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リアクション
【3・談笑する彼女たち】
最初に階段ルートを選んだ生徒達はその途中、大玉転がしで使ったと思われる玉が勢いよく転がってきたのに驚かされたりもしていたが。意外にもそれ以上の罠はなく、あっさり二階へと辿り着いていた。
そこからまた階段で上へ上る組と、これ以上は危険そうだと判断し二階の廊下を進む組に分かれることとなった。ちなみに二階組は、社、想、未沙、シリウスの4人。
彼ら(女性もいるが)は、二階廊下を駆けつつ予想外の責め苦を強いられていた。
それは、寒さである。この時期にも関わらず窓という窓が全部あけっぴろげにされており、風がもろに入って冷気が二階を蹂躙していた。
しかも廊下が机や椅子の山で封鎖されており、教室の鍵を開けて中を通っていかなければならないようになっていた。その上、下手に破壊すれば結局山が崩れて通れなくなるのは明白で。
結果ピッキングのできる想が鍵開けを担当し、現在ふたつめの教室を通過中だった。
「ここをこうして……あれ? あ、これさっきの鍵と構造が違いますね……」
「ちょぉ、早してや! 寒ぅてかなわんて! もー、こんなんやったら、金ダライ落ちてくるとか、落とし穴とかの罠のほうがずっとマシや!」
社は微妙なイントネーションの関西弁で、想をせかす。
未沙はいっそ来た道を引き返すべきかとも考えるが、直後どこかから聞こえてきた爆音に、厄介なのはどこも同じかと思い直した。
そのとき、携帯電話の着信音が鳴った。
全員が自分のを確認し、とったのはシリウスだった。ちなみに社は、プリンセスの誰かから案内の連絡が自分に来たかと期待したゆえに、なにげにがっかりと肩を落としていた。
「もしもし」
『あ、もしもしー?』
相手はシリウスのパートナーの如月空(きさらぎ・そら)。
「空か。アドバイスの連絡だな?」
『今どこにいるの? ここ、おいしいものがいっぱいだから、早く来たほうがいいよー』
「え? いや、そんなことよりトラップの位置を」
『中でもこのマフィンは絶品だよっ、なくなっちゃっても知らないよー。それじゃっ』
「あ、ちょ、空――」
ブツッ、ツーツーツー
切れていた。
まったく罠の状況を知ることができなかったシリウスは落ち込みかけるが、それはそれで試練だと考えなおすのだった。
「もう少し……よし、開きました!」
と、その声と共に社が教室の扉を開いて駆け出し、想と未沙もその後に続く。
その先にはもう机椅子のバリケードはなく、難なく階段へと辿り着くことができたが。なぜかその辺りはびしょびしょに濡れており、下へ続く踊り場では誰かが倒れているのが見えた。
一同はそんな惨状に若干の不安は感じつつも、上への階段を駆け上がっていく。が、
「うわ」「な、なんやこれ!」「きゃ、ちょっ……ちょっと!」
直後上階から何百、何千個ものスーパーボールが落ちてきて、その津波に想、社、未沙達はそのまま一階へと流されてしまうだった。
唯一、先に誰かが進んで罠が発動するのを待っていたシリウスは、
「悪いな。俺は先にいかせて貰うぞ」
そう言っていちはやく三階へと上がっていく。
「それにしても、極寒の廊下に、たくさんの罠。まるで地獄だ」
「はあ〜……あったかい部屋に、たくさんのお菓子。まさに天国だよねー」
シリウスの苦労をまるで知らない空は携帯を切った後も、のほほんとお菓子をパクついて食べ比べをしていた。
そんな空と一緒に団欒しているのは愛美とマリエルの他に、どりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)とふぇいと・てすたろっさ(ふぇいと・てすたろっさ)、藤枷綾(ふじかせ・あや)、田村フェリス(たむら・ふぇりす)、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)、七瀬歩(ななせ・あゆむ)がいた。
「まだ王子役の人は来ないのかな〜。はやく幸せなカップルさん達を見て、楽しみたいね。あゆむちゃん♪」
「うん。でも告白とか複数から受ける人は大変だよねー。そうなったらどうするのかな?」
プレナと歩の仲良さげな会話に、
「え? そういうときって、皆さんとお付き合いしちゃいけないの?」
恋愛感情があまりわかってないフェリスが、無邪気な調子でそう言ってくる。
「うふ。そうですわね、お付き合いするのでしたら、生涯ただひとりと真意にお付き合いするべきだと私は思いますわっ」
それにお嬢様言葉ながら、ちょっと明るめな口調で答えるのは綾。
「でも問題は、そこまで思える相手がいるかどうかですよね」
