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彼氏彼女の作り方 1日目

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彼氏彼女の作り方 1日目

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どこまでも純粋に大胆に! 自分だけのクッキー/後編

 さて、そんな中助けを求めに言ったベアはというと、サポートをしてくれる京子に事情を説明していた。
「あー……そりゃ旅立っちゃうよねぇ」
 笑っちゃいけないと思いつつも、小学生の頃に誰かが同じような失敗をしていたなと思い出して苦笑いを浮かべるしかない真は周りの空調を確認する。
「本当は作ることがわかっているなら室温で温めておくことが1番良いんだけれど、冬場の味方はヒーターだよ」
 温風に当てながらバターを柔らかくするという手法は、とても手作り感が溢れる物だ。しかし、古い機種で燃料の臭いがついてしまうようなら考え物だし、熱がボール越しに伝わって火傷する恐れもある。
「うっすら小麦粉を被せてレンジで加熱する方法もあるけど、確実なのはぬるま湯かな」
 そう言われることを見越して京子が用意したぬるま湯のボールとバターの入ったボール。大きさはあまり変わらない物を選ぶことが、水をバターのボールに入れないコツらしい。
「そうだ、折角だからここでコッソリ作ってみたらどうかな? きっと驚くよ」
 確かに、自分もやれば出来るんだと見返すことも出来るし何より……と巨大クッキー以外に用意していた物をポケットの中に確かめる。アレを実行するならまたとないチャンスだ。
「けど、かかりっきりになってたらパートナーに……」
 いくら手際の良い彼女でも、1人にさせては一緒に楽しみに来た意味がない。それに仕上げの材料だってまだ運んでいないしと二の足を踏むベアの背中を押すように京子も元気よく拳を作って応援してくれる。
「大丈夫だよ! 生地を休ませる時間や焼くときは私たちに任せてくれたら……ね、真くん!」
 参加者のサポートで忙しいだろうに気軽に引き受けてくれた2人に感謝しながら、ベアは指導を受けることにした。きっと上手くはいかないだろうけれど、食べれる物だけは作りたい。
「よっし! この材料をマナに届けるためにも、1発OKを狙うぜ!」
 気合い十分のベアの後ろにあるリアカー。そこに山のように積まれている黄色い物体は、まるで市場への出荷を心待ちにしているような量なのだが、全部が材料なのだろうか。
(……まさかね。この中から良いのを選び出すんだよ……多分)
 何となく嫌な予感を感じながらもベアへの指導が始まったわけだが、ここへ参加していれば……という参加者がもう1人。
 シャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)はリュート以外のことに不器用な自覚はあれど、料理の腕に自信がないわけではない。今回人前で披露するに辺りパートナーとともに練習をしていたのだが、残念なことに季節の変わり目のためか寝込んでしまったので1人での参加となる。まさか試食を重ねるごとに体調不良を起こしてしまっていたなど、味覚音痴の彼が気付くこともなかった。
(こんなときに体調を崩すなんて……お土産を持って帰ったら喜んでくれるでしょうか)
 あんなにも練習して、講座の内容もバッチリと頭に入っている。きっと腕が上達したと喜んでくれるに違いないと嬉しそうに作業に取りかかる様子は微笑ましい物だ。しかし、味見をしても善し悪しが全くわからないというのは予想外の味付けになりそうで末恐ろしい物がある。しかし、それを察知したかのように友人である呼雪が止めに入った。
「……何をやってるんだ」
「あぁ、早川くん。君も来ていたんですね」
 こんにちは、とニコニコ微笑む様子は人畜無害なのに、何故ボールは何とも言い難い色合いになっているのだろう。辺りを見回し、彼のパートナーがいないことを確認すると、それがシャンテの味覚音痴からなるものではないかと呼雪は薄々感づいてきた。
 そして、最初に見かけた危険なクッキーを作ろうとしていた男。いくら練習をする講座とは言え、最後にはみんな集まっての試食会などをやるのだろう。たいして味見もせず進めてくる人もいれば、目の前にいる彼のように笑顔で食べて見せて進めてくる人もいるだろう。自分がそんな人たちを止める役割をワザワザ担わなくても良いのだが、知ってしまった後に被害が出るのは寝覚めの悪い物になる。
(幸い、料理は苦手じゃないしな……アレのおかげで)
 うんざりするくらいに派手な学食を思い出し、ひっそりと溜め息をつく。
