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【2・罠だらけの学校】

 一斉にスタートした王子候補達。
「さてさて、横一線でよーいドン……先はどうなる事か」
 そう呟いたのは彰。そして、そのまま一階の廊下を走る側と、下駄箱脇の階段を上る側とに分かれた。目的地は四階なので、早々に階段を上るべきと普通なら考えるかもしれないが。スタート地点のすぐ近くにある階段には罠が多いと考えるのも必定である。
 ゆえに廊下ルートを選択した先頭の彰。そのすぐ横でひた走るのは、薫。それに続くのが総司。そのすぐ後にクライスとレイディス、そしてジーナと章の姿が並ぶ。
 電灯はついておらず、頼れるのは月光のみの暗さだが、
 そのとき。不自然に開いていた教室の窓から、突如十数ものボウガンの矢が一斉掃射されてきた。
 彰は先頭だったゆえ、後頭部をかすめるくらいで助かり、トラッパーを使っていた薫もそれをなんとかかわし、そして同様にトラッパーで罠の位置を予測したレイディスはクライスと共に矢を避けた。最後尾にいたジーナと章も、鼻先で回避できていたが。
 唯一、総司は見事にその罠の餌食となっていた。矢でくし刺し……かと思われたが、その矢には刃のかわりにとりもちがくっつけられていた。
「うわ、くそ。なんだこれ!」
 傷こそ負わないものの地味に鬱陶しい罠に、総司は身動きができなくなる。
「総司殿! だいじょうぶでござるか!?」
 同じ部のよしみか、薫は一旦進みかけた足をUターンさせて矢を取り外しにかかる。
 そんなふたりを尻目に、他の5人は先を急いでいく。しかし先の廊下にはトゲトゲ満載のいばらがそこかしこから生えていた。
「面倒だ、これでもくらいやがれ!」
 それにいち早くレイディスが爆炎波で焼き払い、できた道をクライスと共に駆け抜けようとして、彰もそれに続いた。が、
「うわっ、なんだこれ。また絡んでくるぞ!」
 彰の言う通り、どんな仕組みなのかすぐにまたにょきにょきと廊下にいばらが戻ってきていた。と、いばらが先頭三人に向かっている隙をつき、
「フリフリひらひらの好きなワタシですけど、今回はこの服でよかったです」
 教導団の男子制服に身を包んでいるジーナが、章と共に先頭に立った。
「階段が見えてきたよ。このまま一気に上――ん?」
 そのとき、章の持っている携帯が鳴った。慌ててとる章。
「はい、もしもし〜?」
 いばらを切り払いながらジーナも耳を近づける。
『私だ』
 聞こえてきた声の主は、ジーナと章のパートナーである林田樹(はやしだ・いつき)のものだった。彼女は2人の現在地を聞いて、それを確認するやこんなことを言ってきた。
『いいか、ジーナ、洪庵。その先の階段には、多くの罠が仕掛けられている。だから』
 ジーナと章は、罠を回避できるよう誘導してくれるのかと、樹のいつにない優しさに驚きながらも喜びかけたが、
『ちゃんとその罠をくぐり抜けて二階にあがってくるんだぞ。それからはまた、罠の多い道をきちんと通れるよう誘導するからな』
 続くそんな言葉に、やっぱり樹は甘くないと再認識する結果となった。
 若干の沈黙の後にふたりは、互いに互いを見つめ、
「あんころ餅(章のこと)、罠が怖いのなら別のルートをいってもいいんですよ?」
「カラクリ娘(ジーナのこと)、僕をなめてもらっちゃ困るよ。罠もお前さんも、まとめてぶっ飛ばしてやるよっ!」
 挑発を掛け合い、そのまま勢いよく階段を駆け上がっていった。ちなみに他の生徒達は2人の何やら危険そうなワードから、階段を無視して廊下の更に奥にある別の階段へと突き進んでいた。
 その直後、盛大な爆音が階段上から轟いたのだった。

 樹は、聞こえてきた爆音を確認してから、一度携帯を切った。
「全く、あの2人にはほとほと困る。私の心配をよそに……」
 甘いものが苦手な樹は、なるべくお菓子が少ない部屋の端に陣取り、ブラックティーを飲みながら待っていたが。
 実際樹は、はじめはこのイベントの趣旨を『対民間人救出作戦の訓練』だと思っていたのだが、控え室にいる人からイベントの概要を聞き、それなら2人の訓練の場として活用しようと考えたのだった。
(どうりで、ジーナはフリフリ姫ドレス、洪庵は艶やかな総絞りの振り袖なんかを、わざわざ勧めてきたわけだ)
 そう思い返す樹の格好はダッフルコートにセーター、デニムのパンツ。ふたりからの頼みは事前に『どちらのいうことも聞かない』と言って断ったのだった。
「どうしてそこまで必死になるのか……」
「でもそれは、それだけあんたを思ってるってことじゃないか?」
 そこへ、そう言ってきた百合白温和(ゆりしろ・ゆたか)の声がかけられた。温和は、部屋に備え付けてあったパソコンから送られてくる監視カメラの映像を眺めるや、何やら操作して件の階段付近のスプリンクラーを動かしていた。
 そうしたサポートを行いつつ、温和は続ける。
「オレも恋愛なんてよく解らないけど、そうまでして必死になりたい相手ってことだろ。あんたが」
「……だろうな。わかってるんだよ、わかってるから困るってこと」
 温和を一瞥しつつ、またブラックティーに口をつける樹。
「あんたはどう思う?」
 そして。温和は先程の喧騒から離れ、こちらに来ていた愛美に今度は声をかける。温和もまた愛美のことを心配しているひとりなのである。
