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大怪獣と星槍の巫女~前編~

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大怪獣と星槍の巫女~前編~

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第十章 奪い合い
■神殿内部 封印の間
 大きな光が打ち上がる。
 それは遥か高くにある天井をすり抜けて、空へと抜けていく。
 低い咆哮が聞こえた。
 ォォォォォオオオオオと風鳴りのように沸き上がって、辺りに響き、あらゆるものを震わせる。
 それでも、怪獣は未だ実体を得ていないらしく、ゆらりゆらりと姿がうつろっている。
 そして。
 祭壇から伸びる怪獣の首へ繋がれた光の筋が、姿を現していた。
「……グダク様。檻は全て――後は」
「分かっている。最後の枷を断とう」
 グダクが皺深く、笑んで、星槍の祭壇へと向かった。

「……本当に怪獣が復活しちゃうけど、いいの?」
 仮面を付けたイーヴィの言葉に、同じく仮面を付けたすいかが頷く。
「怪獣は他の人に倒してもらいます。それより、イーヴィちゃん――動けるようにしていてくださいね」
 すいかが滑らせた視線の先、黒い石の間を人影が走り抜けていく。

 グダクは祭壇の階段に足を掛けながら、首を巡らして咆哮する、実体の無いゴアドーを見上げた。
「今、蘇らせてやる」
 と――。

「――ッ!?」
 いずこからか投げ放たれたリターニングダガーが祭壇へと飛んだ。
 ダガーには紐が括り付けられており、それが槍にクルクルと絡まって、
「いっただきっ!」
 引っ張られる。
 ピンッと張った紐。
 次の瞬間、星槍はスポンっと祭壇から抜け、飛び――それを手に取ったのは光だった。
「これで部員獲得間違いなしっ!」
 光が満面の笑みを浮かべた刹那。
「させません」
 すいかのリターニングダガーが光を狙って放たれる。
「――わっ!?」
 光がそれを寸での所で避ける。
「光ッ! まだ!!」
 レティナの声に、弾かれるように地を蹴って飛ぶ。
 と、そこに残された虚空をイーヴィの槍先が貫いた。
「星槍を渡しなさいっ!」
「ヤダよっ――ッッ!?」
 タッ、と着地した光の体が。
 グダクの放った槍先により、吹き飛んだ。
 光の手を離れた星槍が、宙を舞って地面に転がる。
 と、ほぼ同時に。
 【パラミタの護人】の面々が、封印の間へとなだれ込んできていた。
 


 朝霧、クロス、ユウ、ルミナがホブゴブリン達を蹴散らし。
 クルード、荒巻、晶がグダクと切り結んでいた。
 そして、彼らをユニ、月夜、ライゼ、呼雪、ファルがパワーブレスやヒール、攻撃魔法で援護する。
「刀真ッ、槍を!!」
 呼雪の声に、槍を拾いに走った刀真をイーヴィが牽制する。
 そして、その向こうにはレティナに傷を癒された光とすいかが、地面に転がった槍を巡って攻防を繰り返していた。
 
「大怪獣。そんなものを復活させて、あなた達は何をするつもりですか!? どれだけの人が犠牲になるのか、考えた事があるんですか!?」
 ユニの叫びを背にクルードが、グダクを睨む目を強めた。
「絶対に……復活などさせん……ユニ! 銀閃華だ!」
「はいっ」
 ユニが己の体に手を触れ。
 紡ぐ。
「……銀の炎が、この世の全てを照らし出す……」
 ボゥッと光条兵器の持つ光が彼女の手元に灯り――
「銀光の華よ、開け!」
 破れた服の間に光が溢れ、ユニが一気に光条兵器を引き抜いた。
「クルードさん! 受け取ってください!」
 そして、クルードはユニから渡された光条兵器を手にグダクへと駆けた。
「銀光の煌き! その身で受けろ!」
 クルードの剣を受けて、かすかに後退したグダクに、晶の爆炎波が放たれる。
 そして。
 炎を掻いて槍を突き出し現れたグダクへと、荒巻のソニックブレードが叩き込まれた。
「グゥッ!?」
 グダクの苦悶に歪んだ視線が荒巻を睨み付け――
「ツァッッ!!」
「くぅっ!?」
 グダクの返した槍先に荒巻の体が飛ぶ、それを晶が受け止める。
「さけ、あまり無茶は」
「大丈夫、ですわ……それより槍は――」
 さけが走らせた視線の先。
「はいはァい返してもらうよォ」
 争う光とすいかの間を抜けて、若い黒騎士が槍を拾い上げていた。
「あー! 部員獲得用の目玉備品が――」
「わたしのシアワセ――」
 光、すいかがそれぞれ言いかけて。
「っ、星槍の存在意義を見失っておりますわ!
  元々星槍は大怪獣を封じるもの――大怪獣が復活しようとしているのに星槍を奪い合うなんて!!」
 荒巻の声が響く。

