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【2019修学旅行】穏やかな夜に

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【2019修学旅行】穏やかな夜に

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第1章 お風呂タイム

 2019年の修学旅行にて、百合園女学院の生徒達が1泊する旅館は、誰もが憧れる一度は泊まってみたい老舗旅館だ。
 格式と由緒を誇るこの旅館は、身分の高い者や、政界の要人、著名人に愛される宿である。

 日中の観光を楽しんだ生徒達は、美しく美味しい京料理の夕食を楽しんだ後、大部屋へと戻り思い思いの自由時間を過ごすことになった。
 思い切り遊んで、美味しい食事を食べて、その後やることといったら……。

 そう、お風呂だ!
 今晩は百合園女学院の貸切なので、覗かれる心配もない。
 百合園生達は誘い合って楽しげに大浴場に向かっていく。

○    ○    ○    ○


 脱衣所から大浴場へ出て、そこから露天風呂へと下りることが出来た。
「わあ……綺麗」
 情緒漂う庭園露天風呂に足を踏み入れた姫野 香苗(ひめの・かなえ)は、目をキラキラ輝かせる。
 そして可愛らしい顔でくるくるっと辺りを見回し、お湯を身体に掛けている少女の後ろにそっと近付いた。
「タオルはダメ!」
「きゃっ」
 突然タオルを取られて、アリス・ハーバート(ありす・はーばーと)は驚いて胸を隠す。
「あ、うん。タオルはお風呂に入れないわよ」
 アリスは香苗に笑みを見せて、露天風呂の中に足を入れる。
 一緒に、まるでアリスに飛びつくかのように、香苗も露天風呂に飛び込んだ。
「いい香りのするお風呂ね。お庭もとっても綺麗」
「綺麗なのは、綺麗なのはっお姉さま達なのっ」
 香苗は横からアリスにぎゅっと抱きつく。
「香苗ちゃんも綺麗綺麗」
 ちょっと困りながらも、アリスは香苗の濡れた頭をぽんぽんと優しく叩くのだった。
「はぅ〜。落ち着き、ますぅ〜」
 如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は、首まで湯に浸かって至福の微笑みを浮かべていた。
「木や、自然の……香りが、しますねぇ〜」
「香り!? 香苗はお姉さまの香りで満たされたいっ」
 香苗は湯をバシャバシャとかいで、日奈々の近くまで歩くとえいっとジャンプをして日奈々に飛びついた。
「もぉ〜、香苗ちゃん、てばぁ〜。はしゃぎすぎて……のぼせないで、下さいねぇ〜」
 擦り寄る香苗に言いながら、日奈々はふうと大きく息をついた。
 そろそろ自分も涼みに一旦上がろうかな、とも思うのだけれど。
 次々に訪れる学友との、のんびりとした会話が楽しくて、長湯をしていた。
「次は、誰が、入ってくるの……でしょうかぁ〜」
 日奈々がほんわりと言葉を発した途端、ガラガラと大浴場へ続くガラス戸が開き、めがねをかけた少女が入ってくる。
 彼女がめがねを岩の上に置いたその時。
「タオル持込禁止ーっ!」
 ばしゃっと湯から飛び出した香苗が少女のタオルめがけて突進し、取り払った。
「わっ」
 アリスと同じように驚き、少女――白百合団のミズバ・カナスリールは赤くなって足早に露天風呂へと向かう。
「わ、分かってます」
「……そんなモノを見せるとは、いい度胸だ」
「えっ!?」
 湯に入ったミズバの背後に近付いた少女が、突如背後からミズバの胸を鷲掴みにした。
「あ、ああああっ、それは香苗の、香苗の特権なのにーっ」
 どぼんと飛び下りた香苗が、収まりきれず溢れているミズバ胸に手を伸ばすのだった。
「な、なんなの、なんなんですか、あなた達はーっ!」
 ミズバが悲鳴のような声を上げる。
「憎い! この差が憎い!」
 言いながら、背後からミズバの胸を揉みしだくのは桐生 円(きりゅう・まどか)だ。
「なんの差ですかーっ」
「そんなことを言わせるなーっ」
 円はミズバを乱暴に放して、湯をバンバンと悔しげに叩く。
「校長なら解ってくれるはずなんだよ、あの人も胸ないから」
「……校長も、仲間です、よねぇ〜」
 日奈々がほわんと言った。
「悪魔の魔の手からやっと開放されたのね。香苗が香苗が優しく包み込んであげるっ」
「や、やめて下さいってばっ」
 ミズバは真っ赤になって胸を押さえて湯の中を逃げる。
 白百合団の一員として普段は冷静沈着な彼女だが、武器も仲間もいないこの場では無力な1人の少女だった。
「それくらいにして下さいませ。お湯が中に入ってしまいますわ」
 隅で木桶を浮かべて、湯浴みを楽しんでいた神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が笑みを含んだ声を上げた。
