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リアクション
プロローグ
体育祭に続いて修学旅行と学園行事が目白押しの季節を過ぎてもなお、真城 直(ましろ・すなお)は大忙しに学園を駆け回っていました。
なにせ、校長の一言のおかげでハロウィンパーティまで開催することになっていたのです。
(もう11月になってしまったけれど、お考えが変わるどころか急ぐように言われてしまうなんて……)
すでに文化祭も控えているし、そう無理してやる行事ではないかと思っていたけれど校長命令ならば致し方ない。修学旅行後の方々へのアフターケアや中間考査の終わった今になって、やっと開催する余裕を見つけられたのだ。
合間を縫って進められていた作業のおかげで、なんんとか今日という開催日を迎えられたけれども、催しが終わるまで気を抜ける瞬間はない。参加者が安全に楽しめるように自分は気を配らなければと、直は準備途中の会場を見てまわる。
まだ朝の早い時間から出店の準備にやってくる人もいて、時期がずれてしまっても開催を楽しみにしてくれているならば決行して良かったと、心からそう思った。
「よぉ、そっちは大丈夫そうか?」
会場の中を見てまわっていた直と違い、ヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)には校外を見てまわってもらっていた。というのも、今回の催しは仮装がメインということもあり、出店者以外も早く来てしまうのではないかというケースを考えてのことだった。
「うん、荷物は全て届いているようだから準備も進めていたし……特にトラブルらしいものはないかな」
「こっちはやっぱり数人来ちまってたな。ひとまず、簡易休憩所へ案内しといたが」
時計を見れば、開始までまだ30分以上ある。けれども、混雑の緩和を考えれば少しずつ着替えてもらう方がスムーズかもしれない。
「確か、来客者に仮装をさせる店があったな……受け入れ準備が整っているか確認してこよう。開始30分前になったら、更衣室を開放して、着替え終わった人からまた休憩所で待機にしよう」
「了解。ったく、面倒なイベントだな……」
本当は中止にしようかと迷っていると直が言っていたくらい、あまり注目されたイベントではなかった。けれども他校の校長と揉めた手前引き下がれなくなっているウチの校長にそんな言い訳が通じるわけもなく、今回の催しを成功させなければいけない。
参加者を募集したところ、全校から参加希望者が集まったことは良かったが、シャンバラ教導団と百合園女学院からの参加は少なく合同チームとなりそうだ。
そう、今回の催しはただ単に楽しんでもらうわけにはいかない。表向きは全校の交流会として募集をかけてはいるものの、そのチラシの隅の方には小さく「学校別バトルフェスティバル開催」との文字があったのだ。
折角、イザコザは抜きにして交流しようという校長会議で提案されたイベントだったのに、その中でどうしても勝負をしようというのは果たして良いことだと言えるのか。2人はそれが疑問だった。
「なんにでも白黒付けるのが良いとは思わないけど……それが良い刺激になることだってあるんだし」
仕方ないよと苦笑する直と違いブツブツと文句を言いながら来た道を戻っていくヴィスタは溜め息を吐きつつ、直は明智 珠輝(あけち・たまき)が店主を勤めるコスプレ屋に赴いた。様々な衣装を取りそろえ、フルメイクまでしてもらえるとあって事前予約分は全て埋まってしまうくらいの大人気店だ。
「失礼するよ。既に数人お客様が見えているそうだけど、こちらでは受け入れられそうかな」
出迎えてくれたのはリア・ヴェリー(りあ・べりー)、どうやら彼も仮装をしてお客を持て成すつもりらしく、校長が喜びそうな和装をしていた。
「ごめんなさい、こんな中途半端な格好で……今はお店を出す人の着替えをしているから、それさえ終われば大丈夫だと思います」
「おやリアさん。しおらしくご挨拶なさって、恋人でも尋ねに来てくれましたか?」
「し、失礼なことを言うな! 真城さんがお店の様子を見に来て下さったんだ!!」
