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リアクション
第2章 マリエルからお菓子を貰おう!
「主催者というからには用意するお菓子も豪華にちがいありませんわ!」
黒い魔女の正装に身を包んだエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が、ぐっと拳を握って言う。
「美味しいお菓子だといいですね」
エリシアの様子に、犬耳をつけて狼男の仮装をしたパートナーの影野 陽太(かげの・ようた)が頷いた。
「そうと決まれば、早速、向かいますわ!」
お菓子に対して目が肥えてそうだとマリエルにあたりをつけたエリシアは彼女を探して、学園の敷地内を歩き出す。陽太もそれを追いかけた。
「マリエル様ぁ〜、トリックオアトリートですぅ〜」
校庭にて、天使の仮装に身を包んだマリエルを見つけた朝野 未那(あさの・みな)が声をかけながら、彼女へと近付いていく。
普段どおり、魔女の格好をした未那が用意してきたお菓子は、姉たちと作ったプチパンプキンケーキだ。
「私のお菓子、食べて下さいぃ〜」
先ほど、姉の未沙が果敢に愛美へとアタックしているのを見て、未那もそれを実行しようとパンプキンケーキの片端を口へと含んだ。
「えええっ!?」
予想外の出来事に、マリエルが驚きの声を上げた。
「あ、あの、それはさすがに、恥ずかしいと思うんだよねっ!?」
焦り、マリエルは未那の行動を止める。
「普通に食べたいの。とても美味しそうだし……ね?」
「そうですかぁ〜? じゃあ、仕方ないですぅ〜」
残念そうにしながらも食べてもらえるのなら、と未那はパンプキンケーキを手に取り、マリエルへと差し出した。
「いただきます」
差し出されたパンプキンケーキをぱくっと口に含んだマリエルは、口に広がる甘みに目を細めた。
「マリエル様ぁ〜、私のお菓子ぃ〜、お味は如何ですぅ〜?」
「うん、美味しいね」
未那の問いかけに、マリエルはこくんと1つ頷いて、もう一口と彼女の手元に残るケーキを頬張る。
「マリエル・デカトリース! 貴様のお菓子、他の人には渡させませんわ!」
そこへエリシアがやって来た。手にした杖の先をマリエルへと向けている。
「エリシア、杖の先は人に向けるものではありません。……そして、そういうわけなので、君のお菓子をいただきます」
後から追いついてきた陽太もそう告げて、マリエルのお菓子をもらうべく、彼女へ向かって駆け出した。
「マリエルのお菓子は私のものよ!」
「とりっく・おあ・とりーと、マリエルお姉さまのお菓子は私が貰い受けるんどす」
そこへ刃渡り2メートルの大きな剣を携えた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と、橘 柚子(たちばな・ゆず)もやって来て、マリエルのお菓子を貰うべく、動き出す。
エリシアは美羽と柚子の足元を氷術を用いて、凍らせる。
「「きゃあっ!?」」
2人とも突如、凍らされた足元に、滑ってしまった。けれど、すぐに凍りついた地面とは別のところで立ち上がり、駆ける。
「これでどう!?」
美羽の指輪が激しい光を放った。その眩しさに、エリシアも陽太も柚子も思わず目を閉じてしまう。予め、目を閉じていた美羽は3人の目がくらんでいるうちに、手にした剣を振るった。
刃の長さを生かして、2メートルほど離れた場所から、陽太の争奪戦への参加の証であるオレンジ色のリボンを切り裂く。
「ああ、リボンがっ!?」
「リボンを付けているのがルールだから、これで失格だよ!」
美羽はそう言い放ち、残りの2人へと交互に視線を向けた。
「情けないですわ、陽太」
エリシアは言って、再度、氷の礫を作り出した。
「滑ってなさい!」
言って、その礫を美羽の足元へと放つ。
「二度も滑らされないんだよ!」
数歩下がって、美羽は凍らされた地面を避けた。
凍っていないところに踏み込んで、エリシアのリボンを切ろうと試みる。
「今のうちに……十二天将!」
柚子はパートナー由来の魔技である十二天将を呼び出せば、邪魔されぬように命じて、マリエルへと近付いた。
「とりっく・おあ・とりーと、マリエルお姉さま♪」
そう言って、柚子が差し出すのは生のマスカットとピオーネを1粒ずつ薄い求肥で包んだ手作りの和菓子だ。
「トリック・オア・トリートぉ♪ 早速、柚子のお菓子、もらうねぇ」
マスカットの方を1粒摘んで、マリエルは口へと頬張った。
「うん、美味しいんだよぉ」
お菓子を味わって食べたマリエルは微笑んで、お返しにと自分の用意したお菓子を取り出す。
「皆も争ってないで……そんなに食べたいなら、分けるといいよ」
言いながらお菓子の包みをマリエルが開く。中から現れたのは、小さく刻んだカボチャを生地へと混ぜた、一口ドーナツだ。
分け合うでなく、皆、独り占めしたいのだけれど、お菓子をくれる本人がそう言うのでは仕方ない。
美羽もエリシアも掲げたそれぞれの武器を下ろし、柚子も十二天将たちに消えてもらう。争いに巻き込まれないよう少し離れて見ていた未那も改めて、マリエルの元へと近付いてきた。
「さあ、どうぞぉ」
マリエルが広げた包みを皆へと差し出す。それぞれ1つずつ摘んで、食べた。
「うん、美味しい! ありがとうマリエル!!」
美羽はこくんと1つ頷いて、微笑んだ。
「ええ、美味しいですわ。豪華とは程遠いですけれど」
主催者が用意するお菓子なのだからどれだけ豪華なものかと考えていたエリシアにとっては少し拍子抜けするようなお菓子であるが、食べてみればその味にマリエルらしさがあり、素直に感想を告げた。
「百合園では学年が上の先輩の事を親しみを込めて、お姉さまって呼ぶんですよ」
なのでお姉さまと呼ばせてください、とドーナツを食べながら柚子は言う。
「何だか恥ずかしいよぉ」
そのように口にしながらも呼ばれるのはまんざらでもない様子のマリエルだ。
そうして、マリエルのお菓子は皆のもの、となった。