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リアクション
「開始前にあれだけやる気マンマンなら、空中戦は大丈夫そうですねえ!」
ヘルは冷や汗をたらして戦慄した、どういうわけだか、とりあえず空に上がってから今のいままでその事を忘れていたのだ。自分は、とても乗り物酔いをする性質だということを。
「ちょっ、タンマ!タンマ!もっとゆっくり…うっ!」
ぐらぐらと目を回しながらも、なんとかかんとかザカコに振り回されてブレイロックのドラゴンアーツを避けるが、結局乗り物酔いの症状はひどくなっていくばかりだ。
「待たんかーい!」
「待ちなさい!」
ブレイロックが吼えた、ハーレックも叫んだ。彼女は情報霍乱をヘルにかけ、動きを止められるかやってみた。
「どうですか!?」
「ヘル! 大丈夫か!?」
凧のジャイロが一瞬言うことをきかなくなって、がたがたとブレた。かわいそうに、結果的に彼の乗り物酔いはひどくなった。
こうなったらもうやけくそだった。
今まで逃げ回ってきたが、ヘル今度は体当たりでブレイロックを追いかけ回し始めた。
「なんだかんだで、やる気ですねえ。参加してよかったよかった」
もはや凧糸を絡まないように操作することもしない、特攻体制である。
「こんのヒョロヒョロが! その心意気は認めてやらぁ!」
とうとうヘルはブレイロックにとりつき、ザカコが相棒ごと凧糸をからめてしまった。
「何をするんです? 凧糸がからんだら大変なことになってしまいますよ!?」
ハーレックはびっくりしてザカコに叫んでいる。
「こうするんです!」
ザカコは相棒ごと轟雷閃を仕掛け、ブレイロックの動きを止め、とどめに奈落の鉄鎖でもろともに墜落させてしまった。
「すまんな、一緒にやられてしまったぜ…」
「いえ、凧は面白いものですね、身体を張ってくれてありがとうございます」
結局二人とも、凧というものを気に入ったようだ。
こういう遊びをまったく知らなかった二人は、意外とダイナミックな競技だったので、とても楽しいものにうつったのだ。
『赤組のネヴィル・ブルドッグ、ガートルード・ハーレックコンビ、白組の強盗 ヘル、ザカコ・グーメルコンビ、双方とも墜落による失格となりました!』
「ブレイロックだ! ブルドッグじゃねえぞ!」
「ってか、もう動けねえ…」
「そうですか、では自分は向こうで蕎麦打ちをやってきますね」
ザカコはさっそくパーティーのほうへ向かう用意を始めた。こっちの疲労に比べるとこいつの元気さはなんだろう。
すごく不公平な気がした、やっぱ断固として凧役は辞退すべきだった。
影野 陽太(かげの・ようた)は、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)に思いっきりブンまわされて、結果的に相手の銃弾をかわした。
「うわあー…りがとう? でも、もうちょっとやさしくしてほしいな…ここ高いもん…」
「何を言ってるんですの、あなた草食系なんですから、もっとガンガンいくべきですわ!」
「そ、それを言わないでよ縲怐cわーっ、次きたよ!」
後ろをとられそうになって、とっさにシャープシューターで相手を狙った。コンパスみたいに綺麗にぐるりとした軌道で、位置は幸い読みやすかった。
エリシアはぶんぶん振り回してくださるが、うまく狙える位置取りを狙ってくれているということを、ちょっとずつ理解してきた陽太である。うん、多分そうなのだ。
「あっ、避けられたっ」
浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)はアサルトカービンを構えながらこぼした。予想外のタイマン勝負になってしまった。
「後ろをとるわよ!」
北条 円(ほうじょう・まどか)が糸を繰り、回り込むような軌道をとる。
「簡単にはいかせませんわ!」
互いの操作役はにらみ合いながら凧を操作し、風向きと方角を取るために走りこむ。
