎名は管野の奇妙な動きに顔を上げる。管野は足を止め説得しようと口を開いたが、椎名の口から普段では聞いたことのない低い声が漏れる。
「光条兵器」
 椎名の手の中が光り、金色に輝くクロスボウが出現する。管野とミーナは息を飲み、ヴァーナーは悲鳴を上げた。
「椎名ちゃん! 止めて!」
 椎名は真っ直ぐ管野にクロスボウを構え言い放つ。
「俺の邪魔をするな……早くヴァーナーを連れて出て行け」