「え? まあ、私は……真剣に人を想ったりするのは大事だと思うよ。でも、それでひとりの相手を取り合うとかはどうかなとも考えちゃうかな。恋すると、ほんとイヤなことばかりだし。誰かを取り合っていがみあったり、二股かけられて騙されたり……」
 やや元気さは取り戻した愛美であったが、普段の彼女なら絶対言わないようなことを語っているところをみると、恋愛否定状態はまだ続いているようだった。
「騙し騙され振り振られ、二股三股当たり前、集団交際大いに結構ではございませんこと?」
 そこへジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)が近づいてきた。傍にはパートナーのジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)と、アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)の姿もある。
「ジュリエットお姉様、その言葉はさすがにはしたないですわ」
 先の言動に、ジュスティーヌはそう嗜めていたが。当のジュリエットはまるで構う様子を見せず、
「いいじゃありませんか。わたくしは恋がイヤだなんて思いませんもの、例え騙され二股をかけられようともそれは殿方があんなことやこんなことを望む本能ゆえのこと、それを割り切って付き合うのも恋のひとつですわ。そうは思いません?」
 身体を妖艶にくねらせて『あんなことやこんなこと』の部分を説明していた。
「え、あ。その、恋愛って、そういうもの、なのか……?」
 あまりにあけっぴろげな言動や態度に赤面しつつ、考え込んでしまう温和と、
「は、はしたないよ! そんなの! 恋っていうのは、もっと純粋なものだよ!」
 愛美もまた頬を染めて激昂していた。
「助平心のない殿方なんてつまりませんわ。ヤる時は徹底してヤる位の方が好もしいですわね」
「男も女も変に気取らないで、欲望に忠実なのが一番じゃん! ついでに財力と権力があって、アッチの方も上手ければ最高じゃん!」
 ジュリエットに加え、アンドレもそんなセリフを平然と放ち、もはや完全に愛美達には引かれる結果となっていた。
 そんなことが部屋の一角で繰り広げられている中。
 別の一角でも似たような話題でひかれ気味の女生徒がいた。羽高魅世瑠(はだか・みせる)アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)である。
「でもあたしにしてみれば、そこで×××するぐらい当然と思うじゃん? だから言ってやったわけ。キミはそれでも××××が××××××かってさ! あっはっはっは!」
 下ネタを連発する魅世瑠に、
「ですから、殿方を肉体的に満足させるにはですね? まず×××を××して……」
 どえらい話題を滔々と語るアルダト。
 そんなふたりに周りの女生徒は、ドン引きするか、赤面して逃げ出すかしてしまっていた。そんな空気にやがてふたりは輪を抜け、別のテーブルにいたふたりの方へと向かった。
「やっぱダメ。すっかり顰蹙買っちゃったよ」
「皆おこちゃまばかりですわ、もう少し聞いてくれても良さそうなものですのに」
 そんな魅世瑠とアルダトに答えるのは、
「ああ、あたしも夢見るお嬢様話には付いていけなかったからな。ここは食い気に走るのが一番だよ。あ、ラズ〜、そんなにがっつかなくても菓子は逃げねぇぞ」
「魅世瑠、コれオイシイよ!」
 チョコバーを3本まとめて食べているフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)と、チョコバーとモンブランとシュークリームをまとめて食っているラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)。共に魅世瑠のパートナーである。
 4人揃って、百合園お嬢様スタイルでプリンセスとして参加していたが。そのさまは、とてもプリンセスとは呼び難いものであると言わざるを得なかった。
「フル、コレもオイシイよ!」
「だからもう少し落ち着いて食べろって……あぁっ!? あたしのイチゴショートのイチゴが! アルダト、こんの野郎!」
「あら。わたくしは、野郎ではありませんわ」
 パートナーズのやり取りを見つつ、自分もお菓子をつまむ魅世瑠だったが。そこでふと、
(あ……そういや、変熊仮面が参加してたな。ふふ、あいつが優勝するか何かやらかしたら面白そうだ)
 なにやら思いついた様子で、すぐさま携帯電話をプッシュし、
「うーっす、変熊、久しぶり、元気してたか?」
『なにか用か? 今、俺様は忙しいんだが』
「随分だな、せっかく罠の場所を教えてやろうってのに。今どこだ? ん? ああ、成る程。じゃあ、一度そこを引き返してだな……」
 そして、罠類を全部ネタバレしてから魅世瑠は携帯を切り、
「さあて、これからどうなるか見ものだな」
 満足げに笑みを浮かべるのだった。
 と、
「これマズいヨ!」
「ちょ、馬鹿なに食ってんだよ! それ皿じゃん!」
「うっわ。皿がバラバラ……がっつくにも程があるだろ」
「でもそれでいて歯がまるで傷ついていないのが驚きですわ」
 再び騒がしくなる4人のプリンセスであった。