「ちょっと! 無茶しないで!」
翡翠はバーストダッシュでぐいぐいと凧をひっぱり、とにかくこちらもポジションを取ろうとやり返す。超感覚で相手のやろうとしていることを
びりびりと感じるのだ。
勢いに円はひっぱられるが、彼女も負けずに操作を取り返した。
何だかんだで楽しそうなのはいいけれど、もう少し足元を見てくれないと本当に転んじゃうわよと円は思う。
「…後方支援どころかピンポイントで狙われちゃいまし…っ円!」
互いに位置取りを狙う中、とにかく来る! という感覚をおぼえ、合図を出す。
なんと両手で振るうべきグレートソードを片手で振り回し、陽太にぶつける勢いで円は爆炎波を放った。
だが無理をしたためか、狙いは甘かった。下手をすると目くらましにもならないかもしれない。
しかし、相手は最初から自分なんか見ていなかったのだ。
陽太はライフルで狙ったものは凧糸だった。見事にヒットし―
フューラーはヒパティアに心中で語りかけた。即座に返事が戻ってくる、視覚情報に相乗りして、彼が見ているものを彼女も見ていたのだ。流石に彼は、あんなピンポイントなものが狙われる想定をしていなかった。
「ティア」
「操作の攪乱ぐらいにしたわ、どうかしら」
「あれ? 備えてたんだ」
「可能性としてはあったもの」
―とたんに相手の凧の動きがぐらついた。エリシアがそれを見て喜んだ。
現実に影響及ぼすのは無理かも、という陽太の懸念は払拭された、やってみるものだ。
もしかしたら想定外の行動としてスルーされたかもしれず、現実なら糸が切れてそのまま勝利となったろうが、それらを融合させたこの凧揚げでは、それの中間点が採用されているらしい。
「やりましたわ! 有効ですわよ!」
「うわわわっ」
翡翠がぐらつきと、それを立て直せずになすがままの状況に驚いた。凧が立て直せない上に、ジャイロが自身をシェイクして、下で手綱をとる円に異様な振動をフィードバックする。
「だめ! 言うことをきかないわ!」
すかさずそこにタックルをしかける、糸を繰ってエリシアが、長物でぶん殴るように凧を放り込む。とうとう相手は高度を保っていられずに墜落した。
「いったー…、でも勝った!」
「うふふ、やりましたわ! はい次いきますわよ!」
まだやるのか、という呟きは、幸い頭からはもれなかった。
『白組の浅葱 翡翠、北条 円コンビ、凧糸を狙われた操作妨害への追い討ちによる失格となりました!』
円はPOTからよろよろと出てくる翡翠の小柄な身体を抱えた。
「やられました…」
「大丈夫? 怪我はない?」
「あるわけないでしょう、でもちょっと超感覚状態でぐらぐらしたからかな、なんか酔ったかも…」
彼の超感覚は猫だから、そういったものに強そうと思われたが、三半規管ごと揺さぶられてしまったのかもしれない。
「なんか、地面がまだどかどか揺れてる気が…」
「い…いえ、本当に揺れてますわよ!」
遠くからものすごい地響きが、次第に会場へと近づいていた。
揺れる地面の正体は、巨熊 イオマンテの怒りの疾走であった。
「変熊ァ! てめえゴルァァァァァ!!」
「い、イオマンテさん!」
「ああっイオマンテさん! 来てくださったんで…」
「貸せやあ!」
喜色を浮かべた珠輝の言葉が途切れた。
なんと、イオマンテは地べたの珠輝を拾い上げ、空中の変熊の凧を直接引っつかんで互いにガンガンやりだしたのだ!
見上げれば首が痛くなるほどの巨体ならではの荒技である。できないと思いますが、よい子はまねをしてはいけません。
「ぎゃー! 気持ち悪い! 来るなあぁぁ!!」
「ひどいですよ! 私もこんなプレイは望んでいませんよおぉぉぉ!」
「ちょっとあれいいんですか?」
リアはフューラーに食って掛かった、のではなく一応助けを求めていた。
「…と、とりあえず、ルールにはパートナー同士凧を揚げる、とありますからね、あれ自体は問題多分ありません」
長さに余裕のある凧糸は、うっかりリアが掴んだままなのだ。