「早川くんのところは皆さんお揃いなんですか? 僕、あとでお裾分けに――」
「それはいい。……あ、いや、折角だから一緒に作らないか」
 好意までを拒否したいわけじゃない。何が出来上がるか分かっているからこそ、その被害を食い止めなければ。
「そうですね、1人もつまらないですし……では、遠慮無く」
 一緒に作るために作りかけの生地を運ぼうとボールに手をかけるが、それはあの何とも言い難い色をした物体。そんな物を続けて作られてしまっては、被害を食い止めることは出来ない。
「荷物は俺が持っていくから、先にファルたちのところへ行ってやってくれないか。会えるのを楽しみにしてるんだ」
 別にシャンテを連れてくると約束した覚えはない。けれども、人懐っこいファルならこの嘘も方便となるくらいに歓迎してくれるだろうし、ユノもクールな対応の中にも警戒心を持たずに接してくれるはずだと、呼雪はボールの中身を作り替える算段を始める。
「それはありがたい申し出ですね。それじゃあ、軽いトッピングの材料だけでも運んでおきます。あとはお願いしますね」
 そのままナッツやドライフルーツ類を手に去っていくシャンテを見送り、ホッとした呼雪は何から取りかかるかと作業台を見る。片付けるのが先かと材料を無駄にしてしまったことを悔やみながらゴミを纏め始めると、オロオロした様子の少女が目に入る。
「……どうした?」
 別に放っておいても良かったのだが、ユニコルノと同じ年頃のような女の子だったからかつい声をかけてしまった。仲良くするかは当人同士のことだけれど、もしかしたら年齢が近いと話しやすいのかもしれない。いや、自分とだってそう大きく違うわけではないはずだが……。
「あの、えっと、理沙さんが……」
 恐る恐るチェルシーが指さす方には見事にクッキーを作り終わった理沙。周りに合わせず既に食べ始めているが、それは試食をしているともお茶会を楽しんでるとも言い難い。強いて言えば、やけ食いをしているかのようだ。
「とっても美味しく出来たから、配りに行きましょうってお誘いしたのですけれど、今日はご気分が優れない様子で」
 チェルシーの手にあった器から1枚クッキーを貰えば、たしかに美味い。これなら、料理の腕があまりよろしくない人たちの分を試食に回さずに済むかもしれない。
「良かったら、一緒にクッキーを作らないか?」
 試食で被害を拡大しないため、そしてパートナーたちと友達になってくれれば……そんな思いを込めて理沙に声をかけてみると、イライラしていた彼女の様子がみるみる大人しくなっていった。
「え、嘘、男!?」
「……女に間違われたことは1度もないんだが」
 まさか、自分の男運のなさを嘆いていたときにクールな美形男子から声をかけられるとは思わず慌てて身なりを整え始めるが、呼雪にとっては全くそんな気があって声をかけたわけではないので彼女の行動は理解出来ていなかった。
「それで、クッキーの件だが……」
「作る作る! 何度でも作るよっ!」
 気合いを入れて立ち上がる理沙に、それじゃあと自分たちの作業台へと連れて行く。そこでは、多種多様な作り方をしている個性的なメンバーばかりで、ときにアドバイスをしながら一緒に楽しく作ることが出来たのだった
 着々とクッキーの生地が出来上がっていき、どうやら巨大クッキー班も準備が出来たようだ。筐子がメンバーに声をかけ、完成した生地をボールごとグラウンドに運ぶ。
 と、その後ろにのこのことついてくる影。どうやら、ディクシー・ディー(でぃくしー・でぃー)は型抜きの道具を取りに行った際同じように道具を持って歩いている筐子たちにくっついてきてしまったようだ。
(んー? お菓子作り、外でもやってる……かも?)
 同じ部屋にいた人たちが向かうのだから、そこにも美味しいお菓子があるのかもしれない。ちょっとだけ味見をしていこうと歩いて行くと、前方では何やらクッキーの話をしている。
「何を仕込んだのかは焼き上がりのお楽しみだけど……生地だけ見てるとワタシが1番普通ね」
 もっと変わり種を入れれば良かったなぁと呟く筐子のボールは、プレーン生地のクッキーのようで仕掛けがあるようには見えない。マナが持つボールは若干クリーム色をしており、水分が多いのか少しベッタリとした印象だ。そして、ゆういちのボールは鮮やかなピンク色の中に差し色で赤が入っており女の子が好きそうな色合いだ。
「魚さんのクッキー、色は可愛いのになんだか香りと違和感があるよね」
 色からしてベリー系の何かを混ぜ込んだのかと思ったのに、漂ってくる香りはバニラエッセンスの香りだけ。酸っぱさの欠片もない甘ったるい香りは、このピンクと赤の素材が何であるのか容易に想像つかせなかった。
「まぁ、恋愛講座だって言うしな。女の子が好きそうな色になって良かったぜ」
(俺は絶対に味見なんてしたくないけどな!)
