|
|
リアクション
第1章 貴方と鐘を鳴らしたい
「リアさん、食べ歩きを楽しみませんか? 今日は私の奢りです、好きなだけ召し上がってください……! 日頃お世話になっている恩返しですよ」
食い倒れ祭り。それを魅力的な響きだと捉えた明智 珠輝(あけち・たまき)はそう言って、パートナーのリア・ヴェリー(りあ・べりー)を誘う。
「え? 今日は全部珠輝の奢り……!? 珍しいな、何か企んでるんじゃないのか?」
そのようにいぶかしんだリアであったが、エルデの町へとやって来て、賑わう屋台とその店頭に並ぶ美味しそうな食べ物の数々に、心を奪われ、いぶかしんだことも忘れてしまった。
リアが屋台へと目を輝かせている間に、珠輝は受付でスタンプカードを貰う。鐘やエメネアからのちゅーのことは彼には内緒なのだ。
「リアさん、あそこのお店美味しそうですよ」
何事もなかったかのように、リアへと声をかけ、手近な屋台を指差した。
「そうだな。早速、食べに行くぜ」
早く早く、とリアが珠輝を促す。
屋台の店主からモノを受け取れば、後は珠輝に任せて食べ始めるリア。彼に気付かれないよう、支払いと共にスタンプカードへスタンプを押してもらう珠輝。
「うん、美味しい」
満足そうに食べるリアを見れば、珠輝は口元に笑みを浮かべた。
「リアさんの食べっぷり、素敵です……!」
次々と店を制覇していき、昼時にはスタンプカードの3分の1ほどが埋まった。
珠輝はリアをおだてて、食べさせていく。
「そろそろおなかいっぱいだー」
昼時も過ぎて、カードを半分くらい埋めた頃、リアが音を上げてしまう。
「リアさんならまだいけるハズです! ほら、私がアーンして差し上げますよ」
珠輝がおだてながら、一口サイズのスイートポテトを差し出せば、リアは怪訝そうに眉をしかめた。
「いやですかそうですか」
苦笑しながら珠輝は摘んだスイートポテトを自分の口へと運ぶ。
「悪ぃな。ま、一休憩したらまた食うぜ? 何たって珠輝の奢りだからな」
にっと笑んで、リアはそう告げるのであった。
(弥十郎さんと一緒に鐘を鳴らしてみせます!)
(樹さんとワタシのための鐘ですねぇ! この佐々木弥十郎、推して参ります!)
それぞれがそう意気込んで、エルデの町へとやって来たのは、水神 樹(みなかみ・いつき)と佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。
受付でスタンプカードを貰い、改めて町の様子に目を向けると、人が多かった。
「手、繋ごうか」
「はい」
そう言って弥十郎が左手を差し出すと、照れて頬を朱に染めながら樹は右手を重ねる。
「い、痛いです」
弥十郎が握ると、力が入りすぎていたようで、樹は小さく、そう告げた。
「す、すみません」
ぎこちないながら力を抜く弥十郎。緊張のせいか、時折強く握ってしまうが、そのたびに力を抜いた。
まずは屋台らしく串焼きやたこ焼きなどを食べていく。
「あ、ソースついてる」
樹の指先に垂れたソースがついてしまっていることに気付いた弥十郎は、そっとその手を取り、その指先を舐めた。
「!!」
手を繋ぐだけでも赤面ものなのに、樹は驚き、ますます顔を赤らめる。
昼前には主食になりそうなものを食べようと向かった先には、『日本全国の珍しい焼きソバ集合!!』と書かれた看板と共に、いくつかの屋台が軒を連ねていた。
『イタリアン』と看板を出している屋台を覗くと、そこにあるのはスパゲティではなく、焼きソバだ。もやしとキャベツと共に炒められたソバにかかっているのはミートソースのようだ。
他にも一口サイズのジャガイモの入ったモノやスープのかかったモノ、色の濃いソースが和えられているモノなど、様々な焼きソバが売られている。
樹と弥十郎は、それぞれを少量ずつ購入し、スタンプを貰うと、至るところに設けられた食事スペースに並べて、食べ比べてみる。
「焼きソバといってもこんなに種類があるんだねぇ」
「そうですね、驚きました。でも……どれも美味しいですね」
感心したように呟く弥十郎に、樹は頷いて同意した。
食べ終わった2人は、菓子系だろうかとそういったものを扱う屋台の並ぶ通りへ足を向ける。
じゃがバターや焼き芋、天ぷら饅頭などを食べ、2人は優勝目指してスタンプを集めていった。