「オレは寺院だから見失ってねェよなあ」
 若い黒騎士がケケケと笑いながら星槍を手に、黒石の間を祭壇へと駆けていく。
 後を追おうとした光達はホブゴブリンや魔術師達に行く手を遮られていた。
 と――。
「えい」
 若い黒騎士の足元に、黒石の物陰からスッと槍が突き出され。
「へっ?」
 彼は見事に足を引っ掛けて、勢い良くスッ転んだ。
「のぎゃああ!?」
 ズザァっと顔面を擦る。
「今です、お姉さま!」
「ナイスよ、セリエ」
 黒石の物陰から、ビッと親指を立てつつ祥子が飛び出して、地面に転がった星槍を拾い上げようよする
 地下通路を経て封印の間に乗り込んでいた祥子とセリエは黒石の間でチャンスをうかがっていたのだった。
「――のやろォ」
 若い黒騎士が擦った顔面を撫でながら、顔を挙げ、星槍の方へと己の槍を突き出す。
 祥子の手が星槍に触れる直前。
 星槍は若い黒騎士の槍先によって、思い切り空中へと跳ね上げられた。
「チッ!!」
「舐めた真似しやがって……覚悟ォ出来てんだろなあ!!」
 そして、若い黒騎士が祥子達を睨みながら、立ち上がる。

 高く跳ね上がった星槍が、何度目か地面に転がり滑った。
 それを拾いあげるために群がろうとしたホブゴブリン達を。
 アシッドミストの酸が焼く。
 地に悶えるホブゴブリン達の呻き声を聞きながら。
「クックックッ……私たちって、ツイてるのね」
 正面口通路を抜けてきていたメニエスが星槍を手に取った。
 そして、星槍を追ってこちらへと向かって来ていた刀真、光、すいか、イーヴィの方へと、ミストラルがアシッドミストを放ち。
「まさか、こんなアッサリ行くなんて――驚きですね、メニエス様」
「人生なんて存外そんなものよ」
 メニエスが星槍を確かめるように、目の前に掲げて眺め。
 フ、と眉を上げる。
「さ、もうここにも用は無いわね。帰るわよ、ミストラ――」
 メニエスが、逃亡するために振り返った先で。
「その物干し竿は丈夫か?」
 ずぶ濡れの武尊が光条兵器の銃をメニエスへと突きつけていた。
 その横ではやはり、ずぶ濡れのシーリルがメイスを構えている。
 振り返ったミストラルが息を飲み、メニエスが小さく嘲笑を浮かべながら顎を上げる。
「あなた、こんなものを物干し竿に使うっていうの? 女王器かもしれないのに」
「それだけ大層な槍なら、壊れちまった竿の代用品としては充分だろ」
「……変わってるわね、あなた」
「んな事ぁどうでもいいんだよ。早くよこしな」
「――ミストラル」
 メニエスが武尊を見遣ったまま言う。
「あなた、後どれくらい魔術を使えそう?」
「……すいません、メニエス様」
「そう」
 メニエスは軽く頷いて、眉根を寄せながら笑みを強めた。
「困ったわ、私たち、あなたに勝てそうにない。悔しいわ」
「そうか」
「悔しいから――ポイしちゃう」
 言って、メニエスは寺院と生徒が入り混じる混戦の真上に向かって、思い切り星槍を投げ捨てた。


「大怪獣の足元で繰り広げられる、争奪戦――中々壮観じゃないですか」
 地下通路を抜けてきた天津 輝月(あまつ・きづき)とパートナーのムマ・ヴォナート(むま・う゛ぉなーと)は、大混戦中の封印の間の端っこをひそひそ進んでいた。
 その混戦模様と怪獣とを眺める輝月の目が冗談抜きで楽しそうにしている。
「お、ぬ、し、はぁ……どこまでも他人事のように見おって……」
 ムマはぐぅうっと拳を固めながら言葉を噛み、
「少しは助けようという気は無いのか!!」
 びしぃっと、あちらこちらへ移動する星槍の方を指差しながら言う。
「ああもう、ムマさんったら、声大きいですよ。見つかっちゃうじゃないですかぁ」
 いやだなぁ、と輝月は楽しげに笑って。
「そんな事より。鏖殺寺院が何を狙っているか、気になりませんか?」
 首を傾げる代わりとでも言うように片目を瞑った。
「……寺院の狙い、だと? 怪獣の復活だろう?」
 ムマが、何を今更、と眉根を顰める。
 輝月は、何かを考えるようにトントンと己の顎を指先で叩いてから、視線で怪獣の方を見遣った。
「こんな絶空の孤島で怪獣を復活させて――いや、もっといえば、こんな、ある意味、密室と言える空間で怪獣を復活させて……何が面白いんでしょうか? アレが動き出した瞬間に自分達が押し潰されて、おしまいですよ?」
「……う、いや、そういえば……」
「寺院といえば最終的な目的はテロでしょう? まさか、この島に怪獣ランドを作るのを目的としているわけは無い」
 言いながら、輝月がスゥと視線を滑らせた。
「彼らは何か、もっと面白い事を考えてますよ――きっと」
 言って、笑んだ輝月の視線の先にあったのは。
 何やら慌てて魔術師達が出入りしている部屋の入り口。