 グラウンドに出てみると、アイリスの肩に乗っていた防師がピョコピョコ飛びはね、筐子の肩に飛び移る。
「筐子殿、火の準備は整っているでござる。ささっ、あちらの鉄板で仕上げを!」
 外でお茶会を楽しむつもりで持ち出していたテーブル。その上には鉄板とキッチンミトンが用意されていて、あとは広げるだけで良さそうだ。ひとまずテーブルに運んできたボールを起き、4人はアイリスたちが用意してくれたかまどに喜んだ。
「炭火か……藁でも持ってきてウチの魚をくるんで焼けば、きっと最高だよ」
「それも美味しそうですが、今日は一生懸命用意された物があるのでしょう? ね、華野」
 焼き上がりが楽しみなアイリスは急かすように筐子へ期待の眼差しを向け、企画がいよいよ大詰めになってきたことを実感する。
「さぁっ! 秋の闇巨大クッキーを繋げるわよ!」
 生地を広げようと振り返れば、メンバーに入っていなかった少年が一人涙目でテーブルの前に立っている。
「それ、まだ焼いてないけど……」
 心配そうにマナも声をかけるが、どうやら彼は生だとわかった上で食べていることを主張したいのか、ぶんぶんと首を振った。
「……からいー」
 パートナーの名を呼びながら涙を堪える様子はまるで迷子の少年のようだが、全員でとまどいながらも事情を聞けば、原因はゆういちの生地にあったようだ。あんなに可愛らしい色をして何を入れたんだろう、と疑惑の眼差しを一身に受けながら、ゆういちは笑っている。
「中身は食べてからのお楽しみ、ってことで! ディクシーだっけ、これやるよ」
 本当は、生地を焼く直前に混ぜ込もうとしていたコイン。プラスチックで出来た小さなハートの飾りがついているので、この講座に参加している彼氏彼女が欲しい人たちには御利益があるんじゃないかと、勝手に幸運のコインと呼んでいる品物だ。
「きらきら……格好いい、かも?」
 太陽の光に当てながら色んな角度で楽しみだした様子にゆういちもホッとする。年下の子を泣かせたとあっては、いくら闇クッキーのせいだとはいえ気分が悪い。
「それを持ってると、きっと良いことあるぞ!」
「うんー、ボクのお城、喜ぶ……あれ?」
 ちょっとつまみ食いだけのつもりだったのに、気がつけば長いこと話している気がする。きっと、クッキーの型をまっているみんなは、中々戻らないことを心配してるかもしれない。
「ボク、戻るー。また会える……かも?」
「ああ、今度は一緒に作ろう」
 ベアもにこやかに見送って、ちょっとしたアクシデントに顔を見合わせて笑う。
「気を取り直して、やりますか!」
 鉄板1枚にそれぞれの生地を伸ばし、最後の1枚には3種交互の縞模様クッキーが広げられていく。あとは、これが上手く焼ければいいのだが……。
「ねぇ段ボールさん。鉄板だとオーブンみたいに上が焼けないけど、ひっくり返すの? それともフタをするの?」
「………………」
 参加者に通達されたのは、鉄板とクッキーに入れる材料のみ。当然フタなど用意していないし、代わりになりそうな物もない。実習室に行けばフライ返しくらいはあるかもしれないが、そんな物でひっくり返そうとすれば重さで割れてしまうか鉄板からこぼれ落ちてしまうだろう。
「まさか、考えてなかったんじゃ――」
「標準規格に収まらないのが、蒼学生徒のモットー! なんとかなるわ」
「そうですぞ筐子殿、火加減の極意は『はじめチョロチョロ、なかパッパ。赤子泣いても蓋取るな』でござるぞっ!」
 防師のその言葉に背中を押されたのか、言い切ってしまった手前あとに引けなくなってしまったのかは分からないが、作戦を考える前に鉄板を火にかけてしまった。こうなるともうタイムリミットはほとんど無い。
 果たして生焼けにならずきちんと焼き上がるのか……味よりもまずはそこが心配の6人だった。