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リアクション
静香に先んじて、仮面の貴婦人を追おうとした者がいる。
神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)と、そのパートナーのプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)だ。
本来なら、先に出て行った静香を追い、複数人でパンくずを探す彼女たちを追い越すことは難しかっただろう。が、30人近くにもふくれあがった一同が、護衛をしつついちゃつき?つつ、それを止めつつ進めば、どうしたって移動スピードは遅くなる。事情を聞いた二人は、静香達を追い越して走っていった。
やがて、パンくずの道の先、森の中。小川が姿を現した。その川辺の岩に、一人の貴婦人が腰掛けている。
「ご一緒してもよろしい?」
貴婦人は、女性にしてはかなりの長身のエレンを見ても驚くこともなく、頷く。
プロクルは背中の鞄から取り出したピクニック用のシートを草の上に広げ、鞄を置くと、中から次々と水筒やお菓子を取り出して並べていく。
「どうぞ、召し上がってください。お菓子は手作りですのよ」
エレンは貴婦人を誘い、小さなお茶会が開かれることになった。
しばらくはお互い、たわいもない談笑が続いたが、貴婦人はふとエレンの胸元に目を留めると、
「それにしても素敵な衣装ですわね……でも、百合園生としては白百合の方がお似合いではなくて?」
エレンの黒と赤が基調のファッションの胸元には、黒百合のコサージュが咲いている。貴婦人の真っ白な衣装とは対照的だ。
「あら、私は黒百合を胸につけていますけど『悪』を気取るつもりはありませんわよ」
「ごめんなさいね。うふふ、まるで悪いことをしたのを、見付けて欲しい子どもみたいに思えて、おかしかったのですもの」
「いたずらっ子でしたら、パンくずを落とされた仮面さんもですわよ」
だが、本当に悪いことをしたのは、隠そうとしたのは──エレンはそれを思って、本題を切り出すことにした。
貴婦人が膝に乗せているピンク色のぶたさん貯金箱に目をやり、
「そのぶたさんを、本当の飼い主さんのところへ戻してあげてくださいな」
「校長のところへ? ……ふふ、それとも、違うところへ?」
「ボクっこちゃんはちゃんと正しいことがわかるいい子だと思いますわ。きっと、本当はどうすればよいか、わかっているはずですもの」
本当にいけないいたずらをしたのは、校長の静香の方だ。もしばれたら学校と校長自身のスキャンダルになることも、彼女は分かっていない。まだ16歳の少女だ、分からなくても不思議ではない。
「校長先生は慕われていますのね。それに信用されていると言ってもいいのかしら」
「そもそも、こんな事態を引き起こしたのは、ツアーの企画者ではないかしら。彼がわざわざスキャンダルを仕組んでの追い落としを画策したのなら、ずいぶんと小賢しい小悪党ってことですわね」
「フェルナンさんは、悪党ではないはずですわよ、少なくとも百合園女学院に対してはね。わたくしのことは……残念ながら好みではないようですけれど」
くすくすと笑い声を立てて、貴婦人は笑った。エレンは紅茶で唇を湿らせつつ、
「学院に帰りましたら、私からも、ラズィーヤさんのところに寄付金を渡すようお話しするつもりですわ。そのかわり、ボクっこちゃんがちゃんと名目通りに寄付金を学校と街のために使えば、チャリティは成功、大和撫子の面目躍如でしょう? ご褒美ぐらいは……ねぇ」
「私からあげられるご褒美なんてたいしたものではなくてよ。うふふ、でも、それはいい考えね。白百合には水をあげないと。黒ずんでしまうのは不本意ですし……。ねぇ、やっぱりあなたに黒は似合わなくてよ。白百合会にでもお入りになったら?」
プロペルは二人の顔を見比べつつ、
「これ、食べなかったらもう一個貰ってもいいだろうか?」
「ええ。おあがりなさい」
「ありがとうである。うむ、おいしくて満足である」
プロペルは、当初の予定、遺跡探索がなくなってしまって、一時はがっかりしていたが、今はそんなことはそっちのけでお菓子を食べている。
これでエレンの目的は達成できそうだった。静香が思い直してさえくれれば、しごく穏便にことは済むだろう。
後はお茶とお菓子でたわいのない話をして、解散すれば──そう思っているところに、息を切らしてやって来たのは静香一行だった。
一団から駆けだして来たのは、氷川 陽子(ひかわ・ようこ)とベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)だった。
エレンが立ち上がって止めようとする。お菓子を口に突っ込んだままのプロペルが呆然とする。そして貴婦人はわざとかどうか、ゆっくりと立ち上がって進み出て──陽子が彼女の左腕を、ベアトリスが右腕と背中をがっしりと掴む。
「ベアトリス」
呼ばれるがいなや、ベアトリスの右手が素早く、貴婦人の目元を覆う仮面を剥ぎ取った。その間に、草の上に転がったぶたさん貯金箱に手を伸ばすアンドレの手の甲を、ジュスティーヌはぺしっと叩く。
