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リアクション
「頑張ってください〜」
ピンクのハリネズミが、声援に応えるように、小さな落とし穴をジャンプして飛び越える……中身は、ハリネズミの着ぐるみを着たゆるスターだ。
声援の主は、黄色に赤がアクセントのドレスに、ピンク色のパピヨンマスクを付けたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)。出走しているのは自身のゆるスター、ハーイである。
可愛らしい小さなお嬢様が、無邪気に夢中になっているように見えるが、これも囮。彼女の横では、煌びやかな黒い服に同じく仮面を付けた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、万一の事態に備えている。時々賭け事をしては休み、トレイにグラスを乗せたボーイを断り、レースを観察していた。
二人、いや三人は船の中のバイトで知り合った縁で、イカサマを暴こうとしているのである。三人目……呼雪のパートナーファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は、遺跡の外の木陰に隠れて、遺跡の周囲を調べているはずだ。何かあったら、逃げてきた悪人を捕まえようという算段である。
今のところヴァーナーは勝っている。呼雪の予想が正しければ、彼女も自分も、ある時点で……おそらく金を賭けた時点で、カモられるはずだ。
その予想は、同じ卓に参加しているレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)とネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)も同じだ。少女の話を聞いたレロシャンはネノノに迫って、目をぱっちり開けて、イカサマを暴こうと乗り気でいる。
「これって絶対イカサマだよね! なんかざわざわって感じだね!」
「そうですね、しかも三点リーダでなく中黒という感じです。……初めのうちは勝たせていい気分にさせておき、そこから徐々にむしり取る。確かにありがちな罠ですが……」
逆にネノノは気が進まないのか、レロシャンの後ろにいる。
「……でも、こちらがフェルナンさん達に嵌められてるかもしれないんですよね」
が、それは口にできなかった。いつも眠そうなレロシャンが珍しくやる気モードなのだ。
レロシャンは周囲をぐるりと見回して、同じ学院生であり、見覚えのあるヴァーナーのドレスのひらひらをちょいちょいと引っ張ると、もしイカサマを暴くなら、一緒に協力しませんか、と話しかけた。
「大丈夫です、私は昔カジノの本場ヒューストンにも行ったことありますから。任せてください」
「ひゅ、ヒューストン……ですか?」
「ええ」
ヴァーナーはそれは違うんじゃ、と言いかけたが、ふふん、と腰に手を当てて胸を張る彼女の姿に、突っ込むのはやめておいた。その代わり、
「そろそろいこうと思うんです。協力してくださいね」
次のレースのオッズを見る。勝っていたハーイの倍率は低いが、
「5000……!」
今まではお小遣い程度の金額を賭けていたが、そろそろ頃合いかと判断し、勝負に出た。きっと“呼雪おにいちゃん”がイカサマを見抜いてくれると信じているのだ。
一方、カモられそうになったらダンスにでも誘って距離を取ろうと思っていた呼雪の方は、仮面の下で厳しい顔になる。イカサマを見抜くチャンスではあるが、ヴァーナーに余計なリスクを背負わせたくはない。
「フェルナンは俺達に何をさせたいのか……虎穴に入らずんば虎児を得ずとは言うが……」
信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)は、ゆるスターを前に悩んでいる荒巻 さけ(あらまき・さけ)の名を呼んだ。
「例の女の子、やっぱり繋がりがありましたわ」
例の女の子とは村上琴理のことである。
さけも彼女と話をし、どういった経緯で負けが込んだのか詳しく聞いていたが、不審に思う点があったので、念のため、葛の葉に監視させていたのである。葛の葉は、彼女とルクレチア達の会話の一部始終を聞き取って、さけに報告に帰ってきたのだった。
「……こうゆー状況なんやけど、どないしはる?」
「パートナーというのは判りましたけれど、賭けに関しては詳しくは分かりませんのね。わたくしたちからむしり取りたいわけではなさそうですけれど」
面白くなってきましたわね、とさけは呟き、次のレースにはお金を賭けない。見ている限り、ヴァーナーが大金を賭けた。イカサマが来るなら次のレースだろう。同じ客の生徒が見抜いて──その後彼女たちがどうするかは分からないが、自分の勝負はその次以降のレースだ。