■ 
 コォ、と風を切って飛ぶ。
 空飛ぶ箒にまたがったカレンとジュレールが、今しがた低く空中へと放られた星槍を目指し。
 巨大な空洞の上空を滑っていた。
「ぜーーったいにボクたちが星槍を取り返す!!」
 カレンはとにかく加速して、槍を目指し滑空していく。
「乙女のチューはねぇ!」
 目指す先。
 星槍が重力に引き摺られ、地面へとその軌道を変えていく。
「世界で一番ッ」
 片手で箒を握り締め、もう片方の手をグゥっと伸ばす。
「宇宙で一番ッ」
 ホブゴブリンどもの手や頭を掠め蹴ってしまいつつ、
「大切なモノなんだよ!」
 片手にシッカリと星槍を握り締めて、再び上昇していく。
「……妙な調子で燃えていると思えば、そんな事が理由とは」
 ジュレールが呆れたように零す。
 いまいち乙女のチューの重みに対する認識が無いジュレールにとって、カレンの気合は理解し難いものだった。
 ちなみに、カレン自身は未だチューをした事は無く。
 しかしながら、その辺りは未経験ながらも譲れないポリシーだったりするのだった。
 ともあれ。
「わ、わっ!?」
 星槍を持つカレンへと、地上の魔術師達が容赦無く魔術を放ち、ホブゴブリン達がアサルトカービンで狙い撃ってくる。
 ジュレールのカヴァーを受けながら、飛び来る魔術やダガー、銃撃から逃れるように空中を飛び回る。
 壁際に沿って逃げていたら、滝を目の前にしてしまい、壁を蹴って軌道を無理やりに変える。
 と、その先に同じく箒に乗った寺院の魔術師が待ち構えており――
「ジュレッ!!」
 パートナーに助けを呼ぶが、
「カレン――」
 ジュレールは銃撃に遮られて彼女のフォローに向かう事は出来なかった。
 カレンと魔術師が空中でもみ合いになる。 
 その頭上。
 滝の吐き出される壁の穴の方。
『――ぁぁぁぁぁぁあああああああっっ!!』
 奥から声が聞こえてくる。
 

 滝から勢い良く吐き出されて、空中にスパァーーーンと放り出されたのは、ロザリィヌ達とビニールボートだった。
「へぅわ――!?」
 カレンと魔術師とを巻き込んで、もみくちゃになりながら、滝の流れ込む地下湖へと、高い飛沫を上げて落っこちていく。
 

 湖の縁。
「どっせいっ!!」
 ロザリィヌがざばぁっと姿を現す。
 その両手には気を失った津波とカレンを持っていた。
 手の届く範囲の女性を気合で救ってきたらしい。
 ルカルカとナトレア、ダリルと昴が自力で湖から這い上がってくる。
「やあ、どうやらギャンブルに勝ったようですね」
 昴が言う。
 彼の視線の先、星槍を手によろよろと魔術師が祭壇の方へと向かっていた。
「運が良いか悪いかは、微妙な所ですわね」
 ナトレアが、こちらに寄ってくるホブゴブリン達を見遣る。
「大丈夫、あたしが皆を守るからっ」
 ルカルカが剣を抜く。
 が。
「いえ、ここはわたくしに任せて、星槍を!」
 ロザリィヌが言い放つ。
「でも」
「大丈夫ですわ――でも、一つ約束なさって?」
 ロザリィヌが真剣な表情でルカルカを見つめる。
 そして。
「エメネア様のキッスは必ずルカルカ様かナトレア様が頂いてくださいませ。それで、わたくしがあなたにキスすれば間接キスになりますわ! おーほっほっほ!」
 ロザリィヌの哄笑が、剣撃、銃撃、魔術と様々な音の炸裂する中へと鳴り響いていく。