イオマンテは珠輝と変熊の凧を掴んでぎゅうぎゅう押し付けている。気持ちわるい悲鳴が上がる。
「今は同士討ちなので見逃しますが、明らかに凧同士の戦いではなくなりますから、あれ以上は失格とさせていただ…」
「あ…」
目の前で、二人の凧がぽいっと地べたに捨てられた。
二人はあえなく失格となり、観客達の視線は嫌が応にも目を引く彼らに集まった。
「………くっ…!」
「………ふふっ…!」
アーデルハイトもラズィーヤも、予想外の事態に笑いが隠せない。ベシベシやられてポイ、まるっきり漫画である。
「何見とんじゃゴルアァァァァァ!!!」
『赤組の変熊 仮面、巨熊 イオマンテコンビ、明智 珠輝、リア・ヴェリーコンビ、敗因は巨熊さんの反乱による失格となりました!』
「兄さん、ほんとーに大丈夫だよね?」
「大丈夫だから、俺にまかせとけ! 昔よくやってたし、やるからには勝つからよ!!」
椎名 真(しいな・まこと)は原田 左之助(はらだ・さのすけ)に胡乱げな視線を向けていた。なんとなく身の危険を感じる上に、熱気の度合いが自分とはかみ合わない。
左之助が彼方 蒼(かなた・そう)にいいところを見せたいという気持ちには協力してあげたいが、自分が無事で済むのかは誰も保障してくれないからだ。
「ねえ、蒼どこ行ったのかな、トラブル起こしてないといいんだけど」
「さあ、お前がPODの方へ行くときにはいたと思うんだけどな」
「あっ…蒼、あっちのPODをのぞき込んでるよ、そんなにチョコが食べたいのかな」
「普通に食べさせてやれるといいんだけどな。蒼ー! そっちじゃなくて特等席はこっちだー!」
「そっか、こっちのにーちゃんは寝てるんだっけ」
てててっ、と佐之助のところへ戻り、凧に投影された真を見上げていた。
「さのにーちゃん、だいじょーぶなの…?」
蒼はとても左之助に対して懐疑的だ。
「…信用してくれねえんだけど」
「安心してよ、実は俺も不安だから」
「さ…さあ、そろそろ行くか!」
言うが早いか凧糸を握りしめ、いきなり敵に向かって突っ込みだした。がんがん引っ張られて無理矢理体当たりしそうになる。相手が誰かも確認できていない、味方だったらどうしよう。
「ちょ、兄さん!もう少し手加減して…ってうわぁああ!!」
「コレくらいで弱音はくなー真ー!」
林田 コタロー(はやしだ・こたろう)はぴょこぴょこ跳ねながら林田 樹(はやしだ・いつき)を応援していた。緒方 章(おがた・あきら)の頭の上で。一生懸命よじのぼって獲得した特等席は最高だ。
「いしょ、いしょ、あきのあたまのうえ、ねーたんのたこ、よくみえるお」
「そうかい、よかったねえ」
「ねーたん、がんばえー!」
「コタロー、暴れるとリボンが落ちるぞー!」
カエルのぬいぐるみが青年の頭の上でぽこぽこと跳ねている。それを見て上から樹が笑っている。
帽子はとっくにあっちいけーと叩き落されて、コタローが興奮でぐいぐい髪をひっぱっているが、特に止めさせないのは、樹に『洪庵、コタローの面倒を頼む。特等席でな』と言い含められているからだ。
「いいいいい、痛たたたた…コタ君、やっぱり僕の髪つかむのは止めてくれないかな…」
さすがにその状態で暴れられるのはかなわない。
「全く、ご褒美に樹ちゃんに『ちゅー』ねだらないと、割に合わないよ…」
「真にーちゃん! いっちゃえーっ」
「ねーたんうしおー(後ろー)!!」
蒼が叫んだ応援に、叫びがかぶった。真が後ろをとった樹の凧はその声にひらりと回避をとってスプレーショットでけん制をかけた。
「軍人学校をなめるなよ、って所か?」
むっ。
彼方 蒼と林田 コタローはにらみ合った。特に蒼は、こいつのせいで真にいちゃんの攻撃が決まらなかったのだという思いがあり、コタローの方からは、こいつはねーたんにひどいことするふとろきもの(不届きもの)のなかまなのである。
勝利を収めるのは、自分の大好きなひとなのだ、目の前のこいつに、応援でさえ負けてなるか!