良家の子息とあって丁寧な受け答えをしただけなのに、普段と違う対応だったからか冷やかされてしまったリアは珠輝に怒りつつも何度も直に頭を下げる。けれど、そんなことは一切気にする様子を見せず、直は再確認する。
「それでは、10分後には案内しても大丈夫かな? お店の規模的には何名まで対応出来るだろう」
「はい、大丈夫です。更衣室が3部屋、メイク席が2、待合室が数席……5人ずつくらいならあまりお待たせせずにご案内できると」
「それじゃあ、よろしく頼むよ。この催しはハロウィンということもあってか前評判が良かったようだからね」
開催まで、もう少し。普通に楽しみたい人も、学舎別の対決に燃える人もやってくるだろうが、願うならギスギスしたものではなく心から楽しんでくれる物になればいいと思う。
どんな風に楽しんでくれるのだろうと、直もまた違った視点で楽しみにしているのだった。
コスプレ&メーク屋さん『珠ちゃん』/開店準備中
出て行く直の背中を見届けて安堵の息を吐くと、声をかけようかと迷っていたポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)がおずおずと声をかける。
「リア、緊張。……恋人?」
「違う違う! ポポガまで一体何を……って、なんて格好をしてるんだ!?」
小さなプリンを持って嬉しそうな表情をしているのはいつもと変わりないのだが、その頭上には2本の上に向かう突起、全身はぴっちりとした黒衣。首もとには蝶ネクタイまでつけて、おしゃれに決め込んでいるのだと違う表現をしてみたが、その姿はどう見てもバニーガール。彼が着るべき衣装でないのは明白だ。
「お客さん用のと間違えちゃったんだよね、そうだよね?」
けれどもポポガはフルフルと首を振り、プリンのフタを捲る。
「これ、お手伝い。ポポガ、リア驚かす。もらったから、恋人って言う」
「珠輝ぃいいいッ!!」
嬉しそうにプリンを食べるポポガを押しのけて、全ての元凶である人間の元へ向かう。百歩、いや一千歩譲ってポポガをプリンで買収して自分をからかったことは許そう。しかし、彼にあんな格好を強いるのは許せない。
そう思って彼が先ほどから籠もっている扉を開けると、ルイ・フリード(るい・ふりーど)の仕上げを行っているようだ。
「ふふっ、くふ……くはははははっ! 最強フランケン、これしきで倒れるわけがありませんっ!」
なぜだか狂気モードのスイッチがオンになっている珠輝は、レプリカの刀や矢をぐっさぐっさと刺しているかのようにくっつけている。
接客中なら致し方ないと、メイク室の入り口で珠輝を睨みながら機会を伺っていると、聞き捨てならない言葉が飛んできた。
「ふふふ、次はミサイルですか……この太さ、さすがに劣りますが私のバナナでもいかがですか?」
「いい加減にしろ、この変態ッ!」
怪しげな手がルイの腰へと伸びたとき、危機感を感じたリアは回し蹴りを放つ。慣れた珠輝と運動神経のよいルイがひらりとかわすと、その足下にはバナナが何房も詰め込まれた籐のかごがあった。
「そんなに焦らなくても、リアさんの分も残しておいてあげますのに……せっかちさんですねぇ」
ニヤニヤと細められた目は、罠にかけられたことを知り拳を握りしめるが、今は接客中。このイベントが終わったら見ていろよと珠輝に繰り出す技と食べたい有名店のケーキリストを考えておくことにする。
「とにかく、もうすぐ一般のお客さんもくるんだ。あまり趣味に走らないでしっかりしてくれないと困るんだからな!」
そう言い捨てて、ルイのパートナーであるリア・リム(りあ・りむ)の着替えの様子を外から伺ってみようと部屋を出ると、自分があの部屋に向かった目的の1つもクリア出来ていなかったことを思い出す。
(くっそー、ポポガに変なことさせるなって言っとかないと……その分、今夜は珠輝持ちであの店かな)
よし、と気合いを入れて仕事に戻り、合間には自分の準備も進めと忙しなく動く2人は、ポツンと入り口付近で座り込んでいるポポガに気づけないでいた。
「……プリン」
1口だけ頬張ったプリンは、リアとぶつかった際に床へと落下してしまったらしい。カップからひっくり返り、ぐしゃりと形がくずれたプリンを眺めたまま、ポポガは固まってしまっていたのだった。