「え、エレンさん! あなたという人は、何をしているんですかっ。お酒もおやつに入りませんからっ」
 ミズバは木桶の中の徳利に目を留めて、じゃぶじゃぶとエレンに歩み寄る。
 木桶の中には他にお猪口と、玉子焼きや、から揚げなどのつまみが置かれている。
「あら、お酒がどうしましたの? いったい何のことかしら? これは『大変にありがたい般若心経の霊力の込められたお湯』ですわ」
「む……っ、確かにお酒の匂いはしませんけど。紛らわしいことは謹んで下さい」
 ミズバは胸を押さえながら照れ隠しのように不機嫌そうに言うのだった。
「私もっ」
 アリスは売店で購入した雛を湯の上に浮かせた。
「可愛いっ」
 香苗がすぐさま飛びつく。勿論雛にではなく、アリスに。
「お姉さま、柚子のいい香りがする〜」
「あ、わかる? 柚子のシャンプー使ったの。香苗ちゃんも使うのなら、貸してあげようか?」
「うん、香苗、お姉さまとお揃いになりたい。もっと同じ香りに包まれるのーっ」
 ぎゅううっと抱きついてくる香苗に、アリスは「んもうっ」と声を上げて彼女を剥がす。
「日奈々さんパ〜ス」
 えいっと日奈々の方へと香苗を押す。
 香苗は押されてお湯の中を歩き、日奈々のところまで飛ばされ、日奈々にぺったりくっついた。
「円ちゃんに、パスですぅ〜」
 日奈々は円の方へと香苗を押した。
「キミも巨乳がいいんだろ、巨乳が」
 僻みっぽく言い、円はよろよろと近付いた香苗をミズバの方へと押した。
「いえ、私は巨乳と言えるほどじゃ……っ」
 その言葉に、円がギロリと睨む。
「これ以上大きくなると、肩がこって大変ですし……!」
「言ってくれるね」
 円の眉間がピクリと震える。
 このミズバという女、一度体育館裏に呼び出す必要がありそうだ。
「パス、ですっ」
 ミズバは近付いてきた香苗を押すと、遠くへ逃げる。
 香苗はエレンにぺっとりとくっついた。
「はう〜。香苗、お姉さま達と触れ合えて、とっても幸せ」
 邪魔者がいないこの露天風呂は香苗にとって正に天国だった。
「幸せな一時ですわね。でも、やっぱり不埒なことを考える人はいますのよね」
 にっこり笑うと、エレンは光精の指輪を使い、精霊を呼び出した。
 そして、指を上に向ける。
 ……岩の上に、カメラの影がちらりと見えて、消えた。
「きゃっ」
 ミズバが小さく悲鳴を上げる。
「か、香苗のお姉さま達の姿を撮ろうだなんて、なんてことを、なんてことを!」
 香苗は湯から上がって、岩に登ろうとする。
「危ない、ですぅ〜。落ち着いて、下さい〜」
「お姉さまがそういうのなら……っ」
 日奈々が香苗の足を掴んで止めると、香苗は直ぐに大人しくなり、日奈々にべったりくっつく。
「別に見られるだけなら減るものではないですわ。でも記録されるのは、流出したりすると、まあ、いろいろなものが減ってしまいますから処分させてもらいましょうね」
 言って、エレンが樽の上から徳利と皿を手早く取り出し、樽に水を入れ岩の向こうへ飛ばす。
「銃器類がないのが残念だ」
 円はシャープシューターとクロスファイアを放つ。飛ばしたのは湯と石だが。
「あちっ」
 遠くから小さな悲鳴が届く。――女性のようだった。
「一緒に……入れば、いいのにぃ〜」
 日奈々が不思議そうに言う。
「お姉さまなら香苗も歓迎するのに」
 香苗は日奈々にくっついたままだった。
「報告に行ってきます!」
 そそくさとミズバは湯から上がった。
「お招きして差し上げたいところですけれど、この格好のまま飛び出すわけにもいきませんものね」
 エレンは再び樽の上に、飲食物を置いて光を消し、ゆっくりと冷酒――ではなく、霊湯と風情を楽しむことにする。
「んー……」
 円は口元まで湯に浸る。
 再び、のんびりとした時間が戻ってきた。
「……暇だ」
 マスターのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)も、友人のミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)も一緒ではないので、まったりしすぎて円は暇だった。騒ぎがもう少し起きてもいいくらいだ。ただし巨乳はいらんのだが!

「あちっ」
 小さく悲鳴を上げて蒼空学園の秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は湯を払った。
 捕まって折檻でもされれば、それはそれで楽しいのだけれど。
 誰も追ってはこないようだ。
「距離がありすぎて、上手く録れませんでしたね。ロビーより先には進めませんでしたし」
 日帰り入浴を試みてみたものの、元々日帰り入浴は行なっておらず、今日は貸切のため見学も出来なかった。
「それでは、皆様楽しい夜を」
 軽く笑みを残して、つかさは自分の宿へ戻るのだった。