 支倉、ベアトリクス、サミュエル、フィル、セラ、エメネアが封印の間へと抜けて。
「あ――星槍!!」
 魔術師が抱え走る星槍を見つけたエメネアとサミュエルが、そちらへと駆けた。
 エメネア達の行く手を阻むホブゴブリンどもを。
 フィルの射撃が牽制し、セラと支倉が剣とダガーでフォローしていく。
 それで、ようやく。
「星槍――返してくださいっ!」
 槍を抱えた魔術師の前にエメネアは立ちはだかった。
 だが。
「邪魔だっ!!」
「ひゃっ!?」
 魔術師がエメネアを蹴り飛ばして、エメネアはごろごろと地を転がった。
 その隙に、サミュエルが魔術師を槍で貫き、捨てた。
 サミュエルの足元に転がる星槍。

「これが星槍……」
 サミュエルは足元に転がる星槍を見つめながら呟き。
「こんなに……ミンナが欲しがって――」
 そこで、ふと。
「ちょっとまって……そんなに凄いの? この槍」
 よろよろと立ち上がるエメネアの方を見遣って、首を傾げた。
 エメネアが、はて? と瞬いてから。
「え、ええ、まあ……」
 こくこく、と頷く。
「……ふゥン」
 そして、エメネアが星槍の方へとパタパタと駆け、それを拾い上げようと――
「……団長にあげたら喜ぶカナ……?」
 したところで、サミュエルは、とんっと星槍を足先で蹴り上げて、星槍を手に取った。
「へぅ?」
『は?』
 唐突で、意味が分からずに首を傾げたエメネアと支倉、ベアトリクス、フィル、セラ。
 その横を抜けて、サミュエルは星槍を片手に通路の方へと駆けだしていた。
「ちょ――ちょっと!?」
「何故ッ!?」
「ササササミュエルさんっっ!?」
 上がる声を背に、
「どうせおきざりにしてたんでしょ!? そんなゾンザイな扱いするぐらいなら この技術、教導団がもらうヨ!!」
 サミュエルが思いっきり言い返す。
(大体――よく考えたら関羽はナイトだから槍使えるし、そんな伝説の槍なんてあったら団長が技術科に対して有利になれるかもしれないシ。そもそもエメネアを守る義理なんてないよナ俺。団長の為、教導団の為っていうか――団長大好き関羽大好キ!団長喜んでくれるかなぁ……。団長褒めてくれるかなぁ……。あ、団長が微笑んだ! かわいい!)
 というように。
 サミュエルの頭の中は、既に奇妙な団長の妄想で一杯だった。
「そんな、そんな、サミュエルさん……し――信じてたの、に、ぃ」
 聞こえたエメネアの泣き出しそうな言葉。
 サミュエルは、うっと振り返った。
「そんな目で見ないデ……エメネアには悪いケドこれは団長に――」
 と。
「させませんよ」
 響いた射撃がサミュエルの手元から星槍を弾き飛ばした。
「――ッ!?」
 そして、ネアが星槍を拾い上げて、黎明の元へと駆け寄っていく。
「黎明様」
 ネアから槍を受け取った黎明が、
「大怪獣には復活してもらわなければ、ね」
 グダクの方へと星槍を放り投げる。
「全てはドージェ様のために」


 そして。
 グダクが黎明の投げた星槍を受け取り、その力と自身の技量を用いて、対峙していた生徒達を一蹴した。
 強烈な攻撃に吹き飛ばされていく生徒達を尻目に、グダクが祭壇の方へと向かう。
 祭壇から怪獣の首元へと伸びる光の筋。
 それを、グダクが星槍で斬り裂いた。

 吹き荒れる咆哮。
 ゴアドーが実体を持った衝撃で地面が揺らいで、封印の間の壁の所々が崩れ落ちて、湖や地へと落下した。
 それとほぼ時を同じくして、それぞれの通路で足止めを受けていた生徒達が、それぞれ封印の間になだれ込んでくる。
 見上げれば。
 眩暈がしそうなほど高い所にゴアドーの頭があった。
 のっぺらな顔には、凶悪げな口はあれど目が存在していない。
 額に巨大な一角を持ち、体の所々が異様に盛り上がって気味の悪いフォルムを作り出している。
 毛の無いその突起部はギラギラとした鱗に覆われていた。
 一方。
 ゴアドーの封印が解かれた時から、周囲に乱立していた黒い石たちが青白い光を持ち始め、互いに線を結び始めていた。
 それは魔術的意味を形造り、ゴアドーの立つ場に青い輝きを生み出し、ゴアドーの体を青い輝きで包み込んでいく。
 そして。
 星槍を持ったグダクと若い黒騎士が、青く輝くゴアドーの足元へ飛び込むと同時に。
 青い光の飛沫を残して、ゴアドーと彼らは姿を消した。