お互いにそう考え、俄然はりきって互いの凧を応援し始めた。
「にーちゃーーん! がんばれーー!!」
「うおおっと、ものすごいやる気だな、こっからが俺の見せ場だぞ!しっかり見とけよ、蒼!!」
「ねーたん、がんばえ、まけるにゃ!」
「僕の樹ちゃんに何かしたら、ただじゃおかな…いいいいたいってばコタ君!」
それどころかコタローは応援に熱が入りすぎて、章の視界にまで侵略をかけている。
「ちょっと! コタ君どいてー!」
「こらっ、コタロー!! 競技の邪魔をするんじゃない!! いかんそれ以上やったら…」
下に気をとられ、樹は操作がおろそかになり、迫る真に対応するのが遅れた。
「狙うは骨組み…いくよ、左之助兄さん直伝! 気合の一撃!!」
ヒロイックアサルトは投影された姿を透かして、お互いの凧の骨組みをぶつけ合う。そのために姿勢を整えていた真の凧と、防御が間に合わなかった樹の凧では、勝負にはならなかった。
きりもみで落ちていく樹の凧を見ながら、章はつぶやいた。
「…さあコタ君、おいしいキムチあるんだけど、どうかなあ?」
見事真が敵を撃墜するのを見て、蒼はおおはしゃぎだ。
「じーぶーんーもーやーりーたーいー!!」
『白組、林田 樹、緒方 章コンビ、スピードの乗ったヒット&アウェイに撃沈、失格となりました!』
「うっしゃあ!! 絶好のバトル日和だぜ!!」
見事にキレた肉体を見せつけながらラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が吼えた。
アイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)が熱くなる相棒をなだめる。
「自分でも言っていただろう、冷静にいけよ」
「ああ、適度に冷静になるさ、それが一番だ」
その目は既に標的を捉えている。敵を倒して油断しているであろう赤組の姿を捉えていた。
「そんじゃあアイン、凧のコントロールは任せたぜ?」
「やれやれ…結局オレはサポート役な訳だな」
この凧は、操作ということ事態はあまり考えなくてもいいらしいが、糸は別だった。
からまないように気をつける必要があり、ものすごい勢いで突っ込んでいくラルクの後を追うのにもなかなか苦労させられる。
「ム…意外に難しいな……普通に上げる分には平気なんだがな…こうも走り回るとなると…」
アインはそういうが、ラルクが最大限に動けるように尽力は惜しまず、目指すは優勝なのである。なんとしても白組を勝たせるのだ。
「キュー! 糸を引け!」
リカインが飛んできた遠当てを察知、防御も方向転換も間に合わないと悟ってキューに指示を出した。
キューが全力で糸を引き下ろすが一瞬間に合わず、凧を掠めてぐらぐら揺れる。ラルクが離れた所から攻撃を仕掛けてきたのだ。
「リカ姉!」
華花がいきり立って雷術をぶつけたが、ラルクは余裕の呈でひらりとかわした。
「おおっとお嬢ちゃん、せっかくの振袖が台無しだぜ?」
軽く牽制して、華花の近くに加減した遠当てを飛ばす。まったく当てる意思はなく、離れててほしいなあと思ってのことである。バーチャルだからエフェクトだけでどうもしないと思うが、この中で転んだらかわいそうじゃないか、泣かれたら困るし。
「華花! そこにいろ!」
キューに叫ばれて、彼女は立ち止まった。しかしそれでも黙っている華花ではなかった。
リカインの氷術とラルクのドラゴンアーツが飛び交い炸裂し、キューの奈落の鉄鎖はどうしても当たらない。二人のドッグファイトの軍配がラルクに上がったとき、華花の渾身の術がラルクに炸裂した。
「吼える黄よっ!」
「あだだだだっ!」
リカインの凧は墜落してしまったが、ラルクに強烈な一撃を喰らわせることができた。
「てめえ、やるなあ。ラルクにいいのを食らわしやがって!」
なぜか敵の相棒にほめられたらしく、彼女はきょとんとした。
『赤組のリカイン・フェルマータ、キュー・ディスティンコンビ、見事なコンビネーションを見せましたが、残念ながら一歩及ばず失格となりました!』
「いてて、あのお嬢ちゃんやるなあ…」
「油断したな」
突っ込まれて笑ったが、ラルクははっと我を取り戻した、超感覚に何かが引っかかったのだ。
「耳が出てるぞ」
あわてて隠すが、それでも超感覚は何かを捕らえている。
「そこか!」
遠当てをそれらしき場所にぶち込むと、手ごたえがあった。光学迷彩を剥がれて、凧ではなく蛸があらわれた。
「た、蛸かよ!」
さすがに笑いでひるみかけたが、本来の凧の動きを損なわない蛸は体当たり、すなわちその足を利用して掴みかかってきた。
「ブーーーーーンってなあ!」
ジャック・フォースは自棄の混じった特攻の気持ちでラルクに滑空していった。光学迷彩で身を隠していたのに、あっさりと見破られたことが悔しいのだ。
「させるか!」
ドラゴンアーツで近寄らせまいとするラルクとの攻防戦が始まり、下で振り回されている玲奈は援護したくてもなかなか手が出せなかった。
「J!」
氷術と火術が同時にラルクに飛んできた、それらを飛ばしたやつは、今度は烏賊の形をしていた。
「こ、今度はイカ…!」
しかもそのイカは、なんとそのたくさんの足で術を使い分けてくるのだ!