教導団ブース、準備中
会場の入り口に小さなテントを構え、そこで作業しているのはシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)。見た目は一見女の子と見間違うような黒いワンピースを基調とした小悪魔の姿なのに、ひたすらジャックオランタン作りをしている所を見れば男の子。カボチャをくり抜く作業は結構な力がいるにも関わらず、簡単に形を整えていく。
その隣では、ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)が対のように白いワンピースを基調としたキューピッドの格好でスタンプの最終仕上げを行っていた。彼らが用意したのは「スタンプラリー」校章をモチーフにしたスタンプを全て揃えると、シルヴァが作っているジャックオランタンが貰えるというシンプルな物だ。
誰にでもわかりやすく、そして気軽に挑戦しやすい上に可愛らしい景品が貰える。きっと、たくさんの人が挑戦してくれるだろう。
「シルヴァ様、シルヴァ様! ここ、ちょっとヘンかな? 直せるかなっ?」
元々器用な方ではないルインは、スタンプ作りに苦戦しているようだ。みんなに馴染みあるデザインをということで、校章をデフォルメしたデザインのスタンプにしようと思ったは良い物の、ギリギリまで頑張るハメになってしまった。
「これは……ここを少し、こうして……はい、これで試してみて」
「ありがとう、シルヴァ様っ! ……わぁああっ! 凄いよ、凄いよシルヴァ様っ!」
思い描いていた通りの物が出来たのか、ルインは大喜びでスタンプを押した紙を抱え上げたり抱きしめたりと大忙し。そんな様子を眺めていても良いのだが、シルヴァはその紙を取り上げてしまった。
「ルイン、折角可愛らしい服を着ているのだから、汚さないように大人しくしていましょうね」
ぱちりと目を見開いて、ニコニコと笑っているシルヴァの顔を見ても、その顔はいつもと同じでただはしゃぎすぎている自分を咎めているだけに過ぎない。けれども、着飾ったことを褒められるのは少なからず嬉しいもので、取り上げられた物があるにも関わらずルインは少し照れた様子で喜び始める。
「か、可愛いかな、お洋服がかなっ? キラキラしてて、ルインも好きだよ! シルヴァ様のも、可愛いね!」
「――それは、褒め言葉ではないんですけどね」
頭にハテナを浮かべつつ、シルヴァが喜んでくれるなら洋服を汚さないようにしようと一瞬思うのだが、好奇心が止まることはなくて結局はいつも通り遊んでしまうことになるのだろう。
レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)はと言えば、既に完成していた一部のスタンプを持って、協力してくれる店舗を探し歩いていた。まだ準備中ながらも、店構えや用意している道具などから何の店をするのか見当はつくので、より目立つ店舗に協力してもらえればと思っていた。
(その方が、スタンプも探しやすいだろうからね)
別段、宝探しのように隠す必要はない。ジャックオランタンも来場者プレゼントくらいの勢いでシルヴァが作っているだろうし、そのほうがハロウィンらしくもなるだろう。
「すまない、スタンプラリーのスタンプを設置してもらいたいんだが……」
自分たちスタンプラリーの受付と隣り合わせの店舗は、同じ教導団のお菓子屋。けれども、その間には互いの荷物置き場のスペースがあったりで、実質には店1つ分のスペースを挟む上にテントが一続きになっていないため、準備の様子などは一切わからなかった。
「な、何をするんだ……っ!」
バタバタと凄い音を立てて出てきたのはイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)。確かに彼女がパートナーたちとする店だと聞いていたのだから驚きはしないが、冷静な彼女が少し取り乱したように飛び出てきたのが意外だった。
「おはようイリーナ。忙しいところに来てしまって悪いな」