「む。どり〜むはそういう相手に会いたいんですか? そんな相手ならここにもう……」
そして会話に加わるどりーむと、パートナーに何だか不安げな視線を送るふぇいと。
「あんまり気が多いのは考え物だけど、友達が増えるのはいいことよね!」
「大事なのは線引きかなぁ? どこからが友達で恋人かっていう」
「フェリスは友達、百人欲しいよ〜!」
「わたしも、素敵な出会いができればそれで十分かなぁ?」
「確かに友達でも恋人でも、大切な人ができるのはよいことですわよね」
歩、プレナ、フェリス、空、綾が会話に花を咲かせていく。と、どりーむが一同の顔を覗き込みながら訊ねる。
「できるのは、友達でもいいの?」
「フェリスは楽しい人なら誰でも!」
「え? それは勿論、私だってできるなら恋人が欲しいですよっ!」
フェリスと綾がそう言うと、
「でも男なんてだらしなくて身勝手なのばかりよ。そんな男より、あたしはあなたのような女の子のほうを好きになったほうが幸せになれるかもしれないわ」
と、突如フェリスに驚愕の台詞をかけるどりーむ。
「え、お姉ちゃんも女の子じゃないの?」
「あら? 恋をするのに性別は関係ないわ。好きかどうか、会いたくなるかどうかよ」
無邪気質問のフェリスに、平然と答えるどりーむ。
「ま、まさか彼氏が欲しいんじゃなくて、彼氏のいない女の子がめあてだったの?」
そしてふぇいとはやきもきしていた。
「あ……じ、実は私も女の子同士の恋愛はあってもいいと思っていましたわっ! よ、よろしければ仲良くしてくださいますかっ?」
更に綾がなんだか目をギラギラさせて、それに答えていたりした。
そうしてフェリス、綾、どりーむ、ふぇいとが、百合的な会話に発展していくのを歩はやや頬を染め、プレナは喜々とした顔で見つめつつ、
「そ、そういえばそちらの……空さんのパートナーの方はどんな人なんですか? さっき電話をしていたみたいですけど」
歩に水を向けられた空は、食べていたプリンをごくんと飲み込むと、
「シリウスのこと? そうだなぁ、お顔も性格もキレイな人だよ。いつも自分に自信もってて(傍若無人とも言う)、それでいて純粋で(世間知らずとも言う)……わたしは好き(他意無し)。だからさっきもはやく来てほしいって伝えてたの」
そんな空の言葉にきゃあきゃあとはしゃぐ歩とプレナ。
「えー、良いなぁ。そんなカッコイイ人いるんだぁ。百合園女学院は良いところなんだけど、そういう出会いが少ないのはちょっと残念かな」
「まぁまぁ、だからこそこれから出会えるかもしれないじゃない」
だが、実際空のその言葉にはそーいう恋人関係の意味合いはまるで無かったりする。現に特に何を思うでもなくお菓子をまた食べ、
「こんなに素敵なお菓子がいっぱいあるんだから、王子様が9人もいたらとっても素敵だね!」
近くに座りながらも、今まで会話に参加していなかった愛美に声をかけていた。
「……あ、うん。そう、だね」
「もぉ、相変わらずテンション低いんだから」
そうして相槌をうつだけの愛美は、相変わらずマリエルに心配されていた。しかし愛美とて何も考えていないわけでもなかった。
このときは、企画開始前のことを少し思い返していたのである。
*
時間は数時間前に遡る。
それは、生徒Aからの今回の校内放送が流れて間も無い時のことだった。
パートナーとはぐれ、お腹がすいていた鏡氷雨(かがみ・ひさめ)は先程の放送に、
「美味しいお菓子!」
というワードに反応し、結果生徒Aの案内で遊戯室に通されていた。
そこでは多くの女の子達が既に集まっており、趣旨を理解していない氷雨は首をかしげつつもテーブルに並べられるお菓子に目を奪われる。
「わー! いっただきまー……」
と、食べようとした直前。
「ちょっとマリエル、私は本当にこんな企画に参加する気ないんだってば」
「もー、マナってばここまで来てまだそんなこと言ってるの? ほら、美味しそうなお菓子やケーキがたくさん! とにかくこれ食べながら、ゆっくり王子様を待とうよ、ね?」
愛美とマリエルが、部屋へと入ってきていた。
スイーツに目が無いマリエルは、早々に小皿に取り分けはじめるが。愛美は沈んだ顔をして適当な椅子を引き寄せくったりともたれ、ぼんやりするだけだった。
「こんにちは」
そんな愛美の近くに座る氷雨。
「……こんにちは」
空返事で返す愛美。
「どうかしたの? なにか悩み事?」
「え? ううん……べつに悩んでるんじゃないよ。むしろ新しい自分に目覚めて気分が晴れやかなくらいよ」
口ではそう告げる愛美だが、明らかに見た目に覇気が無さ過ぎた。
「もー、マナ。またそんな心にもないこと言って」
小皿を山盛りにして戻ってきたマリエルにも、完全に心中を見透かされていた。