「おもしれえ! おもしろすぎて相手に不足はねえぞ!」
イカの魔術に気をとられると、タコの体当たりが迫ってくる、逆もまた然りだ。
「オラオラオラァ!! くらいやがれ!」
それらをラルクは全ていなして捌き、まとめて等活地獄で叩き落した。
「ジャック!」
「レーヴェ!」
二人とも地面に墜落し、失格となって接続を切られてしまった。
『赤組のジャック・フォース、如月 玲奈コンビ、レーヴェ・アストレイ、如月 葵コンビ、イカとタコの見事な舞を見せてくれましたが、悔しいことに合計18本の足でも勝利を掴むことが出来なかったようです』
「確かに参加するとは言ったが、何で凧役…」
ぶつくさと風に吹かれている虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は、ぐいぐいと無理矢理戦いの渦中に押し出そうとするリリィ・ブレイブ(りりぃ・ぶれいぶ)に全力で抗った。
「うわ! リリィ早すぎだ! だから何でそんなに猪突猛進なんだお前は!」
ひらりと方向転換して無理矢理バトルの過熱地帯を回避して抗議する。
「涼、こう言う競技は先手必勝に限るのよ。だから行きなさい!」
「いや違う、こういうのはもつれ込むと危ないんだ。ある程度の距離から一撃離脱がいい」
ここで凧バトルよりも、むしろリリィに勝たないと命が持たないに違いない。
「振袖もよいが、ミニスカはおらんのか…」
離れたところから戦況を見ていたファタは避難してきた涼と鉢合せ、とりあえず戦闘態勢に移る。
リリィは涼になだめられたことも忘れていきなり涼の凧を相手に向かって投げつけた。どうも彼女は、敵だ!→倒す! という思考回路をしているらしい。むしろ戦いに関しては思考ではなく反射なのではなかろうか。
「うわー! 突っ込むなって言ったのに!!」
「いきなり突っ込んでくるとは、無策なやつじゃのう」
ファタは光術を放って目くらましをかける。
「くうっ!」
「きゃあっ!」
リリィにも目くらましが及んでしりもちをつき、バーストダッシュで離脱しようとした涼の凧をひっぱってしまった。
「そんでもって、無謀なやつじゃ」
奈落の鉄鎖でそのまま涼の凧は叩き落された。
『白組の虎鶫 涼、リリィ・ブレイブコンビ、コミュニケーション不足により、敵の攻撃を回避できず失格。もう少しコンビネーションを考えましょう、痴話喧嘩にならない程度に』
リリィがしゅんとしている。流石にやりすぎたのだと思っているらしい。
「まあ、次があるなら今度こそだ、突っ込むのはもっと考えてからだな。反省したら、またやろう」
なんとなくこうなるのは読めていた気がするので、涼はあまり気にしていない。一休みしたらパーティーの方へ行こうと促すが、リリィはずっとうつむいたままだ。
「どうした? どこかぶつけたのか?」
あわてて顔を覗き込んで、怪我がないか確かめた。
「あ、あの…ごめんなさい」
涼は素直に謝ってきたリリィに、心底ぽかんとした。
今年一年の最後で、一番でかい驚愕を味わった彼である。
「いよっしゃ、こんなところに虚雲発見っ」
ウィルネストはライバルを発見して背後からそっと近づき、凧を突っ込ませた。
「了解ですよー」
アシッドミストをぶちまけながら、うれしそうにシルヴィットはささやいた。
「見えた! 散開!」
超感覚を発動させていた幸がそれにいち早く気がついた。
虚雲と共にいた陣もすぐに反応して分散し、シルヴィット達を取り囲む。
突っ込んできたシルヴィットが反転しきらないうちに、幸は光術で目くらまし、そこに陣が火術を構えて突っ込んでくる。
「墜ちろ! 蚊トンボ!」
「落っこちたくはないです縲怐v
ミーツェがスウェーで凧の位置をずらして避けたが、体勢の整わない回避はさらに次の反応を遅らせた。
「危ねえ!」
ウィルネストは糸を引いて回避の補助と体勢維持のための風を送る。
しかし先の先で行き着く先を読んでいた虚雲が、チェインスマイトで有無を言わさず凧を叩き落した。
墜落していく凧を眺め、虚雲は頭上から地上のウィルネストに向けて宣言する。