イカサマを突きつけるよりも、もっといい手がある。
──出走。ハーイを含む6匹のゆるスターが駆け出す。
第一の障害物は、三つ用意されたトンネル。どれが先に入れるか、前のゆるスターが暗闇で詰まってしまわないか、がポイントだ。第二の障害物は、水の上に渡された棒渡り。第三の障害物は、落とし穴。一度落ちてしまえば、這い上がるのに時間がかかる。第四の障害物は、シーソーだ。
さけは、琴理から聞いた話を思い出す。
イカサマがあったと思われるときに勝つのは、今まで一着を取ったことのない、倍率の高いゆるスターであること。カモが参加させたゆるスターではないこと。何より当然だが、“カモが賭けていない”ゆるスターが勝つこと。
レース中は誰もレース場を触ることができない。であれば、元から仕掛けられている何かが、店員側の指定する何らかの条件で動くはず。少なくともカモのゆるスターを邪魔する何らかの仕掛けはあるはず。
琴理はもう一つヒントになりそうなことを言っていた。
「ここは指摘するよりも、利用させていただいた方がよろしいですわね」
さけは葛の葉と共にその場を離れ、別の台へと向かった。他の生徒が証拠を突きつけるというなら、あまり時間はない。その間にできるだけ稼いで、少女の借金をチャラにできるだけのお金を手に入れなければならなかった。
「うう、負けました……」
「お兄ちゃん、どうしましょう」
レロシャンとヴァーナーの負けが続く。呼雪はイカサマの種を見付けられないまま、そろそろ一旦引いた方がいいか、考えていた。が。
「──お嬢さん、イカサマはよくないですよ」
一人の男が近づいてきて、さけの正面に立った。先ほどから三人が負ける一方、彼女は大勝を続けていたのだ。
黒髪の男の年齢は二十歳前後だろうか。上等なヴァイシャリー風の服のあちこちに高価そうな宝石があしらわれているのは、年齢に不似合い、いや、この場には逆に似合っていた。要はまっとうな人間ではないということだ。
「言いがかりを付けるなら、それなりの証拠がおありですわよね?」
「証拠だと……この女」
強気なさけに、男は腕を取って捻り上げる。その男の腕を、呼雪が払う。
「後ろ暗いところがあるから、こんなことをするんだろう。むしろイカサマをしているのは主催者の方のようだな。この件を大事にしたくなければ、捕らえている百合園の少女の借金をチャラにして、彼女を解放しろ」
呼雪の両側に、いつの間にかヴァーナーとレロシャン、それにネノノが厳しい顔をして立っている。
周囲にざわめきが広がる中で、群衆の中からソフィア・シュンクレティ(そふぃあ・しゅんくれてぃ)が、携帯電話でそれを撮影していた。イカサマの証拠を掴むためだ。
やがて男は実力行使に出て、乱闘が始まる。
百合園から犯罪者が出れば、教導団の利益になるかもしれない。そうしたら、大好きな戦争がもっと起こる……。14歳にして戦争狂のソフィアは一部始終を収めると、期待に胸を膨らませ、遺跡の外に出て上官に電話をかけた。
「それはヴァイシャリー家に渡せ。たかが違法賭博なのだろう、教導団が関わって面倒に首を突っ込むこともあるまい」
上官の言葉に、咄嗟に返事ができないうちに、上官は言葉を続けた。
「シャンバラ教導団は、将来の国家建設時に警察及び軍隊として機能することを目標にしている。いいか、目標だ。ヒラニプラはともかく、各都市は首長家が治めている。当然ヴァイシャリー家にいる私兵等が、警察権を持っている。当然我々地球人がここに来る前からだ」
「はっ」
「以上だ」
電話を切られ、ソフィアは顔をしかめた。
乱闘が始まると同時に、客の中に紛れ込んでいたヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)が席を立ち上がる。賭場のホステスになるのは断られてしまったが、目的は何とか果たせそうだった。
「皆様こちらですわ、避難なさって」
逃げまどう一般客を外に誘導する。
遺跡の外で待っていたファルは、突然出てきた仮面と仮装の行列にびっくりしつつ、悪い人が出てきたら捕まえようと、ロープを構えた。
「何があったんだろ……コユキもヴァーナーちゃんも無事かなぁ。早く戻ってきてくれないかなぁ」
調べた限りでは、周囲に出入り口はここ一つだけ。待ってれば来るだろうが、できれば悪い人が出てくる前にして欲しいなぁと思っていた。
何しろ、ファルの見るところ、お客さんもみんな変な格好をしていたからだ。
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