仮面の下から現れたのは、静香はおろか全員がよく知っている顔、百合園女学院の実質的最高権力者、ラズィーヤ・ヴァイシャリー。
「やはりラズィーヤさん、あなたでしたのね」
陽子は厳しく彼女を問いつめる。
「あらあら、ばれてしまいましたわね。どうしておわかりになったの?」
その場にいる計三十一名の視線を受け、取り押さえられながらも、泰然自若とした趣である。対して一番呆然としているのは、正面に距離を置いて立っている静香の方だ。
「簡単ですわ。ぶたさん貯金箱……お財布と一緒に金庫に入っていたのに、お財布を置いてそちらだけを持っていったでしょう。地球の文化を知らない者にはただの置物くらいにしか見えないはず。それに、金庫を荒らさずに開けたりなど、校長の事情に詳しい人間だけです」
「そうねぇ」
「更に素顔を隠すように、仮面を付けていること。舞踏会の会場以外で仮面をする必要などない。ならば顔を見られては正体がばれるような有名人だから」
「うふふ、そこまで分かっていながら、わたくしを取り押さえて無理矢理仮面を剥ぐなんて──他の学校の校長先生にしては駄目よ? 後でどんな目に遭うか分からないでしょうに」
「何故、校長のお金を盗んだんですの? それもお財布ではなく貯金箱を。あなたがお金に困っているはずなどないでしょう?」
言葉では答えず、にこりとラズィーヤは笑って、目を見開いたままのパートナーを見た。
その表情に、真口 悠希(まぐち・ゆき)は、きっ、とラズィーヤを見据えた。たとえラズィーヤでも、遠慮はしないつもりだった。
「お優しい静香さまが、どれだけ責任を感じて……どれだけ怖い思いをしても……一人で追いかけないといけなかったか、分からないのですか……? それでも……静香さまのパートナーですかっ!」
普段の悠希では考えられない激しい口調だった。
勿論、ラズィーヤが単なる意地悪でこんなことをしたなどと思いたくない。何かの事情があってのことかもしれない。でも、どちらにしても静香が心を痛めたことには違いがないのだ。
悠希の肩の上では、オークションで落札した、静香お手製の着ぐるみのゆるスターが揺れている。
「ラズィーヤさま、なんで、なんでこんなことをしたんですかっ? 教えてください!」
「それは、静香さんの方がよく知っているのではなくて……と言ってしまってはエレンさんに便乗してしまいますわね。そうですわねぇ、静香さん、あなたはどうされたいの?」
問われて静香は、俯いた。少しの間そのままでいてから、顔を上げた。
「……ごめん、僕はみんなに嘘をついてしまったんだ……。あのお金は、本当はチャリティーじゃなくって……」
静香は語り始めた。
チャリティー・オークション名目でお金を集めるよう知人のフェルナンに勧められ、ついみんなに嘘をついてしまったことを。
「僕……校長だけど、あんまりお金がないんだ。ラズィーヤさんに面倒見てもらってて……月のお小遣い、中学生並だと思うし……だけどお金が必要で、つい、ううん、ごめん。悪いのは僕だ。……みんな、騙してごめんなさい」
静香は深々と頭を下げる。
お嬢様学校たる、百合園女学院の校長職。当然、一般の校長よりも多額の給料が払い込まれていると思っていた生徒達にとって、それは寝耳に水だった。驚きが広がる中、静香は更に続ける。
「ええっとね、全くもらってないって訳じゃなくて……実はね、僕の実家、沢山借金があって、それをラズィーヤさんに借りてるようなものなんだ。だからお給料はその分で返してる感じなんだ。校長もそのためにやってる」
静香は歩き、転がっていた貯金箱を両手でゆっくりと拾うと、ラズィーヤに差し出した。
「このお金、ラズィーヤさんに預けます。学校のみんなや都市のために使ってください」
抵抗しないと悟った陽子とベアトリスが離した腕から、ラズィーヤは抜け出ると、改めて貯金箱を静香から受け取った。静香は思い出したように、
「あっ、でも、ぶたさんは返してね! これ気に入ってるし、地球でしか手に入らないと思うし……新しく買うお金、ないし」
「分かってますわよ。中身だけちゃんと然るべきところに処理しますわ」
これで一件落着、なのだろうか? ほっとした悠希は静香に駆け寄ると、ぎゅっと抱きついた。
「お一人で行かれて心配でした……他にもボクに話せない事も、色々あるかもですけど……ボク絶対お守りしますからっ……!」
すると静香は、彼女にだけ聞こえる小声で、
「もし、もし真口さんが僕を慕ってくれる理由も、百合園を好きな理由も、……それがうしろめたいからなら、多分、それは僕と一緒なんだ」
「え?」
抱きしめた身体の感触に、若干違和感を感じつつ顔を上げる。静香は、昨日も見せた少し困ったような笑顔を浮かべていた。気にかかっていた、あの表情だ。
「だから、……もっと僕以外の人と、仲良くなってね」
静香は身体を離すと、ラズィーヤと生徒達の輪の中に入っていった。
そして、一同は、小川で遊んで、帰路をみんなで散歩しながら帰ることになった。
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