「本気で喧嘩したら、ウィルが俺にかなうはずないだろー?」
「くっそおおおお! ムカつくんだよーっ!」
地団太を踏むウィルが八つ当たりしそうなので、ヨヤはさっさと羽交い絞めにして引きずっていってしまった。
わめき声がだんだんとフェードアウトして、ひとときの静寂が訪れた。
「虚雲くん、おちょくるのもほどほどにしてくれないと、僕は心配で胸が張り裂けそうですよ」
「…そーいうセリフは轟雷閃しまってから言え、操作役同士の乱闘禁止されてんだろうが」
『赤組のシルヴィット・ソレスター&ミーツェ・ヴァイトリング、ウィルネスト・アーカイヴコンビ、文字通りのタコ殴りにて失格となりました』
「よお、真くん」
「陣君、元気そうだね」
敵同士だが、気安い挨拶が交わされる。しかしその腹の底では闘志がみなぎっていた。
友達だからこそ、戦ってみたい。そうして真っ直ぐに【黒い三連星】に勝負を申し込んだ。
「島村さん、俺と勝負だ!」
「いいですよ、受けてたちます」
その返答を皮切りに、チームは見事な統制を見せた。
幸は財産管理で明確な軌道を思い起こし、そのイメージは正確に味方に伝わった。凧役には進むべき進路が、操作役には行うべきマニューバがそれぞれ片目にかけた小さなモニターに映し出される。
一方さんざん左之助の無茶な操作に晒されていた真は、根性でついてきてはいたものの、実のところ疲労しかけていた。
自然と無駄な動きがなくなり、ためらいが消えうせ、ついに反応の点で幸を頭とするコンビネーションをしのごうとしている。
サポートに徹していた幸が思わず定石を崩して前に出る、至近距離での光術をガードされ、すわ体当たりかと身構えた。
しかし真は幸の凧を蹴りつけて無理矢理方向転換をし、死角から迫ろうとしていた虚雲の遠当てと陣の火術とを斜めにかわした。
「わ、私を踏み台にした!?」
真の動きと左之助の操縦技は見事なものだった。変則機動のトレイルは糸の挙動を予測不可能にし、喧嘩凧を知らない現代っ子たちを翻弄してみせた。
「うわあっ! 糸が!」
「まだですっ! たかがメインの凧をやられただけですっ!」
真奈は完全に巻きつかれる前に逃れようとしたが、それをするには単純に運が悪かった。
唯一逃げられる可能性が残っていたルートは、虚雲がふさいでしまっていたのだった。
虚雲と陣はぐるりと糸を巻きつけられ、凧のへりを揃えて真ごと墜落とあいなった。
「…真奈、思うんやけどいくらなんでも凧やられたらあかんと思うで…」
『白組の鈴倉 虚雲、紅 射月コンビ、七枷 陣、小尾田 真奈コンビ、赤組の椎名 真、原田 左之助コンビの特攻により、もろともに失格となりました!』
「兄さん、いくらなんでも自爆前提の突っ込みてないと思うんだー」
「あー…まぁ、その…ちーっとばかしやりすぎた、悪ぃ」
「さのにーちゃん、すごいけど、すごくない」
蒼のじと目が、左之助を出迎えた。
陽太はラルクからひたすら逃げ回っていた。すでにスプレーショットもかわされ、シャープシューターも試した。弾幕も破壊工作も何一つ有効ではなかった、当たって痛いと言いながら、結局全部ものともせず攻撃を仕掛けてくるラルクに、エリシアは無常にも特攻を命じるのだ。
「無理無理無理ーっ!」
あんなキレッキレの肉体に勝てるわけがない!
「アイン今だ! 突撃!!!」
陽太は凧ごと距離をつめられ、さくっとドラゴンアーツで叩き落された。
『赤組の影野 陽太、エリシア・ボックコンビ、実力の差を見せ付けられたとでも言いましょうか、圧倒的な力の前に失格となりました』
赤組は、ファタ・オルガナの凧だけが残った。
白組は、島村 幸とラルク・クローディスの凧が控えている。
「やれやれ、赤組はわしだけか…これ以上粘っても勝ち目はなさそうじゃの。降参しよう」
『赤組ファタ・オルガナ、フィリア・バーミーズ、赤組最後の降参により、白組の勝利となりました!』
12月30日、お正月バトルの凧揚げ合戦は、白組の勝利で飾られた。
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