パートナーのリアン・エテルニーテ(りあん・えてるにーて)と共に祭りを楽しむために町を訪れたシャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)は、秋の味覚を楽しもうと通りを闊歩していた。
祭りは明るい賑わいを見せ、優勝者へと贈られる鐘を鳴らす権利の所為か恋人同士で参加している者たちが多いように感じられる。
シャンテも縁結びの鐘のことを聞いたとき、興味は持てた。
けれど、やや離れて歩くパートナー、リアンへの想いが恋愛感情なのか、はたまた別のものなのか、自分でも分からなくて。
食い倒れ祭りで優勝して鐘を鳴らしに行こうという考えには、積極的にはなれないのだ。
一方、リアンはというと、町行く恋人たちの姿に己とシャンテの姿を重ね、違和感を覚えていた。
彼らと自分たちとは何かが違うのだ、と。
ただ、何が違うのかは分からない。
だからこそ、彼らのように見られないよう、シャンテと距離を置いて歩いた。
次は何を買って食べようかとリアンはシャンテの方を振り返る。すると、そこには寂しげな表情をしているパートナーの姿があった。
「あ……」
自分が距離を置いていたことが彼を寂しくさせてしまったのだろうか。
そう考えてしまい、言葉に詰まったリアンはきょろきょろと辺りを見回した。
すぐ傍に、焼き芋を売っている屋台を見つけると、手早くそれを1つ購入し、戻ってくる。
「ほら、秋の味覚を楽しみに来たというのに、まだ焼き芋は食べていないのだろう?」
差し出しながら、そう告げると、シャンテは一瞬、驚いたような顔をしてみせた。
「そうだな。まだ食べていなかった」
こくりと頷いて、その焼き芋を受け取るシャンテ。リアンの手にはその1つしかないことを確認すると、真ん中辺りで半分に割った。
「はい。半分こした方が、他のもの、たくさん食べられるだろ」
「ああ、ありがとう」
何も言わなくても気付いて、そうしてくれるシャンテの優しさに、リアンは嬉しくなる。
リアンが差し出された半分を受け取ると、シャンテは早速「ふーふー」と冷ましてから、焼き芋を頬張った。
それを横目で見ながら、リアンも焼き芋へと噛り付く。
「これ食べ終わって、しっかり秋の味覚を楽しんだら、学舎の皆とお茶会をするための菓子を買って、帰ろう」
「ああ」
シャンテの提案に、リアンが頷く。
2人は秋の味覚を存分に楽しんでから、町を去るのだろう。
「アリンコ退治の時はあまりゆっくり出来なくて、どうなったか気になっていたんですが……町にもあまり被害が無くてよかったですね」
楠見 陽太郎(くすみ・ようたろう)が祭りで賑わう町の様子を見て、ホッと胸を撫で下ろした。
彼もジャイアント・アント襲撃の際、町を守った学生たちの1人だ。
あの1件から何度か訪れてみようともしてみたが、なかなか機会が持てず、今日に至ったのだ。
通りを歩く者たちは、秋の味覚を両手にたくさん抱え、食べ歩いている。
「どれも美味しそうね。目一杯食べるわよ〜」
陽太郎の隣を歩くイブ・チェンバース(いぶ・ちぇんばーす)も町についてそう口にした後、焼きそば、たこ焼き、焼き鳥、田楽……と食べ続けていた。
「イブそんなに食べるんですか? 肥っても知りませんよ」
タイヤキとわたあめを買ってきたところで、陽太郎が彼女へと声をかける。
「え? 肥るぞって? 大丈夫大丈夫肥らない体質だから」
それにゆっくりと食べていては鐘を鳴らす権利を他人の手に取られてしまう――。
陽太郎は、祭りの趣旨と鐘のことに興味がなさそうなため、イブは話していないのだ。
1人でポイントを集めて、鐘を鳴らす権利を得ることが出来れば、このパートナーと一緒に鳴らそう。そう意気込んで、屋台を回っては食べ続ける。
「うう……もうだめ……」
いくら食べても肥る体質でなかったとしても胃に限界はある。
無理して食べていたところ、腹が苦しくなってきて、イブは食べる手を止め、腹を押さえた。
「ほらそんなに無理して食べるからですよ」
陽太郎は呆れたように苦笑しながら、言う。けれど、近くにベンチを見つけると、イブをそこへと促す。
(こうしている間にも他の人がポイントを……)
道行く人たちを眺めて、イブは思う。
けれど、腹の苦しさを覚えたままでは満足に食べられないのも事実だ。
他の人たちも休息しながら食べているのだろう、と思い直すことにして、イブは暫し、陽太郎とベンチに座って休憩することにした。