「レオンは悪くない。ただちょっと、無理矢理……」
言葉を濁すイリーナに、ふと顔を上げてみれば奥の方ではちょっとしたテーブルスペースを準備しているフェリックス・ステファンスカ(ふぇりっくす・すてふぁんすか)とクッキーなどお菓子類がたくさんはいった箱を持ち上げているエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)が、こちらを向いてニコニコと微笑んでいた。
(なるほどな……)
どうやら、誰かに渡せれば良いと思っていたスタンプも、彼女のパートナーたちが気を遣ってわざわざイリーナを押し出したらしい。
「これが話してあったスタンプだ。目立つ所に置いて、お店に立ち寄った人には案内してあげてくれ」
「わかった」
今日はお互いに出店をする立場なのだから、このお祭りを楽しむことは出来ない。任務を全うするのが当たり前とでも言うようにイリーナは何も口にせず、言われた通り目立つところに設置しようと自分の店を表から眺める。
「――イリーナ」
用件が終わったはずのレオンハルトがまだそこにいるので、どうしたのかと振り返ろうとしたら頭に被っていた帽子を深く被らされてしまった。
「さすが美人は何を着ても似合うな。だが、不必要に出歩くなよ」
いつもの見慣れた軍服ではなく、ハロウィンに合わせた魔女の格好。黒い服は彼女の白い髪や肌が映え、傍についていてやれないことが歯痒いくらいに美しいと思った。
「なにを……私は売り子だ、店を離れるわけがない」
帽子を元に戻す頃には既に歩き出しており、ただ「気をつけろ」と言い残されたことに理解が出来ないでいた。
クスクスと笑いながら、チラシを半分に折ってカゴに詰めているトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)は不思議そうな顔をしているイリーナにこう告げる。
「レオンさんは、イリーナが誰かにナンパされるんじゃないかと心配なのでありますね」
「な……」
それを聞いていた奥の2人も、もう帰ってしまったのかとかお店は自分たちでなんとかなるぞとか、まるで自分の顔に「デートに行きたい」と書いてあるかのような冷やかしをされ、余計に「絶対売り子を遂行する!」と使命感に熱くなってしまうのだった。
「青春しておるのうイリーナ。どれ、トリックオアトリートじゃ!」
手伝いに来たぞ、と顔を出したのはセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)とミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)の可愛いティンカーベル2人を両腕に乗せハンギングツリーの仮装をしたサミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)の3人。どうやら、スタンプラリーを盛り上げる手伝いをするらめ、一足早く参加していたようだ。
「……3人か。しかし、青春とはどういう意味だ?」
「フッフフ〜♪ じゃあ、見なかったコトにしてあげるネ! 俺もトリックオアトリート!」
さすがに両手が塞がっているとあって手を差し出せないためか、大口を開けて待っているサミュエルに仕方ないと苦笑しながらイリーナは入り口に用意しておいた配布用のお菓子を取ってくる。飲食店がお菓子を配るのもどうだろうかと思ったが、やはりハロウィンのイベントらしく配る物もあったほうが良いと用意したのだろう。小さなカゴからカボチャのクッキーを取り出し、3人の口に順に放り込む。
「はい、セシリー、サミュ、ミリィ、あーん」
「えへへ、ありがとー! おねえちゃんと一緒に、イリーナのお店も宣伝してくるからね!」
目的のお菓子も貰え、みんなで盛り上げようと意気込みが高まる3人。そして、各所で準備が進み開催まであと僅かに迫ったハロウィンパーティ。どんなバトルが繰り広げられるのか、参加者もそして各校の校長たちも試合と結果を楽しみにしているのだった。
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