「嘘じゃないってば。今の私は、ホントに恋愛なんかどうでもいいって思ってるの!」
「それはちょっと、このイベントに来ている方に失礼だと思いますけど……」
と、そこへリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が声をかけてきた。
彼女は生徒Aから「プリンセス役が一人足りないから参加して」と言われ、成り行きでプリンセス役として参加することになってしまっていたのだった。
それが本当かどうかはさておき、リースは参加するからには楽しもうと団欒の輪に入っていたのだが、凹んでいる愛美が心配で声をかけていたきたわけで。
「なにより、愛美さんのそれは全然本気で言ってるように見えないですよ」
「そうだよね。ボクもそう思う」
続けるリースに、氷雨も同調してビスケットをぽりぽりと食べる。食べてから、
「ところで、このイベントってどういうものなの?」
そんなことを言う氷雨に、思わずその場の全員がずっこけそうになった。
「知らずに来てたんですか? このイベントはですね……」
と、リースから今回のイベントの意図を聞かされた氷雨は少し驚きつつ、
(ボク男の子なのにここに居ていいのだろうか……)
と不安に思った。外見が女の子らしいゆえ、生徒Aにも気づかれなかったらしい。
そんな不安感を感じつつも、お菓子は食べたいのでまあいいかと思い直した氷雨は、改めて今度は板チョコに手を伸ばすのだった。
「ところで。マナも皆も、理想の彼氏のタイプっていうのはあるの?」
「「「え?」」」
ふいに、場を盛り上げようと思ってか、マリエルがそんなことを言ってきた。それに対し三者が三者とも若干困りつつも頬を染める。
「だから私は、これから恋なんかしないから理想もなにもなによ。べつに……」
愛美はそう返していたが、どう考えても頭の中では理想のタイプについて思いを巡らせている風にしか見えなかった。
「えっと、ボクはその。彼氏より彼女……あ、な、なんでもないよっ」
男性である氷雨は、いつものニコニコ笑顔を若干ひきつらせつつ誤魔化していた。
そしてリースはというと、実は恋をしたことがないゆえなんと答えていいかわからずにいた。それでも迷った挙句、
「自分のことを本当に思ってくれるなら、それでいいです」
と答えていた。
そんな回答に、愛美が少しだけピクリと身体を上下に揺らせた。なにかしら思うところがあったのかもしれない。
「そっちのアナタはどう?」
と、マリエルが話を振ったのは、近くのテーブルで砂糖が大量にまぶされたドーナツを食べていた月白悠姫(つきしろ・ゆき)。
「私? 私はべつに、恋とか彼氏とか考えたこともないからわからないな」
実はパートナーである永久に促されて参加しただけの悠姫は、そういう恋愛の付き合いに興味がないらしく、それだけ言って今度はチョコがかかったドーナツを一口齧っていた。
そうして恋愛話が飛び交う中、静かに近づいてきたのは燦式鎮護機ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)。今まではひとりお菓子を食べていたのだが、何やら深刻そうな面持ちで、
「あの、恋とはなんですか?」
そんな言葉をかけてきていた。
一番近い位置にいた悠姫は「え?」という表情に一瞬なった後、
「なにってそれは、大切な誰かに惹かれてその相手を想うこと、だろう」
そうして改めて言葉にした悠姫は、なんだかむず痒いものを感じてしまい、それを隠すためチョコドーナツの残りを一息に口の中に入れていた。
「なんていうか、心がどうしようもなく惹かれることだよね」「えっと……恋というのは、私もよくは解りません」「なにかって聞かれちゃうと意外と難しいよね」
氷雨とリースとマリエルからも、その後色々と説明を受けながら、ザイエンデは脳裏に何故かふとパートナーの永太の顔が浮かんでいるのに気づいていた。
(そういえば今回は、恋人を求める男女が此処に集ってるのだとか……。永太も、恋人とやらが欲しいのだろうか?)
この企画について思い出し、そんなことを考えると何故か胸が苦しくなるのを自覚し、
「……永太」
小さく、誰にも聞こえないような声でパートナーの名を呼ぶザイエンデだった。
その声は唯一、会話に入っていなかった愛美の耳には届いていた。
*
「マナ! いつまでぼんやりしてるのっ? せめてもうちょっとおしゃべりしようよ」
「あ、うん……」
マリエルの言葉を受けるも、やはり愛美はまだ物思いにふけるばかりだった。
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